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現状説明  なぜ獣人になったのか?

「世の中ずいぶんと変わったもんだな……」

――極東の地なんざ、生前は土を踏むことさえなかったが……。と、独りごちながら、《辣腕王》ベオウルフは、漣高校学生食堂の窓から覗ける学園周囲の風景に思わず嘆息する。

 そこにあるのは、無数の天を衝く塔群と、見慣れぬ服を着た人々。そして、高速で地面を走り抜ける馬の無い馬車と、轟音を立てて空を飛ぶ巨大な翼をもった鉄塊だった。

「あそこに見えるのがオフィス街で、この時代では仕事をしている人たちがたくさんいる場所です。周りに見える人々が来ているのはうちの学校の制服。馬の無い馬車は《車》って言って、中に動力を積んで自力でタイヤを回転させているんですよ? あ、あの空を飛んでいるものもわかりませんか? あちらは飛行機といって、あの翼で浮力を確保して空を飛んでいます!」

「鉄の塊が宙を舞うか。あれほどの巨体で空を飛ぶ連中など、俺はドラゴンくらいしか知らんかったが……」

――時の流れというものは怖ろしきものだ。と、ベオウルフはわずかに首を振った後、

「で、そ、その……そろそろ落ち着かれましたでしょうか? 陛下」

「……ベオウルフでかまわん。今はお前が主だ、刑部まりな殿。俺もさきほどは取り乱してすまなかった」

 一応主としての役割をまっとうするために、びくびく震えながらも自分の疑問に一つ一つ答えてくれるシスター――刑部まりなを見て嘆息する。

――少々きつく問いすぎてしまったらしい。と、らしくなく取り乱してしまった数十分前の自分を呪いながら、頭を抱えるベオウルフ。

 そう。さきほどの騒動からすでに数十分がたっている。召喚された英雄霊が、いきなり生徒と揉め始めるという事態は、さすがの教師も初めてだったのだろう。教室を荒らしまわり、授業を滅茶苦茶にしたベオウルフとまりなをとっ捕まえたその教師は、「とりあえず授業はいいから、呼び出した彼とキチンと話し合いをしてきなさい!」と、厄介払いでもするかのように、まりなとベオウルフを学食へと放りこんだのだ。

――今考えると、仮にも王にまで至った男が、学生相手にムキになりすぎたな。と、いまさらながら深い反省の念を覚えたベオウルフは、なかなか顔を上げることができなかった。そんな彼の姿に何か勘違いしたのか、まりなはさらに慌てた様子を見せる。

「そ、そうだ! お話の前に何か食べませんか? せっかく学食に来たんですから……現代のおいしいもの奢りますよっ! に、二千円までならっ!」

「おいやめろ。周りの人間から「何女の子にたかってんのあいつ?」と言いたげな視線が飛んでいる! 食い物はいらんっ! 一応食事はできるが、俺達の動力源は主からの魔力供給だ! それさえ滞らせなければ、食事なととらなくとも現界は維持できる!」

「そ、そうでしたっ! そういえば先生がそんなことを言っていた気が……。あと、血なんかも結構魔力の供給源になるのでしたね……。すいます?」

「人を吸血鬼扱いしてんじゃねぇぞテメェ!?」

――いや、今の俺の場合は人狼の方が適切かもだけれどっ!? と、怒りのあまり逆立つ耳と尻尾を忌々しげに思い出しながら、ベオウルフは自身に首筋を突き出してくる、まりなの肩を抑え、力づくで先ほどまで座っていた椅子に座らせた。

「とにかく、お前――主がいま俺にすべきことは、俺がどうしてこんな状況になっているかの説明だろうが! 何分英雄霊召喚をされたのは俺も初めてのことだ。知らんことが多い。そのため少しでも今の自分の状況を把握したい」

「は、はい! わかりましたっ! ちょ、ちょっと待ってください!」

 そういうとまりなは、傍らに置いてあった鞄に手を突っ込み、ごそごそと何かをあさりだした。そして数秒後、まりなが取り出したのは一冊のノート。

 《降霊術基礎》の文字が表紙に刻まれたそのノートは、どうやら先ほどまでまりなが授業を受けていた、降霊術の板書を書き写したものらしい。

――優秀な奴ならノートなどみずとも暗記しているものだが……こいつ、実はあまり優秀ではないのか? とベオウルフは、ノートをぱらぱらめくりながら「あ、あれ? 此処じゃない……こっち? あれ~書いたはずなのに、書いた場所が思い出せないですぅ」と、四苦八苦するまりなの様子に、顔を引きつらせる。

「あっ! ありましたっ! 英雄霊使役のページ。えぇっとですね……」

 そんな苦労のかいあってか、ようやく目的の記述を見つけたまりなは、咳払いを一つはさんで気を取り直し、説明を開始した。

「ええっとですね、英雄例召喚は過去・未来から様々な英雄の魂を使い魔(ファミリア)として呼び出し、使役する魔法です。そのため、召喚した英雄霊とは主従の契約を結び、主な英雄霊の現界維持に必要な魔力を供給。英雄霊は主の命令を聞き、その身の安全を守る義務があります。ここまでは良いですか?」

「あぁ。その程度の知識なら、こっちの世界に来る前に通った、あの魔法陣から教えられている。この国の言語から基本的な犯してはならない法律くらいなら、何とか頭に入っているぞ?」

「あぁ……流石先生が描いた魔法陣。アフターケアもバッチリですぅ。で、ですね、とりあえずはまだしていない主従関係の契約を結びたいのですが、よろしいですぅ? あまり娘の契約が結ばれていない英雄霊を現界させておくのは、法律上少々問題がありまして……」

「法律って……」

――そこまで扱いが警戒されているものを、高校生に扱わせるなよ……。と、内心で現代の危機管理事情に苦言を申しながら、ベオウルフは暫し黙考する。

――俺がここに来た理由は、このバカの蛮行を止めるためだ。魂の燃焼を止めた以上、ここにいる理由はないと言っていい。だが、

 そこまで考えた後、ベオウルフはジッとまりなへと視線を戻し、

「うぅ……や、やっぱり、私なんかが御主人さまなんて嫌ですよね。いいんですよ、こちらの事情で呼んでしまったわけですし、断ってくれてもいいんです。うぅ、私は気にしません」

 今にも泣きそうな表情でそんなことを言われてしまっては、流石の英雄でも断るのは気が咎める。

――まぁ、平和な時代なようだし、やることなんてせいぜいこいつのお守りくらいだろう。多少長めの傭兵契約だと思えば。と、自身に言い聞かせたあと、ベオウルフは、

「はぁ、そんな顔するなよ……。まだ断るとは言ってないだろう」

 首を縦に振った。

「え!? ほ、本当に!? 本当にいいんですかっ!?」

「しつこい。王に二言はない」

「あ、ありがとうございますぅ! やった……これで退学せずにましたぁ」

――こいつ、この試験合格しなかったら、いったいどうなっていたんだ。と、何やら不穏なつぶやきを漏らすまりなに、ベオウルフは半眼を向ける。本当にコイツを主にして大丈夫なのかと……。

「あ、ですが一つだけ注意事項があるのですぅ」

「なんだ?」

「この契約をした後、あなたには体のどこかに《縛印》が刻まれます」

「縛印?」

「はい、《縛るしばるしるし》とかいて《縛印》ですぅ。これは英雄霊が主人の云うことをきかなくなった場合、強制的に主人の云うことをきかせるために使われる、一種の安全装置ですぅ。いちおう使い方としては暴走した際に『自害させる』ために使うのが一般的なのですが……かまいませんか?」

「……またえげつない術式を現代では作っているんだな」

――そう言われると契約するのに尻込みしてしまう。ベオウルフは、盛大に冷や汗を流しながら「や、やっぱりそうですよね……。普通はだめですよね……」と、若干落ち込み始めたまりなを観察した。

 先ほど話した縛印に関しては、本来ならば契約が終わるまで伏せておくべきことのはずだ。それをわざわざ話したということは、この娘はそれ相応に善良な人間だと見受けられる。

――まぁ、うがった見方をすればこちらにそう思わせて、契約をする言質を取るのが目的とも取れるが。と、最悪の可能性を視野に入れ、ベオウルフはまりなの観察を続け、

「うぅ……や、やっぱり私なんかがベオウルフさまと契約なんておこがましかったのですぅ。今すぐ解約するので、どうかふたたび安らかな就寝を……」

「まてまてまてっ! 断るとはいっとらんだろうがっ!」

 突然自分で勝手にヘコみ、結論を出して送還の準備に入ろうとするまりなを慌てて止めた。そして、

――こいつが俺をだます? ないない。むしろ騙される方だろう。召喚の時に聞いた物騒な言葉の件もあるし、ここで見捨てるとまず間違いなくろくなことにならん。と、結論を出した彼は、ハァと盛大なため息をついたのち、

「《縛印》の件は了承した。そのうえで今一度いうぞ? 俺は今日から君の剣となり盾となろう。よろしく頼む、我が主」

「え? ……えっ!? ほ、本当に!? 本当に私のファミリアになってくれるのですかっ!?」

 数秒固まったのち念押しするように問い掛けてくるまりなに、苦笑した。

「王に二言はない! 先ほども言ったはずだ」

「あ、ありがとうございますぅうううううううううううううう!」

 そして、突然目から大量の涙をあふれかえらせたまりなに、ベオウルフは度肝を抜かれた。

「ちょ、なぜ泣くッ!?」

「こ、ここで召喚に失敗すると、いろいろと成績が不味くて……。せっかく無理してこの学校に入れてくれたお母さんとお父さんに、申し訳ないと思っていたのですぅ。よかった、これでひとまず退学は免れますぅ。安心したですぅ……!」

 ぼろぼろ涙を流すまりなに慌てふためくベオウルフ。その瞬間、ベオウルフには学食にいる無数の人々からの、攻めるような視線が突き刺さり……。

「お、俺が悪いわけじゃないのに……。がぁああああああああ! もう、勘弁しろぉおおおおおおおお!」

 さすがの王も、女の涙と周囲からの白い眼には耐えられないようだった。

              ◆         ◆

「うぅ……。す、スイマセン取り乱してしまって」

「ホントだよ。勘弁してくれ主」

 それから数分後。ようやく泣き止んだまりなとベオウルフは、何とか周囲の誤解を解きグッタリした様子で同じ席に座ることに成功していた。

「もう、厄介ごとはこりごりだ。とにかくさっさと契約を済ませよう」

「わ、わかりました。では、『誓約せよ。時のはざまより呼び出されし英雄よ。汝は我――刑部まりなを主と認めるか?』」

「あぁ、認める。って、軽くね?」

「『契約は成った。汝はこれより、我の剣となり盾となれ』そんな大それた儀式とかできないですし……言質さえ取れれば問題ないですぅ」

 契約の文言には明らかに不必要な雑談を挟んだにもかかわらず、契約はあっさり成立してしまった。魔術の方も近代化の波に従い、精練・体系化されている。それによって無駄が省かれた魔術は、はたから見ればあっさりしすぎていると感じてしまうほどの簡単な手順で結実してしまう。

 その証として、現在ベオウルフの首には、鎖を想わせる赤い文様が浮き出ている。

「これは?」

「それが《縛印》。契約者によって出る個所は違うらしいですが、効果は基本的に同じですぅ。効果を発揮している間は赤く光るらしいので、光ったら注意してほしいですぅ。あと、緊急事態――ベオウルフさまが何らかの犯罪行為に走りかけたとき、こちらでベオウルフさまの動きを一時的に止める文言が決められるのですが、どうするですぅ?」

「適当でいい。仮にも俺は王だぞ? 犯罪など起こすわけがなかろう」

「わかりました。じゃぁ『ハウスっ!』で。犬型獣人サンっぽいですし、ぴったりですぅ」

「まて……」

 何やらとんでもないことを言ってのけた自分の主に、ベオウルフは思わず固まった。

――主従契約。早まったかもしれん! と。

「はい? 何でしょう? かわいいですよ、『ハウスっ!』」

「人を犬扱いしてんじゃねぇ!? 仮にもれっきとした国王だぞっ! って、そうだった……まず何で俺が獣人になってんだよっ!?」

「はうっ、そうでしたそれも説明しなくては……え、えっと、ノートによると」

 そう言ってまりなは手元に広げていたノートに視線を走らせ、

「召喚される英雄霊は、基本的には生前の姿に沿うようなのですが、ごくたまに……ごくたまになんですけど、召喚者のイメージに左右される場合があるそうなんですぅ。本当はあまりビジュアルがよろしくない方も、結構イケメンに修正されていたりとか……」

「ほほう、それは便利だな。俺ももうちょっと目つきが柔らかかったら、女にモテモテだったのだが……」

「そういえばベオウルフさまって、昔の王様にしてはその……お妃さまが少ない」

「いうな……」

――俺だって気にしているんだ。と、若干へこんだ様子を見せるベオウルフに、まりなは慌てて話題を変える。

「そ、それでですね……。今回あなたについてしまった犬の耳と尻尾は、どうやらそれが原因の様で?」

「はぁ? 後世の歴史家が俺を獣人だとでも記したのか? バカな……俺の時代は獣人蔑視が強い時代だぞ? 何度奴隷の獣人を、臣下として登用するのに苦労したことか……。ましてや王が獣人など、獣人の国の王でもない限り不可能だ」

「そ、そうだったのですかっ!?」

「……おい」

――俺を呼んでおいてその程度の知識しか持っていないとか。と、ベオウルフは冷や汗を流しながら、恐る恐る、

「もしかして……万が一だが、ありえんことだとは思うが……お前俺の名前から連想して、俺が獣人だと勘違いしていたとかじゃないよな?」

 問いを投げかけてみた。そして、まりなの答えは、

「え、えへ?」

 精一杯のごまかし笑い。

 瞬間、ベオウルフの鉄拳が再びまりなの頭部を強打したのは、言うまでもないことだろう……。

              ◆         ◆

「ちっ、刑部の奴。どんなインチキ使ったのか知らないけど、あんな有名な古代英雄を呼び出しやがって!!」

 食堂で盛大に揉め始めるシスターと騎士を見下ろしながら、屋上に立った少年はギチギチと、親指の爪を噛む。

 その傍らには、腕に浮かんだ赤く輝く鎖の模様を、忌々しげに見つめながら、臣下の礼をとる騎士が一人。

「まぁいいさ。いかにベオウルフとはいえ、僕のファミリアにはかなわないだろうからね。そうだろう? 《聖剣王》」

「貴様……!」

「そんな顔したって駄目さ。契約はすでに結ばれた。お前は今から僕の奴隷だ」

 あはははははは! と、聞くものすべてに不快感を与える甲高い笑い声をあげながら、少年は叫ぶ。

「とはいえだ、僕より目立った奴がいるなんてことは僕としては許しがたいんだよねぇ。それも相手はあの落ちこぼれシスター。正直言って僕はかなり腹に据えかねている」

 だからさぁ。と、少年は再び揉めている主従に視線を戻す。

 頬を盛大に引っ張られて、涙目になっているシスターを睨み付ける。

「あの魔術師の風上にも置けない落ちこぼれ風情に、出る杭は打たれるんだと教えてあげよう」

 その不穏な言葉は、屋上に吹き抜けた強烈な風によって掻き消えた。


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