殺したのは
ターゲットの部屋の前。
璃夜は深呼吸をして、ノックした。
「はい…?」
出てきたのは、写真の女性。
ドアにチェーンをかけたまま、慎重に開けた。
彼女は自分が狙われていることをしっている。
だが。
いとも簡単に、チェーンを外した。
自分より小さな女の子だったので、安心してしまったのだ。
「どうしたの?」
璃夜は咄嗟に、演技をした。
「あ、部屋を間違えたみたいです。ご迷惑をおかけしました」
そう言いながら、中に入って鍵をかけた。
「え…と…?」
流石に彼女も怪しんだようだ。
悲鳴をあげる間も与えず、サイレンサー付きの拳銃をぶっ放す。
相手の眉間へ、寸分違わず打ち込んだ。
床に倒れこんだ女性の首元には、ネックレスが。
そこには写真が入っていた。
悪いとは思ったが、璃夜はそれを見た。
そこにいたのは。
「ルシア…さん?」
肩を寄せ合って、先程死んだ女性と微笑んでいるルシアだった。
驚愕に、目を見開く。
気付けば璃夜は、ターゲットの部屋の中を漁っていた。
目に留まったのは、青い表紙の日記。
ページをめくる。
はらりと床に、写真が落ちた。
ルシアと女性が、笑っている写真。
裏にはこう書かれていた。
『大好きなお兄様と一緒に。メリー ××××年××月××日』
女性はメリーというらしい。
そしてメリーは、ルシアの妹。
璃夜は、ルシアの妹を殺してしまったのだ。
「ごめん、なさい…ルシアさん」
少しだけ悲しげな表情を見せ、璃夜は踵を返した。
「小鳥遊さん。あの女性…」
「ん?どうしたんだい?ちゃんと殺った?」
ターゲットは、偶然だったのか?
それとも…
「勿論殺りましたよ。……その…何故、あの方をターゲットに?」
小鳥遊氏は、少し驚いて目を丸めた。
「君がそんなことを訊くなんて、ね。あの女性…メリーといったかな?彼女は、僕の周辺を嗅ぎまわっていたのでねぇ。面倒事は起こる前に片付けるのが、僕のやり方だからね」
嘘を吐いているようには、見えなかった。
小鳥遊氏は、故意に選んだわけではなかった。
そのことに安堵しながら、食事後すぐに帰ることにした。
ルシアに公衆電話から電話し、迎えに来てもらった。
璃夜はそれに乗ると、張っていた気を緩めた。
ルシアといると、落ち着く。
「ルシアさん…」
璃夜は今日の仕事を思い出し、口を開いた。
「ご兄弟は、いらっしゃるんですか?」
ルシアは、ふっと微笑んだ。
「妹が、1人な。今頃何してるんだろう。逢いたいなぁ、メリー…」
璃夜は俯いて、沈黙した。
押し寄せる罪悪感の波を、ただひたすらに抑えた。
それでも、滲む涙は抑えきれなかった。
「ごめんなさい」
聞こえないように、そう呟いた。
「それがどうしたんだ?」
心底不思議そうに、ルシアは璃夜が一番訊いてほしくないことを訊いた。
「ちょっと気になっただけです」
声が震えないように、平常を装って言った。
ふうん、とだけルシアは言った。
重苦しい沈黙。
暫くして車は止まった。
ルシアの家に着いたのだった。
車から出て、家に入る。
「あ、この拳銃…」
璃夜は拳銃をレッグホルダーから慌てて取り出し手渡そうとした。
だがルシアは、それを押し返す。
「貰ってくれ。俺は使わないしな」
「で、でも…」
少々上目遣い気味に、ルシアを見上げる。
「いいから」
そう言われると押し切れず、璃夜は結局貰ってしまった。
「ありがとうございます」
璃夜は深々とお辞儀をした。
「それはそうと、返り血付いてるけど…」
すぅ、と大きく息をすい、ルシアの質問に答えた。
「仕事です」
「そうか」
ルシアはそれだけで済ませた。
いや、通常運転の振りをしているだけで、本当は違和感くらい感じているのかもしれない。
お風呂入ってきます、とだけ言って璃夜は脱衣所へ入った。
サァァ───────
冷たいシャワーを浴びて、璃夜は俯いていた。
こうでもしないと、罪悪感に押し潰されそうだった。
「貴方の妹を殺したんです、って言ったら……やっぱり嫌われちゃうかな」
璃夜は自嘲気味に笑った。
笑ったまま、少し涙した。
「ごめん…なさい…」
謝ったくらいで許されるなんて、思っていない。
ただただ、ごめんなさいを繰り返した。
一方ルシアは、本を読みながら考え事をしていた。
「璃夜…何かあったんだろうか…」
少し様子がおかしい。
そう思っていた。
本人に訊くのも気が引ける。
会っていたのは…小鳥遊、といったか?
その人に問いただそうか、とも考えた。
だが。
「自然に話してくれるだろう」
ペラリ、とページを捲る。
俺は璃夜に、信用されているだろうか。
ルシアは、璃夜のことが頭から離れなかった。
璃夜が風呂から上がると、栞を挟んで本を閉じ、自分も入ろうと立ち上がった。
「ルシアさん…」
璃夜は、ルシアと視線を合わせようとしなかった。
赤く腫らした目を、見られたくなかったのだ。
ルシアは何も言わずに風呂へ入った。
璃夜は夢を見た。
明るい場所から暗闇へと突き落とされる夢。
楽しく笑って過ごしていたら、いつの間にかそこは血の海になり、暗闇へと切り替わる。
そんな、夢。
朝ご飯を作ると、璃夜は最早恒例となった朝の散歩へ。
ただし、黒瑠に会わないようにルートを変えて。
…そんな苦労も虚しく。
「また会ったね」
璃夜は背後からの声を無視して、全力疾走。
「そう逃げられると、気になるよねー」
黒瑠が、そう呟いていたことも知らずに。
璃夜はとある路地裏で止まった。
「はぁ、はぁ…」
息を切らし、しゃがみこむ。
「ここ、までくれば…大丈夫、よね…」
大丈夫、大丈夫。
自分をそう慰めても、拭いきれない不安があった。
「やあ、璃夜ちゃん」
不安は、当たった。
背後から、黒瑠の声。
璃夜はまた走りだそうとした。
「待ってよ」
がしりと腕を掴まれた。
「離して下さい」
璃夜は完全に殺す気で発砲。
しかしそれは避けられた。
舌打ちをして、次弾で腕を掴む手に発砲。
黒瑠は一旦手を離し、跳躍して後ろに回り込む。
そして、背後から羽交い締めにした。
「ちょ、やめっ…!」
首にチクリと痛みが走り、璃夜は気絶した。
「ごめんね、璃夜」
指で注射器を弄びながら、黒瑠は静かに謝った。