謀りの王達
魔力を血色の輝きに変える魔剣と、魔力がなくともそれ自体が黄金の輝きを放つ聖剣が激突する。
辺りの空間に刻まれる二色の閃光。それをふるう存在は、常人の動体視力ではとらえきれない速度で激突を繰り返し、何度も消失と出現を繰り返す。
だが、
「流石は《聖剣王》って言ったところか……。よくそんな巨大な剣を持って俺の速度についてこれる」
「ほざけ、言うほど速度がある英雄でもないだろう、貴様」
現在ベオウルフは押されていた。
理由はいろいろある。
まずは英雄霊個人としての性能。
ベオウルフもアルトリウスも、世界中にその名を知らしめる大英雄ではある。だが、ベオウルフはもともと怪物退治で名を上げただけの一般騎士。対してアルトリウスは聖剣に選ばれ、龍の血を引くといわれる王族の末裔。もとより保有できる魔力に差がある。そしてその差がある分の魔力をすべて強化に使われてしまった場合、どれほどベオウルフの力が強かろうが、強化で人外の力を手にしたアルトリウスには勝てないのだ。
続いて武器の性能。
ベオウルフが持つ《フルンティング》は、世界に名だたる魔剣の一つだ。その力は、斬りつけた対象の血をすすり、斬られた人物の血と怨念を使い、その刀身の硬度を強化するというもの。その耐久度は怪物の一撃すら防ぎきったといわれ、頑強さだけなら並ぶ剣はそうはないと言われている。
対するアルトリウスが持つ《エクスカリバー》の能力は単純明快。「所持者を絶対に勝利させる」というもの。その効果は様々で、「突然一発逆転のアイディアが思い浮かぶ」や「自分が致命の一撃を負いそうな攻撃がなぜかそれる」といった、微々たるものなのだが……そのすべてが所持者に与えられる敗北という運命を斬り伏せ、消し去るという《運命操作魔法》。ただ頑強さだけが売りのフルンティングでは、エクスカリバーの運命操作は破れない。
単純に、フルンティングは盾を持って戦うために作られた片手剣で、エクスカリバーは両手で振るう両手剣であるという事実も、ベオウルフを不利にしている理由でもあった。要はエクスカリバーの方がリーチが長いのだ。
最後には主人であるまりなとシンドーの実力差。
どれだけ小物臭かろうが、シンドーは名門出の魔術師だ。この歳では考えられないほどの潤沢な魔力を保有しているため、大英雄であるアルトリウスに惜しみない魔力の供給が可能だ。
対するまりなは、一般の教会司祭夫婦の間に生まれただけのただの娘だ。魔力も人並み程度でしかなく、ベオウルフの全力戦闘について行こうとすると、すぐに魔力が枯渇してしまう。
結論として、
「まずいな……勝てる目がない」
――あれだけ大口をたたいておいて、あっさり負けるとか切なすぎるだろう。と考えたベオウルフは生前の経験を駆使して、何とかアルトリウスの攻撃をいなすのだが、アルトリウスは《聖剣王》と謳われた剣の達人であり、剣の技術的にもベオウルフのはるか上をいっている。いなし切るのも難しくなってきた。
「このままじゃ敗北は確実だ……じゃぁどうする?」
――最悪、《奥の手》を切るか? こういった輩がいるかもしれないから、できるだけ切り札は温存しておきたいんだが……。と、ベオウルフが何とか打開策を考えようとしたときだった。
「《辣腕王》よ」
「どうした? 戦闘中にお喋りかよ? 余裕だな《聖剣王》!」
「ちゃかすな。少し提案がある」
エクスカリバーとフルンティングがつばぜり合いになり、事態は一瞬硬直した。それと同時に、周りには聞こえない、囁くような声で、アルトリウスがベオウルフに話しかけてきたのだ。
「提案? なんだよ一体……」
「うちの主……かなりひどいだろう?」
「え? あぁ……まぁ、仕える相手としちゃ最悪の部類だな。あれが主人じゃ、《英雄霊》がこの世界に降臨する目的も果たせまい……」
「まったくだ。だが今のウチなら修正が効く。あいつも根っからの悪党というわけではあるまい。ただ教育が悪かっただけだと我は思っている。これから長く付き添うものとして……何より人々を導く王として、奴の勘違いはできるだけ早く正しておきたい」
「ほう? まぁそれに関して否はないが……どうするつもりだ?」
「一度だけ、《絶対勝利の剣》の真髄を見せる。広範囲を切り裂き、次元すら断ち切る私の奥の手だ。昔はうちに攻め込んできた軍勢相手に連発して、相手を恐怖のどん底に叩き込んでやったものだが……」
「…………」
アルトリウスの国に敵対した勢力に、ベオウルフは心の底から同情した。竜の血から与えられる無限に近い魔力を使っての大規模殲滅攻撃の連撃とか、正直ベオウルフでも耐えきる自信はない。
同時に、このまま決闘を続けても多分自分は勝てないと思い知らされた。だからこそ、
「で、それをどうすればいいんだよ?」
「お前はその一撃をそのフルティングでそらして、あのバカ主にかすらせろ。かすらせるだけでいい。それだけでも十分主に恐怖を与えることはかなうだろう。そうすれば、主に『英雄霊とは運用を間違えば危険な存在なのだ』と教えることができよう。そうすればあとはこちらの物。力をちらつかせてある程度主にこちらの話を聞いてもらえるようにし、そこから徐々に教育してやれば、あの歪んだ性格も少しは矯正できるだろう」
「本当だろうな……」
――あのねじまがった性格が一朝一夕で変わるとは思えんのだが? と、ベオウルフがいつのまにか背後に据えるようになっていたシンドーを目だけで振り返り、
「やっちまえアルトリウスっ! ぶっ殺せぇええ!」
なんて不穏な言葉を言っている姿を目撃し、思わず嘆息した。
「本当に治せるんだろうな」
「当然だ。わが名は《聖剣王》アルトリウス・ペンドラゴン。外敵の侵略に苦しみあえいでいた、ブルティングの民を導き守った王の名はだてではない」
「そうかよ……じゃぁ」
――あんたのその名声にかけてやる。と、ベオウルフは小さく返した後、
「おるぁあ!」
「くっ!」
アルトリウスに負けていない――いや。これだけは凌駕している腕力を使い、力任せにエクスカリバーを弾き、アルトリウスの体を無理やり後方へと弾き飛ばす。
「何押されてんだアルトリウスっ! その程度の成り上がり、さっさと殺せぇっ!」
――仮にもクラスメイトの使い魔を問答無用で殺しに来るとか、ほんと歪んでんなあいつ。と、背後から聞こえる怒声に、ベオウルフは思わず顔をひきつらせつつも、
「御意。我が主、ならば我が聖剣の真髄をお見せしよう」
打ち合わせ通りに、エクスカリバーにとてつもない魔力を込めはじめたアルトリウスに、思わず氷結した。
――あれ? これ思った以上に威力髙そうじゃね? と。
そらすのも難しいかも。と、いまさら気づいたベオウルフが、慌ててアルトリウスに計画の中止を求めようとするが、
「薙ぎ払え……《敗北切り裂く栄光の剣》!!」
時すでに遅く。ありったけの魔力を込められ、無数にある別名の一つを呼ばれた聖剣は、その力をいかんなく発揮する。
空間そのものに亀裂を入れながら疾走する、黄金色の斬撃の奔流。石造りの城すら一撃で倒壊させるその一撃が、ベオウルフに向かって襲い掛かった!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! マジかぁああああああああ?」
事ここに至ってしまった以上、うまく対処できなければ死ぬ。本能的にそれを察したベオウルフは、悲鳴と共にフルティングを両手で握りしめ、黄金の奔流にぶつけた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
両手の骨を砕かんと言わんばかりの衝撃を与えてくる黄金を、何とか支え切り押し返そうとするベオウルフ。幸い腕力だけはほかのだれにも負けないものを持っているが故、それは何とかかない、黄金の奔流はフルティングによって完全に抑えきられ、その軌道をわずかではあるがずらしつつあった。
だが、
「あ……やばっ! またっ……」
ベオウルフの英雄譚には、じつは嫌な負のファクターが存在する。
『装備した武器はことごとく壊れ、肝心な時に使えなくなっている』という、騎士としては最悪すぎるファクターが。
そして、その伝説によって力を与えられたベオウルフも、その伝説にたがわない呪いが与えられているらしく……彼の命を守るはずの紅い魔剣は、パキリというすんだ音と共に、あっさりと黄金の斬撃にへし折られてしまった。
「だぁああああああああああああああ!? 今呪いの効果が来る必要はないだろうがぁああ!!」
そんな悲鳴を上げても事態は変わらず、かろうじて軌道がずれていた黄金の斬撃は致命傷には至らなかったが、
「べ、ベオウルフさぁああああああああああん!?」
「お、思った以上に被害甚大だな……」
ベオウルフの右腕をあっさりと持っていき完全消滅させた。
同時に背後では、
「う、うわぁあああああああああああ!?」
それた斬撃が鼻先をかすめていき、大きな声で悲鳴を上げ、しりもちをつくシンドー。
「あ、主っ! 大丈夫ですかっ!?」
なんて白々しい叫びをあげながら、エクスカリバーを収めたアルトリウスは慌てた様子でシンドーにかけていく。
その最ベオウルフとすれ違った彼は「いや、すまん……」と言いたげに、手を掲げてきたが、腕を失い疲れ切ったベオウルフにはそれにこたえる元気がない。
適当に手を振ってそれをアルトリウスへの返事にした後、こちらにかけてくるまりなに一言。
「だ、大丈夫ですかベオウルフさん!?」
「わ、悪い主。申し訳ないが、ちょっと休ませてもらう……」
「え!? えぇええええええええ!? き、消えるんですか!? 消えちゃうんですかぁああああ!?」
――いや、腕を回復するために魔力消費が少ない霊体状態に移行するだけだから……。というベオウルフの言葉は、もうすでに半泣きになっているまりなには届かず、
「お、おまえ……お前ぇえええええ!? 主人を巻き込みかねない攻撃を放つ奴があるかぁあああああ!」
後ろでアルトリウスを怒鳴りつけるシンドーの声をききながら、シンドーの股が妙に黄色い液体でぬれていることを、そっと見なかったことにしつつベオウルフの意識は闇の中へと沈んでいった。