璃夜は、
「身長は平均的だが、細身の部類に入るだろう。武器は何でも使いこなせるらしい。その容姿から、沢山の女性に支持されているようだ。職業は、探偵。依頼一つでどんなことでも遂行する。頭の回転が速く、冷静。要注意人物だね」
考えてみれば可笑しな話だった。
ルシアが言ったように、本当に彼が依頼人側だったら、拳銃はまだしもレッグホルスターまで持つ必要があるだろうか。いや、ない。
それに依頼人側も危険な立場だ。
護衛人の一人や二人、雇っているはずなのだ。
急速に冷えていく頭。
ああ、やはり。
璃夜は何処かでそう思っていた。
同時に、こんなに冷静でいられる自分に嫌悪感すら抱いていた。
黒瑠とノアも、みたことのあるルシアに驚いたようだったが、特に関わりはなかったので驚く程度だった。
黒瑠は心配げに璃夜を横目で見るが、冷めた瞳を見てこれで良かったのだろうか、と思った。
もう、普通の女の子にはなれないのだろうか。
そう思うと、少しだけ悲しくなった。
「以上だよ。黒瑠はさっき言った情報記憶したよね?さっさと資料としてまとめなよ」
言ってから小さく欠伸をする愛斗に、黒瑠は苦笑しながらパソコンを開いた。
「ちょっといいかしら」
璃夜は沈黙が重くなる前に、話を切り出した。
「メリザンド、というハッカーは、『ホウカー』なんですか?」
彼をあれだけ慕っていた彼女のことだ。
そうであっても可笑しくない、と璃夜は踏んだのだった。
しかし、黒瑠の返答は予想外のものだった。
「メリザンドは『クロウズ』ー。ルシアのことを探らせてる諜報員みたいな立場かなあ?」
確か本名はクロエ・アディだっけ、と黒瑠はどうでもいい情報まで口にした。
「そういえバ、最近はクロエさん見ませんネエ」
シエナが、ふと思い出したように言う。
そうだってー、と駒希も同意。
「でも、どうしたのさ。藪から棒に。さっきルシアの名前聞いたときも、ちょっと動揺してたし」
璃夜とルシアが知り合いであることは、流石の愛斗も知らなかった。
「ルシアさんは、私をオークションで買った人物です。まさか、敵だとは…」
相変わらず無表情のまま答える。
恩を仇で返すことになっても、それでも璃夜はルシアと敵対する覚悟はしていた。
「詳しく、教えてくれないかい?」
愛斗が興味深そうに訊く。
菖蒲や駒希も耳を傾けた。
「私は日本でワイトに攫われ、オークションに出品された。で、ルシアさんが買ってクロエや黒瑠と会って。あと…色々あってルシアさんの妹を殺して、それがバレたから追い出された」
色々と端折りながら今までのことを説明した。
「は、波乱万丈であります……」
菖蒲は率直に感想を述べた。
確かに他人からはそう映るだろうが、そのおかげで皆に会えたことを、璃夜は嬉しく思っていた。
もちろん、声には出さないが。
「大変、だっ、た……ね」
心なしか少しだけ悲しそうな表情で、ノアは言った。
「でも今は、これで良かったって喜んでるんでしょ?」
愛斗は、分かっていた。
同情などはしても仕方のないことだと。
「ええ」
短く答え、璃夜は安堵したように微笑んだ。
僅かな表情の変化だったが、皆はそれを見逃さなかった。
「璃夜、笑っタ!」
真っ先に反応したのはシエナだった。
「たまに笑ってるじゃない」
すぐに璃夜は不機嫌になった。
あまり表情には出なかったが。
「ううン、そうじゃなくテ…」
「?」
璃夜は首を傾げている。
「冷めて、ない……あっ、たかい…表情……」
言われてようやく、璃夜は気付いた。
長く殺し屋として活動してきた彼女は、心安らぐことなどなかった。
それ故、笑うということも無くなってきていたのだ。
クールに見られがちだが、まだ少女。
年相応に過ごすことなど無く、他人より大人びて育った。
そんな生活の中で、無意識に常に気を張っていたのかもしれない。
「笑ってた方が可愛いよ」
からかうような口調で黒瑠が言う。
璃夜は全員から注目を集め、恥ずかしさにクッションへ顔を埋めた。
「照れてるのかい?君のせいで騒がしくなったんだけど…」
愛斗はタバコをふかしながら、無関心を装って言う。
最後の一文は、声量を抑えたのか、小声だった。
鬱陶しく思いながらも、あまり嫌がってはいないようだ。
「よし、今日は皆でお泊まり会だ!」
黒瑠が唐突に言う。
一部本気で嫌そうな顔をしたが、無視していた。
「是非是非やりましョウ!」
「……騒がしいのは嫌いなんだけど」
「自分、お泊まり会などというものは初めてなのであります!」
「親睦を深めるって意味でもいいってー」
「…誰、が……ご飯、作ると……?」
ノアと愛斗以外は、嬉しそうだ。
ノアはご飯を作らなければいけないのが面倒なのだろう。
璃夜はどちらでも良かったため、何のリアクションもしなかった。
「ご飯なら、手伝いましょうか…?」
ノアの苦労を感じてか、璃夜は申し出た。
ん、とだけ言って肯定される。
なるほど、確かにこのメンバーだと家庭的なのはノアくらいのものだろう。
愛斗も多少はできるが、面倒なのは嫌なので他人のために作ることはしない。
「出前を取ればいいのに。久々にそういうのもいいんじゃない?」
「クロ…さい、きん……仕事、して…ない…」
恨めしそうな目で、黒瑠を見るノア。
「つまりお金が無いと?」
分かりやすくまとめたのは、璃夜。
黒瑠の笑みが若干引きつった。
「そーだっけ?」
「う…ん…。て、ことで…璃夜。食材、買い出し、行こ…?」
ふわりと柔らかく微笑んで、ノアは璃夜に手を差し出した。
その様子はあまりにも意外だったようで、周囲は少し驚いた。
璃夜も面食らいながらに、その手を取る。
「…ええ。行きましょうか」
周りに比べ反応が薄いのは、まだ会ってからあまり経っていないからだろう。
「君ら、付き合ってんの?」
いかにも興味なさげに、愛斗は訊く。
タバコの煙が、ゆっくりと上る。
まるで硝煙のようだ、と璃夜は思った。
「違う…」
答える気のない璃夜の代わりに、ノアが答えた。
「ま、敵襲には気をつけて。いってらっしゃーい」
黒瑠は笑いながら手をひらひらと振る。
「業魔、討魔…喧嘩、したら……だめ…」
「了解であります!」
「むー、分かったってー」
駒希は不満気であるものの、ノアに気圧されたせいか、了承した。
外は明るく、ゆっくりと雲が流れていた。
柔らかな風が頬を撫でる。
二人は歩き出した。
お互いあまり喋る方ではないので、会話はない。
だが、それほど重苦しい空気では無かった。
家から離れたところで、突然璃夜は殺気を感じた。
その矛先は自分ではない。
殺気の出どころは、薄暗い路地裏だった。
「ノア」
「ん、行って、ら…しゃい」
二人とも気付いていたようだ。
ノアは周囲に人がいないのを確認すると、ハンドガンを手渡した。
路地裏にいたのは、ところどころが汚れた、白いポンチョを着た少女。
10歳ほどだろう。
あとは、男が二人。
1人はスタン警棒、1人は刃物を持っている。
少女は怯えきっている。
「ねえ、おにいさん達」
璃夜はフランス語で話す。
「あ?んだよ」
男は心底イラついた様子で返す。
「そんな小さな子を、大の男が二人がかりで襲うって…どうなの?」
挑発。
楽しそうに、璃夜は笑う。
頭に来た男だが、拳銃を見て一瞬怯む。
「使えねえくせにそんなモン持ち歩いても、怖くないぜ。お嬢ちゃん」
この拳銃が火を吹くことになる、とは思っていないらしい。
少女を一瞥し、ため息を吐く。
殺しの現場を見せることに…
いや、でも躊躇う暇はない、か…
璃夜は再度ため息を吐き、銃を撃った。
銃声が響く。
二人の男はほぼ同時に倒れた。
早撃ち。
少し離れて見ていたノアも、目を見開いた。
先ほどまで、確かに璃夜は銃を持った手を下ろしていた。
垂直に構えられた、銃口。
手が動く瞬間を見た者は、いなかった。
銃弾は、寸分違わず眉間を撃ち抜いている。
つまり。つまり、璃夜は。
腕を上げ、標準を一人目に合わせて撃ち、その後二人目に標準を合わせて撃つ。
刹那の時間で、その全ての作業をやってのけた。
まさに、神技。
「死体、処理…頼…んだ…から」
まだ驚きを隠せないまま、何とか言葉を発する。
少女に、遠慮気味に視線を送る璃夜。
少女の目には、不安の色──ではなく、驚愕が映っていた。
「す、ごい…すごい!わたしはね、アリシアって言うの!おねえちゃんは?」
今度は璃夜が驚愕する番だった。
「私は璃夜。渡 璃夜。日本人よ」
「りよ姉って呼ぶね!すごいね!弾道が全くみえなかった!」
興奮しながら話すアリシアに、戸惑いながらも口を開く。
「アリシア、貴女、何者なの?」
栗色の瞳をちょっと開いて、きょとんとする。
「死体を見ているのに、動揺しないなんて」
そういうことか、と言うように、歳相応に微笑んで答える。
「わたし、未来がみえるの。それで追われてたの。どこもわたしをさらおうとするから、にげてる時にたまに死人がでちゃうんだよ。だから、慣れたんだ」
肩口まであるふわふわのキャラメル色の髪。
愛らしい栗色の瞳。
大きくなれば、間違いなく美人になるであろう顔立ち。
一般人にしか、見えない。
「家は?」
「ないよ」
ノアは小さく息を吐いた。
璃夜の考えを汲み取ったようだ。
「いい、よ…連れて、きても…俺は、ノア…アリ、シア……で、いい?」
「うん!」
「ん…ついて、きて…」
そう、買い物だ。
璃夜は本来の目的を、今になって思い出した。




