予想外の協力要請
そのニュースを目にしたのは、翌日の朝のことだった。
昨夜は昼食を食べていないからか、いつもより多く夕食を食べて寝た。
もちろん皆で泊まりだ。
『連続自殺事件に、昨夜未明、新たな被害者二人が発見されました。被害者は二十代の男女で、二人の関係性については未だ不明です。以前の被害者と同様、目撃者が多数いるなかでの事件でした。警察は、今までどおり事故と事件の両方から調査しており──』
ニュースキャスターが、流暢なフランス語で淡々と告げていく。
各々に朝食を食べていた璃夜達は、そのニュースを食い入るように見た。
璃夜はコーヒーを置いて、真剣な眼差しで見ている。
皆が動きを止め、テレビの画面だけが動き続けるこの空間は、時が止まったようだった。
ニュースが終わると、また時が動き始める。
黒瑠がエスプレッソを片手に璃夜に話しかける。
「また被害者が出たみたいだね。早いとこ調べて真相を突き止めないといけないなあ」
そう言ってエスプレッソを半分ほど飲んだ。
璃夜は自分で淹れたブラックコーヒーを何となく見つめながら、簡潔に答える。
「ええ、そうね」
素っ気ない返事を咎めることもなく、黒瑠はエスプレッソを飲み干した。
「ふぅ。情報担当のクロエが行方不明だから、僕たちで何とかしなきゃね。愛斗は基本何でもできるから、情報を仕入れてくれるし。ああ、そうそう。黒猫ちゃん、間違っても裏切るような真似をしたら駄目だよ?ルシアに誘われても、逆に誘い返すくらいの意気込みで頼むよ」
初めてできた対等な仲間のために、璃夜は決して裏切らないと心に決めた。
「分かってるわ」
そう言って、コーヒーを啜った。
愛斗はハッキングを試みていた。
警視庁へのハッキングだ。
何か非公開の情報があるのでは、と考えた結果だった。
「警視庁の刑事、二人が、事件同日に殺されている?」
そんなことはニュースにはなかった。
つまりこれは、警視庁の人間にしか知り得ないことだ。
二人共、首を落とされたらしい。
顎に手をあて、悩んでいると電子音が鳴った。固定電話からだ。
一番近い愛斗が億劫そうに受話器を取る。
「もしもし」
もちろんフランス語。
訛りのない綺麗な発音は、意外でもある。
『もしもし、パリ警視庁の者ですが。そちらはクロウズで間違いありませんか?』
やけに丁寧に話す男の声。
警視庁という言葉に、愛斗は眉根を寄せる。
ハッキングが露見したのだろうか。
舌打ちしたい衝動に駆られた。
「…警視庁が何か?」
声のトーンが落ちている。
不満を隠す気はない。
当然のこと、愛斗以外のメンバーには電話の相手の声は聞こえない。
故に、警視庁という単語を聞いて、緊迫するも見守るしかない。
しん、と室内が静まり返る。
『例の連続自殺事件について、です』
そっちか、愛斗は心の内で呟いた。
情報提供を求めてくるのだろうか。
しかし、良くも悪くも此方は非合法組織である。
そう易々(やすやす)と電話なんてしてくるだろうか。
『率直に言えば…同盟、でしょうか』
予想外の返事に、愛斗は眼を細める。
何が本当の目的なのかを探ろうとする眼だ。
「お断りだよ。信じれば何時背中を刺されるか分かったもんじゃない」
正論といえる。
その同盟を放棄して失うものが何もなければ、裏切られるリスクは常に伴う。
そんなリスクを背負ってまで、同盟を組む理由が見当たらない。
と、そこで疑問が湧き上がる。
断られることくらい、警視庁も分かっていたはず。
なら何故わざわざ提案してくるのだろうか。
『まあ、そうでしょうね。なら、提案します』
そう言って、一拍置く。
『同盟とまでは行かなくとも、協力なら』
「何処が違うんだい?」
呆れたように溜息を漏らす。
『言ってしまえば情報交換です。どうですか?』
もちろん、答えは。
「断るよ」
『何故です?』
間髪入れずに理由を聞く。
「信憑性が皆無だ。君は馬鹿なのかい?」
その真意が掴めずに、愛斗は受話器を握る手に力を込めた。
わからない。何を考えているのか。
はたまた、何も考えてなどいないのか。
『いやいや、馬鹿ではありません。ただ、あの事件を解決したいだけ』
声に怒りがこもったような気がした。
実際には本当に気がしただけかもしれない。
それでも、何かあるのではないか、と考えるのには十分だった。
「電話番号が、明らかにパリ警視庁のものじゃないんだけど」
その言葉に、一同が驚いたのは言うまでもないだろう。
あまりにさらりとそれを言ったので、聞き逃してしまいそうなほどだった。
愛斗も先ほど気付いたばかりだ。
『身分については偽りはありませんよ。この交渉は個人的なものです』
警視庁が、個人で動いている?
そんなこと、あるはずがない。
「証明は?」
『必要ですか?』
仮に本当に個人だったとして、それはバレればクビにされかねないことだ。
リスクしかないはずなのだ。
警視庁の人間であるかすら怪しい。
「もちろん」
次の言葉を待つ。
『なら、何故ここまでリスクを犯すのかを説明しましょう』
そう前置きして男は語りだす。
『事件と同日、つまり昨夜。ホウカーに潜らせていた私の部下二人が殺されました。首だけになって』
それは警視庁しか知り得ない情報だった。
ハッキングした、ということも無くはないが、それ相応のリスクが伴う。
それに警視庁のハッキングとなると、難易度も高く、できる者はそうそういない。
ひとまず身分に関しては信じても良いのかもしれない。
「…それで?」
愛斗は先を促した。
相手の声に耳を傾ける。
『二人の首を持って私の前に現れたのは、道化 琉無でした。素顔を晒し、不気味に笑って、首を投げたんです。ごとん、なんて嫌な音を立てて、それは地面に落ちました』
声が僅かに震えている。
悲しみは、消えるものではない。
愛斗は押し黙った。
その悲しみを、理解しているというように。
『その後に、言ったんです。“次ィ同じことしたら、大事な大事な娘さんが可愛い可愛い顔だけになっちまうぜィ?”って。私は、早くに妻を亡くして、娘だけが全てなんです』
暫く静かに聞いていた愛斗は、漸く口を開いた。
「で、どうしてクロウズに協力を?」
それならば、パリ警視庁の方で報告すれば良いはずだ。
敵であるクロウズに縋る理由はない。
それが警視庁に露見すれば、クビどころの騒ぎではない。
同罪と見なされても文句は言えないだろう。
『警視庁は、裏の人間ではありません。対抗できるような戦力などない。だからきっと、また潜入捜査官を派遣することでしょう。そうすれば、娘の命は……』
愛斗は言葉を言葉で遮る。
「警視庁に頼らない訳は解ったよ。僕が聞きたいのは、どうして頼る相手がクロウズなのか、だ。他にも、非合法グループは沢山あるはずだけど」
もっと善良なグループも、ギリギリ合法なグループも、あるはずだ。
『ホウカーのライバルだから、です。それに、道化琉無にも言われましたし』
道化琉無、その単語に反応する。
何が目的なのか、挑発しているのだろうか。
「どういうこと?」
愛斗はその話を掘り下げることにした。
こちらには少しでも多くの情報が必要だ。
『去り際に、思い出したように言ったんですよ。“クロウズならホウカーに対抗できる”、って』
挑発されている。そんなことくらいは、一目瞭然だった。
予告通り2グループ間で抗争でも起こす気なのだろうか。
ライバル、とは自他共に認めているし、険悪な仲であることなんて周知の事実だ。
実際、過去何度も挑発をしたり、されたりした。
しかしこんなに回りくどい当てつけは、かつてなかった。
抗争など起こしても、両者に何のメリットもないからだ。
所詮、金と人の無駄遣いでしかないのだ。
意図が掴めない。
「…協力するかどうかは、まだ決められない。取り敢えずは、君の名前と電話番号を教えてくれないかい?」
返事を持ち越し、そう切り出す。
向こうは承諾したようで、すぐに声が聞こえた。
『ユーゴ・ブィックス。電話番号は────です』
愛斗は復唱して確認を取ってから、電話を切った。
黒瑠は静かに口を開く。
「警視庁が、何て?」
真剣味を帯びたその声とは裏腹に、表情は楽しそうに歪んでいる。
そんな矛盾を指摘する訳でもなく、愛斗はひとまずソファに腰を下ろした。
「警視庁、といっても個人だったよ。事件解決への協力要請だ」
愛斗は饒舌に、かつ分かりやすく電話の内容を語った。
一同は静かに耳を傾ける。
「……という訳だ」
数分で要点のみをまとめ、話し終える。
「ふぅん。これは難しい議題だね。手を組むべきか組まないべきか。それなりのメリットはあっても、リスクは無視できないレベルだ」
ユーゴ・ブィックス。
彼についての情報を集める必要がありそうだ。




