173話
「3人共、MPが回復したら教えてくれ。それまでは休憩だ」
とは言え、MPの回復ってどの位時間がかかるのだろう?
ここしばらく、戦闘でもアーツを使っていない為、基本的にMPを消費しない。
消費しないMPの回復率なんて意識する訳も無く。
結局、魔法攻撃職の使い勝手は想像する為のベース情報から不足している事に気が付く。
魔法職を選ばせておいて盛大に無責任な話だと、自己嫌悪に陥った。
「あの、タツヒト様。私達のMP回復ですが、多分夜まで完全には回復しないと思います」
エミリーの言葉に首を傾げる。
思いの外MPの回復には時間がかかるらしい。
詳しく聞いてみるとMPは1回復するのに数分必要で、完全に回復する事には日が暮れるらしい。
そうなると午後も身動きが取れない。
困った。
回復効率を上げる手段が無ければ継続戦闘は難しい。
まあ、HPを回復させるポーションが有る位だ。
MP回復用のポーションや、回復量増加のアイテムも有りそうではある。
見た事は無いが。
いや、見ても分からないけど。
「困ったな、午後は俺だけで良いか」
離れた所で待っていて貰うか?
それはそれで暇で可哀想か?
「とは言っても、俺が戦ってるのをただ見てるだけってのは退屈だよな。一旦戻るか」
午後からは3人は自由行動にして、俺だけで稼ぎに行くとしよう。
「「「いえ、タツヒト様お1人にする訳には」」」
「そうは言っても、面白くないし危ないしな」
今考えているのはハウリング・ベアの毛皮を大量に集めて、幌馬車の幌部分に仕込んで矢が貫通しない様にするのも手だ。
そうなるとハウリング・ベアを大量に狩る事に成るし、3人には同行すら厳しい。
「どこか安全圏が有ればそこで待っていますから」
ジュリアからの提案も、熊は森の中での狩りに成る。
3人の視界の中に居続けるのは不可能なので、街に戻ってもらう事で決まった。
昼食と食休みを取って3人を送り出す。
「申し訳ありません、タツヒト様。脚を引っ張ってしまって」
アンが申し訳なさそうな声を上げる。
「いや、魔法職のMP管理までは俺も頭に無かったし、最初に調べておくべきだった。悪いのは俺だよ。今日は3人で買い物でもして気分転換をすると良い」
そんな話をして3人を見送って、ハウリング・ベアの生息地に向かう。
途中シルクを出す蜘蛛の群生地を突っ切り、ハウリング・ベアの生息地に到着する。
ハルバードを肩に担ぎ移動を繰り返して、遭遇する熊を駆逐していく。
Lvも上がって、サクサクと倒していける。
ハウリング・ベアの咆哮は森に響く。
後ろ脚で立ち上がられると弱点の額を攻撃しにくいが、ハルバードの間合いなら脚を削る事も容易だ。
「ふんっ!」
脚で地面をがっちり掴み、腰を捻りって斧刃で真横に振り抜く。
Lv33の膂力とハルバードの重量が乗った刃、堅い熊の毛皮でも衝撃を完全には吸収する事は出来ないらしい。
流石に肋骨を折るには至らないらしいが、十分な打撃には成っている様だ。
再び腹を殴られるのは嫌なのか前脚を着いて唸る。
「唸る暇が有ったら向かってくれば良いのに、なっ!」
手の中で回して頭上一番高い所からハルバードを振り下ろす。
乾いた、硬い物が割れる音が響き熊の頭部を地面に縫い付ける。
「なんて言うのか――獣って変な所で賢いわりに変な所で馬鹿だよな」
きつくても苦しくても二足を維持すべきだったのだ。
手負いの獣は怖いと言うが、その怖くなる境界線の手前から押し切れば言うほど手古摺りはしないと感じる。
「まあ、獣とモンスターを同列に考えるべきなのか、分けて考えるべきなのかは知らんけど」
そうぼやいて空を仰ぎ見る。
微かに青に朱が混じっている気がしないでもない。
「そろそろ帰るか、熊の胆も2つ出たし、毛皮も十分集まったし」
しかし、疑問に思う事が有る。
「何で熊の胆なんだ? 日本とか中国とか漢方文化圏でしか意味無いだろうに。ってか欧州で需要と言うか、使用されてたのか? 聞いた事無いんだが……」
いや、そもそも鰐が居て、コモド大蜥蜴っぽいのと熊と猪。
生態系に統一感と言うか一貫性が無さ過ぎる。
城壁や城門は欧州のソレに見えるのに、亜熱帯と亜寒帯が同居する方がおかしい。
まるで、人間の脅威を無理矢理集めた様な感じさえする。
そんな環境なら治安と言うよりも、人の倫理が育たないのも当然かも知れない。
害敵だと判断したら躊躇なく排除している俺が言うのもおかしな話だが。
「まあ、この視界の時点でおかしさの限界は突破してるし、もう全部悩むだけ無駄だけど」
溜息交じりに狩りを切り上げて街に戻る。
「しかし、慣れって怖いな。簡単に駆除出来ると認識したら熊ですら作業化するか」
鰐もコモド大蜥蜴も熊も最初はそれなりに緊張していたが、今ではボス以外は怖いと感じない。
実際の所は、ボス程巨大に成るとドット絵でもリアルに成るから怖さを思い出すだけなのだが。
他のモンスターが脅威じゃなくなった訳では無い。
無いのだが、緊張感を維持し続けるには外見的に難しい。
どうみてもゲーム、もしくは悪い冗談か悪夢なんだが。
溜息を合いの手に歩き、城門をくぐる。
「そう言えば、盾受け取りに行かないとか……。時間はまだ大丈夫だな」
まだ日が落ちる直前、許容範囲内だろう。
その足で防具屋に行き新しい盾を受け取りハウリング・ベアの毛皮を預ける。
「すまない。変なオーダーなんだが、この毛皮を鞣して馬車の幌の裏地に出来ないだろうか?」
「幌の裏地ですか?」
「この街を離れようと思って。移動は馬車でと思ってはいるんだが、道中矢を射かけられても大丈夫な様に、な?」
形状のイメージを伝えると既に鞣した革をT字に縫い繋ぐだけで済むとの事で、作業工賃も高くは無い値段で交渉を終えた。
店をはしごして薬屋で熊の胆を売り払って宿に戻る。
流石に日も落ちかけて薄暗くなってきた。
日が傾くと一気に寒くなってくるのか、風が冷たい。
「もう冬が近い感じか」
山々が赤や茶に染まるのを美しい景色想像するが、俺の視界を加味して想像し直すと気が滅入る。
粗く、凸凹した紅葉の風景に成るのが目に見えている。
結局の所、俺はこの煩わしい視界からは逃げられないらしい。
「でも、ドット絵……」