宣戦布告
――― …どの位の力をオレは持っているのだろう… ―――
誰かに体を揺すぶられている… なんだ? 目を開けると、ソファーで寝ているオレを起こそうとしているリサがいた。あー… やっぱり夢じゃなかったのね… 。やはり目が覚めても、オレは異世界に来てしまったんだなぁ… ということを確認できた。そして、軽い絶望感に襲われつつも起きることにした。ただ、こんな美少女に起こされるなんて、オレってラッキーみたいな… 。それにしても、オレは結構な時間寝ていたようだ。窓の外は暗く、台所ではミウが鼻歌交じりで夕食を作っている。上機嫌そうだ… 、何か良いことでもあったのか? そんなミウに促されるままにオレとリサは席に着いた。
大きなテーブルに、サラダ、パン、肉、スープが並べられていく。そう言えばオレは異常に腹が減っている。昨晩は意味不明なことが多すぎて、いろいろと頭の中で整理しているうちに、疲れたので寝てしまったのである。ということは、二日近く何も食事を摂っていないということか。あ、マドレーヌ食ったか… だが、ここは遠慮なく頂戴することにした。
「どう? 少しは落ち着いた? 風牙くん」
食事を済ませるタイミングを見計らってミウがオレに話かけてきた。
「ああ、ご馳走様でした。美味しかったよ、ミウ」
そう、彼女が大魔導師だとわかってはいるのだが、何故かミウには妙な親しさを感じる。実際に「ミウ」と初対面でも呼び捨てをしている状況だ… 見た目がちびっ子だからか? ただ、親しさを感じているのはオレだけではなくミウもそのようだ。大魔導師であり、強大な力を持っているにも関わらず、オレに対しては考えられない程に寛容だ。半分は人間の血が流れているからなのか? ミウ自身がオレを召喚したからなのか? そんな事を考えているとミウが口を開いた。
「さぁ! 明日からすっごく面白くなりそうだよ~ シシシっ! 」
………
……
…
マジで無いわー! てか、無理無理!! と叫びたくなる様な内容だった。そのあり得ない内容について、とりあえず落ち着いて整理していこう… うん! そうしよう!
まず、昨晩に起きた、オレとリサがスケルトンに襲われた時に起こった大爆発の件である。それについて『ルーシアン帝国』が調査を開始した。確かにあれだけの大爆発が自分の領土内で起こっていて放置する方がおかしいわな… 。で、今朝、大森林に入ってきた調査隊と魔物が交戦中とのことだったのだが… 。
次に、夜中にミウに見せてもらった第三階位魔法だ。雷と火の魔法を大森林に向けて試し打ちをしてくれた… やっぱミウさん凄いよねー って!! よく考えると… 超ヤバくね?? 現在のこの世界において魔術師一人で発動できる最上級魔法が第三階位魔法であり、それを二発も連発するとか…
ま、以上のことから、『大魔導師』が伝説や昔話ではなく、実際に存在する可能性が高くなったということが広く知られてしまったわけだ。森林地帯とはいえ、その大魔導師らしき人物が自国領土内で攻撃魔法をぶっ放してきたらどう思います?? しかも、昨日の夜はオレが謎の大爆発まで起こしてるし… 当然、危険視されるよねー、そうだよねー。… あー、つらい… ということで、ルーシアン帝国は大魔導師対策として大規模討伐隊を編成し、大森林に侵攻してきたのである。
しかも厄介なのは、森林内の魔物とルーシアン帝国が手を組んだということである。双方にとって、実際に大魔導師が存在するのであれば、大きな脅威であることには間違いない。ただ、そんな簡単に人間と魔物が手を組めるのか? そんな疑問を解決する理由をリサとミウは知っていた。
六年前にこの世界では大戦が起きている。その大戦で領土を拡大し強国と言われるようになった国の一つが、現在のルーシアン帝国である。大戦前までは本当に小さな国家で争いを好まず平和的だったそうだ。大戦が始まると弱小国家であったルーシアン帝国はすぐに国家存亡の危機を迎えた。その時に現れたのが、現在のルーシアン帝国の宰相となる男であった。彼が来てからルーシアン帝国は一変したという。
ん? 仮に天才が一人いたとしても、そんな簡単に上手く事が進むのか?? オレがそんな疑問を抱えているとサクっとミウが教えてくれた。「アドルフは人間じゃないからね! 」と。って… アドルフって誰!! それがルーシアン帝国の宰相の名前である。
強国と言われるようになった後も、ルーシアン帝国は更に軍事力の強化に力を入れている。彼の野望は世界制服であり戦争の準備を着々と進めているらしい。そんな彼の邪魔になる存在が国王であった。大戦時は宰相の進言のままに、過剰とも思える厳しい取締を行っていた国王だが、もともとは平和的だった国家の王。現在は休戦状態とはいえ、比較的平和な時代になったこともあり、軍事力の強化や戦争を反対するようになった。そこでアドルフがとった行動は、国王と王族の暗殺である。自らが権力を握るために。
国王が暗殺されたことは公表されていないのに、なぜそれが暗殺であり、その首謀者がアドルフであるとわかったのか? それはリサが王族の生き残りであり、実際にアドルフの部下に襲われたからである。リサが王族だったとか… まぁ、フラグは立っていたから今更驚くこともないのだが… なぜか切ない… 。
そのアドルフの部下というのが、あのスケルトン二体、つまり魔物だ。普通の人間が勝てる相手ではない。以前からリサはアドルフに対して疑いを持っていた為、その力に対抗し得る大魔導師について調べていたそうだ。これでリサが大魔導師に会いたがっていた理由はわかった。やっぱりアドルフを倒したいんだよね… 相手人間じゃないのに… 。ミウによるとアドルフは上位魔族であり、かなり厄介な存在らしい。三百年程前にミウと仲間が封印したそうだが、大戦開始直後にその封印が解かれたようだ。封印が解かれてしまったことはミウも知っていたらしい。
三大勢力の一つに侵攻されていて、その相手が上位魔族とか… 「みんなで力を合わせて戦うのだ! シシシっ! 」ってミウさん… 。生きた心地しないっす!! あーもう無理……… 。そんな絶望的なシナリオを理解したオレは、頭から煙でも出そうな感じで現実逃避していた。あ! お花畑が見えてきた~ ははは…
「そこで提案がありま~す!!
どうせ戦わなきゃいけないんだったら派手な方がいいと思うよねっ! ねっ! 風牙くん!
三百年近く暇してたから、久々に大暴れできると思うとワクワクするよっ! 」
余程の自信があるのかミウは何故か楽しそうにオレに話かけてきた。ミウの異常な強さはわかっている。ただ、大魔導師と言っても魔法使いに変わりはない。つまり、魔法を発動させるまでにかかる詠唱の時間とか大丈夫なのか?? 魔法詠唱している間に襲われたら終わるだろ… ま、そんな事をオレが考えても仕方がないか。こうなってしまった以上、もうミウに運命を任せるしか選択肢はない… 。どうにでもしてくれ…
「ミウの好きなようにやってくれていいよ。」
諦めの感じでオレはミウにそう言った。このオレの一言が最悪の結果を招くこととなる。
「風牙くんの許可も取ったし! じゃあ、ミウが久々に神の領域と言われている第十階位魔法を見せてあげよう! 」
そう言ってミウはぶつぶつ何か言い始めた。魔法詠唱だ。………って、長ぇ~なぁ~、おい…
「こ… この魔法って…… 」
リサがかなり驚いている様子だ。オレには何の魔法かさっぱりわからんが…
「どうしたんだ? リサ? 」
丁度、オレがリサに話かけているとミウの魔法詠唱が終わった。第十階位魔法と聞いていたからエラい事が起こるんじゃないかと思っていたが… 今のところは特に変わった様子はない。
「ミウちゃん! これってテレパシー系の古代魔法よね!! 」
テレパシー系? 古代魔法? 第十階位魔法? 全然オレには効果がわからん…
「そうだよ!
さすがは『知を司る女神』だね!
ってことで、アドルフ! リサはここでちゃんと生きてるよ! 」
どういう事だ? リサが『知を司る女神』?? てか、ミウはアドルフに対して、テレパシー的なもんで話かけているのか?
「さて、そんなことよりも… この世界に生きる全諸君よ!! 」
この世界に生きる全諸君?? まさかミウの言っている神の領域の魔法、テレパシーって!!!
「 我、大魔導師ミウとその眷属は
『伝説の魔人』風牙様 の名のもとに
この世界に存在する全国家に対して宣戦布告を行う! 」
………
……
…
はぁーーーーーーーー?!! ミウさん! 何言っちゃってくれてるんですか~!!! てか、 馬鹿なんじゃねぇーのか??? あり得ねぇー!!! 意味わかんねー!!! 終わった… 完全に終わった… まだやりたい事たくさんあったのになぁ~… あー、もう死にたい… 安らかに死んでしまいたい… 。そんなネガティブな叫びが脳内を占拠している。
とりあえず、オレは今、先の未来を考える事をやめた。