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硝煙と黒猫  作者: 黒雪姫
19/39

事件は転がる

事件は次の展開を見せようとしていた。

「おい、あれってもしかして…!?」

街中を歩いていたほろ酔い気分のサラリーマンが、声を上げる。

その指の差す先を、その大声を聞いた人々は見上げた。

屋上に立つ二つの影。

あの場所は、確か…

ざわつく民衆。

次の瞬間、二人が同時に地面へと落下した。

ドサリ

「キャーーーーッ!!?」

誰のものかわからない甲高い悲鳴。

じわじわと頭を中心に広がる液体。

月明かりに照らされたそれは、赤黒い色をした血液だった。

「嘘だろッ!?」

「おいおい、ヤベーんじゃねーのこれ」

「誰か警察!」

「馬鹿、救急車が先じゃねーの!?」

「どっちにしろ助かんねーだろ」

「最近の自殺事件のヤツじゃね?」

「つかマジであれは自殺だよな」

「ちょ、俺ら事件に巻き込まれた…!?」

「もしもし、警察ですか!?今人が…」

辺りは騒然となる。

正面のビル、ホウカーの拠点で、道化琉無はその様子を見守っていた。

しばらくして、救急車やパトカーが到着する。

黄色い『keep out』のテープが貼られる。

「琉無ちゃん、調子どう?」

ふと後ろから声を掛けられる。

窓ガラスから少し離れ、声の主を確認した。

「なぁんだ、ゼノヴィアの姉さんかい」

「あら、なんだとは酷いわね」

そう笑って、ゼノヴィアはワインレッドのソファに腰掛けた。

「上々でィ。今日は二人落としてやったんだよ!?」

興奮して、声を張り上げる。

顔が緩む。

口元は弧を描いていた。

ゼノヴィアは、そんな琉無を微笑ましく見つめた。

「狙い通り、フアンがやられた。命までは取られてないようだけれどね。今、クロウズはこの自殺事件を調べてるわよ」

これが陽動にすぎないことも知らずに、とゼノヴィアは付け足した。

「本命の方はどうだい?」

道化師(ピエロ)は笑う。黒猫への想いを胸に。

「順調。ワイトもご機嫌だったわよ」

「リーダーさんがご機嫌!?槍でも降るんじゃねーですかィ!?」

明るい声が薄暗い室内に響いた。

琉無はゼノヴィアの横に、腰掛けた。

正面の的に、ダーツを投げていく。

全ての矢が中心へと刺さった。

「お見事」

ゼノヴィアも、見様見真似で矢を投げた。

端の方に何とか当たる。

ダメね、と呟いて立ち上がった。

「どっかに行くのかい?」

不思議そうに琉無は首を傾げた。

「いえ、もう少し貴女とのお喋りを楽しむわ」

そう言ってシャンパン・カクテルを使用人に頼む。

「あ、(あたい)もカクテル!カシス・オレンジね!」

はいはい、とゼノヴィアは苦笑する。

カクテルグラスに注がれたそれを、琉無に差し出した。

琉無はグラスを少し揺らして香りを楽しむ。

使用人は黙って壁際で黙する。

「ねぇねぇ、使用人…名前何だったっけかァ?ま、いーや」

「はい」

使用人は短く返事をする。

下手に多くを語らないその態度は、賢明と言えるだろう。

気に触るようなことをすれば、物理的に首が飛ぶ。

「君ィ、……何者なんだい?」

ゼノヴィアはシャンパンを口元に近付ける。

香りを嗅いで、そして気付いた。

「……もしかして、毒かしら?」

正解(せーかい)っ!にゃはは!しっかし、大胆なことすんだなァ」

琉無はにゃははは、と心底楽しそうに笑っている。

どんな時でも、笑いを絶やさない。

彼女は道化師(ピエロ)なのだから。

「こんなの注意して嗅いでも分かるかどうかじゃないの。よく気付いたわね」

ゼノヴィアは、琉無を賞賛する。

うまく酒の匂いに紛れ、ほぼ毒の匂いなどしないに等しかった。

「人から出されたモンは信用しないよーにしてんだよね!ホラ、裏切りっての、何処にでもあるんだしッ」

そう言ってまた笑う。

使用人の頬に冷や汗が伝った。

「正直言っちゃうと、ゼノヴィアの姉さんやリーダーさんも、みぃんな完璧に信頼しちゃあいねーよ。(あたい)だって楽しそうだから一緒にいるだけだぜィ。信頼ごっこってーの?すんごく笑えンだよねェ」

その眼光は視線で人を殺すなんて戯言を本当にしてしまいそうな鋭さで。

くるくると指で回すダーツの矢。当然その先は針。

(あたい)を殺害ー、なんて馬ッ鹿みてぇなこと言ってるとー」

ピッと指を止めて、針を使用人に向けた。

()っちゃうぜィ?」

矢を二本、ほぼ同時に投げた。

壁際にいる使用人の首をスレスレで挟んで、壁に突き刺さる。

「動くなよ?首ィ動かしゃ、お陀仏だ」

キラリと証明の光を反射する、二本のピアノ線。

たった二本の矢で、動きを封じられる。

空いている手でナイフを取ることを考えたが、無駄だ。

次は首に向けられた針の方が速いだろう。

詰んだ。

使用人は死を覚悟した。

「バイバァイ」

にゃは、と笑い声がした。

目の前の死神(ピエロ)は表情を崩さずに、その矢を放つ────はずだった。

「待ちなさいな、琉無ちゃん何処の間諜(スパイ)か分からなくなるじゃない」

その言葉を受けて、使用人は首を横に動かした。

ボトリ、と嫌に重い落下音がして、首の無い体が崩れ落ちた。

「ありゃ」

残ってしまった一本の矢を、琉無は指で(もてあそ)ぶ。

情報を吐かされると、仲間まで犠牲になる。

それに、吐けば見逃すなんて保証もない。

どっちみち殺される。

それならばと使用人が取った選択。

それは、自殺だった。

正しいと言えるだろう。

例えそれがどんな残酷なものだったとしても。

室内に飛び散り、今もなお流れ出す鮮血は、壁や床を赤く染める。

使用人だった肉塊(モノ)に、璃夜はカクテルをグラスごと投げつけた。

パリン、と音を立ててグラスが砕け散る。

カシス・オレンジが血液と混じり合う。

ガラス片は血だまりに沈む。

「汚れちまったなァ。ゼノヴィアの姉さん、シャンパン飲んでねーかい?」

「ええ。ギリギリ。やっぱり凄いわねぇ、琉無ちゃん」

琉無がいなければ、どうなっていたか。

ゼノヴィアは考えて、ゾッとした。

よいしょ、という掛け声と共に琉無は立ち上がった。

どこからか取り出したナイフを指でくるりと回し、ピアノ線を切る。

靴で血溜まりを何の躊躇(ためら)いもなく踏んづける。

水たまりを踏むような音がして、靴に血が跳ねる。

しかし琉無はそんなことを気に留めない。

しゃがんで死体のポケットを漁り、タッチパネル式の携帯を取り出した。

暗証番号は無く、指紋認証だけであったので、死体の手を掴むとそのロックを外した。

「何か探れそう?」

ゼノヴィアはグラスを置いて、琉無に近寄った。

「にゃは」

琉無はにんまりと笑い、携帯の画面をゼノヴィアに向けた。

「馬っ鹿みてーにアドレスんとこに“警部”とかっていれてやんの。潜入捜査官(スパイ)だってバレバレ」

「確定ね」

ゼノヴィアは薄く笑う。

しかし、琉無は否定の返事をした。

「いんや。そー見せかけてるだけって線もある。こればっかりはパソコンとかで調べにゃなんねーぜィ」

一見笑っているようではあるが、目が笑っていない。

鋭く光る眼光は、全くもってこの事態を楽しんでいない証明だ。

「あらそう」

ゼノヴィアは強者(つわもの)殺し専門なので、相手の裏をかくなどということはからっきしである。

一方で琉無は、自分以外の全てを、否、自分をも疑っているからこそ、裏の裏の、そのまた裏をもかいてみせる。

そうしてすべての可能性を調べ、潰すのだ。

外見とは裏腹に、なかなかに頭の切れる人物なのだ。

「ゼノヴィアの姉さーん、この飲み物用意したのってコイツ?」

携帯を操作しながら、琉無はまた新たな可能性を探る。

「いいえ。今連れてくるわ」

琉無の意図を察してか、ゼノヴィアは部屋を出た。

と思えば、十数秒程でまた扉が開かれる。

気絶した一人の男を引き()って、ゼノヴィアは姿を現した。

「奥歯に毒でも仕込んでないかは確認したわ。武器も何も持ってない」

引き摺った男を、血溜まりに放り込む。

「喉ンとこは?武器(ナイフ)とか、隠してないかい?」

ゼノヴィアは目を見開いた。

「そこまで調べるの?」

携帯を机に投げて、琉無は男の口の中に手を突っ込んだ。

「もっちろん!…っと、ほら、あった」

出てきたのはすぐに噛み破ることの出来る袋に入った白い粉。

それも適当に机に投げた。

「よくそんなところまで気付くわね」

感嘆を通り越して、呆れたようにゼノヴィアは頬に手を当てた。

(わり)ー可能性は全部潰すもんだぜ。あ、起きた!」

薄っぺらい笑顔を貼り付けたまま、琉無は起きた男を凝視する。

仰向けに寝ている男に馬乗りになり、首元にナイフを突きつけて。

「毒、盛ったのテメェか?」

「あ、ひぃっ……」

すっかり怯えきっているその様子は、哀れでさえあった。

「なァ」

見る者を凍りつかせるような笑みを浮かべて、琉無はナイフを持っていない左手を男の右腕に添えた。

「脚と腕、どっち折ってほしいんでィ?」

左手に、折れない程度に力を込める。

男は怯えるばかりで、一向に話が進まない。

痺れを切らした琉無は男を見据えたまま、ゼノヴィアに指示を出した。

「ゼノヴィアの姉さん、コイツの携帯探ってくれや。姉さんから見て手前のズボンのポケットに入ってらァ」

「分かったわ」

笑顔でヒールを鳴らしながら、ゼノヴィアは言われた通りにする。

どうやらロックはかかっていないようなので、簡単に操作することができた。

「アー、今から言う質問にイエスかノーで答えなよ。イエスなら(まばた)き一回、ノーなら二回。間違えねーよーに頼むぜェ?」

軽くナイフを押し当てる。

僅かに皮が切れて、血が滲んだ。

嘘を吐けば、殺される。

そういう思考を与える。

少し考えれば、情報を得るために男を殺すわけにはいかないということが理解できただろう。

しかし、そんなことを考える余裕なんて一切無い。

恐怖に歪んだ男の視界は、死をもたらす笑顔を貼り付けた琉無しか映らない。

思考は洗脳でも受けたかのように恐怖一色に染まり、他の物を受け付けない。

「毒を盛ったのはテメェか?」

瞬きは一回、イエスだ。

ノー、と嘘の回答を答えても、それを嘘だと証明する手立てがないということまで、頭が回らなかった。

嘘を吐けば殺される、の一辺倒で、他の考えを許さない。

琉無は男がどれほど生きたいと思っているかに賭けたのだ。

もしこれが、秘密をバラすくらいなら死んでやるというくらいのモノを持っていたなら、こうも容易(たやす)くはいかなかっただろう。

「部屋ン中で酒を注いだ使用人とはグルなのかい?」

男はぎゅっと目をつむり、そして目を開く。

瞬きは一回、イエスだ。

さらに質問を続ける。

楽しそうに歪められた唇から、言葉が紡がれる。

「スパイ…だよな。警察のモンかねェ?」

ここからが本題だ、と示すように琉無は声の調子を上げた。

周りからすれば、楽しんでいるようにしか見えないだろう。

瞬きは一回。

男に乗ったまま、琉無は両手を上げて伸びをする。

「にゃー、ゼノヴィアの姉さん、尋問は終わったぜィ。あとはどーすんだい?」

「お好きにどうぞ」

男の表情が、絶望的なものへと変わる。

答えれば見逃される、と思っていたのだろう。

しかしそんな約束など、取り付けていない。

琉無が示したのは、答えないと殺す、それだけだ。

結局のところ、答えても答えていなくても殺されることに違いはなかったのだ。

男がその考えに辿り着くことはなかった。

「じゃ、好きにさせてもらうぜーぃ」

そう声がしたと思うと、次の瞬間には男は絶命していた。

首がごろりと転がる。

短時間のうちに二つの死体を作り上げた張本人、琉無はソファが汚れることも気にせずに血濡れたまま、腰掛けた。

「めぼしい情報は見る限りないわね」

そう言って、ゼノヴィアが携帯を机に投げた。

常人なら逃げ出すような血の匂いのするこの部屋で、琉無はその匂いさえも楽しんで笑う。

どんな状況でも笑う彼女は、まさしく道化師(ピエロ)の名を冠するに相応しいといえるだろう。

ゼノヴィアは、静かに部屋を出た。

死体を片付けさせるためだ。

琉無はある写真を壁に向かって放り投げると、ダーツの矢を(はな)った。

ダンッ、と音がして、写真を貫いて壁に刺さる。

写真の中の少女、璃夜の額を貫くように。

「早く黒猫様と殺り合いたいってモンよ!」

歓喜に瞳を輝かせ、琉無はまた、無邪気に笑った。

パトカーのサイレンの音と共に、夜は更けていく。

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