アイオーン
買い物を終わらせた三人が帰ると、一気に騒がしくなった。
「その子、どちら様でありますか!?」
という菖蒲の声にはじまり、愛斗までもが興味を示した。
アリシアは愛らしい笑顔を崩さずに、ぺこりと一礼した。
「はじめまして!わたし、アリシア。10歳です」
「はぅ……かわイイ…」
シエナは見事に心を撃ち抜かれたようだ。
因みにアリシアは、璃夜の隣から離れようとしない。
それを見て、ポンポンと頭を撫でてやり、璃夜はそっとその小さな背中を押した。
「あ、えっと、よろしく…」
ノアが、フォローするかのように口を開いた。
「未来、が、見える…らしい」
その言葉に、黒瑠と愛斗の二人が反応した。
「あ、そうなの!だから、皆の名前は知ってます」
にこにこと眩しい笑顔でそう言った。
「それはすごいね。生まれ持った能力?」
黒瑠は笑顔で問いかけた。
同じ笑顔でも眩しさが全然違う。
「はい。母から受け継いだものです」
[母]
その言葉に、璃夜は少し俯いた。
「…お母さんのこと、好き?」
「はい!もう、死んじゃいましたけど」
素直に好きだと言えるのは羨ましいと思った。
自分にはいい思い出が無いから。
死んだ、と言うときに見せた悲しそうな表情は、本当に母が好きだったことを伺わせる。
ゆっくりと瞬きをして、璃夜は知らぬ間にアリシアに向けていた羨望を断ち切る。
「その力ゆえに、狙われてるんだね。何に狙われてるのか、わかるかな?」
いかにも子供受けしそうな笑顔を作り、黒瑠は問いかける。
「えっとね、いーっぱい!」
無邪気に言うが、大変だったんだろうと璃夜は察した。
「ここにいれば大丈夫であります!…多分」
「多分じゃだめだってー」
菖蒲が小さく漏らした言葉を聞き逃さず、それを駒希がいじる。
すぐに睨み合いを始めたが、ノアが二人の靴を思い切り踏みつけてやめさせた。
「子供の、前……喧嘩、ダメ」
呆れたような目で、ノアは二人を見た。
うっ、と言葉に詰まる二人。
さすがに反省したようだ。
「黒瑠、この子どうするんだい?」
愛斗はどうでもよさそうに聞いた。
実際、興味が無いのだろう。
「んー?璃夜の好きにすればいいよ。ここに置くんでしょ?」
ええ、と優しげな眼差しをアリシアに向けながら、璃夜は答えた。
なかなか見られない意外な表情だ。
「やっター!よろしくネ、アリシア」
シエナはとても嬉しそうだ。
アリシアは、すっかり心を開いていた。
「ねえ」
黒瑠が真剣味を帯びて、アリシアに質問をぶつける。
「『ホウカー』って組織にも、追われてたりする?」
その言葉に、室内の温度が一気に数度下がった。
その雰囲気にただならぬものを感じたのか、アリシアも笑顔を消して真剣に答えた。
「詳しく知ってるわけじゃないけど、そう、と思う」
言切らなかったのは、おそらく勘違いなら申し訳ないと思ったからだろう。
「ありがとうね」
黒瑠は微笑んで礼を言った。
気付けばノアは、既にキッチンに立っていた。
いつ移動したのか、誰にもわからなかった。
璃夜が手伝うためにそちらへ行くと、ノアは野菜を切っていた。
「そうそう、璃夜ー。明日、僕と任務だから」
その言葉を聞いて、璃夜はあまりの唐突さに一瞬固まったのだった。
その夜は、部屋がないため、広いリビングに皆で布団を敷いて寝た。
……愛斗は一人隅で寝ていたが。
朝。
カーテンから漏れる光に気付き、璃夜は目を覚ました。
愛斗と黒瑠は起きていて、二人が飲んでいるのかコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐった。
まだ眠そうな瞳のまま、手ぐしで髪をとかしながら璃夜は自分でコーヒーを淹れた。
「任務、早く行って終わらせようよ、璃夜。そういうことで、ほら早く準備しな」
欠伸しながら別室で着替え、拳銃をレッグホルスターに収める。
デザートイーグルを二丁だ。
黒瑠から貰ったものである。
「まだ7時じゃない」
そんなことをぼやきながらリビングに入ると、アリシアにシエナ、駒希以外は起きていた。
璃夜はしゃがんで、アリシアの頭を軽く撫でる。
黒瑠は準備万端、という感じだ。
「…行ってらっしゃい」
愛斗は新聞から目を離さなかったが、普段言わない一言に皆が驚いたのは言うまでもない。
ノアや菖蒲も、それに倣ってすぐに行ってらっしゃい、と言った。
菖蒲の大声は、未だ眠っている三人のためか控えめだった。
「じゃ、行ってくるよ」
「行ってきます」
二人はそれぞれ別々の挨拶をして、そっと家を出た。
黒瑠の運転で、白のワゴン車に乗る。
「…ルシアのこと」
黒瑠は心配していた。
いくら追い出したとはいえ、璃夜にとって恩人であることに変わりはないだろう。
その恩人を、慕っていた人を、敵に回すというのは酷だ。
気丈に振舞っていたが、その心中は分からない。
「大丈夫よ。何とも思ってないわ」
黒瑠の心配を払拭するには、足らなかった。
いくらなんでも普通なわけがない。
だが璃夜は、本当に何とも思っていなかった。
全ての原因はルシアの所属する組織のリーダーであり、そいつさえいなければ璃夜は普通に過ごしていたはずなのだから。
もともと璃夜が感情に疎いのも、何とも思っていない理由の一つだろう。
「にしても、一体何の依頼なの?」
璃夜は何も聞かされていなかったことを尋ねる。
「ああ、アレ嘘」
「はあ!?」
あまりにも淡々と告げられた真実に、璃夜は言葉を失った。
「いや、全部嘘ってわけでも無いんだけど…」
黒瑠は相変わらず爽やかに笑う。
「アリシアのことで、ちょっとね」
場合によっては戦闘になるかも、と付け足そうとしたが、黒瑠は璃夜なら言わなくてもいいだろうと口を閉ざした。
「まあいいわ。付き合ってあげる。…アリシアのことだしね」
璃夜は素直に了承の返事をした。
純真無垢な笑顔の下に、隠された闇を思って。
「手短に報告すると、どうやらアリシアは“時の巫女”らしい」
真剣な表情で、報告を始める。
「アイオーン家に生を受けた者は、そう呼ばれる。初代当主は未来や過去を往き来し、人に触れるだけで過去を見れたって話だけど、実際どうなんだろうね」
よくそんなに情報を集めたものだ、と璃夜は少し感心した。
同時にふと疑問を感じる。
「“初代当主は”ってことは、アリシアにそれだけの力は無いの?」
その疑問に、黒瑠は笑って答えた。
「正解。…今では血が薄くなるにつれ、その力も未来を見るに留まっているみたい。それでもアイオーンの名を持つ者だけが手に入る力だから希少価値が高く、狙われるのも無理はない」
なるほど血の問題か、と納得する。
力が弱まったとはいえ、未来を見るだけで凄い。
「狙っている奴には主に2種類の目的がある」
黒瑠は右手の人差し指を立てた。
「一つ目はその力目当て」
もう一本、中指も立てる。
2、を表しているのだろう。
「二つ目は、金目当て。こっちの方が多いかな」
手を車のハンドルに戻す。
「金…?」
璃夜は小さな声で呟いた。
小さな声、といっても黒瑠には聞こえるくらいの声だが。
「そう。思いつかない?璃夜はその被害者なのに」
震えそうになる唇。なるべく平静を装って、答える。
「人身、売買…」
自分が今ここにいる原因でもある出来事。
そんなに昔でもない記憶を辿り、行き着く。
「そ。希少価値が高い=売り捌けば金になる。個人での取引だったり、闇オークションだったり、その方法は色々だけど」
黒瑠がハンドルをいっそう強く握ったのは、誰も知らないことだった。
「アリシアの、お母さんは…?」
そっちも狙われているんじゃ、と心配する。
「子を成せば、母の力は消えるんだ。まあ、アリシアの場合、母親は娘を庇って死んだらしいけど。因みに父親はアリシアが産まれる前に死んだらしい。…母親と、そのお腹にいたアリシアを守って」
最後のセリフは声のトーンが落ちた。
璃夜は頭に手をやった。
「大丈夫?」
「ええ…」
そう答えるのが精一杯だった。
あり得ない。
少しでも、羨ましいと思ってしまったなんて。
両親に愛されなかった璃夜は、愛されたアリシアに羨望した。
大切な人を失う悲しみは、よく理解しているはずなのに。
すぅ、と息を吸って心を落ち着ける。
何とか落ち着き、手を下ろした。
「…璃夜」
黒瑠は優しく名前を呼ぶ。
「いつでも、僕達を頼っていいから」
驚いて黒瑠の方を見る。
いつになく真剣な表情で、ただ前を見据えていた。
気恥ずかしくなった璃夜は、窓の外に目をそらした。
「ぐ、具体的にどんな奴らが狙っているの?」
話題を変える。
黒瑠はそれに応じてくれた。
「〈ホウカー〉は知ってるよね。あとは、〈テリオス〉ってグループとか、人攫いとか」
まあ色々だよ、と省略する。
「テリオス?」
聞き慣れない単語に首をかしげる。
「本気で世界征服なんて夢物語を語ってる集団。そこそこ規模は大きいけど、具体的には何やってるんだか。鬼の研究をしてる、とか、変な術を使う、とか色々噂はあるけど、真実かどうかは定かではない」
璃夜はとりあえず、オカルト集団という解釈をした。
世界征服だなんて、正気の沙汰じゃない。
車が止まる。
もう使われていなさそうな小さい五階建てビルの前だ。
「雑魚の割には情報持ってるみたいだからね。ここのメインコンピュータが狙いだ、壊さないでよ?」
黒瑠は車から降りて、後部座席から黒いケースを取り出した。
そこから薙刀を出す。
それがメインアームなのだ。
璃夜は降りて、ビルを見据える。
「中の人は?」
「皆殺し。あー、でも青髪に眼鏡の奴は生かしといて」
あれだけ殺すなと言ってたのにいいのか、と内心ちょっとツッコミながらも、ビルに歩いていく。
「僕は外の階段で上から見ていくから、璃夜は下からお願い」
頷いて、正面から入った。
中は薄暗く、一階には誰もいなかった。
どうやらエレベーターは無いようで、階段から行くことにした。
「誰だっ!?」
突然の声に驚き、遮蔽物に隠れた。
「おかしいなぁ。誰かいた気がしたんだが」
「気のせいだろ」
階段の上に見張りがいるようだ。
人数は二人。
影から飛び出し、得意の早撃ちで脳天に一発ずつ。
二人は声を出す間もなく絶命した。
嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが立ち込めた。
サイレンサーのおかげで音はなかった。
黒瑠がいったはずの上からも音はしない。
人の気配がする。
それと同時にカチャ、と璃夜の頭に銃が突きつけられた。
一方黒瑠は璃夜がビルに入ったのを確認するとすぐに、錆びた階段を音を立てずに駆け上がる。
薙刀の柄をにぎり、五階の扉の前でしばらく気配を探る。
久々の実戦の空気に高ぶる気持ちを抑える。
三人、か。
余程気配を消すのが得意な奴がいれば別だが。
素早く扉を開けて、薙刀を振るう。
まず一番扉に近かった一人の心臓をひと突き。
その後は並んで立っていた二人の首を落とした。
軽く薙刀を振って、着いた血を払った。
下の階から音はしない。
あの殺し屋、黒猫だ。
まさかしくじっていることは無いだろう。
黒瑠は昨晩、璃夜と買い物に行ったノアから聞いた話を思い出した。
璃夜の早撃ちの凄さを。
一瞬で、気づく間もなく人を絶命させる銃の腕前を。




