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硝煙と黒猫  作者: 黒雪姫
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黒い猫の活動

璃夜が家に戻ると、もうクロエは居なかった。

つい先程、迫ってくるクロエをルシアが追い出したのだ。

「あの」

ソファで黒縁の眼鏡を掛け、本を読んでいるルシア。

「黒瑠って便利屋、知ってますか?」

本に栞を挟み、パタンと閉じた。

「知ってるが…」

「有名なんですか?」

あの不気味な青年を、璃夜は探ろうとしていた。

「凄く有名だ。知らないのが驚きなんだが…?」

璃夜は基本、情報に疎かった。

殺すことしかしなかった。

仕事にしか興味が無かった。

だから璃夜は、世間を知らない。

「詳しく教えてくれますか?」

分かることでよければ、とルシアは了承した。

「兎に角異常だと、俺は聞いた。人を唆したり騙したりすることに長けているらしいな。噂では日本人なんだと」

余り有力な情報は得られなかった。

落胆しながらも、璃夜は礼を言う。

教えて貰ったのだから当然のことだが、ルシアはそれに目を丸めた。

「礼儀正しい…」

失礼に感じるかもしれないが、ルシアが出会ってきた人を見ると褒め言葉だと分かるだろう。

しかし璃夜は知る由もなく。

「意外ですか?」

ムッとしたものの表情に出さない。

「いや、こんなに礼儀正しい人に会うのは初めてだから…」

そこで漸く褒めていることに気付く。

ルシアさんの周りには碌な人が居なかったに違いない、と璃夜は決めつけた。

しかしそれはあながち間違ってもいない。

クロエを見ても、それは言えるだろう。

「でも、どうして急に黒瑠の話なんか」

当然の疑問だろう。

璃夜は考え抜いた末に、正直に話すことにした。

「散歩してたら、会ったので」

できるだけ簡潔に、要点を押さえて告げた。

案の定ルシアは目を丸くしていた。

それ以上言うことのない璃夜が黙ると、ルシアも黙った。

気まずい沈黙。

「………」

「………」

「お昼御飯にしましょう」

璃夜に言えたのはそれだけだった。

「あ、ああ」

多少驚きの余韻が残っていたが、それもすぐに消え去った。

キッチンに立った璃夜が徐に作ったのはポトフだった。

材料を見る限り、ポトフは良い選択だと言えるだろう。

璃夜はそこまで料理が得意という訳では無かったが、上手く作れたと自負していた。

「美味い…」

ルシアも、一口食べるとそう評した。

食べ終わってもすることが無いので、璃夜はフランス語を独学で勉強する。

ルシアはひたすらに本を読んでいた。

お互い無言のまま、時間は過ぎ去っていく。

紙を捲る音だけが、その空間を支配していた。

璃夜にとっても、ルシアにとっても、何処か心地いい空間。

気付けば時刻は午後5時。

日は暮れており、暗かった。

ルシアが動かないので、璃夜が電気を点けた。

「夕御飯、作りますね」

「ああ」

相変わらず、視線は本だった。

余程の本好きなのだろうな、と璃夜は密かに思った。

作ったのはラタトゥイユだ。

わざわざパソコンを借りてまで調べたレシピだ。

材料は今日の分はあったが、明日は買いに行かなければならない。

「出来ましたよ」

璃夜がそう声をかけると、本を閉じて椅子に座った。

「璃夜一人にやらせてしまって、すまない」

「いえいえ。…でも明日は食材調達、ついてきてくださいね」

苦笑しながらも了承を得た。

「そういえば」

璃夜が口火を切った。

「何の本を読んでいたんですか?」

柔らかく微笑んだルシアが答える。

「日本の本、著者は国木田独歩だ。“牛肉と馬鈴薯”というんだが…」

璃夜は首を傾げた。

全く知らないものだ。

璃夜はもともとあまり読書を好む方ではない。

心に余裕ができないのもその原因の一つだろう。

「日本の小説はなかなかに面白い。結構この作者は好きなんだ。興味があれば貸そうか?」

その楽しそうな表情から、如何に本が好きなのか見て取れた。

「検討しておきます」

皿は空になる。

「璃夜は何をしてたんだ?」

食器を運んで洗いながら、璃夜は答える。

「フランス語の勉強を」

飲み込みが早いので、何とか話し、聞き取れるようにはなっていた。

そこで。

「(どうですか?)」

フランス語で話し掛ける。

「(短時間でそこまで出来るとは。素晴らしい)」

ルシアもフランス語で応じる。

「(フランス語で話してくださって結構ですよ。大体分かりますので)」

褒められて嬉しいのは敢えて顔に出さなかった。

「いや、俺は日本語でいい」

提案は、あっさりと却下された。

「そうですか」

璃夜としてはもう少しフランス語に慣れたかったが、馴染みのある日本語の方がスムーズに話せる。

それは日本人だから当たり前なのだが。

交代で風呂に入り、二人用の家だったので二つあったベッドでそれぞれ眠りについた。

翌朝、午前5時頃という少し早い時間に起きた璃夜は、ガレットを作った。

それを起きてきたルシアとともに食べ、昨日のように散歩に出る。

昨日とは違うコース。

ひんやりとした朝の空気。

踊る髪を押さえ、一人あてもなく歩く。

正面で、青年が璃夜を待ち構えていた。

「やあ。また会ったね」

璃夜にはわざとだとしか思えなかった。

「何の用かしら」

「偶然だって。冷たいなー」

別段冷たくしているつもりは無かった。

だが、ヘラヘラと笑う黒瑠が苦手なのも事実だった。

「偶然?信じる程馬鹿じゃないわよ」

璃夜は眼光を鋭くする。

「疑われてる?ああ、でも偶然だって証拠は無いから仕方ないのかな?抜け目ない刑事のようだと評するべき?」

黒瑠は怯むそぶりすら見せず、軽口を叩く。

「さあね。そこ、退いて欲しいんだけど」

「もうちょっとお話しようよ」

はあ、と溜息。

退く気はないらしい。

「つれないな。どうせ暇でしょ?」

璃夜は確かに暇だったが、この男と話す気になれなかった。

「い・や・よ」

「酷いなあ、全く。僕は君が気に入ったというのに」

ヘラヘラとした笑みで本心を塗り固めた黒瑠が、璃夜は嫌いだった。

「退いて」

だから璃夜は、極力無視しようとした。

「これは随分嫌われたかな?僕、君には何もしてないよ?」

はあ、と溜息。

くるりと回れ右をして、元来た道を引き返すことにした。

「んー、残念だなあ。これ以上嫌われたくないし、今日はここまでにしよう。じゃあねー」

そんな声が背後で聞こえたが、璃夜は無視して歩く。

璃夜としてはもう二度と会いたくなかったが、また会いそうだ。

結果として予定よりも早く散歩を切り上げることになった。

テーブルに置いてあったガレットは、綺麗になくなり皿も洗われていた。

「美味かった」

ルシアはソファで本を読み耽っている。

国木田独歩の“牛肉と馬鈴薯”だ。

まだ午前7時過ぎだ。

それから二時間程、フランス語の勉強をした。

9時頃になると、ルシアが買い物に行こうと璃夜を誘ったのだった。

二つ返事で了承し、二人で市場やスーパーへ。

「お金、稼いで返しますね…」

払わせるのはなんとなく悪い気がした璃夜は、そう提案する。

「いや、いい。御飯作ってもらってる訳だしな」

それきり会話は繋がらなかった。

それから璃夜の服も買ってもらい、璃夜は益々悪い気がした。

帰ってから璃夜は、昼食を作り食べた。

それからまたフランス語の勉強をしていると…

電話だ。

璃夜は軽く伸びをしながら取る。

「はい、もしもし」

「小鳥遊だ。黒猫ちゃん、今から会えないかい?ディナーを奢るよ」

いつも通りの小鳥遊氏の声。

璃夜は暫し考えてから、はい、と言った。

「決まりだね。じゃあ“Ciel bleu”で待っているよ。今から二時間後に、ね」

ガチャンと受話器を置く。

「あの、ルシアさん」

本を読み進めていくルシアに、璃夜は声を掛けた。

「“Ciel bleu”というところまで、送ってくれませんか?夕食を食べてくるので、帰りは送ってもらいます」

返事はしなかったがちゃんと聞いていたルシアは、本を閉じて伸びをした。

「分かった。じゃあ俺も外食にしようかな」

璃夜にとってはそんなことは心底どうでもよかったが、そうですか、と相槌を打った。

「“Ciel bleu”でいいんだな?」

出掛ける準備を整えながらも、璃夜は頷いた。

「拳銃、レッグホルスターごと借りていいですか?」

了承を貰うと、先程買った襟元にリボンをあしらったポロシャツと黒いプリーツのスカートに着替える。

レッグホルスターは大腿部に付け、スカートで隠した。

準備完了。

同じく準備が終わったルシアの車で、“Ciel bleu”へ。

約束の時間の30分も前だというのに、小鳥遊氏はもういた。

璃夜も小鳥遊は見たことがなかったが、大きく手を振られては間違いようがない。

椅子を引いて、座る。

「お待たせしました。小鳥遊さん…ですよね」

黒縁眼鏡の好青年、といった雰囲気だが、仕事着なのかスーツを着ているのが堅くみせている。

年齢は三十代前半といったところ。

「ああ、そうだよ。にしても…黒猫ちゃん、いくつだい?」

予想より若いと思ったのか、小鳥遊は璃夜にそんなことを訊く。

「16です」

嘘を吐く必要はないので正直に言うと、小鳥遊は目を丸くした。

「少なくとも二十代かと思っていたよ…存外若いんだね」

褒められているのか貶されているのか分からなかった璃夜は、取り敢えず無視した。

「仕事の話があると聞いたのですが」

「その話は食べながらしよう。何がいい?好きなのを選ぶといい」

御言葉に甘え、璃夜はグラタンをチョイスした。

「仕事、というのは…この写真の人を殺して欲しいんだ。出来れば、すぐに。今は隣のホテルの608号室にいるよ。報酬は…30万ユーロ」

今すぐ行け、ということだろう。

璃夜は頷いて立ち上がる。

小鳥遊を置いて、店をひとまず後にした。

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