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硝煙と黒猫  作者: 黒雪姫
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大空の汚れ

連絡を受けた駒希は、ビルに来ていた。

堂々と玄関を通り、中に入る。

今日はパーティーをしているらしく、沢山の人々がいた。

被ったネコをにゃーにゃーと鳴かせて、会話している。

パーティーなんて嘘だらけだ。

見栄を張るのは当たり前、それ証明するものなど無いのだから、いくらでも自分を良いように見せられる。

そんな人々を嘲笑うように、駒希は堂々と会場を横切った。

マフラーの下で、口元を歪めながら。

「10分以内、なんて無茶言ってくれるってー」

愛斗への愚痴を零すのも忘れない。

向かい側にあったエレベーターから、屋上へ向かう。

最近塗り直したらしい扉を開くと、美しい青空が広がっていた。

柔らかな風が吹く心地良い陽気に、駒希は僅かに目を細めた。

しかし、青い空を汚すように浮かび上がる人影が、駒希を不快にさせた。

一点の汚れの正体は狙撃手。

ケイ・ブラッドフィールドだ。

小柄な体に、クールな碧眼。

写真ではキャップを被っていたが、今日は軍用ベレー帽だ。

指元をふと見ると、銀色に輝く指輪が嵌められていた。

右手に持つ狙撃銃は、高い命中精度を誇るH&K PSG-1。

その先に短めの剣を取り付け、銃剣にしている。

左手には同じ会社で作られた、これまた命中精度の高い銃。

H&K MP5という短機関銃だ。

そして脇のホルスターには、ベレッタM8000クーガーL typePが二丁。

いずれもこの平穏な陽気に似合わない、殺伐としたものばかり。

早く済ませて、この平穏を味わおう。

駒希はギターケースから釘バットを取り出した。

この空の下では、自分でさえも汚れの一つに過ぎないのだろう。

これが終わったら、偽りの言う名の絵の具で自分を空と同じ色に染めよう。

擬態だと理解している。

それでも空は、きっと受け入れてくれるから。その包容力に甘んじよう。

でもそれは、この許しがたい汚れである狙撃手を駆除してからだ。

駒希はバットを刀のように構えた。

この構えが憎らしい討魔の影響だというのは気に食わないが、ここはぐっと抑える。

大音量の銃声。

思わず耳を塞ぎたくなる。

短機関銃から発射される銃弾を、駒希は釘バットで薙ぎ払う。

金属の擦れ合う、不快な音が響いた。

「っ!?」

ケイは、怪物でも見たかのように目を見開く。

当然といえるだろう。

釘バットは、木製バットに釘を刺しただけ。

それが銃弾を弾ける訳がないのだ。

「業魔の鬼は正しき道を妨げる」

心底楽しそうに笑いながら、駒希はヒントを出した。

ケイは、駒希とは逆に不快そうに顔を歪めた。

不快なのはこっちだ。

駒希は心中穏やかではなかった。

空に染まろうともせずに汚すのは、何とも許しがたい。

「ッチ、そういうことかよ!」

本来なら釘バットが砕けるのが正しい(・・・)

しかし、業魔は正しい道を歩まないのだ。

釘バットが砕けるという正しい道を歩まないため、その反対、砕けないという道を行くこととなる。

身をかがめ、ケイは駒希に接近した。

一切の無駄を省かれた、最小限の素早い動き。

狙撃手(スナイパー)である彼が、どうしてそんな芸当ができるのか。

駒希は疑問に思ったが、考えていても仕方がない。

駒希がバットを振るう。

力任せのようだが、どのくらいの力で振れば相手を飛ばせるか、計算し尽くされている。

駒希の怪力でバットを振るえば、最悪バットが耐えきれずに砕けるためだ。

しかし、バットは空を切った。

ケイは読んでいたかのように容易く避けたのだ。

さらには、鳩尾に狙撃銃のグリップで一撃食らった。

「くっ!」

思わず声が漏れたが、駒希は好戦的に笑ってみせた。

優れた狙撃手(スナイパー)は、相手の行動を見切る。

動く標的を仕留めるために、その標的の動きを読むからだ。

()りにくい相手だ、と駒希は思った。

近接戦闘が苦手、と資料にはあったが、そんなのは嘘だと思う。

お互いに少し距離をとる。

さて、どうするべきか。

考えていることは、ケイも同じだった。

余裕を装っているが、ギリギリだ。

相手の攻撃を避けるだけならなんとかできるが、こちらから攻撃するとなっては話は別。

鉛玉が弾かれるのでは、銃剣で戦うしかない。

双方に余裕などない。

あるのは戦闘の(たかぶ)りと、見せかけの余裕。

互いに互いを騙しあい、隙を突こうと翻弄する。

せめて一矢報いよう、と動いたのは駒希。

人のそれを遥かに超える速度(スピード)で飛翔し、上から攻める。

鬼の怪力で振り下ろされた釘バット(金棒)

反応しきれなかったケイは何とか防ごうと狙撃銃を盾にするが、もろとも地面に叩きつけられる。

鉄の塊でも降ってきたかのようなクレーターの中心に、ケイは倒れ込んでいた。

口から空気が漏れ出る。

俊敏に飛びのいた駒希から視線を外す事無く、ケイは体を起こした。

「ハァ、ハァ…」

お互いに、それなりの体力を消耗したようだ。

静かに息を整え、ケイは反撃に出ようと様子を見る。

駒希はバットを両手で構えることで、隙を突かれないように臨戦態勢を取った。

静かに時が流れた。

ケイは、武器を構えることもせずに歩き出した。

コツ、コツ。

駒希に向かって、一歩ずつ、ゆっくりと歩を進めていく。

ご丁寧に、手を振りながら。

真意が分からず、駒希はただただ警戒を続けた。

近付くに連れ鼓動が早まっていく。

銃声。

一瞬駒希は、何が起きたのか理解できなかった。

「ぐあっ!?」

バットから片手を離し、右の脇腹を押さえる。

ぬるりとした、嫌な感触。

絶えず続く、熱を帯びた激痛。

紅く染まった自分の手を見て、駒希は乾いた笑いを漏らした。

「は、はは…」

駒希に変化が起きた。

純白の短かった髪は、真っ直ぐに腰ほどまでに伸び、翡翠色の目は薔薇のような真紅へと染め上がる。

頭には黒い角が二本生え、まさしく鬼の姿へと変貌していた。

先ほど駒希を撃ったのは、ケイが嵌めていた指輪…の形をした小さな銃だった。

不意を突かれた驚き、貫いた弾丸の痛み、痛みの延長線上にある恨み、ケイにぶつけようとしている怒り。

それらの感情が混じり合い、許容範囲を超えて爆発した。

その結果が、業魔の血の覚醒。

つまり駒希を全力にさせたのだ。

ケイは武器を構え直した。

初めて、背筋が凍る感覚を味わった。

しかしそれでも、ケイは気丈に笑ってみせた。

「はは…」

自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。

「ちょっと性能が上がったくらいで、勝てると思うな」

駒希はその言葉を間に受け、僅かながら警戒を強めた。

対して、ケイの心は段々と落ち着きを取り戻していた。

大丈夫だ。まだまだ、此方にだって切り札はある。

人間を超越する、神の如き速さ。

超神速で、駒希はケイに接近した。

ケイは冷え切った頭で行動を予測し、銃剣を慣れた手つきで振り回す。

一方で、駒希は焦っていた。

ケイの、驚くべき冷静さに。

もとから冷たい碧眼が、さらに冷たく鋭くなっていることに。

形勢だけ見れば、有利なのは駒希だった。

しかし、駒希は冷静さを欠いていた。

これは致命的なことである。

いつ形勢が逆転するか、気が気では無かった。

現時点での状況判断力は圧倒的にケイが上。

駒希は深く息を吸い、ただケイを倒すことだけに思考を注いだ。

銃剣を捌きながら、隙を窺う。

ふと、ケイの額から滲み出た汗に気付いた。

「なぁんだ」

小さな声で呟くようにそう言った。

ケイには聞こえていないようだ。

状況が有利なのは駒希だ。

余裕がないのは、ケイ。

駒希は汗の一つも掻いていない。

どちらが勝てるかなんて、一目瞭然じゃないか。

駒希は更にスピードを増した。

ケイの持つ短機関銃から、銃弾が吐き出された。

業魔の動体視力でそれを見切り、時には弾きながら避けていく。

弾の嵐が終わり、釘バットの届く範囲に入っていた駒希は、勢いよくバットをスイングした。

バキッ、と嫌な音を立て、銃剣にされた狙撃銃は宙を舞った。

脇のホルスターから拳銃を抜かれる前に、駒希は再度スイング。

「ぐっ…!」

見事にケイの鳩尾に入った。

そのまま空へ放り投げる。

苦しそうな声をあげ、ケイは地上へ落下していった。

この程度で、あの男が死ぬことはないだろう。

駒希は次こそ殺してやろうと覚悟を決めた。

少し脇腹の傷が痛み、顔を顰める。

駒希は時計を見た。

ちょうど10分。間に合ったようだ。

後は璃夜と菖蒲に任せるしかない。

あの憎むべき討魔はきっと、しぶとく生き残るのだろう。

駒希は菖蒲の真っ直ぐなところが嫌いだ。

明るく眩しい、太陽のようだから。

対して璃夜は、まるで闇夜に浮かぶ月のような、儚げな光。

なら自分は一体何なのか。

駒希は空を仰いだ。

駒希(じぶん)という一点の汚れだけになった青空は、その汚れさえ吸い込んでしまいそうだった。

大空の包容力に駒希は静かに目を瞑り、身を委ねた。

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