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学生寮の姦し娘たち

 ベオウルフが目を覚ますと、目に入ってきたのは四畳半程度の狭い空間だった。

 部屋の隅の方には無数の生活雑貨と、これだけは欠かせないと言わんばかりの十字架が置かれた、妙に豪華な礼拝スペース。

 中央にはちゃぶ台が置かれ、その上には不気味な魔法陣が……。

「どうかお願いですぅ! 答えてくださいベオウルフさん……どうか。どうかっ!!」

『いや、それは召喚用の魔法陣だから、既に召喚されている俺に対して使うのは不適切だろう……』

「――えっ!?」

 ベオウルフが思わずそうツッコミを入れると同時に、魔法陣に魔力を流し込みながら、十字架を握り締め必死に祈っていたまりなは振り返る。

 だが、はっきり言ってしまうと現状ベオウルフは霊体化しているため、振り返ったところで姿は見えない。

――まだ少し回復していないが、仕方ない。心配かけたみたいだし、顔くらいは見せておくか。と、やはりベオウルフの姿を見つけられなかったせいで、キョロキョロと部屋中を見廻すまりなを見て、ベオウルフは霊体にかえていた肉体を実体化し、まりなの目の前に降り立った。

「べ、べおうるふざんんんんんんんん!!」

「うわっ!? ちょ、泣くな泣くなっ! 泣いたまま抱き付くなっ!? 俺の鎧が涙と鼻水でえらいことになるだろうがっ!!」

「よかった。無事でよかったぁああああ! あのまま返事もないから、消えてしまったかと……」

「バカ。仮にも英雄霊が腕を斬りおとされたくらいで消えるか。というか、体は魔力でできているんだから、お前からの魔力供給さえあれば致命傷でない限り治癒は可能だよ。今回みたいに四肢欠損ランクになると、さすがに治癒に時間がかかるが……」

 と、ベオウルフは先ほど斬りおとされたはずの腕を掲げ、完全に無事な様子で戻っていることをまりなに見せつける。

「ほ、本当ですぅ! 英雄霊ってすごいのですねっ!」

「まぁ、本来英雄霊召喚は戦闘のために作り出された、攻勢術式だったらしいしな。腕斬りおとされた程度で、死んじまうような武器は武器扱いされていないだろうさ」

 実際ベオウルフ自身も、腕を斬りおとされた後も戦うことは可能である。というか、ベオウルフ自身、幾ら傷を負っても戦い続けたという伝承を持っていることから、《戦闘継続能力》という特性を持っており、どのような傷を負っても戦い続けることが可能という、ある意味厄介な能力を保持しているのだ。

 今回あえて意識を閉ざし腕の回復に専念したのは、今の時代が平和そうだから、多少主から目を離しても大丈夫だろうということと、騒ぎを聞きつけた学校教師がようやく顔をだし、アルトリウスを怒鳴りつけるシンドーを押さえつけていたからだ。

――あの状態で戦闘の続行は無理だろう。と、ベオウルフは考えながら、それでも割と心配ではあったのか、

「ところで主よ。あのあとなんか騒動に巻き込まれたりはしなかったか」

「は、はい! ベオウルフさんを失ったと思った私があまりに憔悴したように見えて、学校の先生たちも事情の聴取は明日でいいと、あっさり帰してくれましたっ!」

 それは何より。と、ベオウルフはほっと安堵の息をつく。

「シンドー君が、ブランシュタウナー家のお迎えでさっさと帰っちゃったから……聴取ができなかったというのもありそうでしたけど」

「…………」

 あいつはこってり絞られればいいのに。と言いたげに、顔もしかめたが。

「でもとにかくよかったですぅ。ベオウルフさんが無事で……」

「バカ、英雄霊は基本的に神の頂に登るために現界する、人型種族の超越者だぞ? そうそう簡単に死ぬか」

 英雄霊は基本的に、神・聖人に至れなかった人物がなるものである。そんな彼らは現世に召喚されることによって、生前の行いだけでは足りなかった神・聖人になるための《徳》を積もうとこの世界に降臨するのだ。

 だからこそ、英雄霊は基本的に人間のためになる行動をとろうとするし、自身の現界を行ってくれる主には忠実に従うのだ。

 もっとも、中には変り種もおり、「人類救済のため」と英雄霊に身を落としてまで下界に下りてくる聖人や、「生前果たせなかった世界征服をっ!」なんて馬鹿な目標を掲げて降臨してくる王もいるが。

 ベオウルフも、一応目的は神格に至るための徳を積むための降臨。もっとも、本人としては神の座などどうでもよく、いろんな意味で放っておけないまりなを保護するという目的の方が強いが。

「だから英雄霊は基本的に、神様に至るまではできるだけ死なないように努力するんだよ。そんじょそこらの人間より生き汚いから覚悟しとけよ。あぁ、とはいえさすがに心臓ぶち抜かれたり、首落とされたりしたら速攻で送還されるが」

――それ考えるとさっきのアルトリウスの一撃はやばかった。と、ベオウルフはあの黄金の奔流を思い出し、冷や汗を流す。

 まりなもあの超威力の斬撃を思い出したのか、頬に冷や汗をのしずくをたらしつつ、

「べ、ベオウルフさんがそんなことにならないよう、今度から喧嘩売られないように注意しておきます……」

「そうしろ。俺も何でこんな平和な時代で腕斬りおとされなきゃならんのだと、世の理不尽を嘆きたくなるから……」

 ホントよく生きていたな。と、二人の主従はボロイアパートの一室で、同時にため息をつくのだった。

 そんな二人の辛気臭い雰囲気を感じ取ったのか、

「ちょっとまりな。あんたいつまで落ち込んでんのよ! ご飯作ってきてあげたからシャキッとしなさいっ!」

 なんて怒鳴り声のような大声と共に、ひとりの少女がまりなの部屋のドアをけり開け、鍋を片手に乱入してきた。

「ちょ、奏歌(そうか)さん! ノックくらいしてくださいって言っているじゃないですかぁ!」

「はぁ? いつもいつも細かいこと言ってんじゃないわよ。どうせ、このアパート壁なんかぺらっぺらで隣の部屋の生活音まで筒抜けなんだから、いまさらノック位でガタガタ騒ぐな。ってあれ?」

 そう言った少女は見るからにガサツな雰囲気を持っている人物だった。

 上下を黒のジャージで統一し、後ろでまとめているはずの金髪は、ぴんぴんと髪が何本か跳ね上がっており纏め切れていない。

 なにより一番目を引くのは、頭の上から生えている三角形の耳と、尾から生える手入れがされていないボサボサの尻尾。

「狐の獣人……そういえば東の方では結構いると聞いたことがあるが、まさか実在するとは。西洋じゃ、犬とか猫の方が一般的だったしな。こっちじゃ珍しくないのか?」

「あれ? 英雄消えたんじゃなかったの?」

 珍しいもんを見た。と目を丸くするベオウルフと、消えたはずの英雄霊がいつのまにか友人の部屋に居座っているのを見て、首をかしげる狐獣人の少女――奏歌から放たれた同時の問いに、まりなはアワアワと慌てたあと、

「と、とりあえずご飯ください……。いろいろあって疲れたのですぅ」

「……はいはい。まぁ、事情は食べながらでも聞けるでしょう」

 まりなの一言に、奏歌はわずかな苦笑をうかべ、持っていた鍋を卓袱台の上に置いた。

「あぁ、そうそう。ほかにもあんたの慰めるってうるさい連中が、料理持ち寄ってくるから……」

 奏歌がそう言いかけると同時に、

「まりなちゃぁああああああああああん! 元気出してっ! まりなちゃんが学校にいられなくなっても、私たちずっと友達だからっ!」

「ちょ、先走らないの。まだ退学が本格的に決まったわけじゃないのよ!」

「だって優香ちゃん! 降霊科の生徒で、英雄霊の護衛のない子なんて見たことないよ! きっと退学確定だよっ!」

「こらぁあああ! 慰めに来たのかとどめさしに来たのかどっちよっ!!」

 そんなけたたましい声を上げながら、デリバリーしたと思われるピザやらなにやらを片手に部屋に殴りこんできた少女二人を見て、奏歌はそっとため息をついた。

「言っている間に来たわね。はいはいあんた達。今ちょっとわけわかんない状態だから、とりあえず料理をちゃぶ台の上において、落ち着きなさいな」

 こうして、女子会というにはあまりに姦しい、夜の宴会が始まったのだ。

              ◆         ◆

「はぁん?要するに、あんたの英雄霊が死んだっていうのはあんたの勘違いだったわけね」

「はい……。お騒がせしてスイマセン」

「まったくだよっ! わたしなんて慰めるために思わず自腹きってピザなんて買っちゃったのに……。あ、優香ちゃん、そこのタバスコとって?」

「あんたかけすぎよ……。というか、言っている割にピザは自分で半分以上食べてんじゃない」

 狭い一室に置かれた小さな卓袱台。その上には、デリバリーされたピザと、奏歌が持ってきた里芋煮っ転がし。そして、ユウカと呼ばれる少女が持参した、手作りシチューとサラダが所狭しと並んでおり、少女たちはおのおのの取り皿を片手にその料理を好き勝手につまんでいく。その中にはちゃっかりベオウルフも並んでいた。

 ベオウルフは食事をしなくてもいい体なのだが、「食事時に一人だけ仲間外れとか、私のメンタルが持たないですぅ……」というまりなの一声によって御相伴にあずかることとなった。

 一応丸い卓袱台であったゆえに、四人だけしか座れないなどという悲劇は起こらなかったが、何分小さいゆえに座る人物同士の間隔が狭い。

 だというのに、英雄に肩がぶつかることなど一切考慮せずに、次々と料理をとっていく、ユウカとピザを持ってきた少女に、ベオウルフは驚愕した。

――こいつら、偉人に対する敬意とか一切持ち合わせていねェ!? と。

 そんな中、ひとり悠々と自分の分の料理を確保した奏歌が、ピザを片手に持ちながら、

「んじゃぁ、英雄さんに一応自己紹介ね? 私は漣高校科学学部、機械工学科二年生の、葦原奏歌よ。いちおうこの部屋の隣……201号室に住んでいるわ。学校の課題でいろいろ機械とか作るときがあるから、煩かったらごめんなさいね?」

 その流れに乗って、ベオウルフの左右にいる二人も、食事の手をいったん止めてベオウルフへと向き直った。

「私は漣高校通常学部普通科二年の、雲母坂優香(きららざかゆうか)。魔術学部や科学学部にいる奏歌やまりなと違って、いたって普通の一般生徒よ。学校で会う機会はあまりないかもね……校舎も違うし。いちおう奏歌の下の部屋――101号室に住んでいるわ。趣味は歴史研究よっ! だから正直英雄に会うのを楽しみにしていたのっ!」

「はいは~い 同じく漣高校通常学部普通科二年の彩雲幸美(さいうんゆきみ)で~す! 一応この部屋の下の102号室に住んでま~す! テストで困ったことがあったらお任せっ! 絶対山を当ててあげるからっ! あと、歴史関係の話は優香ちゃんに振らないでね? じゃないと後悔するよ?」

「どういう意味かしら、幸美?」

 幸美の自己紹介が終わった後、いつのまにか幸美の背後に回っていた優香が、幸美の漁のこめかみに拳を当て、ぐりぐりと万力のような力で締め上げる。

 ぎゅぁあああああああああああああああああ!? と、それによって幸美が割とせっぱつまった切れ切れの悲鳴を上げるが、ベオウルフとしては気づかぬ間に背後を通られてしまったことの方がショックだった。

――あいつ本当に普通科の生徒か? と、ベオウルフはわずかに冷や汗を流しながら、自分の隣で友人を拷問にかける優香を見つめる。

 そんなベオウルフの様子に気づいてはいたのか、目の前に座るまりなは苦笑いをうかべつつ、

「優香さんは日ノ本の妖精種――妖怪とのハーフさんだから、普通の人間よりかは身体能力高いのですぅ。いろいろ理不尽な能力もありますから、気にしない方がいいと思うますぅ」

「理不尽とは失礼ね。私は常識的な能力しか使わないようにしているわよ?」

――つまり常識的じゃない能力も一応あるんだな。と、どうやら妙な隠し玉を持っているらしい隣人に、今後警戒が必要か本気で思案に暮れるベオウルフ。

 だがとりあえずは自己紹介が終わり、料理も半ばまで削りきった女子四人は、ジュースを片手に口々にまりなに祝いの言葉をかけて行った。

「にしても本当によかったわ、まりなが中間合格して。もうだめかと思っていたもの」

「筆記試験では私がせっかくはった山の問題も全部間違えているし……。山はあっていたのに何で肝心な答えを外しちゃうかな……」

「もともと山になんて頼るのは褒められたことではないのだけれど……。とはいえ、英雄霊が来てくれたなら、次のカリキュラム――《神階迷宮(しんかいめいきゅう)》の実地授業も受けられるようになったんでしょう?」

「はいっ! 今日召喚術の授業の後に書類渡してもらいましたっ! これで、奏歌さんと一緒に迷宮に潜れます!」

 いいな~。スリルがありすぎる校外学習ね……。と、奏歌とまりなの会話に、一般生徒二人は様々な反応を返した。

 対してベオウルフは、

「《神階迷宮》?」

「あぁ、ベオウルフさんの時代にはなかったのよね……」

 聞き覚えのないその単語に、ゆっくりと首をかしげていた。

「仕方ないわね! 此処はわたくし雲母坂優香が、神階迷宮の成り立ちと周辺歴史もろとも、何も知らないベオウルフさんにレクチャーしてあげましょうっ!」

 そんなベオウルフの姿を見て、なにやら優香が目を輝かせながら立ち上がった。その瞬間、

「逃げてっ、ベオウルフさんっ!」

「ここは私たちが引きつけておくのですぅ!」

「二人とも~。その反応はどういう意味かしらぁ?」

 ベオウルフを守るように立ち上がった幸美とまりなが、二人纏めて拳万力の餌食になったことは言うまでもない……。


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