負け犬クラブ
僕は恋をした。誰にも言えない恋。だって、彼女は凄く魅力的だけど負け犬クラブの一員だから。生徒会長であり、学年トップの人気者の僕が恋をしてはいけない相手。
「稲葉先輩。好きです、付き合って下さい」
「ごめん。俺、他の学校に彼女いるから」
放課後、僕はこうやってよく女の子に呼び出される。気持ちは嬉しい。けど、君が好きなのは偽りの僕。人気者を演じている僕。本当の僕じゃない。もちろん、彼女がいるなんていうのも嘘さ。本当は根暗でダサい奴。モテるわけがない。
「わかりました……。これからも生徒会のお仕事頑張って下さい」
ペこりと頭を下げる彼女。旋毛が見える。確か彼女はチア部のちびっこだ。凄く可愛いって有名の。こんな子は僕じゃなくて、本当にカッコいいサッカー部のエースと付き合えばいいんだ。
「うん。ありがとう。じゃあ、俺は生徒会があるから」
にっこりと笑う僕。本当の僕はこんなんじゃない。そう思いながらその場から立ち去る。ちょうどその時だ。歌が聞こえた。この学校に合唱部なんて無い。これは彼女の声だ。
「負け犬クラブ、まだ活動しているんですね。入る人何かいないのに」
チア部のちびっこは、最後にそう言い残し去っていった。
負け犬クラブ。本当の名前は芸術部だったかな。一般的に言う、美術部、文芸部、合唱部とかそういった部活が寄せ集まって出来た部活。本当はそれぞれ独立したかったらしいんだけど、人数が足りないとかで寄せ集まったんだ。オタク、変人、いじめられっこ。いわゆる学校で最下層に位置する子達か所属する部活。地味でダサイ。だから負け犬クラブと呼ばれている。文科系の部活は他にもあるけど、吹奏楽部なんかは実績があるし、人気もある。でも、人気があるといったらやっぱり運動部。サッカー部とかチア部。皆、人気が欲しいがために、努力を惜しまない。何より、自分より下の人がいると安心する。僕もその1人。だから、僕はこうして自分を偽っている。もし、家ではこっそり漫画を書いているなんて知られたら、僕は一体どうなっちゃうんだろう。
校舎に戻ると、皆僕が生徒会長だって知っているから挨拶してくる。凄いプレッシャーだよ。でも、しょうがない。これも人気の、学校で有意義に暮らすためだ。
「負け犬クラブの奴らうるせーな。負け犬は負け犬らしく大人しくしてろってーんだよ」
「ははは、ちげーねーな」
廊下の窓際に溜まるヤンキー達。髪を立てて、染めて……。そうか、さっきから彼女達の歌が聞こえると思ったら、ここは負け犬クラブの部室の前だ。正直、僕は彼女達が羨ましいと思うよ。
急に、教室のドアがガラリと開いた。中から出てきたのは、高槻さん。黒髪のロングヘアが綺麗だ。僕が恋する相手。彼女は、ヤンキー達をキッと睨んだ。どうやら怒っているようだ。
「ちょっと! あんた達、うるさいよ! この、サッカー部の落ちこぼれどもめ!」
殆ど怒鳴り声に近い。さっきの会話が聞こえていたのだろうか。ヤンキー達は一瞬びっくりしたようだったけど、彼女を睨んだ。そんなことより、喧嘩になりそうだぞ。止めないと! 僕はせいと会長なんだから!
「何だよ、負け犬の変人。俺達にたてつく気かよ?」
鼻で笑うヤンキー達。僕が止めないと、人気が落ちてしまう。周りに人だかりが出来ているし。
「お前達! 喧嘩はやめろ!」
睨みあっているヤンキーと高槻さんの間に割って入る僕。視線が僕に注がれる。
「はやく部活に行け! さもないと、サッカー部の予算を減らすぞ!」
「へ、わかったよ。でも、あんたもあんただ。こんな負け犬たちを野放しにさせておくなんてよ」
ヤンキー達を脅すと、ヤンキー達は舌打し、そう捨て台詞を言って去っていった。周りで見ていた人たちがさすが生徒会長だと僕をもてはやしている。やまてくれ、僕はそんなんじゃない。
「高槻さんは大丈夫ですか?」
僕は高槻さんに向き合う。彼女はにっこりと微笑む。
「ありがとう。ねぇ、稲葉くんもあたしたちのこと負け犬って思ってるの?」
「いや、思ってないよ」
即答だ。本当のことだもん。僕は自分を偽らない彼女が好きだ。むしろ、僕は彼女達が凄いと思っているよ。僕もそうなりたいけど、勇気がない。
「じゃあ、どうして稲葉くんは自分を隠すの?」
「え? 俺は自分を隠してなんかないよ」
嘘だ。でも、僕には出来ない。自分を出すなんて。
「高槻さんたちは怖くないの? 自分を出すことが」
ふいに聞いてしまった。高槻さんだけじゃない。負け犬クラブはそうだ。変人と言われ、いじめの標的になる負け犬クラブ。だけど、彼女らは決して自分を偽らない。
「自分を出して、人に何か言われるのが怖くないの?」
僕はじっと高槻さんを見た。僕は自分を出すのが怖い。自分を出して、嫌われるのが、負け犬と呼ばれるのが。高槻さんはにっこりと笑った。
「怖くないよ。あたしは、あたしのやりたいことをやる。人に何を言われても気にしないよ」
自信たっぷりに高槻さんはそう言った。
「むしろあたしからすれば、人気なんてどうでもいいよ。どうして自分を隠さなきゃいけないの? 人気なんかより、あたしは、あたし達はやりたいことがある」
凄いな、高槻さんは。心からそう思うよ。僕もそんな風になりたい。自分らしく生きる彼女。だから、僕は彼女が好きなんだ。
「俺は、人に嫌われるのは嫌だよ。でも、高槻さんたちみたいになれたらいいなって思うよ」
僕がそう言うと、高槻さんはにっこりと微笑んだ。
結局のところ、負け犬は僕達なんだ。高槻さんたちじゃない。でも、それでも高槻さんたちが負け犬というならば、僕はいつか負け犬になりたいな。彼女たちのような負け犬に。