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狙撃の精兵と鉄の雨

『怪物の母親である水魔に対し、ベオウルフは正式に自らのものとなった血装の剣を使わなかった。

 水魔の体は非常に硬く、血装の剣では貫くことがかなわぬことを彼は知っていたからだ。

 しかし、さしものベオウルフも無手で水魔に挑むのは無理があった。

 その拳はかたい水魔の鱗を粉砕し、水魔の腕を握りつぶしたが、致命傷には至らず、最後には睡魔に生えたウミヘビの尾に囚われ、哀れベオウルフは全身を締め上げられ骨を砕かれようとしていた。

 その時だった。


『抜け』


「っ! だれ……だ?」


 突如ベオウルフの頭に響き渡る声。ベオウルフはその声のありかを探すために、全身を締め上げられる苦しみに閉ざしていた瞳を、ゆっくりと開く。

 そこには、水魔の宝物庫に飾られた、一本の長大な剣があった。


《巨人作》傍らの壁に水魔の手によって刻まれた文字を従えながら、その長大な剣はベオウルフに向かって叫ぶ。


『我を、抜け。剣として、使え』

「……いいだろう。新たな朋友よ。お前をこんな狭い世界に閉じ込めた愚か者に、見せつけてやろう」


 ベオウルフがそうつぶやいた瞬間、飾られていた巨人の剣は歓喜の輝きを放ち宙を舞う。

 そして、それがのばされたベオウルフの手に収まった瞬間、


「終りだ、水魔」

『ナニ!? ぐぁああああああああ!?』


 輝く巨人の刃が、水魔の首を切り落とした』

              

                   語り部レイヴィアが記す、『ベオウルフ叙事詩』より抜粋。

「当たった……が」

 ヘッドショットだったはずだが……。と、雪に閉ざされた真っ白な丘陵地にて、身を伏せながら狙撃ライフル――《シモン・ナガン・カスタム》をひとまず背負い、匍匐前進で被弾を確認したアルトリウスから離れる。

 シモン・ヘイルへ。第二次世界大戦中に勇名をはせた軍人であり、祖国に侵入してきた大国の軍人たちを撃滅したことで知られる、神がかった腕を持つ狙撃手。

 彼個人が狙撃で殺傷した敵兵の数は、史上最多といわれる六百人越え。おまけにその数字はあくまで確定戦果であり、未確認の物も含めると千は越えるのではないかと言われている。

 また他の銃火器の扱いにもたけており、マシンガンを使った際には七百人近い敵兵を彼一人で薙ぎ払ったといわれている。

 そんな銃を持たせれば無敵無双。狙撃は絶対はずさず、狙った獲物は確殺と言われたほどの偉大な軍人であった彼。だがしかし、今回ばかりは相手が悪かった……。

「……やはり古の英雄というものは非常識すぎる。あの弾丸の直撃を食らって傷一つないとは」

 シモンが背後を振り返るとそこには、こめかみに弾丸を食らったにもかかわらず、特に何の痛痒も感じていない様子で立ち上がるアルトリウスの姿があった。

「英雄霊になってからは、放った弾丸も英雄器化されていたはず……。真狩から聞いた名前は確か《災いなす者(ベラーヤ・スメルチ)》だったか……」

――何故敵からの呼び方ばかりが私の英雄器になるのだ……。と、シモンはぼやきながらも、雪原に跡を残さない高度な匍匐前進で、アルトリウスとの距離を稼ぎきった。

 その距離約600メートル。吹雪に閉ざされ視界の悪いこの大地では、ほぼ視認は不可能な距離だ。

 だが、それでも彼の鍛え上げられた視力は、雪原にたたずむアルトリウスを正確にとらえていた。

「《災いなす者(ベラーヤ・スメルチ)》の効果は、弾丸が直撃した人物の確殺。獲物を外さない限りは、弾丸が当たった人間は必ず死ぬはずだ……」

 だがアルトリウスは倒れなかった。おそらく鞘の力で守られたのだろう。

 英雄器が持つ特殊能力は、それが持つ《神秘性》によって強度が変わってくる。

 ある故事を引き合いに出すと、絶対破られない盾と、すべてを穿つといわれた槍をぶつけたとする。故事の場合は結論を出せずに周囲の物から嗤われることになるのだが、英雄器の場合は違う。神秘性の高い方――すなわち「こちらの方が強力だ」と、長く多くの人々から信じられていた方が、相手の効果を凌駕しそれを無効化するのだ。

 故事の場合は、盾は400年前から存在しており、槍はつい最近作られたという条件を加えると、槍は盾を穿てず弾き返されるといったことになる。その事からわかるように、この神秘性というものは、年代を重ねれば重ねるほどにその力を増していく。

 いくら個人で千人以上の敵兵を殺したシモンの弾丸であっても、数世紀前からアルトリウスの不老不死の根源といわれている、《故国守りし者の証ロードオブブルティング》の守りの前にはいささか力不足であった。

「だがまぁ、弾丸を食らった時に奴はよろけていた……」

 シモンは先ほどの狙撃風景を精密に思い出しながら、考察を続ける。

 白いギリスーツに身を包んだ彼は真っ白な吹雪に溶け込むようにしながら存在感をみるみる薄れさせ、完全に吹雪の中へと姿を消す。

「あの鞘の守りは情報通り完璧ではないと見える。ならそこに勝機があるだろう……」

 そして、彼がひとまず完全に撤退を終えた後、

「さぁて、作戦の始まりだ」

 天から降り注いだ真紅の閃光が、吹雪を切り裂きながらアルトリウスを直撃した!

              ◆         ◆

「アンサーラー。着弾観測」

『対象熱源反応感知。対象の戦闘能力はいまだ健在と予想されます』

「そう……。いちおう地殻に風穴があくくらいの出力で放ったはずなのだけれど」

 光学(レーザー)狙撃兵器――《FRG(フラガ)-mk(マーク)2》を構えながら、その人物――奏歌は舌打ち交じりに呟いた。

 吹雪く空に溶け込むような純白の細身な装甲。アルトリウスやベオウルフが着用している騎士甲冑とはまた違った理念で全身を保護する機械の鎧――パワードスーツ。奏歌が着用しているのはその中でも高い攻撃力を誇る“伝説再現(レジェンドフォール)シリーズ”と呼ばれる機体だ。

 このレジェンドフォールシリーズは、現在世界に現界している英雄霊たちの協力を得て作られた『伝説の武器である英雄器を、科学的に再現した武装を扱うパワードスーツ』。さすがに神秘性までの再現には至らなかったが、威力そのものは英雄器そのものに負けず劣らない武装が、各種装備・実装されている。

 さきほど奏歌が使った伝説の広域斬撃剣フラガラッカを再現しようとして生まれた、レーザー狙撃銃フラガシリーズ

 環境入力型最適行動算出AIアンサーラー

 現在パワードスーツを宙に浮かせている翼型のスラスター《イクロスシリーズ》などなど……単純な科学的・物理的な力で英雄に並ぶために作られた、科学文明の最先端武装。奏歌はたぐいまれなるパワードスーツの操作技術が評価され、このパワードスーツのテストパイロットとして起用。この迷宮探索で、その性能の確認を行う予定だったのだが……。

「まさか、本当の英雄に性能実験することになるなんてね……。おまけにあんまり効いてないし」

――世の中何が起こるかわからないものだわ。と、奏かは独りごちながら、あまり効果がなかったフラガシリーズに使えないと舌打ちを漏らしつつ、パワードスーツ制御のアシストをしてくれる付属AI――《アンサーラー》に次の指示を出した。

「とはいえ、被害がないわけではないでしょう」

『肯定。吹雪によって光学観測は困難ですが、対象装備にわずかな破損と、燃焼痕を確認。英雄器《故国守りし者の証ロードオブブルティング》の効果は確かに低下している模様』

「ならガンガン当てて押し切るわよ。現在の鞘の防御能力を超える攻撃水準が、私たちの武器でも十分出せることがさっきのシモンさんの攻撃と合わせて証明されたんだから」

『了解しました、マスター。兵装を火力重視の物に換装します』

 アンサーラーは発現と同時に即座に仕事を終える。先ほどまで奏歌が構えていた狙撃ライフル型のレーザー銃が粒子化して、彼女が首に下げているペンダントに収納される。それと同時にペンダントから新たな粒子があふれだし、奏歌の手元に巨大で武骨な鋼の塊を出現させた。

 無数の鋼鉄のラインが円形状に並んだその鉄塊の名は、

武装種ガトリングレールガン。武装固有名《FLN(フェイルノート)‐03》。対象に照準を合わせ、引き金を引いてください』

「オートでお願い。多少狙いが甘くなっても構わないわ。私は相手に狙いをつけられないように、パワードスーツの操縦に専念するから」

『命令受諾。これよりオートパイロットに移行します。戦闘用フォルダより行動アプリ解凍。アプリ名《怒涛銃撃(スコール)》。開始します』

 まるで竜の頭部のような鋭角的なヘルメットの中で、次々と提示される行動実行の許可を求めるアイコン。それの《YES》ボタンを思考操作で連打しながら、奏歌は背中のスラスターに意識を集中。音速を超える速さをたたき出しながら、吹雪で白く染まった宙を舞う。

 間髪入れずに、アンサーラーに制御されたパワードスーツが、自身の指を自然に曲げるのを感知。フェイルノートの銃身から、空気との摩擦熱で赤熱した耐熱処理弾丸が、音速の三倍という速さで雪原に立つアルトリウスを打撃した!

「くっ! 鬱陶しい……」

 通常なら巨大なコンクリートビルすら穴だらけにする鋼の大雨。だが、それはアルトリウスの体を貫通することなく、まるで見えない壁に阻まれたかのように、アルトリウスに触れる直前で弾き飛ばされ、火花を飛び散らせるだけだ。

 だが、まったくの無傷というわけではない。弾丸の直撃が入るたびに、アルトリウスの体ははじかれるようにのけぞり、彼の自由な行動を封じている。

――いける! これならっ!! 奏歌がそう考え、さらに弾丸を送り出すよう、アンサーラーに射撃の続行を命じかけたときだった。

「小バエ風情が……大人しくしていれば見逃してやったものをっ!!」

「っ!?」

 アルトリウスが地面にめり込むほどの踏込を行い、レールガンの雨で体がのけぞらないように固定する。

 同時に彼の片腕に握られた聖剣に、莫大な量の魔力が集められるのをアンサーラーが確認する。

『危険。回避推奨』

「言われる前からしているわよっ!」

 奏歌の悪態が吐き出されると同時に、その一撃は放たれた。

「《敗北切り裂く栄光の剣(Ex.カリブルヌス)》っ!!」

 そうかが回避挙動をとりながら射撃をしていたことが功を奏したのか、聖剣から放たれた黄金の斬撃は直撃することはなかった。

 そう、直撃(・・)はしなかった。

 だが、相手は歴戦の英雄。動き回る相手に狙いを定めることくらいはわけないのか、奏歌にきちんとダメージを入れてはいたのだ。

 黄金の斬撃が起こした空間の亀裂に、パワードスーツの右スラスターが飲み込まれてしまい、盛大な破砕音を立てて根元から引きちぎられる!

「ぐあっ!?」

 キリモミしながら大地に向かって落下を始める奏歌。そのヘルメットの下ではアンサーラーが『スラスター破損により空中姿勢制御が困難。不時着体制をお取りください』と、なかなか難しい注文をぶつけてくるが、今の奏歌にそのことについて文句を垂れている余裕はなかった。

 アルトリウスが、持っていた聖剣を突如分割したからだ。

――あれが英雄器の分割。あの聖剣クラスの聖遺物が、全く同じ状態で二つ存在するとか悪夢以外の何物でもないのだけれど……。と、奏歌が顔をひきつらせた瞬間、片方を地面に突き立てたアルトリウスは、もう片方の聖剣を振り上げ、

「突き立て。《勝者導く選定の剣(Ex.カリバーン)》!!」

 落下する奏歌に向かって、勢いよく投擲する!

 まるで閃光のように、回転することなく、一直線に、切先を向けて自身に飛来する聖剣に、奏歌は冷や汗を流しながらアンサーラーに悲鳴のような指示を出す。

「叩き落としなさいっ!」

『《FLN(フェイルノート)‐03》制圧射撃開始』

 奏歌の命令を忠実に受諾したアンサーラーは、即座に空中で身をひねり、灼熱する鋼の塊を雨あられと聖剣に向かって吐き出す。だが、あちらも伊達に世界最高峰の英雄器ではないのか、黄金の剣は鋼の雨を悠々切り裂きながら、特に勢いの衰えも見せぬままに、奏歌の残っていたスラスターに突き立ち、パワードスーツごと奏歌の体を地面に縫い付けた!

「っ――! あの聖剣王。女の子にやさしくできないとか、ろくな王さまじゃないわね」

『スラスター全損。空中挙動不能。背面装甲の破損確認。電気系統一部断絶。Danger!!  Danger!!』

 地面にたたきつけられたうえ、聖剣に背後のスラスターを縫い止められるという大ダメージを食らった奏歌。だが、そこはさすがに近代兵器といったところか。それらの衝撃はパワードスーツがかろうじて受け止めてくれ、奏歌は軽い脳震盪を起こしただけで済んだ。

 だが、

「アンサーラー、動けないの?」

『背部装甲の挙動が完全に停止。並びにスラスターに突き立っている英雄器が、微動だにしたしません』

「アルトリウス以外には抜けなかった選定の剣ね……。まさかこんな使い方をしてくるなんて」

 《勝者導く選定の剣(Ex.カリバーン)》。アルトリウスをブルティングの王に選んだ剣にして、王になる者しか引き抜くことはできないといわれる伝説の剣。アルトリウスはとある巨岩に突き刺さったこの剣を抜くことで、ブルティングの王として正式に認められた――《聖剣王アルトリウス伝説》のもっとも有名なシーンの重要アイテム。

 とはいえ、聖剣としての攻撃力は、Ex.カリバーンを打ち直して作られたといわれるエクスカリバーと比較すると低いと言われており、じつは別名ではなくちがう剣なのではとさえ言われていた。だが、

「実際扱えるということはその説は正しくなかったのね……。効果予測は……一応聞いておくけど、なんだと思う?」

『単純明快にアルトリウス王以外には引きぬけない剣であると推察できます』

「趣味の悪い拘束英雄器ってところかしら……」

 本来の使い方とは違うだろうが、現状では最悪と言っていい活用方法だ。

――あの聖剣王相手に身動きが取れない状態だなんて! 奏歌が内心で舌打ちを漏らす中、吹雪に煙る大地に、アルトリウスはゆっくりと踏み出す。

「先ほどの狙撃も貴様の仕業か? ずいぶんと舐めた真似をしてくれる。あのような豆鉄砲でこの聖剣王をどうにかできると、本気で思っていたのか?」

 灼熱の弾丸の熱で、聖剣王の周囲の雪は溶かされ、水蒸気の煙が充満している。それによってさらにお互いの姿が視認しにくいが、先ほどまでの銃撃で奏歌の位置はあらかたつかんでいるのか、アルトリウスが放つ殺気は狙い違うことなく奏歌にぶつけられた。

「吹雪の結界に隠れ、遠距離から攻撃することしかできない腰抜けが。我の前に立つなど、千年早いと心得よ」

「大きな口叩いてくれちゃって。負けて後悔するのはあなたよ?」

「ほう、そういうということはまだ勝つ心算でいるのか?」

「あたりまえよ。勝つつもりがなきゃここには来ないわよ」

――そして、私たちの勝利条件はもうあなたの背後にいるわ。

 奏歌は内心でそう吐き捨てながら、いまだに姿を現さないあの王の援護を続けるために、必死に口を動かし続ける。

「そっちこそ、女の子独り相手にするのに、こんな剣で串刺しにしないと怖くてできないのかしら? そんなに科学の鉄の雨が怖かった? この腰抜け」

「安い挑発には乗らんぞ。ガキの遊びに付き合ってやれるほど、我は暇ではない」

「あら、私は事実を言っただけよ? そんなこともわからないなんて自身の状況認識が甘いんじゃないかしら。そんなのだから、あなたは息子やら部下やらに裏切られて国を滅ぼしたんでしょうね。あーあ、かわいそうな当時のブルティングの人々。先見の明のない王様に率いられて、その人たちもさぞ辛かったでしょうに」

「貴様……!」

 さすがのアルトリウスも、自身の国の滅亡に関しては思うところがあったのか、わずかに声が低くなった。

――よし、相手は冷静さを欠いている。これなら届くはず! と、奏歌は内心で喝采を上げながら、よりアルトリウスの冷静さを奪うために口を動かし続けた。

「何度でも行ってやるわ、この無能王。シンドーと同レベルの自分が見れない大ばか者。今のアンタがどうなっているかわかっているの? 復讐か何だか知らないけど、まりなや他の学生を巻き込んだ時点で、あんたはもう王さまじゃなくなった。ただの八つ当たりをするはた迷惑なクソ野郎よっ!」

「いいだろう。小娘……その耳障りな声を出す口を、忌々しい兜ごとのど元まで開いて二度と動かんようにしてやろう」

 そう言ってアルトリウスが、一歩踏み出した時だった。

「おい、俺を忘れてんじゃねぇよ」

 吹雪のベールを切り裂いて、脇構えで引きずるように、長大な巨人の剣をひっさげたベオウルフが、奏歌にくぎ付けになっていたアルトリウスの背後から強襲した!

 吹雪の結界も、フェイルノートによる連撃も、すべてはこの強襲を成功させるための布石。

 極限までベオウルフの気配をけし、アルトリウスに必殺の一撃を見舞うための策略。

だが、

「覚えていたよ。そして知っていたよ」

「っ!?」

 その布石は、その苦労は、その手間は、アルトリウスの一言によってすべて水泡と帰した。

 まるで予想していたかのような足さばきで、即座に背後に向き直ったアルトリウスは、冷たい瞳でベオウルフを見つめ、

「がっかりだ、辣腕王。かの有名な異形殺しの王が、この程度の安い策を弄してくるとはな」

 聖剣を切り上げる!

「《敗北切り裂く栄光の剣(Ex.カリブルヌス)》!!」

「ぐあぁああああああああああああ!?」

 黄金の奔流が、ベオウルフを飲み込んだ。

              ◆         ◆

 黄金の奔流が宙にとけて消えた後。真白な大地を切り開いた斬撃の跡を眺めながら、アルトリウスは感心したように、少し目を見開く。

「ほう、耐えきったか」

「あいにく、《|巨人が作り成した古のアールド・スウェード・エオティニスク》は頑丈さも結構ある剣でな。といっても、俺の忌々しい特性込みで、へし折られちまったから、もう一本剣を盾に使わないといけなかったが……」

 そう言ったベオウルフの手には、先ほどまで握られていた長大な巨人の剣……ではなく、柄に真っ赤な宝石が埋め込まれた片手剣がベオウルフの手に握られていた。

 刀身には真っ赤な模様が施されており、それはさながら竜が吐く炎のごとく。

 その文様に妙なものを感じ取ったのか、アルトリウスはやや警戒しながら、斬撃の後のど真ん中にたたずむベオウルフに問いかけた。

「なるほど、それが噂に名高きお前の竜殺しの剣――《イングの古宝(ネイリング)》か。お前が竜を退治した時にもっていた剣だったな」

「最終的にとどめさす前に折れちまったんだが……。まぁ、こいつを以て竜殺しに赴いたってことから、ソコソコの竜属性対策にはなるんだぜ? お前みたいな竜の血が流れる奴に対しても、相性はバッチリだ」

「くだらん。かような小細工を施したところで、我には傷一つつけられぬわ。それがわかっていたからこそ、貴様はこのような下らん策をろうしたのだろう? 女子供を矢面に立たせるなど、騎士として恥を知れ」

「あぁ? あんま舐めたこと言ってんじゃねぇぞ聖剣王。俺が本当にあの不意打ち成功させるためだけに、あんな危険なまねをガキにさせると思ってんのか?」

 なに? 不敵な笑みを浮かべたベオウルフの言葉に、アルトリウスは不審そうに眉をしかめる。

「先ず言わせてもらうが、俺はあいつの参戦には最後まで反対だった。どうしても親友のまりなを放っておけないっていうから、仕方なく連れてきただけだ」

「その割にはずいぶんとこき使っていたではないか?」

「そうでもしないと納得して下がってくれなかったんだよ。それに、あいつが戦う理由を早めに取り除いてやれば、あいつも大人しく下がるだろうと思ってな。もっとも、あんたが選定の剣をあんなふうに使うのは誤算だったが……」

「戦う理由だと?」

 ベオウルフがそこまで喋った時、アルトリウスはようやくベオウルフの目的に気付いたのか、一瞬目を見開いた後、

「おのれっ、貴様ぁあああああ!」

「安心しろよ、アルトリウス。あいつらがあんたの殺傷範囲内から逃れるまで、きちんと一対一はしてやるぜ? うちの主の性質はしばらく一緒にいてわかっただろうから、あのバカ野郎ぶち殺してあんたの補給線を断つってこともできないしな……」

――本当ならそうした方が一番手っ取り早いのによぉ。と、ベオウルフが愚痴った時、いっそう強い風が吹き周囲に煙っていた水蒸気を吹き散らした。

 そしてそこには……何も残っていなかった。

 アルトリウスが人質として確保しておいた、まりなの姿も。

「この結界を張った英雄霊がもう一人いることも忘れて、そいつがこっそり気配を消してまりなを奪還したことも気づかず、あんたはうまく踊ってくれたよ、アルトリウス。あのまままりなをあんたの手元に置いていたんじゃ、気になって決闘なんざできねぇからな」

 自身の失態に怒り狂うアルトリウスに笑いかけながら、ベオウルフは最後の宝剣を構え、

「だがもう俺の不安要素は存在しねぇ。さぁ、行こうぜアルトリウス。ここからが本当の騎士の決闘だ」

 辣腕の王と聖剣の王が、雪原の大地でようやく真正面から激突を始める。


※実際にあった出来事


 水魔が潜む洞窟にて。


「折れたぁああああああ!? 頑丈さが売りのはずのフルンティングがまた折れたぁあああ!?」

「落ち着いてくださいベオウルフ様。また適当に野盗でも斬ればその血を吸って元に戻るじゃないですか……」

「だ、だってウィラーフ!? せっかく、せっかく手に入れた魔剣なのに、こうもポキポキ折れちゃさぁ……」

「折りたくないなら、力加減の仕方くらい覚えといてくださいよ……。そんなんだから子供のころから腕力に封印かけられてんでしょうが。あと、レイヴィアだって何度言えば分るんだこのバカ!?」

「貴様らぁあああああ!? 人んちに勝手に乗り込んできておいて、雑談交わしとるんじゃないぞぉおおおおお!?」

「うるせぇええええええええ! 水魔とか怪物の母親とかいろいろ言われていたから覚悟して来てみりゃ……お前ただの頭おかしい魔女だろうがっ!! この若作りやろうがぁあああ!!」

「わ、若作りじゃとぉ!? わしはまだぴっちぴちの238歳じゃ!! まだ若いしっ!!」

「ベオウルフ様、どうやらこの魔女錯乱しているようですよ……」

「あんな化け物を『わしの芸術』とか抜かす奴だから。多少頭のネジが飛んでいるのは仕方ないだろう……」

「貴様ら……。わしをコケにしよって!! もう許さんっ!! わしの芸術たちの手によって、骨すら残らず食い尽くされるがよいわ!!」

「あんなこと言ってますけど?」

「ベオウルフぱんちっ!!」

「ぶふっ!?」

「うわぁ……。いくら魔女相手といっても女の子相手にはらパンとか……。相手の見た目が10歳程度の少女なせいで、より犯罪臭が加速していますよ主」

「お前いったいどっちの味方なんだよ……。まぁいいや。これで怪物どもを作り出している元凶もとっちめたし。犯人としてコイツ領主様に突き出そうぜ? ん? あんなところに良さげな魔剣が!!」

「完全に押し入り強盗の行動ですが……。まぁ、こいつは犯罪者ですし、隙になさっていいのではないでしょうか?」

「さすがウィラーフ! 話が分かるっ!!」

「レイヴィアだっつってんだろ!!」


 水魔退治終了。















 後にこの合法ロリ魔導師が、ベオウルフの宮廷魔術師兼妻になることは、まだ誰も知らない……。

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