5話
昆虫の複眼は実に厄介だ。
様々な角度から周囲を認識し、挙げ句死角が極一部にしか無いらしい。
雀蜂なら尚ややこしい。
繰り返して使える毒針と、強靭な顎だ。
サイズがサイズだけに指の2、3本は簡単に食いちぎるだろう。
速さと高さを自在に使う所も要注意だ。
「あれ? 初期、序盤で出てくる敵か?こいつ」
分析すればする程ハードルが高い事が分かる。
まあ、ここまで来たらやるしかないのだが。
ホバリングする蜂は既に俺を認識している。
タイミングを測って今にも飛んで来るだろう。
受けに回る必要は無い、木の根に気を付けつつダッシュを掛ける。
相手は野生動物だ、油断などしてくれはしない。
迅速に、的確に攻撃しなければ、もし毒が麻痺毒ならあの顎で肉団子にされてしまう。
初撃の斬り着けは回避された。
間合いを作られたので踏み込んで再度斬り着ける。
毒針を考えると、ダガーのリーチの方が不利、どうしても斬り着け以外は難しい。
大振りに成らない様に、速さ重視の斬り着け。
わざと下に逃げる様に甘い突きを挟んで、羽の付け根を視認すると、羽を切り裂いた。
蜂の速度が落ちた、狙い通りだ。
落ちてしまえば優位に攻め立てられる。
蜂のくびれに向けて、今までより早く、力を込めて振り下ろす。
くびれ部分を両断して蜂は地面に落ちる。
バタバタと切り裂かれた身体を悶えさせてゆっくりと命が抜けていく。
指先で落ちた貨幣と毒針をインベントリに納める。
小さく溜め息を吐いて次の獲物を探し始める。
そこから20匹程の雀蜂を退治した所で集中力を維持するのが難しく成った。
一度街に戻る事にする。
無理しても良い事は無いし、むしろ酷い目に遭うのは予想出来た。
「喉がカラカラだ、それにお腹空いた」
街道を城下街に向かって進み、インベントリの中身を確認する。
パラライズビーの毒針と有る。
「あの蜂はパラライズビーって言うのか、やっぱり麻痺毒か!」
今になって寒気がする。
「毒針が22本か、少しは足しに成るかな?」
現在、所持金は銀貨?2枚と銅貨?60枚、食事はギリギリ出来るだろう。
屋台で済ませれば少しは抑えられるだろうし。
時折出るネズミを蹴飛ばしてダガーで留めを刺す。
城門をくぐると先ず屋台を探す。
ドット絵の世界で物探しは困難だ、大体の輪郭でしか分からないから。
何かの肉を焼いてる匂いを頼りに屋台を見つけた。
「すいません、お1つ幾らですか?」
何を焼いてるか分からないから、無難な言葉で話し掛ける。
これで返事が無ければ、ここは誰かと接触は不可能と判断出来る。
まあ、つまり食事にありつけずに飢えるって事だが。
「半身で銅貨7枚だ」
屋台の店主が顔を上げて応える。
あ、会話が出来た。つもりゲームのNPCでは無いって事か。
しかし、BGMと声が被って聞き取り難い。
意識を向けないと聞き逃しそうに成る。
そんな事を考えつつも、取り合えず旨そうな匂いだし、空腹も耐え難い。
「半身でお願いします」
インベントリから銅貨7枚を出して手渡す。
ってか、やっぱり銅貨で良いんだ、良かった。
しかし、モンスターを倒して通貨が出る、もしくは金属欠片を通貨にしてるってインフラ大丈夫なのかな?
分かってる、突っ込んだら負けだって。
焼き上がった何かの半身を受け取ると香りを嗅いでみる。
とても旨そうな匂いだ。
「これは何を焼いてるんです?」
重要な事なので聞いてみる。
「あ? 何ってクロックチキンを焼いた物だが? 見た事無い訳ないだろ?」
「あ、失礼、余りに旨そうな匂いで」
誤魔化す様に笑い掛ける。
取り合えず虫とかでは無いらしいから安心だ。
唾を飲み込んで一口齧り付く。
旨い、カリカリの表面とジワッと溢れる肉汁が口に広がる。
固過ぎず食べやすい。
旨い、旨いんだが、言わせてくれないか?
「でも、ドット絵!!」