168話
窓枠から入っていた光が無くなって部屋が完全な暗闇に包まれていた。
時折うなされて飛び起きたエミリーとアンを宥めて寝かせて、を繰り返している内にかなりの時間が経過していたらしい。
もぞもぞとジュリアが寝返りを打って体を起こしたのが名前の動きで分かる。
「おはよう、寝れたか?」
「はい……」
寝惚けているのか、まだショックが抜け切れていないのか間延びした声で応じた。
両腕を枕にされている為に手を伸ばす事も出来ない。
「もう少し寝るか? それとも起きるか?」
「2人は寝てますよね? それなら……」
エミリーとアンが寝ている事を確認してベッドから降りたらしい。
暗闇の中、ジュリアの頭上の名前だけが視認出来る。
ベッドの足元が沈んだと思ったら胸元に重みが加わった。
「身動きが取れない人間にそれはズルいと思うぞ?」
ジュリアが俺の上に覆い被さった。
特に重たい訳では無いが、2人の頭に両腕を抑え付けられている為に止める事も叶わない。
「ワタシだけ扱いが違うのですから、たまには甘えさせてください」
別にジュリアだけ特別に扱いが悪い訳では無いのだが、この娘が言っているのは違う意味で、だとは解っている。
理解していても応じられない物が有る、それだけだ。
「まあ、この位なら良いが、これ以上は今は無理だ」
小さく溜息を吐いて諦め混じりに釘を刺した。
「はい、今はこれで満足しておきます」
ジュリアはそう答えて俺の胸元に頭を預ける。
本当に、困った娘だと苦笑いと共に嘆息する。
この世界に来て、不自然なペースで厚くなった胸板にジュリアは耳を当てているらしい。
少しの間、もぞもぞとしていたが直ぐに大人しくなった。
「ん? これって3人が起きるまで身動き全く取れないぞ?」
両腕を枕にされ、体の上を寝床にされている事に気が付いて再び苦笑する。
エミリーが、アンが、ジュリアが全力で甘えてくる。
それを全身で受けて感じるのは重みではなく、安堵感だった。
不安定に漂流している様な心許無さに、錨を下ろした様な感じがする。
繋ぎ止められたと言えば良いのだろうか?
そう言えば職場の先輩が結婚した時に「家庭を持つと腰が据わって頑張れる気がしてきた」と言っていた気がする。
3人との生活が家庭、所帯と同じとは思わないが、実際問題、3人に依存している自覚は有る。
これからの生活は4人でどうやって行くかを考えている時点で似た物だろう。
そんな熱と重みを感じながら目を閉じて力を抜く。
3人のLv上げの事を考えながら二度寝を敢行する。
誰かの囁き声と体が揺すられて目を覚ました。
その揺れから誰かが起きたらしいと目を開ける。
目を開けると弱い明かりが部屋を淡く照らしている。
部屋の隅の蝋燭の明かりだろうか。
半覚醒の頭と耳にはエミリーがジュリアを小声で窘めているらしい。
『ジュリア、起きなさい。早くタツヒト様の上から降りなさい』
『タツヒト様の許可は取ってますよ?』
『そう言う問題じゃありません、ご迷惑でしょう?』
『ワタシもたまには甘えたいです……』
流石にジュリアもエミリーには生意気には成れないらしい。
なんだか可哀想な気もするがこのまま居座られても困るので黙っておく。
そして隣ではアンが我関せずと言わんばかりに額を押し付けてくる。
3人共起きているので俺も起きる事にする。
いい加減空腹だしな。
「アン、起きてるな? 腕抜くぞ?」
声を掛けるとジュリアが驚きの声を上げて慌てて俺の上から退いた。
重たいとは感じていなかったが、流石に胸の上に乗られ続ける圧迫感は有ったらしい。
一度深呼吸をしてアンの頭の下から腕を抜いて置き上がる。
「さて……、正直腹が空いたんだが、3人はどうだ?」
肉は食えそうにないと言うだろうから、魚か何か少しは腹に入れておいた方が良いのだが。
『えっと……』
3人共自信がないのか戸惑った声をハモらせる。
「まあ、魚か最悪パンだけでも食べておいた方が良いな」
無理に食べても食べなくても胃に悪そうなのが可哀想ではある。
そして俺自身はと言うと、全く意に介していないらしい。
慣れなのか、それとも武人効果なのかは分からないが。
「取り敢えず用意して降りるか」
そう3人を促して自分も着替えだす。
何となくスイッチが切れずに居るのかワイバーンレザーを着込んで、その上からブリオとブレを身に付けた。
3人も似た心境だったのか、ボディースーツの上からロングチュニックを着ている。
警戒心を解かないのは良い事なのだろう。
4人揃って階下に降りて食堂に向かう。
まばらに埋まったテーブルを眺めて空いている席に着いた。
「エミリー、今日は何が有る?」
メニューを手に取ったエミリーに確認を取ると蒸かした馬鈴薯と海鮮の油煮と答えが有った。
油煮? あぁアヒージョか。
オリーブオイルを大量に使う料理だったが、どこの料理だっただろう?
しかし、この世界の料理はフランス料理からイタリア料理から混じりに混じっている気がする。
地形と流通で食文化は変わるとは思うが、ここまで統一感が無いと言うのが気になった。
まあ考えても仕方が無い事なのだが、な。
開き直って出来るだけ旨い物を食べたいとは思う。
「それなら海鮮の油煮を人数分で良いだろう。それとワインか」
昼寝をしてしまった事も有って、睡魔が訪れる気もしないし、今夜は飲み明かしても良い気もする。
誰かが小さく『お肉じゃなければ』と零したのが聞こえる。
3人共傭兵の顔面に火の魔法を叩き込んでいる訳だし、流石に肉料理は無理だろう。
それでも、もう傭兵の類に追われなくて済むのだし、善しとすべきだろう。
そう簡単に割り切れるのは俺だけなのだろうが。
暫くは3人の精神状態に注意が必要だろうと思う。
少し待っていると小ぶりの器がそれぞれの目の前に配置される。
クツクツと油が沸騰する音が聞こえる。
スライスされたバゲットも同じく配られる。
「さあ、頂こうか」
3人に声を掛けてアヒージョに手を付けた。
怖がらずに食えるのは有り難い。
まあ、黒いドットの器に白と緑と赤のドットが並んでいるのだが。
結局、今日も今日で切ない飯でテンションは下がるのだが。
「でも、ドット絵……」