閑話 黒猫は小鳥と遊ぶ
室内に、乾いた銃声。
その一発で、璃夜は標的を確実に仕留めた。
指で拳銃をくるりと回し、レッグホルスターに収める。
返り血を浴びていないことを確認し、電話をかける。
相手は2コール目で出た。
『もしもし、小鳥遊です』
折り目正しく挨拶される。
「私。渡よ」
最初に苗字は名乗っているので、答えても問題ない。
それにこのころの璃夜にはまだ、通り名がなかった。
「この前紹介していただいた射撃練習場、早速行きました。ありがとうございます。今回の見返りである仕事が終わったので、連絡を」
以前に、璃夜は射撃の練習に良い場所を紹介して貰っていた。
まだ実績も少なく、駆け出しの殺し屋である璃夜は、今射撃を極めている最中なのだ。
『それはご苦労様。君もそろそろ、通り名を持ってもいいかもしれないね。なんせ今のところ成功率100%!どんな依頼でもこなす、期待の大型新人なんだから』
興奮したような、熱のこもった声に璃夜は思わず受話器を少し耳から離した。
「買いかぶりです。まだ、未熟ですよ」
『それでもやっぱり、この道でやっていくとなると通り名は必要だ。考えておくといい。僕も考えるよ』
断るのも気が引けた。
「ええ。そうします」
躊躇いながらもそう返し、電話を切った。
情弱な璃夜は知らないが、すでに裏社会ではある程度話題になっている。
なんでも、まだ駆け出しなのに凄腕の殺し屋がいるとか。
鼻をつく鉄の匂いと硝煙の匂いが入り混じり、なんとも言い難い妙な匂いが場を支配している。
いつの間にか足元に及んでいた血溜まりを気にする素振りも見せずに、璃夜はその場を去った。
「通り名、ねえ」
小さく呟いたにも関わらず、その声は部屋に行き渡った。
死体の後始末は、基本小鳥遊が面倒を見てくれる。
璃夜に変わって、業者に頼むのだ。
ヒガンと名乗る掃除屋は、仕事が早いので助かる。
しかし、その容姿は少々特殊だ。
髪の根元の毛は黒色で、毛先に行くにつれ青くなっていく。
瞳は僅かに青の混じった黒色、という深海色で、何故だか常に真赤な外套を羽織っている。
多少の交流はあったので、通り名を付ける参考にと小鳥遊が死体の状況をヒガンに訊いたところ、
「きれーなモンだい。脳天に一発。こりゃあ即死かね。他に余計な傷なんてのはねぇな。こんな射撃の名手、何処で見っけたんでい?」
とのことだ。
瞬殺。その言葉を具現化したような、鮮やかな殺し。
璃夜が通り名なんて考えていないことを見越して、小鳥遊は頭を巡らせる。
どうせなら、気に入ってもらいたい。
璃夜は早撃ちも出来る、ということも踏まえて悩んでいた。
一方璃夜は、家に帰ればそんなこと既に忘れていた。
シャワーを浴びてベッドに倒れ込む。
「はぁ…」
そのまま、泥のように眠った。
電話の音で、璃夜は目覚めた。
仕事だろうか、と一番ありそうな可能性を考える。
この前に殺しはしたので、小鳥遊ではないだろうと思ったが、その憶測は外れた。
『もしもし、小鳥遊だけど』
寝ぼけた頭で、昨日通り名がどうとか言われたっけ、と思い出す。
「何の用でしょうか?」
眠気たっぷりの声になってしまった。
十分寝ているはずなのだが、寝すぎると逆に眠くなる。
『眠そうだね』
軽く笑われた。
少しイラついたが、璃夜は沈黙を押し通す。
『ある人物を捕まえてほしい。殺さない程度の攻撃なら構わないよ』
眠さのあまり断ろうかとも思ったが、相手はお得意様だ。
無下にはできない。
仕事の詳細を聞き、今からだと言われたことに怒りを抑えつつも、電話を切って用意をする。
弾数を確認し、レッグホルスターに拳銃を収める。
欠伸を噛み殺し、歩いて仕事場に向かった。
標的が、廃工場に入っていくのを視認する。
どこにでもいるような普通の人間に見えるが、彼も裏側なのだろう。
そもそも普通の人間が廃工場に入るシチュエーションなんて、思い浮かばない。
璃夜は堂々と廃工場に入る。
「だ、誰だ君は!?」
焦ったような男の声。
廃工場の中には、標的以外にも数人いた。
柔軟な動きで邪魔な人物を排除、標的には太ももに二発撃った。
逃げないようにするためだ。
小鳥遊に終了の旨を伝える。
電話を受けた小鳥遊は、すぐに廃工場に向かった。
充満する血の匂いを気に留めず、標的へと進む。
そこにはすでに璃夜はいない。
すでに帰宅済みである。
小鳥遊は、標的の目の前に立ち、そして────
「どうだった?」
突然の質問に標的の男は啞然とした。
「あの子の殺しだよ。どんな感じだった?」
あくまでにこやかに、しかし拳銃を男の額に当てて、小鳥遊は尋ねる。
「じ、柔軟な動きで、余計な弾は使わない。闇の中を駆けていく姿に、見惚れてしまいそうだった」
男はいつしか銃口のことを忘れて、璃夜を評価していた。
それほどまでに、彼女の動きは美しかった。
「なるほど、ね」
そう呟いて、小鳥遊は躊躇いなく引き金を引いた。
弾は貫通し、男は後ろ向きに倒れる。
「黒猫、か」
小鳥遊は血濡れた自身の姿を無視し、璃夜に電話を掛ける。
「小鳥遊だけど────」
璃夜は帰って今まさにシャワーを浴びようとしていた。
ため息をつき、電話を取る。
このタイミングとなると、小鳥遊だろうか。
しかし、失敗はしていない。何だろうか。
疑問に思いつつも、受話器を取る。
『小鳥遊だけど、ちょっと伝えたいことがあってね』
璃夜の予想通り、小鳥遊だった。
少し上ずった、嬉しそうな声。
「何ですか」
璃夜の声は冷めている。
しかしそのことを気にする小鳥遊ではない。
『君の通り名だけど、黒猫、なんてどうかな』
心の中で、璃夜は通り名を反芻する。
「何でもいいですけど」
璃夜は意地でも喜びを表に出さなかった。
『じゃあ決定だね!情報屋に流してもらうよ』
そういうと、小鳥遊は電話を切った。
「黒猫」
案外璃夜は気に入っていたりする。
小鳥遊が情報を流してすぐに、その名は世界に轟くこととなる。
が、それは璃夜のあずかり知らぬことだった。
こうしてかの有名な殺し屋、黒猫は、裏社会という名の闇を駆け抜けることになったのだった。




