盗聴器と黒瑠と───
「…で、貴方達は私に何を求めてるのよ?」
璃夜はため息を吐いて問い掛けた。
「殺しをやめてさ、こっちに着かない?」
あいも変わらず薄気味悪い笑みを浮かべ、黒瑠は提案した。
「…きっともう、私は殺しに依存してる」
視線を床に向けて、暗い声で話す。
「人を殺さずに生きるなんてこと、できるとは思えないの」
遠回しな“拒否”。
そこに別段の意図があるわけではなかった。
少しの沈黙。破ったのは、意外にもノアだった。
「殺人、依存性……辛い?」
その表情は、変わらない。
ノアは、これまでにも沢山、殺人依存性の人を見てきた。
愉しんで殺す者、理由も感情もなく殺す者、苦しみながらも殺してしまう者…
後者は、まだ救いがあるだろう。
前者の場合は、一度歪みを矯正しなければならない。
それでも、完璧に殺人嗜好が治るとは断言できない。
璃夜が出した答えは…
「分からない」
感覚の麻痺。
長い間殺人を続けていたが為に、璃夜の感情はある程度欠落しているのだった。
「でも、躊躇いは無い。苦しくも愉しくも無いわ。殺す理由は、仕事だから、それしか出来ないからよ」
人形も同然だった。
単純な理由で殺人を犯し続ける、人形。
人形であるが故に、残虐とも言えることを平気で出来る。
ダンダンと扉を叩く音。
「おい、璃夜!いるのか!?」
「る、ルシアさん…」
これには璃夜も苦笑する。
悪い意味でタイミングが良すぎる。
「予想、より…早い」
ノアが感嘆する。
如何すればいいの、と璃夜は目線で問いかける。
「璃夜はここに預かっている!」
黒瑠がそう叫ぶものだから、璃夜は少し驚いた。
すぐに扉の開く音がする。
小声で璃夜は問う。
「鍵、締めてなかったの?」
「しめた…はず…」
緊張感が漂う。
「璃夜!」
「ルシアさん、安心して下さい。危害は加えられて……ない、です?」
縛られていたことを思い出し、少し間が空く。
「すぐに帰るので先に家へ」
璃夜は、少しだけ怜悧な目を向けてから、すこし微笑んだ。
「大丈夫ですよ」
来てくれたルシアは取り越し苦労という訳だが。
「しかし…」
「なんなら外で待ってて下さっても結構ですよ」
口ごもったルシアに、璃夜が畳み掛ける。
結局は、外で待っていることになった。
「答え…聞きたい。君は、何……求める?」
ノアが真っ先に口を開いた。
「求めているものなんて、ないわ」
殺人も、金も、名誉も、何もかもが璃夜にとってどうでもいいことだった。
生きることだって、どうでもいい。
いつ死んでも、構わない。
本気でそう思っていた。
「…そう、か」
「ねえねえー。やっぱこっち、おいでよ!黒猫ちゃんなら大歓迎さ」
「電話番号、教えて。考えとくわ」
遠回しに、もう帰るという璃夜。
黒瑠が教えると、璃夜はすぐに帰っていった。
「ねぇ、ノア」
黒瑠とノアだけが、部屋に残っている。
「なに…?」
「黒猫ちゃん、来ると思う?」
ノアは、少しだけ間を開けて答えた。
「…さぁ」
微かに笑みを浮かべ、黒瑠はあるところに電話をかけた。
「もしもし、シエナ?黒猫ちゃんと接触したよ」
シエナ、と呼ばれた相手は、女性にしては低い声で言う。
『知ってマス』
はは、と笑って黒瑠は少し声を低くした。
「また盗聴してたね?」
『…ごめんなサイ。してまシタ』
「自重しなよ?いつ捕まってもおかしくないよ?」
まぁ、と続ける。
「捕まっても、君なら脱獄するだろうけどねぇ」
電話の向こうで、密やかな笑い声がした。
『クロルさんこソ、捕まってもその状況を楽しむんでショ?この捻くれモノ』
黒瑠は、シエナの言葉に気を害した様子もなく、ヘラリと笑う。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
『思い切り罵倒だったんですケド』
酷いなぁ、と返しつつ本題に戻す。
「黒猫ちゃん、小鳥遊と接触あるみたいだね。メリーを殺したところを見るに」
『あラ、彼女知らないんでスカ?小鳥遊とルシアが、ただならぬ関係ダト』
「小鳥遊は、黒猫ちゃんがルシアのところにいる、なんて思ってないみたいだけどね」
『知ってて教えなかったんでショ?人が悪いでスネ』
本気で軽蔑するような声色で、シエナは言った。
「今回の仕事も、小鳥遊がルシアを苦しめる為にしたことだ。知ってたら黒猫ちゃんは引き受けなかっただろうね」
『なラ、すぐに情報が回りそうでスネ。黒猫が殺ったという情報も回るかもでスヨ?』
黒瑠は、それでもよかった。
むしろ、その方が有り難かった。
此方側に着いてくれる可能性が、高まるから。
『クロルさんがそのことを知ってた情報も回ればいいノニ。そうすれば丸く収まりまスヨ』
「変な期待はしないでほしいかな。用件はこれだけ。切るよ?」
ガチャ、と向こうから切られた。
強情だなぁ、と呟きながら、ソファに腰を下ろす。
「また、シエナ…盗聴?」
ノアが視線だけを黒瑠に向けて問う。
「盗聴器探すの手伝って?ったくアイツ、何処に仕掛けたんだ…?」
ガサガサと物を退かしながら探す。
結局、クーラーの中から一時間後に見つかった。
ため息をつきながら、黒瑠が握り潰した。
「ホント、何時仕掛けたんだか」
呆れ半分の声は、心なしか少し楽しそうだった。
なんだかんだで、盗聴器探しすら楽しいと感じているのだろう。
その憶測を述べる人物は、この空間にはいなかった。