仲間を信ずは強さなり
少女の銀の髪が、踊るように目の前を通過していく。
その美しさは本来なら見惚れる程であっただろうが、この緊張感ではそれもままならない。
薙刀は、あまり距離を詰められ過ぎると不利になる。
黒瑠は間合いを取ることを最優先とした。
若干こちらが劣勢だ。
この攻防も、いつまで持つか…
黒瑠は徐々に追い詰められる感覚に、口角を上げた。
強がり、ではなく、本当に愉しそうに。
「こんな血湧き肉躍る戦いは久しぶりだ!相手が人でないのは少し残念だが、この状況を作り出してくれたコーマック、君には感謝しかないね!!」
コーマックはその言動に不気味さを感じたが、それさえ面白おかしそうに笑った。
「まさか敵に感謝される日がくるとはねー」
M-SNOWYは攻撃の手を休めることなく、淡々とそれが作業であるかのように剣を振るう。
その所作は本当に人間味の無い機械そのもの、だった。
「ほらほら、ちゃーんと避けないと、怪我しちゃうよー?」
コーマックが煽るように言う。
「たとえば、」
嫌な予感が、
「こんな奇襲とか?」
黒瑠を襲った。
コーマックは、ポケットから黒い塊を取り出した。
それは、黒瑠が何度も見たことのあるもの。
爆弾だった。
「まずっ……!」
爆音。
閃光。
熱風。
一旦壁際まで退避していて黒瑠は、直撃は免れた。
しかし、所々に火傷を負い、満身創痍といった風になっている。
閃光の光から目を守っていた腕を退ける。
いや、正確には。
退かさざるを得なかった。
ずぶり、と。
そんな音が似合うであろう光景が、黒瑠の腹部に起こっていた。
M-SNOWYの剣が、黒瑠の腹部を貫いていた。
赤黒い液体が、腹部から溢れていく。
それに比例し、黒瑠も脱力していった。
黒瑠は霞む視界で、今自分を刺した彼女を捉えた。
爆発のせいか服はぼろぼろで、肌に煤がついていた。
それでも変わらぬ無表情で、機械の瞳に黒瑠を映している。
「あぁ…」
漏らした声は痛み故か、それともまた別のものなのか。
可哀想、だな…
黒瑠は自身とM-SNOWYの境遇を、無意識に重ね合わせていた。
可哀想だ。黒瑠は彼女にそう思った。
そうか、彼女の正体は…
そこで完全に意識を失い、腹部の剣に支えられる状態となった。
「あー、思ったより呆気ねーなー」
一人無傷の男は、面白くないとばかりに回転椅子でくるくると回った。
そして大きな足音がこちらに近づいているのに気づく。
「黒瑠!!」
「ん、黒猫?…あっれー、ルシアってば負けたー?」
M-SNOWYは、黒瑠に刺さった剣を引き抜く。
支えを失った黒瑠は血溜まりの上に倒れこんだ。
「く、ろ…」
璃夜はその光景を一瞬信じられなかった。
いつもの笑みのない、青白い顔。
彼らしくない、赤く染まった服。
璃夜に続いて部屋に入る運命、アリシア、キュウラも、その光景に思わず目を見開いた。
「アイオーンに、後は誰かなー?」
コーマックは回転椅子で回るのをやめ、闖入者の顔を眺める。
「ま、いいや。やっちゃえー、M-SNOWY」
心底楽しそうに、返り血で染まったM-SNOWYに命令する。
反抗という言葉すら知っているかも怪しい彼女は、プログラム通りに命令に従う。
絶句する璃夜に、赤い液体の滴る剣が迫った。
ギィィイィィィンッ
鼓膜が破れそうなほどに響く金属音。
「ぼさっとしてないで、早くその男助けてやれっ!!」
気づけば、運命が小さめの日本刀で剣を受け止めて居た。
脇差、と呼ばれるその刀は、50センチ程度しかないが、よく研がれており、一目で良いものだと分かる。
「あの出血の量はちょっと危ないで。早よ、どうにかしやな死んでまう」
緊迫したキュウラの声にハッとして、璃夜は黒瑠に駆け寄る。
赤く染まった腹部にそっと触れると、ぬるりと嫌な感触がした。
血なんて、見慣れているはずなのに。
璃夜は手が震えるのを止められなかった。
「ここは僕が抑えるから、そいつ連れて逃げろ!」
運命はM-SNOWYを蹴り飛ばし、璃夜にそう言った。
「りよ姉、てつだうから、いっしょに運ぼう?」
アリシアは璃夜を気遣うように申し出た。
年下に心配をかけている。
そう考えると、璃夜は冷静になってすぐさま黒瑠を起こす。
意識のないその身体は重く、自分が倒れてしまいそうになった。
しかしどうにか踏ん張り、キュウラやアリシアに後ろから支えてもらいながら背負う。
それなりに璃夜も鍛えられてはいたが、それでも未成年の少女が大の男を背負うのは辛い。
自分の服が汚れるなんて、そんなことちっとも考えずに璃夜は部屋から出て行く。
「あっれー、ここから出すのはまずかったっけー?…まーいいや。俺、戦闘員じゃないしー」
コーマックは、またもや回転椅子でくるりと回った。
璃夜は、最上階から2、3階分の階段を下り、踊り場で一旦黒瑠を下ろした。
黒瑠の顔は、先程より青白くなっており、呼吸も速く、浅くなっていた。
璃夜は、滲んでいる汗を服の袖でそっと拭ってやる。
「応急処置くらいならできる。布かなんか持ってへん?」
キュウラは修道服の腕を捲り上げる。
そして、黒瑠の傷口を露出させる。
璃夜は自身のネクタイを取り、キュウラに渡す。
「これでいいかしら?」
「もうちょっと大きいやつが良かったけど、仕方ないわ」
璃夜のネクタイは比較的幅広だが、それ以上のものは自分の服でも脱がない限り用意できないだろう。
キュウラはネクタイで傷口を抑え込む。
璃夜は黒瑠のポケットを探り、携帯電話を取り出した。
幸いタッチパネル式ではなく、ガラケーと呼ばれる開閉式の携帯電話であったため、パスワードはなかった。
連絡先から『愛斗』と書かれた項目を見つけ、電話をかける。
祈るような気持ちで、璃夜は携帯電話に耳を当てた。
『もしもし、一体何の用だい?』
愛斗はすぐに電話に出た。
乱れた息を整え、璃夜は口を開く。
「く、黒瑠が、お腹を刺されて…早くどうにかしないと…!」
自分でも思っている以上に焦っていた璃夜は、僅かに震えた声で様子を伝える。
『ん、その声は璃夜か…。ふむ、なるほどね。幸運なことに、僕は今は璃夜がいるビルの前に車で来ている。今菖蒲がそっちに向かってるはずだ。落ち着いて待機、できそうなら下りてきなよ。…全く、情けない声だね。その黒瑠が簡単に死ぬと思うかい?』
思ったより落ち着いている愛斗の声に、璃夜は酷く安堵して、涙が溢れそうになった。
「思わ、ないわね…。そうよね、大丈夫、よね…」
『大丈夫だ。僕は医者だ。死なない限りは何とかしてみせるさ』
だから、と優しい声で愛斗は続けた。
『泣くな。信じろ。お前の仲間は、信じるに足る人間だ』
璃夜は何度も頷いた。
音しか届かないのはわかっているのに、それでもうなずくことしかできなかった。
「信じる。ありがとう、愛斗」
『…じゃあ、切るよ』
しばらくして、通話が切れる。
「そろそろ下りましょう、キュウラ、アリシア」
キュウラはそっと黒瑠から離れる。
傷口にネクタイを巻いたようだった。
それで効果があるのかは分からないが、そうすることしかできない。
璃夜は黒瑠に向き合って、呟いた。
「絶対、死なせないわ」
ゆっくりと気を使いながら背負い、下りて行く。
「黒猫殿!」
下から足音が聞こえてきたとおもえば、正面から出てきたのは菖蒲だった。
余程走ったのか汗まみれで、それは少し滑稽に見えたが、璃夜にとってはそんな彼女が救世主だった。
「自分の方が黒瑠殿を運ぶのは適任であります!」
そう言ったかと思えば、背中の重みが消え、いつの間にやら菖蒲が黒瑠を横抱きしていた。
軽々と抱き上げている姿は頼もしかった。
「さあ、行くであります!」
また階段を下りていこうとした菖蒲だが、その足を璃夜の発言が止めた。
「ねえ、菖蒲たちは先に行ってて。私、行かなきゃ」
その瞳には強い意志が垣間見える。
菖蒲は力強く頷いた。
何をしに行くのか、察しがついているキュウラとアリシアは、心配そうに璃夜を見上げる。
「きをつけてね」
「頼んだで」
二人の言葉に、璃夜は微笑んで
「ええ」
とだけ返した。
くるりと踵を返し、今度は階段を駆け上がる。
璃夜の頭には、上に残った運命の顔が思い浮かんだ。
黒瑠でさえあんな怪我を負ったのだ。
運命が無事でいられるとは思えなかった。
二度目となる、あの部屋にたどり着く。
そこでは、M-SNOWYと運命の攻防が繰り広げられていた。
「璃夜?お前逃げたんじゃ、っ!!」
運命が余所見をした隙に、剣が迫る。
それを器用に躱す運命だが、額に汗が滲んでいた。
気の抜けない戦い。
璃夜は戻ってきた理由を言う。
「黒瑠はもう大丈夫よ。信じられる仲間が来たもの。でも、運命が心配で」
「そんな理由で来たのか!?足手まといだ、帰れ!」
余裕のなさそうな剣幕で、運命は怒鳴る。
「嫌よ。だって、」
璃夜は少し口角を上げた。
「敵前逃亡なんて、格好悪いじゃない」




