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硝煙と黒猫  作者: 黒雪姫
36/39

仲間を信ずは強さなり

少女の銀の髪が、踊るように目の前を通過していく。

その美しさは本来なら見惚れる程であっただろうが、この緊張感ではそれもままならない。

薙刀は、あまり距離を詰められ過ぎると不利になる。

黒瑠は間合いを取ることを最優先とした。

若干こちらが劣勢だ。

この攻防も、いつまで持つか…

黒瑠は徐々に追い詰められる感覚に、口角を上げた。

強がり、ではなく、本当に(たの)しそうに。

「こんな血湧き肉躍る戦いは久しぶりだ!相手が人でないのは少し残念だが、この状況を作り出してくれたコーマック、君には感謝しかないね!!」

コーマックはその言動に不気味さを感じたが、それさえ面白おかしそうに笑った。

「まさか敵に感謝される日がくるとはねー」

M-SNOWYは攻撃の手を休めることなく、淡々とそれが作業であるかのように剣を振るう。

その所作は本当に人間味の無い機械そのもの、だった。

「ほらほら、ちゃーんと避けないと、怪我しちゃうよー?」

コーマックが煽るように言う。

「たとえば、」

嫌な予感が、

「こんな奇襲とか?」

黒瑠を襲った。

コーマックは、ポケットから黒い塊を取り出した。

それは、黒瑠が何度も見たことのあるもの。

爆弾だった。

「まずっ……!」

爆音。

閃光。

熱風。

一旦壁際まで退避していて黒瑠は、直撃は免れた。

しかし、所々に火傷を負い、満身創痍といった風になっている。

閃光の光から目を守っていた腕を退ける。

いや、正確には。

退かさざるを得なかった。

ずぶり、と。

そんな音が似合うであろう光景が、黒瑠の腹部に起こっていた。

M-SNOWYの剣が、黒瑠の腹部を貫いていた。

赤黒い液体が、腹部から溢れていく。

それに比例し、黒瑠も脱力していった。

黒瑠は霞む視界で、今自分を刺した彼女を捉えた。

爆発のせいか服はぼろぼろで、肌に煤がついていた。

それでも変わらぬ無表情で、機械の瞳に黒瑠を映している。

「あぁ…」

漏らした声は痛み(ゆえ)か、それともまた別のものなのか。

可哀想、だな…

黒瑠は自身とM-SNOWYの境遇を、無意識に重ね合わせていた。

可哀想だ。黒瑠は彼女にそう思った。

そうか、彼女の正体(モデル)は…

そこで完全に意識を失い、腹部の剣に支えられる状態となった。

「あー、思ったより呆気ねーなー」

一人無傷の男は、面白くないとばかりに回転椅子でくるくると回った。

そして大きな足音がこちらに近づいているのに気づく。

「黒瑠!!」

「ん、黒猫?…あっれー、ルシアってば負けたー?」

M-SNOWYは、黒瑠に刺さった剣を引き抜く。

支えを失った黒瑠は血溜まりの上に倒れこんだ。

「く、ろ…」

璃夜はその光景を一瞬信じられなかった。

いつもの笑みのない、青白い顔。

彼らしくない、赤く染まった服。

璃夜に続いて部屋に入る運命(さだめ)、アリシア、キュウラも、その光景に思わず目を見開いた。

「アイオーンに、後は誰かなー?」

コーマックは回転椅子で回るのをやめ、闖入者の顔を眺める。

「ま、いいや。やっちゃえー、M-SNOWY」

心底楽しそうに、返り血で染まったM-SNOWYに命令する。

反抗という言葉すら知っているかも怪しい彼女は、プログラム通りに命令に従う。

絶句する璃夜に、赤い液体の滴る剣が迫った。

ギィィイィィィンッ

鼓膜が破れそうなほどに響く金属音。

「ぼさっとしてないで、早くその男助けてやれっ!!」

気づけば、運命が小さめの日本刀で剣を受け止めて居た。

脇差、と呼ばれるその刀は、50センチ程度しかないが、よく研がれており、一目で良いものだと分かる。

「あの出血の量はちょっと危ないで。()よ、どうにかしやな死んでまう」

緊迫したキュウラの声にハッとして、璃夜は黒瑠に駆け寄る。

赤く染まった腹部にそっと触れると、ぬるりと嫌な感触がした。

血なんて、見慣れているはずなのに。

璃夜は手が震えるのを止められなかった。

「ここは僕が抑えるから、そいつ連れて逃げろ!」

運命はM-SNOWYを蹴り飛ばし、璃夜にそう言った。

「りよ姉、てつだうから、いっしょに運ぼう?」

アリシアは璃夜を気遣うように申し出た。

年下に心配をかけている。

そう考えると、璃夜は冷静になってすぐさま黒瑠を起こす。

意識のないその身体は重く、自分が倒れてしまいそうになった。

しかしどうにか踏ん張り、キュウラやアリシアに後ろから支えてもらいながら背負う。

それなりに璃夜も鍛えられてはいたが、それでも未成年の少女が大の男を背負うのは辛い。

自分の服が汚れるなんて、そんなことちっとも考えずに璃夜は部屋から出て行く。

「あっれー、ここから出すのはまずかったっけー?…まーいいや。俺、戦闘員じゃないしー」

コーマックは、またもや回転椅子でくるりと回った。

璃夜は、最上階から2、3階分の階段を下り、踊り場で一旦黒瑠を下ろした。

黒瑠の顔は、先程より青白くなっており、呼吸も速く、浅くなっていた。

璃夜は、滲んでいる汗を服の袖でそっと拭ってやる。

「応急処置くらいならできる。布かなんか持ってへん?」

キュウラは修道服の腕を捲り上げる。

そして、黒瑠の傷口を露出させる。

璃夜は自身のネクタイを取り、キュウラに渡す。

「これでいいかしら?」

「もうちょっと大きいやつが良かったけど、仕方(しゃあ)ないわ」

璃夜のネクタイは比較的幅広だが、それ以上のものは自分の服でも脱がない限り用意できないだろう。

キュウラはネクタイで傷口を抑え込む。

璃夜は黒瑠のポケットを探り、携帯電話を取り出した。

幸いタッチパネル式ではなく、ガラケーと呼ばれる開閉式の携帯電話であったため、パスワードはなかった。

連絡先から『愛斗(まなと)』と書かれた項目を見つけ、電話をかける。

祈るような気持ちで、璃夜は携帯電話に耳を当てた。

『もしもし、一体何の用だい?』

愛斗はすぐに電話に出た。

乱れた息を整え、璃夜は口を開く。

「く、黒瑠が、お腹を刺されて…早くどうにかしないと…!」

自分でも思っている以上に焦っていた璃夜は、僅かに震えた声で様子を伝える。

『ん、その声は璃夜か…。ふむ、なるほどね。幸運なことに、僕は今は璃夜がいるビルの前に車で来ている。今菖蒲がそっちに向かってるはずだ。落ち着いて待機、できそうなら下りてきなよ。…全く、情けない声だね。その黒瑠(バカ)が簡単に死ぬと思うかい?』

思ったより落ち着いている愛斗の声に、璃夜は酷く安堵して、涙が溢れそうになった。

「思わ、ないわね…。そうよね、大丈夫、よね…」

『大丈夫だ。僕は医者だ。死なない限りは何とかしてみせるさ』

だから、と優しい声で愛斗は続けた。

『泣くな。信じろ。お前の仲間は、信じるに足る人間だ』

璃夜は何度も頷いた。

音しか届かないのはわかっているのに、それでもうなずくことしかできなかった。

「信じる。ありがとう、愛斗」

『…じゃあ、切るよ』

しばらくして、通話が切れる。

「そろそろ下りましょう、キュウラ、アリシア」

キュウラはそっと黒瑠から離れる。

傷口にネクタイを巻いたようだった。

それで効果があるのかは分からないが、そうすることしかできない。

璃夜は黒瑠に向き合って、呟いた。

「絶対、死なせないわ」

ゆっくりと気を使いながら背負い、下りて行く。

「黒猫殿!」

下から足音が聞こえてきたとおもえば、正面から出てきたのは菖蒲だった。

余程走ったのか汗まみれで、それは少し滑稽に見えたが、璃夜にとってはそんな彼女が救世主だった。

「自分の方が黒瑠殿を運ぶのは適任であります!」

そう言ったかと思えば、背中の重みが消え、いつの間にやら菖蒲が黒瑠を横抱きしていた。

軽々と抱き上げている姿は頼もしかった。

「さあ、行くであります!」

また階段を下りていこうとした菖蒲だが、その足を璃夜の発言が止めた。

「ねえ、菖蒲たちは先に行ってて。私、行かなきゃ」

その瞳には強い意志が垣間見える。

菖蒲は力強く頷いた。

何をしに行くのか、察しがついているキュウラとアリシアは、心配そうに璃夜を見上げる。

「きをつけてね」

「頼んだで」

二人の言葉に、璃夜は微笑んで

「ええ」

とだけ返した。

くるりと踵を返し、今度は階段を駆け上がる。

璃夜の頭には、上に残った運命の顔が思い浮かんだ。

黒瑠でさえあんな怪我を負ったのだ。

運命が無事でいられるとは思えなかった。

二度目となる、あの部屋にたどり着く。

そこでは、M-SNOWYと運命の攻防が繰り広げられていた。

「璃夜?お前逃げたんじゃ、っ!!」

運命が余所見をした隙に、剣が迫る。

それを器用に躱す運命だが、額に汗が滲んでいた。

気の抜けない戦い。

璃夜は戻ってきた理由を言う。

「黒瑠はもう大丈夫よ。信じられる仲間が来たもの。でも、運命が心配で」

「そんな理由で来たのか!?足手まといだ、帰れ!」

余裕のなさそうな剣幕で、運命は怒鳴る。

「嫌よ。だって、」

璃夜は少し口角を上げた。

「敵前逃亡なんて、格好悪いじゃない」

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