大魔導師
――― …どの位の距離をオレは歩いてきたのだろう… ―――
魔女コスプレ少女の家を出てからオレは、森の中にあった一本道を歩き続けていた。どの位時間が経ったかはわからないが、結構歩いてきたはずだ。道を進む距離に比例して空が暗くなっていく。山の天候は変わりやすいからな… など考えていたがここは山ではない。何かがおかしい… 。この一本道を進むめば進む程、不気味な雰囲気になってきている。いや、不気味という一言では済まされない不思議な現象が起きている。同じ森の中にも関わらず、最初は春だったのに、今は秋から冬のようだ。植物もほとんど枯れてきている。とても、この先に街があるようには思えない… 。
まさか… とは思うが、魔女コスプレ少女が言っていた事が本当なら… と思うと流石にヤバいと感じてきた。道は一本しかないのに、これだけ歩いても街に辿りつかないとなると… 樹海なのか? 本当にここは日本じゃないのか? 多くの疑問が出てくる。ただわかってきた事は、少なくとも今のオレは普通の状況下にはいないということだ。腹も減ってきたし、とりあえずこの一本道を引き返そうと決めた。
オレが一本道を引き返そうと歩き出してから程なく、背後から女性の悲鳴が聞こえた。
「助けてくださぁぁぁあい!! 」
その女性は剣を振り回している男二人に追われていた。いや、男ではなく… なんだありゃ~!!! そう、人間ではなくあれは骨!! 確実に化物じゃねーか! いわゆる魔物ってやつか? ゲームとかで言うところの『スケルトン』だな、あれは! うん! そうだ! そうに違いない! てか、気持ち悪っ!! 剣を振り回しているだけでも異常事態なのに、何故かオレはそんな事を先に考えてしまった… 。
我に返ると、化物に追われていた女性はオレに抱きついていた。オレの胸元で震えながら助けて下さいと繰り返し呟いている。
…助けて欲しいって… 戦うの? … オレが? …
マジかー! 無いわー! 人間があんな化物に勝てるわけねー! てか、あんな化物見ただけでも引くわー!
「お、人間がもう一人いたぜ、相棒」
「ヒヒヒ、人間を二人も殺せるなんて。今日は俺達ついてるんじゃねーか? 」
スケルトン同士が会話をしている。完全にオレ達を殺す気満々だな… あー… 終わった… 一体のスケルトンが剣を振りかざしオレを襲ってきた。オレは死んだな… と思ったが何やら様子がおかしい。閉じていた目を開けると、オレがスケルトンの剣を止めていた。しかも親指と人差し指の二本だけで… 。
全く状況が理解できなかった。女性はまだオレの胸元にしがみつき震えたままだ。そして、オレは左の指二本だけでスケルトンの剣を止めているのである。この後どうしたらいいんだ? さっぱりわかんねー!! オレがパニックになっていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「もう! 危ないなぁ!
何してるんですか! マスター!
こんな虫ケラみたいな雑魚に怪我させられたら、たまったもんじゃないですよ! 」
(この声って、何処かで聞き覚えがあるような… 無いような… )
「げっ! マスター! 本気で覚えてないんですか?」
(なんだと… こいつは心が読めるのか? 一体何者なんだ… )
「あー、もう完全に記憶喪失ですね…
いろいろと説明させてもらいたいんですけど、今は時間がないんですよねぇ…
とりあえず必要な時には、また現れますので! それでは! 」
(「それでは! 」じゃねー!!
今めちゃくちゃ命を守るために何かが必要なんですけどぉ!!
てか! 全然状況変わってないんですけど!! )
ん? 右手が勝手に動く… なんだか変な感覚だ。
「ファイアー」
無意識にオレは言葉を発していた。それと同時にオレの右手から炎が飛び出し、目の前にいたスケルトンが一瞬で燃えて灰となった。信じられねー! あり得ねー! だけど、奇跡が起こり、とりあえず命が助かったのは確かだ。ただ、もう一体のスケルトンはどうればいいのか…
「バカな!! あり得ねぇ!! 魔法詠唱無しだと!! 」
そうスケルトンが叫ぶと同時に、今度はオレの両手がまた動き出した。
「エクスプロージョン」
またもや無意識に発した言葉と同時に、目の前のスケルトンを中心に半径百メートルはあろうかという程の大爆発が起きた。もちろんスケルトンは跡形もなく消え去っていた。そして、何より不思議なのはオレたちは炎や爆風に巻き込まれることなくその場に無傷で立っていることだ。
とにかく助かった。オレは自分の胸元にしがみついている女性を引き離し、もう大丈夫だということを伝え落ち着かせた。その女性をよくよく見てみると、結構な美少女であることに驚いた。色白で、ブロンドの長くて綺麗な髪をしている。大人しそうなお嬢様という感じがする。とにかく美人だ。
「オレの名前は風牙。お嬢さんのお名前は? 」
「私の名前はリサと申します。この度は助けて頂き本当に! 本当にありがとうございます!
どうやってお礼をすれば良いのか…
私にできることなら何でも致します!
あと…、私をあなた様の側においては頂けないでしょうか! 」
オレは突然やってきたモテ期に驚いた! しかも! こんな美少女と!! って違うか… 。とにかくこんな化物が出るような場所からは一刻も早く脱出したいし、彼女一人を置いていくわけにもいかない。それにあの魔女コスプレ少女と違って普通に話もできるようだ。
「オレはこの一本道を引き返すつもりなんだけど、本当に着いて来る? 」
オレは彼女と共に今まで歩いてきた一本道を引き返していた。どの位歩いたのだろうか? ようやく穏やかな森に戻ってくることができ、一安心することができた。おそらく、この春のような森の中が魔女コスプレ少女が言っていた結界の中のはずだ。それにしても、こんな現実離れした出来事が続くと、本当にあの『ちびっ子』が『大魔導師』なんだと思えてきた… 相当疲れているな、オレ… 。
「でも、さすがは『大魔導師』様ですね!!
失礼を承知で申し上げますと、私も実在するなんて思ってもみませんでした。」
うーん、オレの事を完全に『大魔導師』だと思い込んでるみたいだな。そりゃ、あれだけ意味不明な超ド級にあり得ない炎の攻撃を、化物に対して行ったんだからしょうがないか。『大魔導師』様か… 。ま、悪い気分ではないけど… あの『ちびっ子』と間違われていると考えると微妙な気分だな、おい。
「あのね、リサさん」
「はい、なんでしょうか? 大魔導師様」
「実はオレ、大魔導師じゃないのよね…
あの炎とか爆発とか奇跡だし、きっと本物の大魔導師が力を貸してくれたんじゃないかな? 」
「… う~ん… でも… 、
はるか昔から大魔導師様はこの森に住んでいると伝えられています。
そして、普通の人間がこの森に入って生還できるのは稀なんだそうです。
しかも、古代の書物に記されていた通りの伝説の土地にこんな簡単に辿り着くことができるなんて、大魔導師ご本人様でないと無理だと思うのですが。」
「伝説の土地?
リサさんの言っている事が、オレには何のことかさっぱりわからないけど、
オレ達は一本道を歩いてきただけだよね… ? 」
リサは一見普通のお嬢様に見えるけど、都市伝説系でこじらせているのかもしれん。気をつけないと… 。ただ、この意味わからん状況では妙にリアリティを感じてしまう。オレも毒されてきたか… 。てか、これ絶対夢だよな!
「一本道… ? ですか… ?
私には道なんて全く見えなかったですよ。ただ風牙様に付いていっただけです。
何の躊躇もなく森の奥へと進む風牙様ってすごいなぁ…って思っていましたけれど… 。」
とりあえず、オレたちは『ちびっ子』(多分、本物の『大魔導師』)の住処を目指した。