悲劇を止める光
無人の地下駐車場で、璃夜とルシアの二人は向かい合っていた。
璃夜の瞳には戦いたくない、という意思がはっきりと浮かんでいる。
しばらくそのまま対峙していたが、やがて璃夜が口を開いた。
「ルシアさん…」
璃夜はまだ、ルシアに対する情を捨てきれなかった。
少し悲しげに顔を歪める。
この戦いを防ぐ道は無かったのだろうか。
否、あったとしてももう遅い。
お互いに、もう引き返せないところまで来てしまったのだ。
「璃夜が俺を殺さなくとも、俺は璃夜を殺すぞ」
鋭い視線に射抜かれて、璃夜はもう一度名前を呼ぼうと開いていた口を閉じる。
もう、戻れない。
分かっていたはずのその事実が、鋭利なナイフとなって深々と突き刺さる。
璃夜には強い感情など、ついこの間まで存在しなかった。
それが初めて現れたのは、ルシアに出会ってから。
璃夜にとってルシアがどれほど大きな存在なのか、璃夜自身も把握しきれてはいなかった。
ルシアは拳銃を構える。
その発砲音と共に、誰も救われない戦いは幕を開けた。
フルオートで発射された弾丸は、真っ直ぐに璃夜へと進んでいく。
璃夜はぐっと奥歯を噛み締め、素早く銃を発砲した。
弾を全て弾く。
その気になれば、そのままルシアを殺すことだってできたかもしれない。
それをしなかったのは、共に過ごした短期間で情が移った証拠。
頭を振っても振り払えないその感情は、璃夜に迷いを生じさせる。
「どうして」
ぽつりと呟いた言葉は、銃声にかき消えた。
湿った空気を吸い込み、璃夜は発砲する。
狙いは拳銃。
ルシアを狙い撃つことなど、璃夜にはとてもできなかった。
しかしルシアは、あろうことか拳銃を上に投げた。
銃弾は壁にぶつかり、跳弾して何処かに消えていく。
ルシアは何事も無かったかのように拳銃を受け止め、大袈裟にため息を漏らした。
「この程度か?」
声に含まれた失望に、璃夜は奥歯を噛み締める。
フルオート射撃が、璃夜を襲った。
全て弾いていたら銃弾が足りない。
そう考えて、横へと回避する。
追ってくる銃弾に僅かな恐怖も抱かず、璃夜は柱の陰に身を潜めた。
しばらくは柱に撃っていたルシアだが、やがて止まる。
ルシアが持っている拳銃はあれ一つのはずだ。
他に隠せるようなところは無かった。
何処かに隠してあったなら、服の膨らみで分かる。
あの拳銃さえどうにかすれば…!
璃夜の頬を、汗が伝う。
ルシアは一歩も動いていない。
拳銃も、璃夜が物陰から出ればすぐに撃てるように構えているだろう。
ならば。
拳銃の位置は、分かっている。
璃夜は別の柱に向かって発砲した。
「おい、そんなところに撃っても……!?」
ガシャン、と拳銃が落ちる音。
跳弾を利用して、拳銃を狙い撃ったのだ。
ルシアはその技術に、予想以上と言わんばかりに目を見開いた。
「動かないで!」
璃夜は素早く柱の陰から出て、ルシアに銃口を向ける。
「それはお前だ」
一瞬で距離を詰め、拳銃が蹴り上げられた。
璃夜が得意とするのは、あくまで銃器を使った戦闘だ。
素手での近接戦闘など、したこともなければ、見たことすらも無かった。
「…っ!」
鈍色のナイフの切っ先を、首に突きつけられる。
初めてではない恐怖。
しかし、慣れることもできないそれに、璃夜の足は竦んだ。
「少しでも動けば、殺す」
自分はここで死ぬのだと、そう悟った。
ルシアは無表情でナイフを喉に食い込ませようとする。
ピリッとした痛みが走り、少量の血が流れた。
「じゃあな」
切っ先はゆっくりと、璃夜の首に差し込まれて────
「待って!」
ナイフの動きがぴたりと止まる。
璃夜にとっては聞き覚えのある、幼い声。
「殺しちゃ、だめ!」
横から飛んできたその声に、目だけをそちらに向けた。
キャラメル色の、柔らかそうな髪。
肩で息をしながら、必死な表情で立っているのは、
「アリシア…?」
どうして、とでも言うように名前を呼ぶ。
「迷子ちゃんを連れてきた僕は無視?」
京極運命。
アリシアを探している時に出会った、不思議な女性。
どうして彼女は、ここにいるのだろう。
そんな疑問を持ったのは、ルシアも同じだ。
「なんだ?」
睨むように二人を見るが、当の二人は全くそれに動じた様子はない。
「はぁ、何や急に連れてこられたけど、どう言う状況なん?」
後から遅れて姿を現したのは、修道服を着た狐面の少女。
キュウラだった。
「ルシアおじさん、じゃなくておにいさん。りよ姉を殺しちゃだめ」
アリシアは、必死に訴えかける。
────パァアンッ
聞き慣れた銃声がした。
同時に、首元のナイフが消える。
銃を構えているのは、運命だった。
「おぉっと。動かないでね、ルシア…だっけ?」
ルシアは、額に冷や汗を滲ませながら大人しく動きを止める。
「悲しいねえ、運命ってのは。本当はお互いを傷付けたりなんてしたくないんじゃねーの?」
運命は、摑みどころのない笑顔でそう言った。
悲しそうにも聞こえる声だった。
「俺と璃夜は敵同士だ」
ルシアは、ある程度落ち着きを取り戻して銃口を睨んだ。
「ほら、アリシア。言ってやりなよ」
視線が一斉にアリシアに向く。
それに怯むことなく、アリシアは口を開いた。
「わたしは、未来から来たの。ルシアおにいさんがりよ姉を殺すのを、止めるために」
そのことは運命も聞いていなかったのか、驚いたように目を丸めた。
それ以上に驚いているのは、璃夜とルシアの二人だった。
ただ、一人。
キュウラだけは、その様子を黙って眺めていた。
「本当はね、いま…りよ姉は死んでるはずだったの」
アリシアは、悲しそうに言った。




