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硝煙と黒猫  作者: 黒雪姫
32/39

予兆なき争いは何を意味する

璃夜と黒瑠がビルに潜入したその時。

残された皆は、思い思いの時間を過ごしていた。

不安は無い。

それは信頼でもあるが、同時に二人の強さを知る者としての確固たる自信でもあった。

「紅茶かコーヒー、どっちがいいでスカー?」

シエナはカップを取り出しながら、呑気にリビングの方へと問いかけた。

「ミルクと砂糖たっぷりの紅茶がいいってー!」

「自分はブラックコーヒーをいただくのであります!」

大きな声で返事をしたのは、二人で対戦ゲームをしていた駒希(こまき)菖蒲(あやめ)

「紅、茶…」

ノアがギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で言う。

「もう少し静かにできないのか…僕はいらないよ」

文句を言いながら、愛斗は一つ舌打ちをする。

部屋の隅で縮こまるオリオンだけが何も言わなかったため、シエナはキッチンから顔を覗かせ問いかける。

「オリオンはどうしマス?」

「あー…いらない」

わかりまシタ、とすぐにまたシエナはキッチンに引っ込んだ。

全員分の飲み物と砂糖、ミルクをトレーに乗せ、シエナが運ぼうとする。

と、その時────

「邪魔するぜィ!」

勢い良く開けられたドアの音をも掻き消すほどの大声。

聞き覚えのあるその声に反応したのは菖蒲だった。

道化(どうけ)琉無(るな)!?」

その手にはダガーナイフ。

さらにその後ろから出てきたのは、缶バッジの二、三個ついた学生帽を被った(ケイ)・ブラッドフィールド。

ベレッタM8000クーガーL typeP、という拳銃ニ丁にクロスボウ、さらにはH&K PSG-1という狙撃銃という重装備だ。

「此処は安全だとでも思っちゃったかア?」

琉無はにやりと、不敵に笑う。

「ざァんねん!」

ヒュッ、と風を切る音とともにダガーナイフが投げられる。

それはクロウズの全員の横に綺麗に突き刺さった。

「へえ。それは戦線布告と取っていいんだよねえ?」

額に青筋を浮かべながら、愛斗はソファから立ち上がった。

「殺す」

白衣のポケットからメスを取り出した。

手術の道具ではあるが、それは十分な凶器だ。

「決着を…つけるのであります!」

テーブルに足を置いて、刀を構える菖蒲。

今にも飛びかかりそうな雰囲気を醸し出している。

「え、ここでやるんでスカ?クロルさんに怒られまスヨ…」

「この、壁……誰が、直、す…と…!」

「うわア、ノアさんまで怒ってマス…」

ノアは俯いて拳を握り締めている。

前髪で目が見えないのが余計恐怖を感じさせる。

シエナは収拾のつかないこの事態に、ため息を吐いた。

「家、壊れませんカネ…?」

呟いた言葉は誰にも届かず、ただ静かに戦いの火蓋が切られた。

「あは、もう一回潰してあげるってー!」

先に動いたのは駒希。

真っ直ぐケイに向かっていった。

壁に立てかけてあった釘バットを素早く取り、殴りかかる。

スッ、と音もなく、ケイは最小限の動きでそれを躱す。

「前のようにはいかねぇぞ」

灼熱地獄も凍るような碧眼が、駒希を捉えた。

「数では君達の方が不利だと思うけど」

愛斗のメスが、光を反射してギラリと輝く。

「だぁれが二人で来たなんて馬っ鹿みてえなこと言いやした?」

舌を出して、琉無は指をパチンと鳴らした。

大きな音を立てて窓ガラスが割られ、沢山の人が侵入してくる。

これだけ騒いで何ともないということは、既に近隣の住民は言いくるめて避難でもさせられているのだろう。

クロウズの面々は、素早く状況を判断する。

「暴れ、ても…良さそう」

ノアの一言をかき消すように、戦闘が始まった。

「取り敢えず避難しましょウカ」

シエナは苦笑いしながら、未だ座っているオリオンに手を差し伸べる。

オリオンは、こくりと頷いてその手を取った。

菖蒲は愛刀、『斬業鬼丸』を構え、一直線に琉無に突っ込む。

太もものあたりを狙い、刀を薙ぐ。

琉無はそれを、鉄製のトランプで受け止めた。

菖蒲がトランプの方に意識を集中していると、ぱしゃん、という音とともに液体がかけられた。

「この匂い…ガソリンでありますか」

硫酸か何かかと思ったが、そうでもなかったらしい。

刀にまでガソリンがかかったが、手が滑って刀を落とす…何てことはない。

しかし。

にやりと璃夜が笑ったかと思うと、刀が一気に燃え上がった。

トランプに小さな凹凸があり、それで摩擦を起こし点火したのだ。

「なっ…!?」

「えぃやァッ!」

そんな掛け声が聞こえ、またもや菖蒲は液体を被る。

火はそれで消されていた。

燃えた刀にいち早く気付いたシエナが、キッチンで汲んだ水を菖蒲にかけたのだ。

「炎上マジックがパーじゃねェか!」

荒々しく叫んで、琉無はキッチンにダガーナイフを飛ばす。

キンッ、と小さく金属音がして、それは菖蒲の刀によって落とされた。

「相手は自分であります!」

その言葉に、琉無はにやりと笑った。

対角線上で繰り広げられるのは、駒希とケイの戦いだった。

少し離れた場所で雑魚を一掃する愛斗に感心しながら、ケイは発砲する。

ちっとも余裕の笑みを崩さない駒希に若干の苛立ちを感じていた。

振り下ろされた釘バットを避け、銃を仕舞ってボウガンに持ち変える。

攻撃直後の隙を狙い、矢を放った。

躱しきれずに矢は駒希の頬を掠め、赤い筋を作った。

血液が頬を伝い、(したた)る。

そんなことを気にもとめずに駒希はバットを構え直した。

「ちょっとは面白くなってるって」

獲物を狙う肉食獣のように、駒希は舌舐めずりをする。

その仕草に、ケイは不快そうに眉をひそめる。

と、次の瞬間にはケイの視界は木と、そこに打ち付けられた少し曲がった釘だけを映していた。

咄嗟にしゃがむ。

ブォン!と風を切る音が真上で聞こえた。

「…チッ」

ケイは一つ舌打ちをする。

駒希は好戦的に輝いた目を見開いた。

舐められている。

そう思うと、ケイはさらに不快になった。

駒希は、舐めてかかっていた。

それを後悔することになるとも知らずに。

駒希が異変に気付くのに、そう時間はかからなかった。

僅かだが、体が動かしにくくなっている。

倦怠感にも似たその感覚は、徐々に駒希を支配していった。

「だるい、だろ?」

勝利を確信したようなその笑みに、駒希は嫌気が差した。

しかし、そのときにはもう立っているので精一杯だった。

「効くまでにちったぁ時間を食っちまったが、人外にも効いて安心した」

業魔の血の覚醒は起きない。

あれは感情の爆発によって起こる現象だ。

既にこの倦怠感に思考を奪われている琉無は、もはや単純なことしか考えられないようになっていた。

「調査済み、ってー?」

それでも懸命に考える。

止まろうとする思考を無理矢理動かす。

「さぁな」

業魔の鬼は正しい道を妨げる。

その特性とも呼べる能力は、触れている物体、それも持ち上がるものでないと使えない。

それも調べた上だと言うのなら、ケイを侮るのは少々まずかった。

駒希はとうとう膝を折る。

ゆっくりと崩れ落ち、虚ろな目でケイを見上げた。

明確な敗北。

最初に掠めた矢に、毒が塗られていたのだ。

「油断大敵。強さを測り間違えたな」

冷ややかに、ケイは駒希を見下ろした。

琉無と菖蒲は拮抗していた。

琉無は大技を繰り出す隙を与えず、菖蒲に攻撃する。

それを弾きつつ、菖蒲はチャンスをうかがう。

琉無がダガーを投げれば、菖蒲はそれを避けて直後の隙を突こうとする。

しかし、琉無は大道芸人らしく口から炎を吐き、一定以上近づかせない。

戦況が変わる何かを求めているのは、お互いだった。

「ぐあっ」

そんな、大の男のうめき声が聞こえた。

男は琉無の方に倒れていき、琉無はそれを小刀程度の大きさの刃物で容赦なく斬り捨てた。

「はやく決着、つけなよ」

愛斗が(だる)そうな声で菖蒲に言う。

言われなくとも分かっている、とばかりに刀を構え直した。

そして無駄のない動きで琉無に斬りかかった。

ギィイィィィンッ

間一髪、琉無が血で紅く染まった刃物で防ぐ。

オレンジ色の火花が散って、琉無は攻撃を防げたことににやりと笑う。

しかし菖蒲は、防ぐことなど分かりきっていた。

「っ!?」

足払い。

予想出来なかった行動に、体制を崩した琉無は後ろ向きに倒れる。

菖蒲は、刀の鞘で琉無の頭を殴り、意識を奪った。

「負けてんじゃねーか、道化師(ピエロ)。雑魚どももやられてるし」

忌々しげにケイは琉無を見た。

「どうするんだい?明らかにそっちが不利だけど」

愛斗の問いに、ケイは肩を竦めて答えた。

「賢く退散しとくよ。あ、そうそう」

緊張感の解けた空気の中、ケイは琉無を肩に担いだ。

「ここでひとつ耳寄りな情報だ」

ありがたく受け取れ、とケイは部屋のドアへと近づいていく。

部屋から出たところで、振り向いた。

「アリシア・アイオーン。あいつは────」

皆が絶句する中、ドアの閉まる音だけがやけに響いた。

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