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叛逆

「総員! 武器を構えろっ! ここはすでに戦場だ。一瞬たりとも気を抜くなっ!」

 鋭い真狩の声が響き渡り、突然森林に放り込まれた生徒たちは慌てて各々の武器を構えだす。

 そんな中、まりなを背後にかばいながらつい先日再生したフルンティングを片手に周囲を見回す。

「おいおい、どうなっていやがる? 校外学習のしおり見た限りじゃ、初めは探索者たちの街で準備整えるんじゃなかったのか?」

「そのはずなのだけれど……機械の誤作動かしら?」

 メンテナンスは科学学部(ウチ)の教授連中が徹夜でやっていたはずなのに。と、ベオウルフの問いかけに答えながら、奏歌も首に下げていたペンダントに触れた。

 周りにいるほかの生徒たちも、予定とは明らかに違う場所である周囲の様子に慌てふためいてはいたが、するどい真狩の指示には従っており、続々と自身の武器を出現させ始めていた。

 だが、それではあまりに遅い。

 遅すぎた。

「――ひっ!」

「お、鬼だぁああああ!!」

 生徒たちが固まっていた外縁部から悲鳴が上がる。

 同時に、森の茂みから漆黒の巨体が跳躍し、中央にたたずむ真狩の眼前へと降り立った。

「……」

「っ! あなたはっ!?」

 驚く真狩の眼前に降り立ったのは、白地に黒の複雑な模様が描かれている着流しを着た、漆黒の肌を持つ日本固有妖精種――《妖怪》の代表……鬼。

 この種族は現代では人型種族との混血が進んでおり、現在は鬼の特徴をほとんど消した、角を生やしただけの《半鬼》が大半を占めているのだが……。

「おいおい、冗談だろう? 鬼は鬼でも……《真正鬼(しんせいき)》じゃねぇかっ!」

「どうして、第一階層にこんな化物がっ!?」

 現在生徒たちの前に現れた黒い巨体を持つ鬼は、その半鬼たちでは放つことができない圧倒的妖気を放つ《真正鬼》であった。

 混血されていない、古の時代から生き抜く純正の鬼。その力はもはや現代人の想像の外側にあり、出会った瞬間死を覚悟しなければならないといわれているほどの存在だ。

 そんな化物が突如現れた。

 周囲の学生たちは瞬く間に恐慌し、少しでも中央に立つ鬼から離れるために、悲鳴を上げてばらばらに逃げ出し始める。

「まてっ! 貴様ら、またんかっ!!」

 真狩の怒号などもはや届かない。命の危険から少しでも遠ざかろうと、理性を打ち破った本能に駆り立てられた生徒たちは、次々と森の中へと消えて行った。

 だが、そんな逃走の濁流の中を一人さかのぼる生徒がいた。

「その首貰うぞ、僕の栄光のためにっ!!」

「?」

 聖剣を鞘から引き抜き、疾走するアルトリウスに担がれたシンドーだ。

 不思議そうに首をかしげる大鬼。自分に向かってくる存在がいることが、よほど意外だったと見える。

 そんな鬼の態度など知ったことではないのか、シンドーはそのまま、聖剣を振りかざすアルトリウスの怒号のような指示を飛ばす。

「叩き切れっ!」

「御意」

 もはや指示ともいえない率直な言葉を、アルトリウスはためらうことなく実行した。

 黄金の剣が、漆黒の大鬼に対して振り下される。

 まるで突風のような肉薄と、直後起こった暴風のような大剣の降り降しに、漆黒の大鬼はどこかのんびりした動作で、

「危ないであろうが。しまえ」

「え?」

 右手の人差指と親指で大剣腹をあっさりと掴み取り、その振り下しを瞬時に止めさせた。

 同時に鬼の口から放たれた流暢な言葉に、シンドーは目を見開き度肝を抜かれる。

 次の瞬間、

「最近の学生は躾がなっていないな」

――仕置きだ。と、言葉が聞こえたと同時に、剣を掴み取った大鬼の蹴りが、アルトリウスを全身鎧の上から打撃した!

 鬼に捕まれていた剣がアルトリウスの右腕ごともぎ取られる。

 肩口から右腕がちぎれ飛んだが、アルトリウスの体はそれ以上の被害を受けていた。

 着用していた鎧はあっさりと砕け散り、シンドーとアルトリウスは弾丸のような速度で森の中を吹き飛ぶ。

 文字通り人外の力によって振るわれた単純な肉体的暴力に、いかに英雄とはいえ人型の存在にはなすすべはなかった。弾丸と化した聖剣王の体は空気を引き裂きながら、主人ごと大木へと叩きつけられる。

「げぼはっ!?」

「ぐっ!」

 一応アルトリウスがかばいはしたのだが、それでもやはり限界があったらしく、シンドーはあっさりと白目をむき気絶。アルトリウスも砕けた鎧の下にあった服に、おびただしい量の血痕をつけながらも、なお立ち上がろうともがいているのだが、ダメージがデカすぎるのかなかなか立ち上がれないでいた。

 そんな主従を呆れた目で見つめながら、漆黒の大鬼は唯一逃げなかった三人組へと視線を移した。

 フルンティングを構えるベオウルフを前に立たせた、まりなと奏歌たちを。

「おぬしたちもやるか?」

「怪物退治は俺の専門だ。いいのか? 死ぬぞあんた」

「大言壮語もほどほどにしておけ、亡霊風情が。ただの人型幽霊風情が、日ノ本最強の妖怪である鬼の統領すら務めた()に、勝てるとでも思っているのか?」

「お、鬼の統領? も、もしかしてそれって……《五山頂(ござんちょう)》って言われた、五人の真正鬼の事では?」

「もしかしなくてもそうでしょうがっ!! って、ちょっと待ちなさい。だとしたらこの人、敵じゃない(・・・・・)!!」

「あぁ?」

――どういうことだそれっ!? と、盛大にアルトリウスを蹴り飛ばした相手を敵ではないと言い張る奏歌に、ベオウルフが首をかしげた瞬間だった。

「板子童子殿っ! そこまでにしてくださいっ! 迎えに来ていただいたのはありがたいですが、それ以上は若い生徒たちが持ちませんっ!!」

 黒い大鬼――板子童子(いたこどうじ)に向かって、真狩の慌てたような仲裁が入る。

 それと同時に、板子童子から放たれていた莫大な恐怖をもたらす殺気が板子童子の内側へと消えていき、最後には板子童子の中へと完全収納された。

 そして、真狩の方を振り返った板子童子の顔は、

「ご、ごめんね朱辻さん!? 何か妙な所に君たちが出現したのを結界が察知したから、事故かと思って慌てて様子見に来たんだけど……ぼ、()やっぱり人前に出るの苦手で、恐怖をある程度発散しておかないとまともに会話もできないし、かといって完全発散すると出会った瞬間生徒さんたち死んじゃうし、でも中途半端な発散じゃ逆に防衛本能が働いて喧嘩ぱやくなっちゃぶふぁっ!?」

「落ち着いてください! 舌噛んでますよっ!? 深呼吸です板子童子殿。大きく息を吸ってー、はいてー!!」

「すー!! はー!! すー!! はーっ!!」

 どういうわけか、今にも泣きだしそうなくらい悲しげに歪んでいた……。

 おまけに真狩はそんな顔を見ても大して驚く様子を見せず、意味不明な会話を繰り広げつつ板子童子に深呼吸させ始めたではないか。

 ベオウルフたちは戦闘態勢のまま、その光景を見て固まったあと、

「おい、どーすんだこれ?」

「とりあえず剣は下げていいかと……」

「鬼の統領である《五山頂》ははるか昔に私たち人型種族との共存を選んで、人のために働いているわ。あの人はそのうちの一人で板子童子。神階迷宮第一階層――《マヨヒヤ》の管理を千年近く前から人知れず行っていた、この世界の主であるお方よ」

――その割には腰低くね? 殺気はなっていた時までとはえらい違いじゃね? と、目の前で何度も深呼吸を繰り返す板子童子に、ベオウルフは思わず半眼を向けるのだった。

              ◆         ◆

 板子童子。古の時代に生まれた日ノ本で生まれた初期の鬼の一体であり、《恐怖》を司る鬼だといわれている。その齢は軽く千を超え、身に宿る力は超力無双。鬼の統領の一角にふさわしい力を持っているといえるだろう。

 そして鬼というものは、力をつけていくとともに個別に特殊な能力に目覚めることが多く、《五山頂》という鬼の頂点の一角に数えられるほどの大鬼であった板子童子も、当然その能力に目覚めていた。

 その能力は《恐怖の伝播》。自身が感じ生み出した恐怖心を他者に与えるというもの。

 鬼はもともと人型種族の特定の感情を食料にする精霊種であり、妖怪であった鬼は主に人の負の感情を主食とすることが多かった。

 板子童子も例にもれず、人間の《恐怖》という感情全般を捕食対象としており、自身の恐怖を伝播させ、相手に恐怖を覚えさせることができるこの能力は非常に使い勝手がいいものと言えるだろう。

「そ、そんなわけで出会いがしらについ能力を使う癖がついてしまっていて……ご、ごめんね? 《恐怖》を司っているせいか、僕極度の人間恐怖症……というか万物恐怖症で。外出中はこの能力で誰かに僕が感じている恐怖を押し付けないと、まともに会話もできないありさまで……。で、でも自重はしたんだよ? 鬼の感情は強すぎて、僕の恐怖を押し付けると大概の人はショック死しちゃうから。今回は殺気に変換して、空気に流していただけなんだ。だからほら、君たち死んでない!」

 結局深呼吸を五百回くらい繰り返してようやく口調がまともになった板子童子は、その巨体の背中を丸めながら、落ち込んだ様子でまりなたちに謝罪していた。

 その謝罪の中には割と物騒な言葉も交じっていたが……。

「い、いえ。それに関してはベオウルフさんが守ってくれたのでいいのですが……」

「謝るなら逃げちゃった生徒の方々にした方がいいかと?」

 どうするんですか、これ? と、奏歌が尋ねると板子童子のいかつい……しかし情けない表情が浮かんだ顔が引きつり、だれもいなくなった森を眺めていた真狩が嘆息する。

 真狩は現在、地面から突き出した大きな木の根に立っており、あたりを見廻して近くに生徒がいないか探していた。

 だが、周囲は鬱蒼とした森の中。視界は効かず、たとえ高いところに登っても、捜索は困難を極めた。

「こうなっては仕方ない。生徒たちを早急に見つけだし、合流しよう。授業は……延期だ」

――中止じゃないんだ。と、ベオウルフが驚く中、真狩は木の根から飛び降り、それを受け止めたシモンに指示を出す。

「私とお前、手分けして生徒を探すぞ?」

「……森の活動は得意だ。任せろ」

「じゃ、じゃぁ僕も!」

 二人の会話を聞いた板子童子も、汚名返上しようといわんばかりに立ち上がったが、

「板子童子殿が来ると話がややこしくなるので、ここにいてください!」

「……しかり。あなたが来てはせっかく見つけた生徒が「私を食いに来たのかっ!?」と怯えてしまうでしょう」

「…………………」

 あながち間違いではない真狩とシモンの指摘に、板子童子は再び膝を抱えてうずくまる。

――これがこの国最強の妖怪と言われた、鬼の統領だった奴ねぇ。と、ベオウルフは情けなさすぎる板子童子の姿に冷や汗を流しながら、必死に板子童子を慰めるまりなに、板子童子が妙な危害をくわえないか一応警戒しておく。

 何せ態度はあれだが、内包する力だけは脅威そのものだ。こいつがちょっと小突くだけで、貧弱なまりなはぺしゃんこになるだろう。警戒はしておくに越したことはないのだ。

「とはいえ、ちょっと過剰な気もするが……」

「それはわたしも同意するわ」

「うぅ、すいません……無駄に図体デカくて」

 警戒するベオウルフに対して、心底申し訳なさそうに頭を下げる板子童子に、ベオウルフは苦い顔をして、剣の柄に手をかけている自分がとんでもない間抜けなのではないか? と、自問自答を繰り返す。

 そんな中、なにやらキョロキョロとあたりを見廻していたまりなが、首をかしげながら一つの疑問を提示した。

「あの……朱辻先生、さっきまでいたシンドー君たちが、いつのまにかいなくなっているみたいなのですが?」

「……なに!?」

 まりなの指摘に眼を見開いた真狩は、先ほどまでアルトリウスがもがいていた場所へと視線を向け、

「……余計な手間を増やしよってっ!!」

 アルトリウスたちの姿が影も形もなくなったその場所を見て、森に響き渡る怒号を上げるのだった。

              ◆         ◆

 そんな場所からほんの少し離れた場所にて。

「なんだあれは……」

「なんだ……と申されますと?」

 まりなたちから隠れるように、うっそうと茂る森の中に逃げ込んでいたシンドーは、近くにあった岩に腰かけ両手を組みながら、片腕を失ったにもかかわらず平然とした態度でたたずむアルトリウスを睨み付けていた。

「『と申されますと?』だぁ!? あの化物に関してに決まっているだろうがっ! 予言では『敵じゃない』んじゃなかったのかよっ!!」

「えぇ、ですから……敵ではなかったかと?」

 実際板子童子は《敵》ではなく、単純に事故で危険区域に飛ばされた生徒たちを助けに来た《救助》であった。そんな存在は確かに敵とは言い難いだろう。

 だが、痛くプライドを傷つけられ、怒り狂ったシンドーにとってはそんなことは知ったことではない。

 たとえ自分が予言の解釈を間違ったのだとしても、彼は決して『自分の責任だ』などという殊勝な考えはしないのだから。

「紛らわしい予言だなっ! まったく、ほんと妃御子の奴は使えないっ!!」

「……」

 八つ当たりとしか取れない罵りを、本気で「妃御子が悪い」と考えている声音で吐き捨てながら、シンドーはあっさりと、

「もういい。妃御子……責任をとって『死ね』」

 まるで飽きたおもちゃを棄てるかのように、使い潰した洋服を棄てるかのように……シンドーはあっさりと妃御子の縛印を発動。強制的に自害するよう、何のためらいもなく命令した。

「ふん、僕の恥をかかせたんだ。英雄霊風情が。せめて自分で自分の命を絶てるだけでもありがたいと思ってよね!」

 そんな自分勝手なことを言いながら、シンドーは目の前に声を失った少女が現れ、自らの首を刎ねるのを、今か今かと待ち続ける。

 そして、そのような愚かなシンドーの姿を、アルトリウスは冷ややかな目で見つめていた。

――本当に度し難く……救いがたい奴だ。と、内心で吐き捨てながら。

「ん?」

 シンドーが異変に気付いたのはその時だった。

 いつまでたっても、命令を下した妃御子が霊体化を解き、自分の前に現れなかったのだ。

「なんだ?」

 もしかして霊体のまま自殺したの? と、バカなことを考えてみるが、今回迷宮に潜るに当たり臨時で作った妃御子と自分のパスはいまだに繋がったままだ。その可能性は皆無だろうと首を振る。

 だとすると、

「おい! 妃御子っ!! 近くにいるんだろうっ!! さっさと命令をきけよっ!!」

 自分の命令がシカトされている。そう判断した彼は、勢いよく立ちあがりながら、妃御子に向かって伸びるパスから割り出した、霊体化した妃御子がいるであろう虚空へと、掴み取った砂利を投げつける。

 だが、当然霊体化した英雄霊にそんな攻撃は通用しない。

 徒労に終わる怒りの発散に、さらにイライラを募らせ頭をかきむしったシンドー、血走った目を黙ってその光景を見ていたアルトリウスに向けた。

「アルトリウスっ! そこにいる小生意気な英雄霊を引きずり出せっ!! 主人の云うことをきけないなんて、どこまで出来損ないなんだあいつはっ!」

 だが、この時彼は判断を誤った。

 命令を聞いていない? 無視された? 彼の兄特製の縛印に縛られた妃御子に限って、それは絶対にありえない。

 そんな彼女が命令無視をしたということは、何か異常な事態が起こっているのだと、彼は即座に気付くべきだった。

 そう、たとえば、傍らに立っている聖剣の王が、何かしらの小細工をした可能性などに……。

「それはともかくとして、主」

「あぁ? なんだよっ!」

「我が聖剣の鞘の力をご存知ですかな?」

「さやぁ?」

「然り。我が鞘は我が政権と同じく宝具の類であります。その効果は、《所持者に都合の悪い出来事を一切無効化する》という防御宝具なのでございます。ゆえに私は鞘を持っているときは不老不死でありましたし、数多の戦場において私を害することができる人間はいませんでした。そして現在その鞘はわたしと同じ霊体。物理的に存在していた時よりも、はるかに分割しやすくなっており、その力を分け与えることも可能なのです。その特性を使って、私は鞘の守りを妃御子に分け与えているのです」

「はぁ? だからなんだよっ!!」

「分割してしまったが故に多少威力が落ちており、物理的・魔術的攻撃といった直接攻撃に対する防御機能はやや落ちてしまいましたが……なぁに、それ以外の攻撃なら十全に防ぎきってくれることかと」

「だからそれが何だってっ……」

「たとえば、縛印を使った自殺の命令などは、軽く弾き返せるかと」

「……えっ?」

 そこでシンドーはようやく自分の身が不味いことになっていることに気付いた。

 縛印が効かない。命令が通らない。

 ……英雄霊は言うことをきかない。

 その事実がいまさらになってじわじわと彼の心を侵食していき、その額から冷たい汗を垂れ流させる。

「な、なんの悪い冗談だ、アルトリウス?」

「私の縛印はどうも特別製だったらしく結構強力でしたが……念の為、縛印の大元であった右腕をおとしておいてよかったです。性格はともかくあの兄はかなり優秀でしたね。下手をすれば我が鞘――《故国守りし者の証ロードオブブルティング》の守りも貫いていたやも知れない。主が……お前があの兄を慕う気持ちもわからないではない。だから安心しろ」

 吐き捨てるように言葉を紡ぎながら、アルトリウスは縛印にあらがうために輝きを増した鞘から、黄金の剣を引き抜いた。

 利き腕の右腕はすでにないが、眼前の男を殺すのには左手だけで事足りる。そう主張するかのように、アルトリウスは違和感などないなめらかな動作で聖剣を正眼に構え、

「今ここではお前は殺さん。逃げられんように四肢を斬りおとして、あの兄を呼び出すための餌にしてやる」

「あ、あぁ……あぁっ!!」

 逃げようと、少しでもアルトリウスから離れようと、シンドーはわけのわからない声を漏らしながら、数歩後ずさりし、

「いぐっ!?」

 足元にあった小石に足を取られて盛大に転ぶ。同時に、

「ん?」

 先ほどまでシンドーが立っていた空間を黄金の軌跡が駆け抜けた!

 言葉通り、その軌道はシンドーの右腕を斬りおとそうとしており、シンドーの冷汗は滝のような量へと変わる。

「ほ、本気なのか? アルトリウス……こんなことをしてタダで済むと」

「うむ。外したか、悪運のいいやつめ。まぁいい。だったらとりあえずは余計な動きをせぬように、足から斬りおとしていくか」

「――っ!?」

 自分の脅しにすらもはや興味はないと言わんばかりに、淡々とした言葉を紡ぐアルトリウスに、シンドーはいよいよ顔をひきつらせ、

「ひ、ひゃぁああああああああああああああああああああああ!?」

 恥も外聞もなく、這いつくばりながら森の中へと逃げ込んだ。

 そんな背中を見てアルトリウスは鼻を一つ鳴らした後、

「せいぜいあがけ。我はそれを見て嗤ってやろう。追い詰めてやろう。そして絶望しろ。貴様が地獄の落ちたときも、忘れぬほどの後悔を抱くように」

 牙を剥いた怒り狂う亡霊と、自分が裸だったことに気付いた偽物の主の、命を懸けた追走劇が始まった。


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