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神階迷宮

「神階迷宮というのは、王州(おうしゅう)大戦と第二次世界大戦の間の期間に見つかった、天上の異空間に広がる巨大な迷宮のことを指すわ。初めに存在が確認されたのは日ノ本上空。いつからそこにあったのか? 何故そんなところに巨大な迷宮が広がっていたのか? そう言ったことは一切謎なまま。一説によると、その空間はもともと神々が住まう場所――天界だったのではないか? なんて言う宗教学者が割と多いのだけれど、確信がある意見ではないから、与太話程度と思っておいた方がいいわね」

 あれから数分後。まりなと幸美の折檻を終えグッタリした二人をその場に投棄した優香は、いったん自分の部屋に戻り高校世界史の教科書を持って部屋に舞い戻ってきていた。

 現在開かれている教科書のページは近代史。そのページには青く広がる空に、うっすらとにじみ出ている巨大な大地が映し出された写真が載っていた。

「天界……ねぇ」

――確かに、上空にそんなものが広がっていたらそう考える連中がいてもおかしくないか。と、ベオウルフは独りごちつつも、

「だがそれはありえんだろう。あそこは人間のまま認識できるような世界じゃないぞ?」

「あら、流石は一度死んだ人間の亡霊ね。そのあたりのことはある程度把握しているのかしら?」

――まぁ、英雄霊は最終的にそこにはいるために、こうして下界に舞い戻るわけだからな。と、ベオウルフは頷く。

「でも、現在問題となっているのは、そういったこの迷宮の正体だとか、成り立ちだとかいう話ではないの」

「なに?」

「だってそうでしょう? 考えたってわからないんだもの。理論展開的に《科学では天界有無の立証は不可能》ということになっているのよ。ということで、そういうことは理解できるようになってから考えればいい。だからそんなことは後回し。あとで考えましょうってことで、今の学会ではそのあたりのことは放置中なの」

「…………………」

――現代人の割り切り方というのは正直言っていき過ぎな気がするな。と、正体不明な空間が頭上に広がっているというのに、それの正体など一切考えないと言い切った優香にベオウルフは顔をひきつらせた。

 直後まりなに補足説明を入れられたが、迷宮の正体解明は大学あたりでキッチリ行われているらしいのだが、いつまでたっても正体など見当がつかないため、一般では優香と同じような考えが広まっているというだけらしい。

 その補足説明に若干ベオウルフは安堵しつつ、

「その言い方だと、何か他に問題があると言いたげだな。雲母坂」

「流石英雄にして一国の王。察しがよくて話が早いわ。そう、この神階迷宮には問題があった。いえ正確にいうと、あまりに大きなメリットがありすぎて問題が起こったわ。それが第二次世界大戦の引き金になったとさえ言われている」

「俺としては三回も大きな戦があった方に驚きだが……」

――大二次ってことは第一次があって、その間には王州全土を巻き込んだ大戦があったってことだろう? いったい人類は俺が死んだあと何と戦っていたんだ。と、ベオウルフは半眼に成りつつも、優香の話を大人しく聞く。

「時は、王州大戦――王州(おうしゅう)諸国のパワーバランスによる関係が、複雑に絡み合って勃発した《王州動乱大戦》によって、当時先進国であった王州の国々は非常に疲弊していたわ。経済流通から、基本的な物資に至るまで……戦争でそれらを湯水のように使い切った王州諸国は、戦争が終わった後気づいたの。『あれ? 俺らこのままだと国ごと飢え死にしねぇ?』と」

「バカなんじゃないのかそいつら……」

 戦争というのはあくまで外交手段の一つ。国の足りないものを補う為、他国にそれを奪いに行く、国際的恐喝行為なのだ。それが原因ですべての国から奪うものがなくなったというのだから、ベオウルフの意見もまぁ当然と言えた。

「そんなとき、欧州諸国にある知らせが入ったの。『極東の国、日ノ本上空に宝の山が見つかった』と。はい、ここでベオウルフさんに問題です。この場合、宝の山とはなにをさしているでしょう?」

「上空ってことは、さっきから話している《神階迷宮》の事だろうが。宝の山ってのはそいつの事だろう?」

「だから、その神階迷宮がどうして宝の山と言われたのかと聞いているのだけれど」

「迷宮には宝があるに決まっているだろうが。古今東西、迷宮なんて面倒な存在は、財宝を隠すために作られると相場が決まって……いや」

――違う。そうじゃない。と、ベオウルフはようやく気付いた。

 欧州諸国は疲弊している。確かに迷宮に隠されている宝があれば、金は手に入るかもしれない。だが、金を払ったところで今の王州にはそれによって買いとれる品物自体が枯渇している状態なのだ。

 迷宮で金銀財宝を見つけたところで、それは当時の欧州諸国には何のメリットにもならない。

 だが、だとすると宝の山というのはつまり……。

「まさか、資源か?」

「流石王様。そう、突如日ノ本上空で見つかった、異空間に非広がる広大な空間。おまけにそれは一層だけではなかったわ。当時見つけられるだけで四層。中に何があるのかはわからなかったけど、日ノ本の国土とほぼ変わらない広大な空間が、全部で四つもあると分かったのよ? 王州諸国が新たな資源獲得源として、そこに期待しない理由はないの」

 そんなわけで起こったのが第二次世界大戦。疲弊した王州が、新たな資源獲得のために、日ノ本に対して行った侵略戦争。

「まぁ、結局その戦いはリメリカ合衆国の漁夫の利を狙った介入や、眠れる獅子であった央国が日ノ本との交渉で重い腰を上げたことによって、結局日ノ本側の勝利に終わるんだけれど」

「よくしのぎきったな、この国……」

――疲弊しているとはいえ、当時先進国の集団であった王州連合の侵略だろうに。と、ベオウルフは自分が今いる国の得体のしれない力に、思わず背筋を震わせた。

「結局、王州諸国の睨んだ通り、その空間には莫大な資源が眠っていたわ。第一層には農耕に適した広大な土地が。第二層は日ノ本の国土と変わらない土地すべてが、上質な鉱脈だったし、第三層には木材資源となる莫大な原生林。第三層に至っては空間の八割が水に覆われていて、上質な水産物がいくらでもとれるようになっていた……。大量資源消費時代になった現代にとって、そこはまさに宝の山だったのよ」

 おまけ第二次世界大戦直後、ほかの国でも似たような空間が発見され、各国はその迷宮の調査に躍起になった。と、歴史の教科書にかかれた一文を見て、ベオウルフは思わず半眼になった。

――王州諸国、無駄な戦争しただけじゃねぇか。と。

「おまけに迷宮は、さらに上に向かっていくつもの層を重ねていることが現代の研究でわかっているわ。そのせいで神話学者たちは『これは神の世界にたどり着くための階段なのだ。この迷宮の最上階まで登れば、きっと我々は人の身で神の世界にたどり着くことができる』なんて言い出して、この迷宮に《神階迷宮》なんて名前がついたけど……。今はそれはどうでもいいわね。とにかく、この迷宮にあふれる宝というのは、現代社会には欠かせない、莫大な資源だということを認識してもらえればいいわ。だからこそ、今は世界中で、少しでも多くの資源を獲得するために、国家事業としてこの神階迷宮の攻略が行われているのよ」

「なるほどな……。で、そんな場所にどうしてうちの主や葦原が入ることになるんだ?」

「魔術学部も科学学部も、基本的には学問を教えるところだけど、同時に戦闘手段を生徒に叩き込む学部でもあるの。魔術学部は攻撃性魔術口座の受講は必須だし、科学学部に関しては銃の扱いから、巨大人型機動兵器――《ティタンアーマー》の操作技術までみっちりたたき込まれるわ。これには政府の『一人でも多くの、強力な迷宮探索者がほしい』という思惑と、『我が国は他国に侵略する力をもたない』っていう憲法を守るために、うちの防衛戦力に激しい制限が与えられていることに起因するわ。大量破壊兵器や術式は一部例外を除きうちの国は所有できないし、所持しちゃいけないことになっているの。建前上はね? でも防衛戦力をなくすわけにはいかないから、国は一人でも多くの『戦える人員』を欲しているというわけ。まぁ、主目的はあくまで迷宮探索だから、後者はそのついでといった扱いだけれど。他の国も迷宮攻略に忙しくて、ここ最近は戦争もないし……」

――戦争を引き起こした迷宮が、今が戦争を起こさせないために一役買っているか。皮肉な話だな。と、ベオウルフは今も自分の図上に広がっていると思われる、異界に存在する迷宮に思いをはせた。

 あの迷宮を作ったのは、間違いなく彼が知る神格連中だろう。あの世に行った際、ほんのわずかだが会話をすることができたそいつらは、いったい今の世界をどのような気持ちで見ているのだろうか……と。

「そんなわけで、学校を卒業した生徒たちは迷宮探索のために《攻略者ギルド》に入ることが多いのよ。何せ迷宮の未知エリアを踏破すれば莫大な報酬が政府から支払われるし、未踏破階層である、上層に登るためには階層を守る《階層守護者(ラスボス)》を倒さないといけないのだけれど、それを倒せば一生遊んで暮らせる金がその人に転がり込んでくるわ。まぁ、要するに一攫千金を狙えて、会社員みたいにあくせく働かなくてもいいうえ、迷宮攻略者は名誉職だから一般からの人気も高い。階層攻略なんてしようものなら一躍有名人よ? だから、そういった仕事を目指す子が後を絶たないというわけよ。政府としても、迷宮の一層でも多い攻略は急務だから、迷宮攻略者に志願する生徒への支援は惜しまない。そこで、各学校の魔法学部や科学学部の授業カリキュラムには迷宮攻略の体験学習という授業が組み込まれているのよ」

――なるほど。と、ベオウルフはひとまず優香の説明に納得しかけ、

「って、ちょっと待て。ラスボス? 攻略? ……今までスルーしていたが、迷宮というからにはまさか」

「そういうこと。あの迷宮には迷宮を守るために、迷宮全土を闊歩する《守護者(ガーディアン)》が存在するわ。モンスターとか魑魅とか呼ぶ人もいるけど、それは昔の魔族の人たちと呼称がかぶって、差別発言として扱われてしまうからおすすめはされていないわね。とにかく、あの迷宮にはゲームでいるような化物が闊歩しており、迷宮攻略者はそれらを倒しながら、迷宮内での人類活動圏の確保――および、一層でも多くの迷宮攻略をしなければいけないの。何気にとっても危険なお仕事なのよ?」

 そこまで聞いた瞬間、ベオウルフはガッとまりなの肩を掴み、

「主……その授業のときは仮病しよう。腹が痛いなり、生理が重いなり適当な理由付けて」

「な、なんで仮病の原因がそれなんですかっ!? というか絶対参加しますからね! そこで成果を上げれば、今まで落とした単位がチャラになるくらいの単位貰えるんですからっ!」

「命を懸けてまで取らなきゃいけないもんなのかよそれぇえええええええ!」

 ベオウルフの不安がにじみ出ている絶叫が、ボロイ学生寮に響き渡るのだった。


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