ニゲラ
黒瑠は璃夜を横抱きにして、自分のホテルへ連れて行った。
部屋に入ると、ガチャリと施錠する。
璃夜をベッドに寝かせて手足を縛ると、ある所へ電話した。
「んーもしもし?僕だよ」
『詐欺…?』
「違う違う。黒瑠だよ。分かってたんだろ、どうせ。というかお前に電話掛けるの僕くらいだろ」
『酷い……決めつけ…』
電話の向こうでは、少年らしき声。
「あれ、違った?ただの決めつけじゃなかったつもりだけど。それとも図星だから誤魔化そうって魂胆?」
相手の表情を想像して、黒瑠はにやけた。
『黒瑠…嫌い…』
「まぁいいさ。殺し屋の黒猫、捕まえたけど」
『黒瑠…好き♡』
矛盾することを棒読みで言う相手に、吐き気を覚える。
「ごめん、キモい。♡はやめろ」
きっぱりと簡潔に、黒瑠は言い切った。
『酷い…』
少し拗ねたように、電話の相手は言った。
「で、どうしたらいいの?この子。絶賛気絶中だけど」
『今から…行く……待ってて』
「何分で…っておい!?…切れたし」
黒瑠はため息を吐き、璃夜を見た。
「にしても可愛い顔してるなあ…毒舌だけど」
そしてその白い頬を、ぷにぷにと突いた。
「ん…?」
璃夜が目覚めても、黒瑠は頬を突いている。
「起きた?黒猫ちゃん」
目を開いた璃夜に、にっこりと笑いかけながらそう言った。
「ええ、最悪な目覚めだけどね。ここは?」
「僕の部屋さ。ああ、強姦とかじゃないからね?ロリコンじゃあるまいし」
そこまで言い切ってから、漸く頬を突く手を下げた。
「如何して私は縛られているのかしら。武器も取られてるみたいだし」
隙あらば逃げ出そうと計画していたが、現実はそこまで甘くない。
「いやぁ、逃げられると困るからね。…ちょっとお喋りしよ」
璃夜は顔だけを背けた。
拒否の意を示す為だ。
「黒猫ちゃん、ルシアって人が好きなの?」
そんな抵抗も虚しく、そう訊かれた璃夜は顔を黒瑠に向けた。
「違うっ!る、ルシアさんは…」
「向こうはさん付けで僕は呼び捨て?扱いの差が悲しいよ」
というか、と黒瑠は続ける。
「図星なんだぁ?」
ニヤリと、ニヒルな笑み。
本来の彼、という感じもする。
「なっ!?彼の人は恩人で、だから…」
「好き、なんでしょ?」
「だ、か、らっ!違っ」
「好きなんだよね?」
ニコニコニコニコと追い詰める。
ある意味尋問である。
「うっ…はい…」
笑顔の迫力に気圧され、肯定した璃夜。
「ふぅん…」
黒瑠は、少し不機嫌そうな顔をした。
「厳密には、違うわ。確かにルシアさんは素敵だと思うけど…恋愛対象としては見ていない。見てはいけないと思ってる」
璃夜は、少し表情を暗くしてそう付け足した。
「ふぅん…そっかそっか…」
黒瑠は、嬉しげにそう言った。
コンコン、とノックの音。
「アイツ、もう来たのか?」
はぁ、とため息を漏らしながらも、玄関を開ける。
そこにいたのは、ぶかぶかの黒い外套を羽織った小さな少年。
「来ちゃ…悪い?」
その声は間違いなく電話の相手の声だった。
少年は何の断りもなく部屋に上がり、璃夜の前に立った。
「君が……黒猫?」
目の前の少年を訝しみながら、璃夜は肯定した。
「ふぅん…思ってたより……小さい…」
璃夜は、少年を思い切り睨みつけた。
少年は、ベージュの髪と瞳を持った美少年だった。
「俺は…ノア……君は?」
少年────ノアは、少しだけ首を傾けた。
「そういや僕も、君の口からは聞いてないなぁ。…聞かせてよ、黒猫ちゃん」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる黒瑠。
璃夜は嫌気が差したが、仕方なく答えた。
「璃夜。…渡 璃夜。それが、私の名前。まあ、薄気味悪くニヤついてる誰かさんは知ってるだろうけど」
「酷いなぁ。毒舌だよね、黒猫ちゃん」
はははっ、と笑いながら、黒瑠は言う。
璃夜は更に不快な気分になった。
「璃夜ちゃん……君に…聞きたい、ことが……ある」
ゆっくり、はっきりと、ノアは璃夜に問いかける。
「何故…人を、殺すの…?」
その問いに、璃夜は一度目を瞑り、また開いてから答えた。
「そうしなければ、生きられないから。殺すしか、脳がないから」
迷いなく、淀みなく。
その表情は、まだ齢16の少女とは思えない程に大人びていた。
開き直る、とは違う。
悟り開いてでもいるかのようだった。
そう、璃夜が殺し屋を始めるキッカケとなったあの日から、璃夜は迷いを知らない。
迷いは邪魔でしかなく、自分には必要ないと思っているから。
ノアは目を細め、黒瑠は感嘆の声を漏らした。
「そう…僕は…闇社会の、探偵…。殺しは、嫌いだ。理解できない…」
ノアは、一息ついて細めた目を開いた。
「君の過去を、教えてくれないか…」
璃夜は、静かに語り出す…