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硝煙と黒猫  作者: 黒雪姫
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報告と事件

愛斗は軽くコーヒーを啜り、資料を片手に取った。

「アリシア・アイオーン。アイオーンの家は時の巫女の家系だね。血が薄くなるに連れ、その能力は弱まっていった。それから…アリシア。一つ聞きたいんだ。…今まで、どうやって逃げていたんだ?」

唐突に、愛斗は資料から目を離し、アリシアを見た。

純粋な興味とは、少し違うようだ。

「えと…ねらわれるようになったのは、一ヶ月前からなの。みらいを見たりして、にげてた。夜は(から)のごみばこの中で寝たりした」

璃夜は密かに、もう少し早く見つけていればと後悔した。

「そう。狙われるようになったのは、もしかして10歳の誕生日からじゃないのかい?」

アリシアは、ただでさえ大きな目をさらに見開いて、こくん、と頷いた。

(とお)は夢。夢を越えて先を見据えよ」

黒瑠はそっと呟いた。

呟く、といっても皆に聞こえるような声だ。

「アイオーン家の言葉、だね。10歳になるまでは夢で未来を見るんだ。それに、見る未来は選べない。でも、10歳になると好きな未来をいつでも見られるようになる。その歳から価値がいっきにあがるんだ」

言い出しづらそうに、あの、とアリシアは言った。

その表情には大きな迷いが見て取れる。

シエナは安心させるように、頭を優しく撫でる。

それで多少は落ち着きを取り戻し、確かな光の宿る瞳で口を開く。

「そのことばは、わたしもよく言われてた。10歳になるまで、というのも。でも、わたしは、わたしだけは違ったの。うまれたときから、すでに好きな未来をいつでもみられた」

それだけじゃなくて、と必死にアリシアが続ける。

「触れた人の、過去もみえるの。やったことはないけど、未来や過去にいくこともできる。今までは、かくしてたの」

それは。その特徴は。

璃夜は、車内での黒瑠との会話を思い出していた。

初代時の巫女だけが扱えた力のはず、と。

愛斗は少し考え込む。そして漸く口を開いた。

「調整の代、か」

説明を求める視線を浴びて、愛斗は顎に手を当てる。

「数百年に一度、調整の代が来ると言われているんだよ。時の巫女の力は、代を重ねるに連れて弱まっている。いずれは消えてしまうだろう。そうなることを阻止するため、調整の代は初代に匹敵する力を使える。おそらくアリシアがそれだ。もしそのことが知られれば…」

「価値は膨れ上がり、アリシアを狙う人が増える…」

璃夜は愛斗の後に続けた。

愛斗は璃夜を一瞥し、頷く。

この推測はあっていたようだ。

「過去には攫われた時の巫女が闇のオークションに出回ったこともある。そのときはどうにかして助かったみたいだけどね。あと……これは興味深いな」

愛斗はクスリと笑って、少し勿体振る。

「アイオーン家に子供が二人以上、もしくは巫女なのに男なんかが産まれた場合。…後継者となる女の子を一人残して、他の子供は生後一週間も経たないうちに原因不明の死を遂げるんだ。そう、まるで呪いのように」

ノアが表情を暗くしたことに、誰も気付かない。

「青の呪い…」

その言葉を呟いたのは、アリシアだった。

この話を家族から聞いたことがあったのだろう。

そう、呪いだ。

アイオーン家に時の巫女以外はいらない。

そういうことなのだろう。

「もし子を成さなかったら、どうなるの?」

璃夜は軽く首を傾げながら、愛斗に質問した。

「さあね。それは前例が無いことなんだ。どうなるのか、誰にも分からない」

解は得られなかった。

そのことに璃夜が不満を感じることはない。

「時の巫女は今、何代続いているんでスカ?」

未だアリシアの頭を撫でながら、シエナは訊く。

「それも不明。基本的に謎が多いんだ、時の巫女は」

愛斗は溜息を吐いて、髪を掻き上げた。

煙草を取り出し、火をつけようとライターを近付ける。

「愛斗殿、アリシア殿のことも配慮していただきたいのであります!」

菖蒲の声に愛斗は手を止め、再度ため息を吐いて片付けた。

「噛みタバコは?」

今にも舌打ちしそうなくらい不機嫌な表情で、愛斗は菖蒲に言う。

しかしそれに答えたのは、駒希だった。

「少しは我慢しろってー」

愛斗は駒希を睨む。

“殺すよ”と言いたげだが、アリシアの前ということもあり明言しない。

「で、続き…は…?」

ノアが話の軌道を戻した。

「ダメだよ。これ以上の情報は無い。ほとんどが錯乱させるためのダミー情報だったり、暗号の一部だったりだ。思っていたより情報量は少ないみたいだね」

資料を机に放り出す。

ホッチキスも何も留めていない資料は、見事に机に散らばった。

「アリシアは他に何か知ってるのかな?」

黒瑠は微笑んでアリシアを見た。

「何も。わたしも、まだあまり聞いてなかったの」

栗色の瞳は、申し訳なさそうに揺れた。

「気にすることないってー」

ヘラリと笑って駒希は乱雑にアリシアの頭を撫でた。

アリシアの頭が揺れたが、駒希はそれを気にしていない。

「わぁ、駒姉(こまねぇ)、あたまがーーっ!?」

困り顔で駒希を見上げると、頭からすっと手が離れた。

アリシアは、唇を尖らせながらも髪を整える。

シエナも手伝った。

「はあ。何で僕がこんなこと」

その様子を鬱陶しそうに愛斗は一瞥し、次の資料を手に取った。

騒がしいのは好まないらしい。

あの…、とアリシアが小さく手を挙げた。

注目が一斉にアリシアに集まる。

「もし、調整の代のひとが過去にきて、おなじ時代にふたりいるってことになったら…?」

アリシアは、恐る恐る聞いた。

心なしか、声も震えているようだ。

そんな様子を璃夜は不審に思ったが、愛斗の言葉に遮られる。

「何せ前例が無いからね。どうだろうか」

「片方が死ぬ、ということは無いと思うよ。元々いた方が死ねばもう片方が帰ったときにその時代にはいないことになるし、その逆でも今度は未来で時の巫女がいなくなる」

黒瑠の説明に、皆が納得した。

「そう、なんだ」

ふわりとアリシアは笑った。

とても優しくて、そして強くて、汚れない笑顔。

「憶測だけど」

あまり当てにしない方がいい、と黒瑠は笑って見せた。

憶測にしてはやけに納得がいく。

璃夜は表に出さないように感心した。

さあ、と黒瑠は空気を変える。

「次はホウカーについてだ」

ピリッと空気が引き締まる。

ほどよい緊張感に、璃夜は心地よさを覚えた。

ゆっくりと、切り替えるように一度瞬きしてから、次の言葉を待った。

「これは、何かの事件の資料みたいだね…それも最近だ。“連続自殺事件”?」

黒瑠は思い出したように、ああ、と言った。

「それなら僕もこの前聞いた。確か同じビルの屋上から、相次いで投身自殺が起きてるんだっけ」

ノアやシエナも心当たりがあったようだが、璃夜はもちろんアリシアや駒希、菖蒲はそろって首を傾げた。

そんな四人を見兼ねてか、愛斗は溜息をこれ見よがしに吐いてから説明する。

「最初は一ヶ月前だね。その時は単なる自殺だと思われてた。でも、一週間後、同じビルからまた自殺が起きたんだ。それから5日後にも、また。そうしてどんどん間隔が短くなって、今では2日に一回ペースで飛び降り自殺が起きていると聞くよ」

何か疑問に思ったのか、ノアが口を開いた。

「殺人、じゃ…ないの…?」

愛斗は全て自殺と断定して話を進めている。

確かに、そう何度も続いているなら殺人であることはほぼ確定するハズだ。

「遺体に不審な点は無く、自殺の目撃者もいるんだ。遺書なんかは無いみたいだけど、どの人も“やると思っていた”みたいなことを周りの人に証言されてるね」

不可解な話だ。

同じ場所で連続して自殺が起こるなど、普通ならあり得ないだろう。

「それとホウカーにどんな関係があるんだってー?」

その質問に、愛斗はページをぱらりと捲り、そして動きを止めた。

唇に、微かに笑みを浮かべている。

「例のビルの前に、もう少し大きなビルがあるんだ。そこ、ホウカーの拠点の一つらしいよ」

歯車が一つ、かみ合った。

「よし、その事件について調べようじゃないか」

黒瑠は当然とも言える意見を述べた。

「あ、あの人に会うのでありますか…?」

いつも元気な菖蒲の声が弱々しくなったことに、璃夜は違和感を覚える。

「あの人…?」

「まあね。璃夜の紹介もしたいし」

黒瑠も若干笑顔が引きつって見える。

いや、黒瑠や菖蒲だけでない。

アリシアを除く他のクロウズの面々も、一様に苦い顔をしていた。

「パス」

愛斗は真っ先にそう言った。

他の人から批難されるのは当然だろう。

「い、行くなら皆で行きますヨネ!?一人だけパスとかずるいでスヨ!」

シエナは必死にそう訴えた。

愛斗は今にも舌打ちしそうな表情だが、皆からの抗議の目を見て大人しくなった。

状況を把握しきれない璃夜は、嫌な予感に身震いした。

「あ、あわなきゃダメ?」

アリシアは酷く怯えた声を出した。

「アイツは子供に興味ないから大丈夫だってー。でも璃夜はヤバイかも…」

語尾が普通になるくらい心配しているのは璃夜にもわかった。

未だに何かブツブツと呟いている。

「ねえ」

「いかなきゃだめダヨ!」

行かなくていい?と聞こうとした璃夜は、シエナに言葉を遮られた。

どうやら決定事項のようだ。

どんな人なのか、あの黒瑠でも嫌な顔をするのだから、相当なのだろう。

璃夜は想像を膨らませるのだった。

「自殺した人の中には、裏の人間がいる。その死体をあの人なら回収しているはずだから、情報を少しでも得るためにはあの人に会わなきゃいけない」

璃夜があの人を知らないためか、はたまた嫌がるメンバーを納得させるためか、黒瑠はそう説明した。

想像もつかない“あの人”に会うことを、楽しみに思っているのを璃夜自身は気付かない。

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