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硝煙と黒猫  作者: 黒雪姫
18/39

彼なりの

全員で、“あの人”の住処に行くこととなった。

全員で行っても迷惑なのでは、と璃夜は考えたが、その辺は問題無いらしい。

それに、{行くなら全員で}という謎のルールがあるようだ。

一人で行く、とか一人だけ行かない、とかは不公平だという理由であるそうだ。

そんな感じで“あの人”のところに来たのだが…

そこは本当に人が住んでいるかも疑わしい、古びた家だった。

伸び盛りの雑草が、あちらこちらで葉を伸ばし門や玄関を覆い隠している。

壁にツタが張り付いているが、洋館らしく、街の外れの森の奥にあることが怪しさに拍車をかけている。

初見の璃夜は思わず入るのを躊躇(ためら)うが、後ろから押されるので渋々入る。

アリシアも璃夜に抱きついて半泣きの状態になっている。

軽く息を吸って覚悟を決めると、コンコン、と軽くドアを叩いた。

「はぁーい」

間延びした、男性の声が扉の向こうから聞こえる。

どうやら本当に人は住んでいるらしい。

ギィ、と軋んだような音を立て、扉は開いた。

「いひひ、いらっしゃーい」

中から男が顔を出した。

逆光でよく見えない。

「かぁわいー」

身長はそこそこ高いらしく、璃夜は手の出ていない袖で頭を撫でられる。

びくりと体を強張らせる。

しかしその手は思っていたよりも優しかった。

かといって、全く不快感を感じなかったといえば嘘になる。

いくら手つきが優しくても、ニヤニヤとした薄気味悪い笑顔で撫でられて平気な人はいないだろう。

「聞きたいことがあるんだ。入れてくないかい?」

愛斗が急かすように言った。

あまりここには長居したくないためだろう。

どぉぞ、という声と共に、扉が大きく開く。

広いホールに出る。

璃夜は靴を脱ぐことを考えたが、外国では必要のないことなのだと思い出す。

ホールには綺麗に組み立てられた鎧がずらっと並んでいた。

誰が見ても、薄気味悪い光景だ。この屋敷の住人の笑顔と同じくらいには薄気味悪い。

男はさっさと奥へ進む。

璃夜たちの一行も、後を追った。

汚れひとつ見当たらない純白の扉の部屋へ案内される。

其処彼処(そこかしこ)に棺桶がある。

壁に立てかけられているものや、床に置かれているもの。

一番奥の木の棺桶に、男は腰を下ろした。

「新顔さんもいるよぉだし、自己紹介でもしよぉかねぇ。ま、適当にお座り」

さっきまで見えなかった男の姿が、よく見える。

男性にしては、というか女性にしても長い灰色の髪は不揃いで、前髪の奥から金色(こんじき)の瞳が見え隠れしている。

真っ黒なぶかぶかのローブのようなものを纏っており、不気味な雰囲気を醸し出している。

顔くらいしか出ていない肌は、病的なくらいに白い。

首には十字架のついた黒いチョーカーをつけていた。

長い服の裾に隠れて分かりづらいが、左足は義足を、左腕は義手を使っているようだ。

前髪からほんの少しだけ見えた左目も、義眼のようだ。

全体的に左半身の自由がきかないらしく、動きに違和感がある。

それらの目立った特徴より、璃夜が驚いたのは、左の頬に走る無数の手術痕だった。

右は何ともないのに、そこだけ異様だった。

右は普通、左はボロボロ。

何より不思議だったのは、完璧なまでに右と左が分かれているところだった。

寸分違わず右半身を隠せば傷だらけの左半身が残り、逆を隠せば何の異常もない右半身が残る。

まるで左と右が別々のようだった。

「イロウドでぇす。以後お見知り置きを」

袖を振って見せている男、イロウドに臆することなく璃夜は口を開く。

「璃夜よ。通り名は黒猫」

「わ、わたしは…アリシア。アリシア・アイオーン」

ほぅ、とイロウドは興味深そうにアリシアを見た。

「そうそう。こっちも紹介したい子がいるんだぁ」

その時、計ったようなタイミングで、一人の少女が部屋に入ってきた。

アリシアと同じ栗色の髪、背丈も同じくらいだろう。

上の帽子のようなものはないが、少女は修道服を身に纏っていた。

金色の十字架の首飾りもつけてある。

顔を覆う狐面が、目を引く。

「彼女は最近できたお手伝いさんでねぇ。名前はキュウラ」

「キュウラや。よろしゅう頼むわ」

日本語は流暢なのだが、何故だか関西弁になっていた。

「お(まん)、アリシア言うたな。クロウズの皆さん、この子と話したいことがあるんで、席外してもらえんやろか。あ、イロウドさんはそこに(おっ)て」

璃夜は少し警戒する。

会ったばかりのはずの少女とアリシアに、話すことなど無いはずだ。

「わたしはだいじょうぶ、だよ」

アリシアが暗に早く出てほしいと言ったのは、誰もが気付いたことだった。

璃夜達は、部屋を放り出された。

その機会に、ずっと気になっていたことを、璃夜は質問した。

「どうしてそんなにイロウドさんを嫌うの?」

確かに気に食わないが、全員があれほど嫌う理由はもっと別にあると考えたのだ。

死体愛好家(したいマニア)なんだ、イロウドは」

壁にもたれかかり、苦笑しながら黒瑠は答えた。

さらに、タバコに火を点けながら愛斗が補足する。

「生きた人間に興味がない。気に入った人間がいたら、そいつを死体(じぶんのもの)にしようとするんだ。なるべく、無傷でね」

「情報をクロウズに提供する代わりに、死んだら死体はイロウドに渡ることになってるんだってー」

駒希は不満気に腕を組む。

「死ぬ訳にはいかないのであります!」

若干強張った表情から菖蒲は恐らく本気で嫌っているのだろう。

何にせよ、イロウドは好ましい人物ではない。

璃夜は白い扉を見やる。

この中では、どんな言葉が飛び交っているのだろうか。

アリシアとキュウラは、知り合いなのだろうか。

湧き上がる“?”に、そっとため息を吐いた。

と、そのとき。

何の前触れもなく、扉が開かれる。

ひょこっとイロウドが出てきて、手招きをした。

「もぅいいよぉ」

その一言で、中に再度足を踏み入れる。

アリシアの表情も、キュウラの様子も、二人の立ち位置も、何一つ変わっていなかった。

璃夜は何を話していたのか聞こうと思ったが、わざわざ追い出されたのだ。

聞かないほうが賢明だ。

「さあ、本題に行こか。まず、君ら(なん)しにここに来たん?」

キュウラは、イロウドに代わってそう聞いた。

「最近…の、連続、自殺事件……に、ついて」

あぁ、そのことか、と言ってイロウドは楽しそうに喋り出す。

「その死体ならこっちにも入ってきてるよぉ。ひひ、あれは確かみぃんな同じ場所から飛び降りてるんだっけぇ?」

同じ場所、という言葉に璃夜は少し違和感を覚えた。

「同じ場所…もしかして、」

イロウドは、人差し指を立て璃夜に向けた。

(さと)い子は好きだよぉ。そう。みぃんな同じビルの屋上で、同じ方向に落ちた。正面のビルに、向き合うようにして。屋上へ繋がるドアも、正面のビルに向き合っていたっけねぇ」

正面のビル、それはホウカーの拠点でもあるビルだ。

ホウカーとの関連性は、更に高まった。

何が楽しいのか、イロウドはひひひ、と笑っていた。

黒瑠も、顎に手を当てて笑っている。

声は出していないが、怪しげにニヤついている。

しかしイロウドとは違い、笑っている理由はわかる。

この状況を、楽しんでいるのだ。

所謂、現実(リアル)推理ゲームと呼べるだろうこの状況を。

謎を解けるか、解けないか。

薄暗さで判別し難いが、ほんの少し駒希も楽しんでいるように見える。

「他に情報は?」

タバコを咥えで愛斗が聞いた。

誰も楽しんでいる二人を咎めない。

ノアだけは、眉間にしわを寄せているが。

「髪の毛にね、一本だけ細い透明の糸が混じってるんだ。最初は白髪か何かだと思ったけど、それにしては色が違う気がして調べたんだよぉ。うまく髪と同化してたから、多分警察は気づいてないねぇ」

これは事件解決への糸口になるかもしれない。

そう考えた黒瑠は更に質問する。

「頭だけ?他に糸は?」

「服にも僅かだけどついてたよぉ。よぉく見ても分からないようなくらいなら」

ひひひ、と特徴的な笑い声を漏らして、応答する。

「服の何処だい?」

愛斗も眼光を鋭くして情報を探る。

こうして見ると未成年には思えない大人っぽさがある。

タバコには若干の違和感があるが。

「確か、両肩や。あの糸、中々切れへんヤツ使っとったわ」

キュウラはアリシアを気にしながらそう答えた。

狐面のせいで、視線を向けているのかすら分からないが注意を向けているのは気配で受け取れる。

「それだけと(ちゃ)うで。あの事件、変な目撃証言も出てるんや。聞くか?」

「ええ」

璃夜はアリシアの頭を軽く撫で、頷いた。

キュウラは顔を璃夜に向け、見つめ合うような形になる。

狐面の下から声がした。

「飛び降りる時に、太陽(おひさん)の光反射して(なん)か光ったような気ぃするってな。その人も、大したことやないぃ思うて、警察には()うてへんみたいやわ」

ん?と引っかかったのは、璃夜や黒瑠だけではないらしい。

「キュウラが聞き込みしたのでありますか!?」

ノアや駒希、菖蒲もまた疑問を感じていた。

「まぁな。イロウドさんに頼まれたよってに、わざわざ聞き込みに行ったんや。イロウドさん、(あんた)らが来んのわかってたから」

「狐のまま?」

璃夜は街を出歩く狐面を想像した。

阿保(あほ)か。怪しまれるわ。フード被って行ったんや。まあ、それでも変や思われたやろうけど、仕方(しゃあ)ないな」

確かに、いきなりフードを被った子供に事件がどうとか聞かれるのは怪しいことこの上ないだろう。

よく聞き取りなんて出来たものだ。

「まあ、この事件にホウカーが一枚噛んでんのは間違い無いやろ。こっちも新しい情報入ったら知らせたる」

「んん、ありがとね、キュウラ」

黒瑠がお礼を言うという珍しい光景に、璃夜はちらりと視線を向けて戻した。

「ひひ。警察の捜査状況はいるかい?」

イロウドは、棺桶の上に置いてあったらしい資料を繰る。

何処までも用意の良い男だ。

死体愛好家なんて悪趣味じゃなければ、一流の情報屋になれるだろうに。

「大まかに聞こう」

タバコをふかしながら愛斗はそう言った。

煙の行方を見ながら、壁にもたれかかっている。

それが妙に(さま)になっている。

「結論を言うとね、ほとんど進んじゃいない。裏を知らない警察じゃあそんなもんだろうけど。殺人事件としてとして立件しようとしても、そんな証拠は何処にもない。行き詰まりだぁ。このままじゃあ犯人逮捕なんて夢のまた夢だねぇ」

自殺としては不自然にも程があるにも関わらず、殺人としては鍵が見当たらない。

(ちまた)じゃあ呪いや(なん)やて大騒ぎ。ま、そう考えんのも分からぁな」

やれやれ、とキュウラは肩を竦めてみせた。

「分かってるのはここまで。後は自分たちで考えるんだねぇ」

ひひひひ、とあいも変わらずイロウドは笑う。

これ以上の情報は、ここでは得られそうにない。

口々に軽く礼を言い、部屋を出ようとする。

ノアがドアノブに手をかけた時に、皆の背中に向けてイロウドはこう言った。

「死ぬならなるべく損傷の少なくなるように死んでくれよぉ?ひひ、死体はここに来ることになってるんだから。一刻も早くそうなることを祈ってるよ」

何とも不吉な言葉で送り出される。

これが彼なりの“死なないで”なのだ。

こうして死ぬのは嫌だと思わせ、生きて貰おうと考えている。

素直に死ぬなと言えばいいのに、不器用な男である。

それは初見の璃夜、アリシア以外には慣れたものだった。

初めてでも、二人は何となくその“死なないで”を理解した。

あんなイロウドでも、芯のところは優しいのだ。

「真相、分かったら教えてや」

このキュウラの言葉も、おそらく“死なないで”の一種。

死ねば真相を語る者はいなくなってしまうのだから。

璃夜はそっと息を吐き、目を瞑った。

目を開けば、今の仲間達がいる。

皆がいる限り、璃夜は負ける気がしない。

安心して背中を任せられる。

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