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実習開始

 次々と生徒たちが集う学校の校庭。

 本日はいよいよ、神階迷宮へと実際に潜る校外学習の日だ。

 生徒たちは各々の武器を整え、その時を楽しげに待っている。

 命がかかっている迷宮の探索だというのにこのゆるさは、ひとえに本日潜る階層が攻略されつくした第一階層であるからだろう。

 この階層はいわゆる新人用の研修所として扱われており、戦闘初心者で当ても危なげなく攻略できる、ゲームで言うところのチュートリアルを行うような場所だといわれている。

 人間を一撃で殺せるような守護者もおらず、攻撃手段もほとんど野生動物と変わらない程度の物。油断さえしなければ大きなけがをすることもない……と、学校で飛び交う事前情報ではそういわれていた。

 だからこそ、学生たちは武器を持ちながらもこれほどのんびりとした空気を、漂わせることができるのだ。

 そんな彼らを、一人屋上に登ったシンドーはさげすみの笑みで見下ろしていた。

「いやぁ、みんなノンビリしているよね。これから自分たちがどこに放り込まれるかも知らないでさぁ!」

「……………………」

 なぜわざわざ屋上に登った? 秘密の会話をしたいのなら校庭の近でも、場所があっただろう。と、シンドーの背後に控えるアルトリウスは思わず内心で指摘を入れるが、最終的には「あぁ、そういえば、煙となんとやらは高いところに……」と、自己完結し、その言葉を口に出すことはなかった。

 そんなアルトリウスの内心など知ったことではないのか、シンドーはアルトリウスの傍らで霊体化している、もう一人の英雄霊に話しかけた。

「でさぁ、お前。もうそろそろ迷宮に入った後の予言の一つくらい出ているでしょう? さっさと僕に教えろよ」

『――』

 だが、その問いに答えられるわけはない。霊体化した英雄霊――妃御子は、度重なる非道な行いのせいでのどを潰されており、悲鳴以外の声を出せなくなっているのだから。

 英雄霊は体を霊体で構成されているため、本来は霊力供給さえあれば傷を治すことはたやすいはずなのに……それでも治らぬ潰れた喉。

 いったいどのような仕打ちを彼女が受けたのかは、アルトリウスをもってしても想像できないでいた。

 思わず奥歯をかみしめ、即座の目の前の主人を殺して殺るたくなるアルトリウス。だが、それではだめだ。こと(・・)は慎重に……冷静に運ばねばならない。

 王の執務経験によって鍛え上げられた鋼の忍耐力を駆使し、アルトリウスは剣に伸びかけた左手を抑え、いまだに霊体化したまま姿を現さない妃御子から流れてくる意思(テレパス)をくみ取る。

「おい! 聞こえてるのかよっ!」

「主、妃御子殿は声が出せないのだろう。先ほどこちらに意志が流れてきたから、我が通訳しよう」

「はぁ!? ったく、使えない英雄霊だなっ! まぁいいさ、迷宮で速攻肉の盾にするからね。で、アルトリウス、予言の内容は?」

 シンドーの問いに、アルトリウスはひそやかに呼吸を整え自分の中で燃え盛る怒りの炎を抑制。そして、

「『汝、深き天上の門をくぐりし時、大いなる恐怖に出会うだろう。されど恐れることはない。それは汝の敵ではない(・・・・・)』だそうです」

「敵ではない? はっ! つまりそいつは僕の足元にも及ばないザコだってことだろうね! アルトリウス、そんな奴はであった瞬間さっさと殺せ。僕の栄光の足掛かりとして、せいぜいうまく使ってやるさ」

 そんな取らぬ狸の皮算用に走る愚かな主に、アルトリウスはただ冷たい瞳を向け続けていた。

              ◆         ◆

 まりながベオウルフを召喚してから一週間の時が流れた。

 神階迷宮に潜るため、二人はあれから連携を密にし、寮にいたメンバーにいろいろ手伝ってもらいながら、どうにかこうにか二人で戦闘をこなせる程度の力を身に着けていた。

 もっとも、二人でと言いながら実際戦うのはベオウルフばかりで、まりなは完全な後方支援役なのだが……強力な使い魔を持つ魔術師としては、それが一般的な戦闘スタイルなので、ベオウルフには特に文句はないようだった。

――というか、まりなが前線に出てきた方が、危なっかしくて見ていられん。俺達の連携はあれでベストだろう。

 そう考えながら、ベオウルフは思わず立っている校庭から空を見上げ、

「あぁ……本当に、苦労の多い一週間だった」

「うぅ、しゅいましぇん……足引っ張っちゃって」

「英雄霊に普通の人間がついていけるわけないじゃないの。気を落とさないで、まりな」

 そんなベオウルフに謝るのは、魔力のこもった無数の十字架の刺繍によって防御力を底上げされた修道服を着たまりなと、どうも小型圧縮化した武装が入っているらしい羽の形をしたペンダントをつけた奏歌だ。

 奏歌は大半の生徒と同じ、動きやすく汚れが目立ちにくいダーク系のパンツルックで決めてこぎれいにしているが、まりなはどういうわけか既にぼろぼろだ……。

「主よぉ……さすがに初迷宮にその服装はないんじゃないか? せめて新しい修道服をさぁ……」

「な、何を言うのですかベオウルフさんっ! これはわたしとベオウルフさんがともに厳しい訓練を積んできたという証拠ですっ! 実戦でもこれを着ることで逆に気合を入れているんですぅ!」

「あぁ、そういうジンクスだったのか?」

――それなら確かに納得できんことはないが。と、ベオウルフは独りごちつつ、あの厳しい訓練の日々を思い出した。

              ◆         ◆

魔術学部――《戦技学》の授業にて。

「戦闘の基本はまず肉体であるゥッ! どれだけ魔力が高かろうが、どれだけ魔力の扱いに長けていようが、肉体が伴っていなければ戦闘では宝の持ち腐れェッ! よって、この授業では戦う手段の前に筋肉を鍛えるのであるゥッ! まずは腕立て1000回からァッ!!」

「はい! 先生っ!」

「………………」

 どういうわけか、自身の筋肉を見せつけるようにモストマスキュラーというらしいポーズを決めながら、授業の指示を出す筋肉教師に、素直に従って腕立てを始めるまりな。

 周りの生徒が悲鳴を上げているところから見て、どうもまともな指示ではないとベオウルフは考えているわけだが、そんなことまりなには関係ないのか彼女は一生懸命腕立てに励み、

「きゅー」

 5分後、ばてて倒れ伏していた。

 授業は外のグラウンドでやっている。炎天下の中、肉体面では完全へなちょこのまりなが筋トレなどやっていたら、こうなることは目に見えていた。

 少しでも実戦になれるためにと、服装はダンジョンに潜る際着用するものを着てくるようにと言われたのも災いした。要するにまりなは、彼女の勝負服である真っ黒な修道服を今も着ているのだ。そんな服装で炎天下に運動。もはや自殺行為としか思えない。

――むしろよく五分も持ったものだ。と、ベオウルフは嘆息しながらも感心しておく。

「さぁ、保健室行くぞ主」

「うぅ、ま、まだやれます。迷宮でベオウルフさんの足を引っ張るわけには……」

「現在進行形で引っ張っているから安心しろ……」

 真面目なのはいいが、もう少し自分の限界というものを見極めてほしいと、まりなを肩に担ぎながら思うベオウルフだった。

              ◆         ◆

 魔術各部――《後方支援学》の授業にて、

「あなた方降霊科の基本的戦闘手段は、超強力な使い魔である英雄霊に攻撃と防御をすべて任せ、その英雄霊が常に有利な状況で戦えるようにサポートするというものです」

 授業の場は教室に戻り、やっとまともな講義が始まると、ベオウルフはいまだに氷嚢が手放せないまりなの面倒をかいがいしく見ながら、安堵の息をついた。

 だが、

「ですが、だからと言って自分が戦闘手段をもたないなど言語道断っ!」

「え?」

 眼鏡をかけた理知的な中年女性教師の語調が、突然ヒートアップしたのを聞き、先ほどまでの安心が勘違いであったことをベオウルフは悟る。

「主人がある程度の自衛手段を持ってこそ、英雄霊は心置きなく自身の戦闘に集中できるのですっ! 某覇王もこのような名言を残しておりますっ!『従者を従えるのはたやすい。奴らは血についてくる。だが、従者の全力を引き出すのは難しい。力なきものに、真の力はついてこないからだ』と。ゆえにこの授業では本格実践的な魔術戦闘を覚えてもらいます。本日の内容は――身体強化っ!!」

――此処にいる教師は脳筋ばっかりか? と、ベオウルフが思わず半眼になる中で、体内からあふれ出す魔力で体を覆った女性教員は、周囲に炎のようなオーラを纏いながら、眼鏡を外し、どこかの拳法の構えをとる。

「今からこの授業の間、私があなた方を攻撃します。あなた方はそれをいなし、逃げ切り、そしてできるようなら反撃しなさい。英雄霊の方々の補助を受けてはいけません。受けたものには、この授業の単位を差し上げることはできません。おのが拳で語れ……若人っ!」

「「「「「……えっ――!?」」」」」

 瞬間、教室が阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった……。

              ◆         ◆

「いやほんと……主は生き延びただけで十分だよ。うちの騎士たちの訓練よりも殺伐としている学校の授業って」

「魔術科学部は相当だって噂には聞いていたけど……そんなにすごかったの?」

「科学学部は違うのか?」

「システマティック。それこそがうちの行動指針よ。根性論とか気合い論とか非科学的なものは信じないの。効率こそすべてよ」

――うちの主にはそっちの方がよかったかもな……。と、ベオウルフは内心考えながら、先端が十字架になった長杖に縋り付くようにして、かろうじて立っているまりなを見て嘆息する。

 修道服云々以前に、まず体調不良で休ませた方がよかったかもしれない……と。

 そんな中、

「やぁ、刑部。どうだい調子の方は?」

 例のいけ好かない優男――シンドーがまりなたちに話しかけてきた。

 傍らには当然と言わんばかりにたたずむ英雄――アルトリウスの姿。

 アルトリウスは全身に青色の甲冑を着込んでおり、腰には魔力が込められた聖剣が輝いている。どうやらこいつらも迷宮に入るために戦闘態勢になっているらしい。

「よぉ、聖剣王」

 あの騒動から一週間。どうやらクラスが違ったらしく、あまり会う機会がなかったがゆえに、ベオウルフはあのあとこの二人には会わず快適な生活を送っていた。

 とはいえ、腕一本犠牲にしてまでアルトリウスのたばかりに協力してやったのだ。その進捗状況が気になるのもまた当然で、ベオウルフは気安く挨拶をするついでに、小声で、

「で、どうだよ。調教の調子は?」

 とアルトリウスと肩を組み、尋ねてみる。

 だが、アルトリウスはそんなベオウルフを一瞥した後、

「いや……とくには」

「とくにはって……」

――お前人の腕一本斬りおとしといて、それはないんじゃないのっ!? と、ベオウルフは驚愕する。

「おいおいおい、何のために人が協力してやったと思ってんだよ。俺嫌だぞ、あんな奴と一緒に命がけの場所に入るの。また後ろから切りかかってきたりしないだろうなっ!?」

「安心しろ。そんなことはさせない」

「あぁ? だが、あのバカ野郎の調教はまだ」

「おい! アルトリウスっ! いつまで雑談しているんだっ! お前もさっさと戻ってこい!」

 二人の会話は、相変わらず無粋なシンドーの怒号によってぶった切られる。縛印でも使われたのかアルトリウスは小さく舌打ちし、ベオウルフの質問に答えることなくシンドーのもとへともどる。

 釈然としないものを感じながら、相変わらずまりなに絡んでいるシンドーがアルトリウスを呼び戻したのが気になり、ベオウルフもひとまずまりなのもとへと帰還。その背後にたたずみ、不意の一撃にも対応できるように神経を張り巡らした。

「ふん。この状況でケンカを売るわけないじゃないか。バカだねェ、君の英雄も」

「仕方がないだろう。そのバカをしそうなバカがうちの主人と相対しているんだから、バカには当然の対応だろうがバカ」

「あぁ!?」

 まるでガキの言い争いのような程度の低い悪口に、一気に不機嫌になり額に青筋を浮かべるシンドー。

 こいつ、煽り耐性低すぎるっ!? と、周囲の人間が一気に怒りゲージを振り切ったシンドーのカルシウム不足を心配する中、シンドーは頬をヒクつかせながらも何とか余裕の溢れる笑みを取り繕い、

「ふん。そんな大口をたたいていられるのも今の内だぞ、ベオウルフ。今回の迷宮探索での評価はすべて僕が独占する」

「評価?」

「迷宮探索の体験授業にはいくつか評価してもらえる点があって、そこで幾つ単位がもらえるのかが決まるのよ」

 もっとも、細かい評価内容までは学生には伝わっていないけど。と、背後から奏歌が補足説明を入れる。

 そんな奏歌の姿を見て、シンドーはフンと鼻を鳴らし、

「まぁ、科学学部なんて武器に頼らないと何もできないような連中とつるんでいる君程度じゃ、どんなチャンスだろうと勝ち取るのは無理だろうけどねぇ。どうだい、今君が僕にベオウルフを譲るというのならば、少しだけ僕の単位を恵んでやらないこともないけど?」

「単位って恵んでもらえたりできるもんなのか? 個人個人の評価によって出されるものだと聞いたんだが……」

「そんなわけないでしょう。シンドー君が勝手に言っている妄言よ」

「なんと。とうとう頭までおかしくなったかあいつ……」

 率直なベオウルフの疑問に、そっけなく返す奏歌。そんな二人の声は結構大きく、バッチリシンドーの耳に届いていた。

 頬のヒクつきが加速するシンドーに、冷や汗を流すまりな。だが、

「すいませんがシンドー君、それはできません」

 断りを入れること自体は、ためらいうことはなかった。

「シンドーさんが言うとおり、私は落ちこぼれです。多分私ひとりじゃ、迷宮探索に入った段階で命を落としてしまう。でも、そんな私にベオウルフさんは答えてくれて、私のために力を尽くしてくれている。そんな人を自分のために売り飛ばすなんて……できるわけありません」

 冷や汗を流しながらも、毅然とした態度を保つまりなに、ベオウルフはにやりと笑った。その肩に腕をまわし抱き寄せる。

「よく言った我が主。それでこそ仕えるかいがあるというものだ。そこのバカと違って」

「え、ちょ!? ベオウルフさん、さすがに恥ずかしいですぅ!」

 敬虔なシスターとして割と禁欲的な生活を送ってきていたまりなにとって、男性に抱き寄せられるなど初めての経験だったのか……顔を真っ赤にしてぽかぽか鎧を叩き、自分を離すようにベオウルフに頼み込む。

 だがベオウルフとしてはただで離すのもつまらないし、これ以上妙なちょっかいをシンドーにかけられるのも迷惑だ。

 なので、少々見せつけてやることにする。

「そういうわけだバカ。俺の主はこいつだけだよ。俺がほんのちょっと古い英雄だから……そんな理由で俺を欲しがるガキのお前と違って、こいつは真剣に俺のことを考えて対等に扱ってくれている。魔術師としては確かにまだまだかもしれんが、俺が仕える主人として、こいつはお前のはるか上をいっている。あらゆる英雄に聞いてもこう答えるだろうよ。仕えるなら、お前なんかよりまりながいいと。お前は成績云々以前に、人としての器でこいつに負けてんだよ。だから二度と、俺の勧誘なんて迷惑なまねすんじゃねぇ」

「なんだと……!!」

 見下していた相手より、お前は劣っている。そうはっきり言われたシンドーは、とうとう貼り付けていた余裕の笑みを崩し、怒りに眉をつりあがらせた。

「調子にのるなよ、ベオウルフッ! 僕のそんな大口をたたいたこと、ダンジョンの中で後悔させてやるっ!」

「できるもんならやってみろ。返り討ちにしてやるよ」

 下品に中指を立ててシンドーを挑発するベオウルフの腕の中で、アワアワ慌てるまりな。そんな三人を見て奏歌は嘆息し、シンドーの背後に控えていたアルトリウスは、

「…………………………」

 無言のままベオウルフたちを見つめていた。

 そんな風に殺気立つメンバーを、他の生徒たちは武器の整備の手を止め遠巻きに眺めている。

 まさかこのまま戦闘か? 万一そうなったら、お互い武器を持っているし、ちょっと喧嘩では済まなさそうだぞ……。と、互いに不安そうな視線を交わしながら、止めようかどうしようか周囲の人間と相談する。

 それによって空気はより悪化し、殺伐とした雰囲気が辺り一面に撒き散らされ始めた。

 その時だった、

「なんだこれは? 今年の学生共はずいぶんとはしゃぎ過ぎな奴らが多いようだ」

 コツリ、コツリ。と、軍杖を地面に着く音を響かせながら、まるで第二次世界大戦時代の日ノ本陸軍軍服のような装備に身を包んだ、ひとりの女性が現れた。

 その傍らには真っ白な迷彩服を着こみ、それについているフードで顔を隠したライフルを背負った男がつき従っている。

「おい、あれって……!」

「A級探索者(ワンダラー)朱辻真狩(あかつじまがり)か!?」

「うそっ! 本物!?」

「テレビ番組で特集されてたから間違いないぞっ!」

「ということは、彼女の後にいるのは英雄霊シモン・ヘイルか!」

「厳冬戦争の《白の死神》!?」

「一人で一個師団を全滅させたっていうあの伝説の狙撃手っ!?」

「軍隊1つじゃなかったか?」

「だれかぁああああ! 色紙持ってねぇ!?」

「バカ野郎っ! 持っていたら俺がサイン貰いに行くわっ!!」

 俄かに騒がしくなる校庭に軍服の女性――朱辻真狩は、「はぁ……」と盛大にため息をついた後。

「黙れ、貴様ら。いつまで遠足気分でいるつもりだ? そんなゆるんだ心構えでは、あの迷宮では即刻死ぬぞ」

「「「「「――っ!?」」」」」

 生徒たちの心胆を寒からしめる、ドスの利いた低い声で、盛大に生徒たちを脅しつけた。

 その声に本能的に口を閉じずにはいられなかった生徒たちは、己の体が震えていることに驚いた。

 それはシンドーやまりなも一緒で、突如聞こえた殺気すら感じる脅迫に、彼らも思わず口を閉ざし、目を丸くして前方に立つ真狩に視線をむけた。

 生徒全員の視線が集まったのを確認したのち、真狩はフンと鼻を鳴らし、右手でついていた軍杖で、コツコツと地面を打ち鳴らす。

「本日の迷宮探索の特別講師となった。朱辻真狩だ。隣にいるのは我が英雄霊のシモン・ヘイル。迷宮内で困ったことがあれば、即座に私とこの男に知らせろ。どのような些細なものでも構わん。その些細な問題が、神階迷宮では致命的なものになりかねないからだ」

 真狩はそういうと、再び足を前に出しゆっくりと生徒の間を縫うように歩きはじめる。

「諸君らは今回の校外学習の話を聞いてこう考えているのではないか? 『神階迷宮と言っても、所詮は攻略済みの第一階層。そんなに気を張り詰めなくても、死ぬことはないだろう』と。半ば観光気分なのではないか?」

 重圧を伴った真狩の問いかけに、答える人間はいない。いや、答えられる生徒はいない。誰も彼もが冷や汗を流し、押しつぶされそうな真狩からの重圧に耐えるだけで精いっぱいだった。

「だとすればその考えは改めろ。第一階層だから? 第一階層如き? 何を心得違いをしている。お前たちの校外学習の行き先が第一階層になったのは、お前たちではその第一階層で生き延びるのがやっとだと、学校が判断したからそうなったにすぎん。そして、その意見には私も同意だ」

 そして、生徒の間を縫って歩いてきた真狩は、先ほどまで睨み合っていたシンドーと、ベオウルフに抱えられたまりなを見て一言。

「ましてや、これから迷宮で命を預けなければならない相手ともめ事を起こしているようでは、第一階層で生き延びられるかどうかも怪しい。私はお前たちの引率を依頼されたが、万一迷宮でお前たちの誰かが死んでも、責任は取らなくていいと契約した際には言われている。つまり、私がついていたとしてもお前たちの誰かが迷宮で死ぬ可能性十二分にあるということだ」

 直接真狩に睨みつけられ、ダラダラと滝のような冷や汗を流すシンドーとまりな。

 一方ベオウルフは、真狩から発せられる重圧を不快に感じたのか、抗議代わりにわずかに殺気を飛ばしてみる。

 だが、真狩はそれを平然とした顔で弾き返しじろりとベオウルフを一瞥しただけだった。

 それにベオウルフは感心し、思わず口笛を吹きそうになった。

――この時代にもいっぱしの武人はいるんだな。と感心したのだ。

 とはいえ、今の雰囲気的にそんなことをするわけにはいかない。とりあえずこの特別教師とやらは怒らせると面倒な相手だと、一連のやり取りで把握したベオウルフはおとなしくまりなを解放し、黙って抵抗の意志がないことを示すために両手を上げる。

 それを見た真狩は再び鼻を鳴らした後、

「理解したなら結構。ガキの喧嘩は学校でやりたまえ。ここから先は戦場だと心得ろ」

 最後にそれだけ言った後、彼女は踵を返しさきほど立っていた場所へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送りつつ、まりなは腰が抜けたのかその場に座り込む。

「は、はふぅ……。死ぬかと思いました」

「英雄霊連れているから、主と同じひょろい魔術師かと思ったが……あの女自身も相当やるな」

「A級探索者の名前はだてではないってことね……。それはともかく」

 そんなまりなの頭を「よく耐えたな」と、ぐしゃぐしゃと撫でながら、ベオウルフも若干の敬意がにじんだ視線を真狩へと向けていた。

 そんな二人の姿に嘆息しつつ、奏歌は先ほどまでシンドーが立っていた場所を指差し、

「それどうするの?」

「アルトリウス~」

「世話をかけたな」

 真狩の重圧に耐えきれなかったのか、泡を吹いてぶっ倒れているシンドーを担ぎ、アルトリウスは一度頭を下げた後、まりなたちから離れた場所へシンドーを運んでいくのだった。

              ◆         ◆

「これより神階迷宮へのゲートを開く。各員、戦闘準備に入れ」

 真狩の演説が終わる。それと入れ替わるように、校庭中央に無数の器機が円形になるよう設置され始めた。

「いよいよね」

「は、はい! 頑張りますっ!!」

「今日はよろしく頼むぜ、葦原」

 三人が気合を入れる中、校庭に設置された機器は次々と電源を入れられうなりを上げて起動する。

 すると、起動した機械から左右の機械へと青白い電流が走り、それがみるみるつながっていき校庭に巨大な円を作り出した。

 円は完成すると同時に内包するエネルギーを見る見るうちに高めていき、天に向かって巨大な柱を作り出す。

 莫大なエネルギーの奔流であるその柱は、何もないはずの空に激突し、まるで見えない天上があるかのように横へと広がっていった。

 そして、エネルギーによって満たされた先ほどまで何もなかったはずの空。そこにはうっすらと、巨大な大地が出現し始めていて。

「次元の壁をぶち破る装置……。あれ魔力を感じないってことは科学出身の物か!?」

「次元転位装置は一応科学サイドの物ね。といっても、魔術のノウハウもいくらか取り入れているみたいだけれど」

「は~」

――やっぱりこの時代の人間はすげぇな。と、ベオウルフの時代ではごく少数の強力な魔術師しかできなかった別次元の転移を、平然とやってのけるこの時代の人々に、ベオウルフは改めて感嘆の息をもらし、

「それでは、授業を開始する。油断はするなよ? 油断した奴から死んでいくからな」

「……真狩。脅しすぎだ。学生たちが全員及び腰になっている」

 といった、シモンの言葉を最後に、光の柱からあふれ出た奔流が、校庭にも広がっていく。

 エネルギーの奔流に飲まれた校庭の生徒たちは、数秒後にはおさまり、空気中へと霧散したエネルギーと共に、忽然と姿を消すのだった。

              ◆         ◆

 そして、ベオウルフたちは初めて、迷宮の内部を見た。

「なんだここは?」

 そこは、転移先に設定されていた、迷宮内に存在する探索拠点にして、探索者の達の大半が暮らす街――《第二東都》の町並み……ではなく、

「どうしてすでに危険区域に入っている」

 不機嫌そうな真狩の声が響き渡る、鬱蒼とした原始の森の中だった。


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