タイムマシンの乗り換え
ドスン‼ となにかが落ちた。
タイムマシンが地面に落ちる音だ。十五メートル程の高さだったが、幸いケントはシートベルトをしていたので怪我をすることがなかった。かすり傷すら無いのは奇跡といっても良いくらい、落下の衝撃は凄まじい揺れをおこした。
タイムスリップした荒崎ケントは心の準備のために数分、座席でじっとしていたが、決意を固めてタイムマシンの出口へ向かった。
その出口から見た外の光景は『黒』だった。
遠近感が存在しないただの暗闇。出入り口から先は何も存在しないかのようだ。タイムマシン室内にはライトの明かりが点いているが、外は対象的に光が無い。
「怖い」
これが、率直な感想だった。足を踏み出す勇気がでない彼は、出口付近でこう着状態になった。
「ここは未来? それとも過去?」
そんな質問に答えてくれる人間はいない。たった一人でタイムマシンに乗り込んだからだ。七歳の彼にこの現状は過酷だったかもしれない。
とりあえずなにかを投げてみようと思った。ズボンのポケットの中に飴玉が一つ入っていたので、袋から出して外の暗闇に向かって投げてみた。
するとすぐ「カっ!」というぶつかる音がした。どうやらちゃんと地面があることがわかったのでケントは恐る恐る足を踏み出してみた。
「ギシ」と石の粒を踏むような音がした。明かりが無いのでなにを踏んだのかよくわからない。
空を見上げても、光る星が無かった。なにもわからない真っ暗な世界でも、ひとつだけはっきりとしていることがあった。それは、自分が一人だということだ。
それでも寂しさを感じる余裕は無かった。この事態をどう対処したらよいのか? という疑問が彼の思考を支配していたからだ。
ふと、大声で叫んだら誰かが反応してくれるかもしれないと思いたち、
「あのー‼ 誰かいませんかあああ⁉ 」
全力で喉に負荷をかけて大声をだしてみる。しかし、反応のある声がかえってくることは無かった。
対処方法がわからなくなり、途方にくれた。まさか、こんな未知の空間に来てしまうとは思っていなかった。
もう一度タイムマシンに乗り込み『起動』のスイッチを押すという行為は危険かもしれないと彼は考えはじめていた。タイムスリップしたのが、想定外の暗闇の世界だったという事実は、そう簡単に忘れられるものではないのだ。恐怖は彼の行動を制限させた。
未知の恐怖を、時間が解決することは無かった。こんな時に思い浮かぶのは両親のことだった。はやく会いたい。そんな欲求があふれ出し、彼の目頭は熱くなった。涙袋からこぼれたしずくは、頬をつたって地面に落ちた。
そんな時。まぶしい光を顔にうけた。
視界がかすむ先に、人間のシルエットが見えたような気がした。
ケントの方に手を伸ばしている。
「迎えにきたよ」
男の声だった。どこかで聞いた声だった。これは幻なのだろうか? と彼は疑いながら耳を傾けた。
「そのタイムマシンにはね、特殊なカメラが搭載されていてね、ケントが乗るタイムマシンがどこにいったのかが元の世界にわかるようになっていたんだよ」
なぜ手が見えた? こんな暗闇で見えるはずがないだろう? と期待を疑った。こんな場所に助けなんてくるはずがない。
そんな彼の肩に相手の左手が触れた。人肌の温かく柔らかい感触だった。右手に光る懐中電灯が握られているのを見つける。その照明機具が相手の左手とケントの顔を照らしていたようだ。
いつの間にか、ケントは全身を抱き上げられていた。
「ぐすゥ。パパ?」
「家に帰るんだよ。ママも心配して待っているんだからね」
「んん」
父親に抱えられたまま、ケントが乗って来たのとは違うタイムマシンに向かって歩を進める。
今まで無かった場所に明かりが照らされていた。きっと父親がつい先ほど、その位置にタイムスリップしたということなのだろう。
パパである荒崎ダイの説明によると、それは『タイムマシン二号』らしい。初代のより性能がグレードアップしていて、プログラムを打ち込むことにより未来と過去にいく正確な時間の設定が可能になったという。並行世界の抜け道もプログラム管理されており、選択することができる。
中に乗り込む。プログラムを打ち込み『過去』に設定する。
タイムマシンの乗り換えが完了した。
「これでよし。それじゃあ元の世界に戻ろうか」
「うん」
少年はもう泣いていなかった。父親は『起動』スイッチを押した。
すると、 ズゥ…バン‼ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼
凄まじい振動と音が轟き、この暗黒の世界からタイムマシンが消えた。二人はこれで元の次元の世界に戻った。
ケントは家族の温もりを心に感じていた。自分はひとりではない。この事実が彼を心強くさせた。
「ただいま‼」
自宅の玄関を開けたら待っていたママがギュッと彼を抱きしめた。抱きしめながら何回も謝った。
「ごめんね。私のせいだわ。私がケントをほったらかしていたから…。最低な母親ね」
少年は首を横に振りながら「そんなことないよ」と言う。
「パパは迎えに来てくれた。ママは待っていてくれた。それだけで、じゅうぶんだよぅ」
彼の口元はほころんでいた。
••••••
初代タイムマシンは暗闇の世界に放置された。その状態が数年続いた。
ギシ ギシ ギシ ギシ
地面を踏み歩く音がした。どうやら生物が存在していたようだ。二本足で歩いている。
ギシ ギシ ギシ ズテ
歩いていた足裏に飴玉が乗っかり、彼女はすっ転んで尻餅をついた。
「あいたたた。なんでこんなところにガラス玉があるんだよ。古代より記された書物のような大袈裟な転び方をしてしまったではないか」
瞳孔が大きい目玉が前方を視界に入れた。彼女は首をかしげる。
「なんだこれ? 球体の鉄…爆弾かなあ?」
毅然とした様子で、扉の【開く】ボタンを押す。するとシャッターのような遮蔽物が上に開いたので中に潜入した。
「おおう。これが古代に作られしオモチャか。興味深いものがたくさんある」
無数にあるスイッチやらレバーを触る。その中に赤色の目立つ文字を発見した。
「ん? 起動と書かれてあるな。押してみよう」
スイッチが入り、ズゥ…バン‼ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼
振動がはじまった。
世紀末の生き残りである彼女には名前が無い。