思惑は交差する
リビングには皆が集まっていた。
状況が状況なだけあって、深海のように暗く沈んだ雰囲気だ。
雰囲気を壊すわけにもいかず、璃夜は黙ってソファに身を委ねた。
「それで、アリシアなんですケド」
皆が一斉にそちらを注目する。
多くの視線を浴びても物怖じせずに、シエナは続けた。
「留守番をしていた時に電話が掛かってきたんデス。声は間違いなくワイトだったと思いマス。それデ、アリシアは貰った、返して欲しいなら明日、隣町の青いビルに黒猫が来い、ッテ」
黒猫。思わぬ指名に、璃夜の肩は僅かに跳ねた。
それに気づいたのはごく少数。
「人数は指定されなかったのかい?」
顎に手を当てた愛斗が、シエナに質問した。
「ハイ」
「なら、そうだね…璃夜、僕と行こうか。あまり大人数で行くのも良く無い。敵がどれだけ潜んでいるかは分からないが……僕たち二人なら何とかなるだろう」
黒瑠はいつになく真剣に、誰とも視線を合わすことなくそう言った。
誰もそれに意見しない。
全員で行き、この家を空けるのは愚策といえるだろう。
その間に情報が抜きだされれば、それは大きな損害となる。
かといって一人で行くのは大人数で囲まれた時に不利だ。
黒瑠の判断は適切で、反論はでない。
「あの、私、アリシアっぽい人を見かけたんだけど…」
璃夜は少し戸惑いながら切り出す。
「曲がり角を曲がった時に見えなくなって、代わりに立っていたのが…京極運命って人なんだけど」
「京極……京極かあ」
黒瑠は考え込むように復唱した。
「ええと、髪は青みがかかった黒色で、あんまり長くなくて、沢山白いピンを付けてたわ。あとは…目は紺色だったかな」
思い出せる限りの特徴を伝える。
あまり長く一緒にいた訳ではなかったので曖昧な部分もあるが、璃夜はなんとか記憶を探った。
「…っ!」
僅かに反応を示したオリオンに、誰も気付くことはない。
皆足元を見て考え込んでいるのだから。
「その人を見かけたら、【京極 麻実は元気か】って伝えてくれる?まだ分からないけど、確認したいんだ」
京極麻実。
黒瑠が出したその名前に、誰も反応しない。
おそらくは誰も知らないということだろう。
黒瑠と京極麻実の関係は不明だが、それをわざわざ聞こうとは思わなかった。
「ええ、わかったわ」
素直に了承しておき、会うことがあれば本人に聞こうと璃夜は密かに心に決めた。
その頃。
ここはとある建物の廊下。
ホウカーでは、軽い騒ぎが起きていた。
「いないですって!?」
驚愕と焦りの入り混じった声を発したのは、ゼノヴィアだ。
「もっとちゃんと探しなさい!使えないわね…」
「す、すみません!!」
ゼノヴィアの怒声を浴び、反射的に謝罪をしたのは彼女の部下、カロンだった。
「おぉ…!怖ぁーい顔してんね、ゼノヴィアの姉さん」
怖いなどと微塵も思っていないような表情で、琉無は横槍を入れた。
「カロンちゃん、だっけ?こぉんな怖いお姉さんが上司なんて、可哀想ってモンだぜ!」
カロンは近付いてきた琉無に戸惑い、視線を彷徨わせた。
「え、えと……」
「琉無ちゃん、それはどういう意味かしら?」
背後に般若でも見えそうな顔で問われても、琉無は平然とカロンに話しかける。
「大変じゃねェ?飽きたらいつでもコッチ来りゃあいいよ。雇ったげるからさァ!」
「いえ、その、私は…ボスフェルト様に雇われた身ですし…」
カロンは僅かに後ずさった。
「カロン、貴女は仕事に戻りなさい」
ゼノヴィアは、優しく告げた。
「は、はい!」
ぺこり、と一礼して、カロンは去っていく。
琉無は少し不機嫌そうに頬を膨らませた。
「で、何の報告だったんですかィ、ゼノヴィアの姉さん?あんなに怒るなんざ、珍しいこったァ」
「例の極秘任務のことよ。あれ、失敗したって」
ゼノヴィアの怒りはまだおさまっていないようだ。
琉無は失敗と聞き、目を丸めた。
「そりゃあ怒るワケだぜィ!にしても、どーすんだ?もう後戻りはできねーみたいですぜィ」
ゼノヴィアは、姉と慕われているだけあってそれなりの実績を持っている。
部下に任せた任務といえども、ゼノヴィアが失敗するのは珍しいことだ。
「何とかしてみせるわよ。まだ時間はある。問題無いわ」
失敗する気など微塵も無いらしい。
強気の姿勢に、琉無は声を出さずに小さく笑った。
「もし失敗なんてことになったら、格好がつかないぜィ?」
「もしも、の話でしょ」
そのもしもは訪れないとでも言うように、ゼノヴィアは琉無の問いを一蹴した。
「何を騒いでいるんだ?」
話を聞かれたか、とゼノヴィアと琉無は冷や汗を流す。
「ルシア…」
ゼノヴィアは何時ものようにその名を呼んだ。
この任務は、ルシアには知らされていない。
もしバレたら、ボスであるワイトから制裁が下る。
「何の話だと思ったの?」
「俺が知るか」
その答えに安堵して、同時に自分の油断を悔いた。
「部下にもうちょい優しくしてやれェーッ!…ってな」
琉無はそう言ってにやりと笑う。
道化琉無は、嘘が吐けない性格だ。
この発言も核心を隠してはいるものの、嘘ではない。
笑った表情も、本当にゼノヴィアをからかうようで全くもって嘘の匂いはない。
琉無は嘘こそ吐かないが、隠すことだけは異常とも呼べるほどに上手かった。
琉無を苦手とするルシアは、それを知らなかった。
嘘でないから疑わなかった。
「あー、こんなところにいたー」
少し遠いところかろ、コーマックの声がした。
「ルシアー、至急作戦室Ωに来いってー」
「分かった」
ルシアは、二人に背を向け去っていく。
コーマックは琉無とゼノヴィアに近付いた。
ルシアの姿が見えなくなってから、会話が始まる。
「バレてないよねー?」
コーマックは、楽しそうにそう聞いた。
「もちろんだって!」
琉無は明るく答え、親指を立てた。
「ならいいけどー、もう下準備は整ってるんだからー、失敗なんてボスに顔合わせ出来ないよー?」
「貴方まで琉無と同じこと言うのね、コーマック」
問題無いわ、と琉無の時同様に答え、ゼノヴィアは去っていく。
「あれ、行っちまうのかい?」
琉無はじゃあね、と大きく手を振った。
コーマックは誰にも気付かれないように呟く。
「問題無い、ねー。大丈夫とは言わないんだー」
その違いが何を意味するのかは、まだ誰にもわからない。




