イングの古宝
『「ウィラーフ。無事か?」
「はい、ここにおります。陛下」
老境の域にいたり、国王になったベオウルフは、最後の冒険として彼の国の国民を苦しめていた、とある悪竜の討伐を行った。
結果は見事に成功。現在ベオウルフの眼前では、悪竜が額から血を流しながら息絶えている。
だが、その偉大なる成果を上げたベオウルフ自身も無事ではなかった。
年老いた彼は悪竜の一撃をよけることかなわず、その毒牙で全身を貫かれていた。
肩口から脇腹にかけて、ずらりと並ぶ毒牙が開けた大穴。そこからおびただしい血を流しながら、しわだらけの顔をゆがめ、ベオウルフは最後の冒険にも付き合ってくれた、長年の従者を呼び寄せた。
「《イングの古宝》は、残った柄はどうなっておる?」
「わたくしめが持っております。これは、あなた様の一族に代々伝わる家宝ですから、せめてこれだけでも」
「よいのだ、ウィラーフ。最後に感謝のしるしとして、その柄はお主にやろう」
「っ! 何おおっしゃいます陛下っ!! 陛下はまだ、生きておられねばならぬお方ですっ!!」
「ふふ、小生意気なことを言う従者だったお前も、ずいぶんと泣けることを言ってくれるようになった……」
余はそれだけで満足じゃ。と、ベオウルフは最後に笑い、
「若いころは色々無茶をしたのう……。あのときは口も態度も、人の上に立つ者のものではなかった。そんな青臭いワシに、お主はよく仕えてくれた。だからこそ、その剣をお主に預けるのじゃ。お主ならば、わしがいなくなったあの国を、正しく導いてくれると信じておるから」
「陛下……!!」
《イングの古宝》の柄にはまった宝玉は、ネイリング家の正統後継者たる証となっている。
すなわち、それを託すということはベオウルフが持っているすべてを、ウィラーフが継承する権利を得たということなのだ。
ベオウルフが務めていた、王位さえも。
「のう、ウィラーフ」
「はい」
「わしは……あこがれていたものに……英雄になれたかのう?」
「もちろんです。貴方様に並ぶ英雄など、この世界にはおりますまい」
「そうか……」
誰よりもわしの夢をバカにしていたお主の口からその言葉が聞ければ、間違いないよな。と、ベオウルフは満足げに笑いながら、ゆっくりと息を引き取った。
彼が討伐した悪竜の財宝は、ウィラーフによって持ち帰られ、彼の国の民に配られた。
そして、正式に王位を継承したウィラーフによって、折れた剣の柄を国旗にしたその国は、長い繁栄の歴史を歩み始めることとなるのだった。』
(語り部レイヴィアが記す、『ベオウルフ叙事詩』より抜粋。)
ゴッ!! と、まるで巨大な爆弾が爆発したかのような轟音を立てて、はるか先にあった雪原から、おびただしい量の白煙が上がった。
衝撃で雪が吹き飛んだため発生したと思われるその白煙を眺めながら、シモンは先ほど担いでいたのを地面に降ろした、二人の学生を見下ろす。
「大丈夫か、刑部生徒」
「は、はい! ありがとうございました」
立ち上がり綺麗に頭を下げるまりなに、シモンは「気にするな。生徒の護衛も仕事の内だ」と、そっけなく答えた後、なれない雪原の行軍にガタガタ震えているシンドーへと視線を戻し、
「なんだ、まだくたばっていなかったのか? シンドー」
「僕に対してはかける言葉がおかしいだろうがっ!? 英雄霊のくせに生意気……」
「なるほど、そのよく動く口をいますぐ縫い付けてほしいと見える。穴あけ機はないから口に穴をあけるのは弾丸でいいよかろう」
「じゃないですっ! 僕が調子こいてましたマジすいませんっ!?」
地面に額をこすり付ける勢い……というか実際こすりつけながら土下座を刊行するシンドー。ここ数時間の経験で既にトラウマになっているのか、その行動は迅速かつためらいがなかった。
そんなシンドーの変貌に、まりなは思わず氷結したが、数秒後聞かなければならないことがあったことを思い出し、
「し、シンドー君!」
「え? な、なんだよ刑部?」
「アルトリウスさんが言っていた話は本当なんですかっ!?」
「――っ!!」
まりなの質問にシンドーは思わず顔を引きつらせる。そして、盛大に目を泳がせながら、何とかその言葉を言うのを避けようとしていたが、
「本当だ。少なくともそいつは嘘をついていない」
「ちょ!?」
「そん……な」
自身の同級生が、家族ぐるみで国際法を犯していた。その事実にまりなは思わずめまいを覚え、思わずフラフラと座り込む。そして、
「なんで、そんなことしたんですかっ!」
「そ、そんなことって! あいつらは僕らが魔力を使って、疑似的にこの世によみがえらせてやっているんだぜっ! 好きに使って何が悪いっ!」
「おい」
「ひぃー!? スイマセンっ!?」
思わず漏れ出たとしか思えないシンドーの本音に、後ろに立っていたシモンがフードの下で青筋を浮かべる。
そんな彼の殺気に当てられて、即座に土下座体勢に入るシンドーをしり目に、まりなは座り込んだまま頭を抱えた。
「どうすれば……どうすればあの人を、止めることができるのですか」
まりなはいまだにアルトリウスを止めることを諦めてはいなかった。なんとしても、彼女はこのアルトリウスの暴走を、止めたいと願っていたのだ。
自分の英雄霊であるベオウルフが戦っているから――というのもある。アルトリウスを止めることができれば、ベオウルフにこれ以上危険な戦いを強いなくて済む。
だが、それ以上に彼女を駆り立てるのは、
「このままじゃ、あまりに悲しすぎる」
――だってあの人は、わかっている。このまま戦うのが間違いだということを。復讐が何も生み出さないということを。
アルトリウスとわずかながらではあるが会話をしたまりなは、アルトリウスの目に浮かんでいた深い後悔の色を思い出し、拳をきつく握りしめた。
アルトリウスはその輝かしい栄光の影で、自身の部下に裏切られ、息子に裏切られ、最後は国を滅ぼした悲劇の王としても知られている。
その裏切りの理由は、大半がアルトリウスへの恨みであった。
愛した人から引き離された。
不義の息子として蔑まれた。
その二つの憎しみがアルトリウスの身を、国を、滅ぼしてしまう炎になったことをアルトリウスはよく知っていた。
憎しみで人を殺そうとするなんてことは間違っていると、彼自身が一番よく理解していたのだ。
「なのに……どうして?」
――どうしてあなたは、止まれないんですか。
自身の英雄霊と激しい激突を繰り広げていると思われる、白煙の下にいる王に、まりなは思わずそう問いかけた。
その時だった、
『あ――。ア゛――!!』
突如まりなのもとに現れた、鼠の耳と尻尾を持つ古代人のような服装に身を包んだ少女が、まりなの服の袖を引いた。
「え!?」
突然の少女の出現に、まりなは一瞬固まるが、
「あーあー! ア゛ーア゛ー!!」
「何? 何か言いたいことがあるの?」
言葉が離せないと思われる少女が、それでも喉を震わせ必死にまりなに何かを訴えようとしているのに気づき、シスター見習いとして見捨てるわけにはいかないと、まりなはその場でしゃがみこみ、少女と視線を合わせてその意思を知ろうとする。
その時だった。
「あぁ! お、お前、妃御子っ!! 今までどこ行っていたんだっ!!」
「え? 妃御子?」
歴史の授業にも載っており、朝廷成立以前の大国――麻耶台国の国主であった、予言の巫女の名前。その名がシンドーの口から出てきたのに驚くと同時に、まりなは即座に目の前の少女の正体を悟った。
「じゃぁあなたが、アルトリウスさんが見たというブランシュタウナー家で虐待を受けていた英雄霊さんなのですか?」
「あーあ!!」
少女はまりなの問いかけに必死に頷き、轟音響き渡る白煙を指差し、まりなの袖を引いた。
「あそこに、行きたいのですか?」
「あー!」
刻々と頷く少女。それにまりなはじっと考え込んだ後、
「シモンさん!」
「ん? なんだ、刑部生徒」
「ぐげげげげげ!?」
何様のつもりだ貴様? と、妃御子の偉そうな態度をとった加害者シンドーをコブラツイストで締め上げていたシモンが、まりなの声に振り返った。その際、外してはいけない何かが外れたらしく、シンドーの体からコキュリという危ない音が聞こえたが、今はそれを気にしている暇はないと判断したのか、まりなは顔をひきつらせながら、
「申し訳ないですが、わたしをあそこまで連れて行ってくださいっ!」
「なんだと?」
まるで戦争のような光景が広がる、白煙を指差した。
◆ ◆
黄金の斬撃が眼前まで迫る。
「うらぁっ!!」
だが、ベオウルフはその斬撃を直前で跳ね上げることに成功した。
自身の頭上を通り抜ける金色。
わずかに数本の頭が切り離されるが、気にしている余裕はない。
薙ぎ払われた剣の下を身を低くしながら潜り抜け、ベオウルフはアルトリウスの懐に入り込む。
「竜を食らえ、《イングの古宝》!!」
「ふん!!」
アルトリウスに襲い掛かるのは赤い宝石が空中に残光を残す、竜殺しの魔剣。だが、
「忘れたのか? 《絶対勝利の剣》は、所持者に勝利の道筋を教えると。貴様の攻撃など、お見通しだ!! 制圧しろ、《|勝者の権利守る絶対の剣》!!」
「っ!?」
新しい真名解放。それによってエクスカリバーは新たな猛威をベオウルフに向かって振るう。
とんでもない重圧が、ベオウルフの体をとらえ、その体を無理やり地面にたたき伏せたっ!
「がっ!? また新しい能力かよ……!?」
――一体いくつ持ってやがるっ! ベオウルフがそう舌打ちを漏らした瞬間、アルトリウスの蹴りが地面に這いつくばることになったベオウルフの脇腹に食い込み、彼の体を雪原の彼方まで吹き飛ばした!
まるで砲弾のような速度で雪原に着弾するベオウルフ、着弾個所では衝撃で巻き上がった粉雪が煙のようにたちのぼり、被害の甚大さを示す。
そんな中でもベオウルフは、雪に足を取られながらも、戦うために必死に立ち上がるか、
「《敗北切り裂く栄光の剣》!!」
「……はは、噂通りチートくせぇ野郎だ」
そのベオウルフに向かって、黄金の斬撃が津波となって押し寄せた!
《イングの古宝》を盾にして、何とかその斬撃の奔流を受け止めるベオウルフ。
竜の力を持つがゆえに、アルトリウスの攻撃にはすべて竜の属性が付与されている。そのため、対竜属性の力を持つ《イングの古宝》は、攻撃の防御においてもそれなりの性能を発揮してくれた。
だが、やはり至高の聖剣といわれる武器の攻撃を、何度も受け止めるのは無理があったのか、
「あ……」
ピシリ、と音を立てて《イングの古宝》の刀身に亀裂が入った。
ベオウルフはそれを見て、「またか……」と諦めきったような笑みを浮かべて首を振る。
しかし、《イングの古宝》も魔剣としての根性を見せた。今回の黄金の奔流は何とか受け止めきり、何とか剣の形を保った姿でベオウルフの手に残っていたのだ。
「だが、これはもう次叩きつけたら折れるな……」
『斬るとは言わないのね……』
「西洋剣なんて大概そんなもんだろうが。切れ味なんてすぐなくなるもんに頼る日ノ本刀の方がどうかしてんだよ」
状況確認を行う為と言われ、奏歌に渡された耳元についているインカム。そこから聞こえてきた奏歌の声に、ベオウルフはため息をついた。
「そっちは無事か? 一応余波はいかないように気を使っているが」
『それでそっちが危機に陥っていたら世話ないわね。いちおうパワードスーツに守られているから無事。ただ、さっきからむき出しの背中で雪が解けて冷たいんだけど』
「そのくらい我慢しろ。こっちは」
――もう満身創痍だぞ。と、ベオウルフは自身の体のあちこちに走った傷を眺め、絶体絶命だなと虚ろな笑みを浮かべる。
だがしかし、ここで倒れるわけにはいかない。まりなたちもいまだ遠くへは行けていないはずだ。
安全なところに逃がした後、まりなたち人間はシモンの結界の外に出す予定になっているのだが、ベオウルフに繋がったまりなとの霊的パスが、いまだ彼女がこの結界内にいることを教えてくれている。
――なんかの事故があって、まだ安全圏に逃げられていないのか? シモンの奴め、何やっていやがる? まりなたちを外に出すために、結界を一部開けないといけないから、そこをアルトリウスにつかれないよう早急に離れるとか抜かしてやがったのに。
予定とは違いずいぶんと遅れている自分の主の避難状況に、ベオウルフはわずかな焦りを覚えた。
彼が所持する残る英雄器は、この折れかけた魔剣と合わせると残り一つ。おまけにまりなの保有魔力が不足しているせいで、最後の英雄器は3分程度の使用が限界だろう。
つまり、このまま《イングの古宝》が折れてしまっては、この厄介なアルトリウスにたいした損害も与えられないまま、三分だけのいちかばちかの勝負に出なければならなくなる。
「いくらなんでもそれは避けたいんだが……」
『前から気になっていたのだけれど、あなたの最後の英雄器ってなんなの? 伝承であなたが持っている魔剣って、その《イングの古宝》で最後よね?』
ベオウルフの伝説では、彼が生涯最後にもっていた剣は竜殺しの際に使われた《イングの古宝》であるといわれている。
その後、悪竜の毒で絶命し、英雄として天界に登った彼は巨人と相対してそれを撃退するわけだが、その最彼は素手で巨人と相対しており、特に目立った武器を使ったという記録はなかった。
だからこそ、インカム越しに奏歌は首をかしげたのだ。ベオウルフはもう英雄器を持っていないはずだと。
だが、
「おいおい、何言ってやがる。ちゃんとあるさ。巨人を殺した俺の最強の英雄器が!」
『ねぇ……まさかとは思うけどそれって』
「戦闘中に雑談とは、ずいぶんと余裕があるじゃないか?」
「っ!?」
瞬間、ベオウルフの首めがけて、黄金の剣が降りぬかれる。
ベオウルフは身をのけぞらせることで何とかその攻撃をかわし、はじかれるように後方へ跳躍。折れ掛けた《イングの古宝》を牽制代わりに構えて、眼前にたたずむ聖剣の王を睨み付けた。
「この、チートやろうが。攻撃は鞘でほぼほぼカットされるうえに、一撃一撃が必殺の攻撃とか、反則すぎるだろう」
「片腕が落ちている分攻撃力はもろもろ落ちているのだぞ? お前の剣が以前のようにあっさり折れたりしないのもそれが理由だ」
――その割には巨人の剣あっさりへし折ったじゃないか。ベオウルフは内心でそう吐き捨てながら、じりじりとすり足で間合いを広げていく。
――とにかく、今のこの剣の状態でアルトリウスの懐に飛び込むのはまずい。《イングの古宝》はアルトリウスに一撃を与えるために必要だ。だがそうなってくると、あいつの聖剣の攻撃を受け止める手段として《イングの古宝》は使えないということ。なにせ、あと一回でも切り結べばこいつはあっさりへし折れちまう。
冷静な状況判断能力のもと、現状自分が手詰まりだということを悟ったベオウルフは、不敵な笑みを顔に張り付けたまま、アルトリウスに話しかけた。
情けないことに、ベオウルフが今から行うのは、相手の隙が生まれるのを期待する時間稼ぎだ。
「だがよう、実際なんであんたがここまでしてあんな小物殺そうとするんだよ? あんたの訴えは分かった。今回の一件で、シンドーからの自白もとれたし、それを証言してくれる一級探索者もいる。ブランシュタウナー家はもう終わりだ。こんな面倒なことをしてまで戦う理由がどこにある?」
「……主と同じことを言うのだな、貴様も」
――まりなも? と、ベオウルフは唐突に出てきた自分の主の名前に、目を細めた。
「あいつ、まさかアンタを説得しようなんてしていたんじゃ……」
「そのまさかだ。もっともあの少女はお前のように『ブランシュタウナー家はほっておいても潰れる』ではなく、『人を憎むことは意味のないことです』などというきれいごとを並べていたが……」
「そりゃ……聖職者志望だからな」
きれいごと語るのが仕事だろうさ。と、ベオウルフはやや呆れながらも、まりならしいと苦笑いを浮かべた。
そんな彼の姿に、アルトリウスもしみじみとした様子で、
「あぁ、そうだな。シンドーもあの子のようなきれいごとを語れる人間であったなら、俺ももう少しはあいつに仕えてやろうという気になったかもしれん」
だが、だめなんだ。聞こえるか聞こえないか程の声音でそう呟いたアルトリウスは、手に握っていた聖剣の柄を握り締め、歯を食いしばる。
「奴らはとんでもないことをしていた。英雄霊とは言えいまだに幼い見た目をした少女を拘束し、それに苦痛を与えることで言うことを聞かせ、英雄霊の能力を研究していたんだ!」
「……それは、この時代の総意じゃないぞ?」
「わかっているさ。だがしかし、王として放っておくわけにはいかんだろう」
「ん?」
――王? 突如アルトリウスが語りだしたその言葉に、ベオウルフは思わず首をかしげた。
「あぁ、そうだ。我は王となるためにこの世に生を受け、そして王として国を率い続けてきた存在だ。ゆえに、あのような不埒な輩を絶対者として見過ごすわけにはいかない。俺が裁かなければあいつらは何も感じないだろう。懲役? 禁錮刑? ナンダそれは。金で解決できるようなこの世界の刑罰など、あいつらにとってはないに等しい存在でしかない。ゆえに、俺は決断したのさ。英雄霊を舐めきっているあのバカな兄弟の命を、王の裁定によって奪うと」
アルトリウスは歯をむき出しにした凶悪な笑みで、ベオウルフに向かって聖剣の切っ先を向ける。
「この世界では英雄霊の虐待は『人権保護法違反』と『英雄霊保護法違反』に抵触するらしいな。度合いによって刑罰は増減するらしいが、最大刑罰は懲役約三十年」
そこで、アルトリウスは歯を食いしばる。
「懲役だ。そうだ、それではまだ奴らは生きている。おまけにそれは罰金でも代用できるというではないかっ! それではだめなのだよ、ベオウルフ。奴らはここで確実に殺しておく。そうしないと、英雄霊の王として我が枕を高くして寝られんだろうがっ!!」
「おまえ、それ本気で言っているのか?」
あくまで利己的。そして、自信を未だに王だと言ってはばからない愚か者に、ベオウルフは思わず先ほどまでの軽い雰囲気を消し去り、不快そうに眉をしかめた。
――だってそうだろう。王の裁定? 英雄霊の王? ふざけるんじゃない。
「アルトリウス、テメェは何をはき違えてやがる」
「なに?」
だからベオウルフは、声を大にしてアルトリウスを怒鳴りつけた。
「この時代の王は、この時代に生きる人間すべてだ。お前みたいな亡霊が、裁定だなんだの叫んだところで、だれも受け入れちゃくれねぇよ」
「なっ!?」
「お前はもう……王じゃない」
ベオウルフの指摘に、アルトリウスの表情が凶悪な笑みのまま氷結した。
◆ ◆
「俺が……王じゃない?」
数秒後、ベオウルフの指摘を何とか租借したアルトリウスは、ぼうぜんとした様子でエクスカリバーをだらりと下げ、うわごとのようにつぶやいた。
「あぁ」
「バカな……俺はその名も高き聖剣王だぞ!」
「そうだな。だがそれは過去の称号だ。今のブルティングにお前が帰ってみろ? 誰もお前が王だなんて認めちゃくれねぇよ」
「……そんなことは分かっている。だが、奴らは許せない。王としての裁定をせねば、いったい奴らは誰が止める!」
「そりゃこの時代の人間だろうさ」
「だがっ!!」
「おい、アルトリウスよ。いつまで俺にくだらない押し問答をさせるつもりだよ? 国民も認めねぇ、国土もねぇ。元王なんて称号はこの時代じゃ何の役にもたたんただの飾りだ! そんな、俺達がひとえに人としての市民権を得られているのは、この時代の人間たちが頑張ったからにほかならねぇ」
――だからこそ。と、ベオウルフはそこで言葉をきり、
「お前の法は、この時代じゃ押し通しちゃいけないんだよ、アルトリウス。この時代にはこの時代の法がある。俺や、お前が作り上げた法律を下地に、この時代の人間たちが必死になって作り上げた立派な法がある!! それを信じて待つことくらい、できないのかと聞いているんだっ!!」
「……」
ベオウルフからの責めたてるような詰問に、アルトリウスはしばらくの間呆然とし、フラフラと佇んでいるだけだった。
だが、
「うるさい……」
「あぁ?」
「うるさい、うるさいっ、うるさいっ! うるさいっ!! 貴様に何がわかる、平凡な主のもとで普通の生活をしていた貴様に何がっ!! 目の前で叫ぶ少女を助けられない苦しみも、生きたまま四肢をもがれる苦しみも……そんなことをされても指一本手を出せなかった悔しさも、お前は何一つ知らないだろうがぁああああああああ!!」
まるで獅子のように……ではなく、狂ったように絶叫するアルトリウスの姿に、ベオウルフはわずかに冷や汗をかきながら、にやりと笑った。
「それがお前の本音かよ。王の裁定とか、なにやらこぎれいな理由をつけていたが馬鹿馬鹿しい。要するにお前がやりたかったことは、ただの復讐だろうがよぉ!!」
「それの、何が悪いっ!!」
怒りに震える怒号を上げ、まるで砲弾のように飛び出すアルトリウス。
構えられた聖剣は一直線に、迷うことなく振るわれる。
ベオウルフに急接近する聖剣の一撃。
ベオウルフはそれを見て、
「悪いさ。うちの主のような理由じゃないぜ?」
「っ!?」
「攻撃が直線的かつ大振りになる。この程度の一撃、避けることは造作もない」
ベオウルフの体が沈む。
彼の首を刎ねるために横なぎに振るわれた剣の下を、再びくぐる。
アルトリウスは慌てて聖剣の真名の一つを解放しようとするが、
「そして頭に血が上ったせいで、聖剣の導きも聞き逃したか? 反応がさっきよりおせぇよ!!」
「くっ!?」
ベオウルフが剣を握っていない方の手で、アルトリウスの左腕を強かに殴りつけた。
剛力で知られるベオウルフの拳。これを食らっては鞘に守られているアルトリウスであっても、無事では済まない。
骨の芯までふるえるような打撃を腕に受け、思わず苦悶の声を上げるアルトリウス。そして、隙などみじんもなかったたぐいまれなる剣術の技量に支えられていた剣線が、初めてブレをみせた。
それを見逃すベオウルフではなく、
「お前のその勘違いした王道……この俺が叩きなおしてやるよっ!!」
「おのれっ!?」
下から肩口にかけて、気合い一閃!
空中に刀身の輝きを残すほどの速度で、《イングの古宝》はアルトリウスの体を鎧ごと切って捨てた!
全身にめぐる血液が竜の属性を帯びているアルトリウスにとって、竜殺しの魔剣の一撃は致命傷だ。
血液の代わりの彼の体を構成する霊力が、光の飛沫となって宙へ飛び散る。
だが、
「この、程度の被害でっ!!」
「やっぱり、立ってくるよな」
手の中で砕け散った《イングの古宝》に感謝の言葉を内心で告げつつ、ベオウルフはいまだに衰えぬ闘志で、こちらを睨み付けてくるアルトリウスを睨み返す。
これでようやく相手とまともに張り合える状態になった程度。
本当の戦いはこれからだと言えた。
そんな風に、二人が一気に一触即発の緊張状態に突入したときだった。
「ベオウルフさぁああああん!!」
「っ!?」
突如雪原に響き渡る一人の少女の声。
聞き覚えのあるそれに、ベオウルフが驚いて振り向くと、そこには、
「まりな!? 何でまだここにいるっ!?」
いつもの主という呼び方ではなく、まるで無茶をしている妹を心配するかのように、ベオウルフの口から悲鳴染みた絶叫が飛び出した。
だが、そんなベオウルフの言葉など聞こえていないのか、雪原に響き渡る大きな声を出したまりなは、雪の丘陵の上で叫び続けた。
「アルトリウスさんをこれ以上傷つけないでくださいっ! その人はまだ止まれます。まだ、改心する機会があるんですっ!!」
だから、どうかっ! と、最後には神に祈るかのように、杖を持ちながら両手を組み首を垂れるまりな。だが、そんな姿はアルトリウスにとっては関係ないのか、
「この我を、この程度の戦いに敗北する人物だと侮辱するかっ!!」
「っ! まて、アルトリウスっ!!」
ベオウルフが絶叫したときにはもう遅く、頭に血が上ったアルトリウスは大上段に聖剣を振りかぶり、
「《敗北切り裂く栄光の剣》っ!!」
「――っ!?」
丘陵にたたずむまりなたちめがけて、黄金の斬撃を解き放った!
※――――
物語を書き終えた老人が、一つため息をつきながら、最後の一文に指を走らせる。
「ここだけは、脚色させてくれなかったんじゃよな…」
あのバカたれ御主人め、最後の最後にはかっこよく逝きよって。と、老人は悪態をつきながら、そっと書き上げた一冊の本を閉じる。
それと同時に彼の部屋に顔を出したのは、書類を山ほど抱えた文官だった。
「レイヴィア陛下っ! 早く執務室へお戻りください!! ベオウルフ陛下が手に入れた財宝の配布が、まだ終わっていないのですから」
「わかっておる。あと、お主には何度言えば分るのじゃ……」
老人はやれやれといいたげに首を振りながら、座っていた椅子から立ち上がり、
「今日からワシのことは、ウィラーフと呼べ」
自身の主からもらった最後の贈り物を、誇るように告げるのだった。




