167話
ロビーのソファーに腰を下ろしながら今後の事と言うか、今からの事を考える。
現代日本人の感性なら吐いて、泣いて、叫んで、心折れると思うが、この娘達はどうだろう?
聞きかじりや、現に客として傭兵が無体な行動を取る社会に暮らしている訳だし、極端な精神的なダメージは無いとは思うのだが。
それでも笑い飛ばせる、無視出来る程小さくは無いだろう事は顔色で分かる。
こんな時どうしたら良いのだろうか?
俺自身は狂戦士・武人の関係で衝撃は皆無だった為、参考に成らない。
酒で誤魔化すか、寝て無理矢理精神の連続性を断つか、だろう。
朝食は済ませているが、昼食は無理そうだ。
空腹で泥酔するのも体に悪そうだが、時間的に寝れるか? と言う時間帯でもある。
始末した後まで祟るとは、本当に疫病神みたいな連中だと溜息が漏れた。
「暑い風呂に入るのが一番良い、か……」
のぼせて思考も出来なくさせて、無理矢理寝かし付ければ良いか、とも思う。
正解なんて分からないが、少なくともあんな疫病神の事で苦しむ意味も価値も無い。
ドライすぎるかも知れないが、これが本心なのだから仕方が無い。
本格的に、還れそうにない精神性に成った、と苦笑した。
部屋の清掃が終わった事を告げられ、3階の大部屋に移動する。
「タツヒト様……、辛いです……」
階段を上がりながらぽつりとエミリーが呟いた。
滅多に出る事が無い、エミリーの弱音にこちらも胃が痛くなる。
今でも何が正解だったか分からない。
エミリーを見殺すのは論外として、初期の段階で私刑を甘んじて受けていれば良かった気もする。
それこそ一時痛い思いを我慢すれば済んだかも知れない。
まあ、私刑で済んだかは不明だし、自分の命運を他者に、それも奴らに握らせる事は出来なかった。
結局、俺もエミリーも運が悪かったとしか言いようがない。
アンとジュリアは巻き添えだ。
俺の決断の巻き添えだ。
こればっかりは割り切れそうになかった。
「俺の我が儘に付き合わせてすまない……。君達を守りたかったのに結局こうなってしまった」
苦々しく呟くと服の裾や袖を掴まれた。
「私達はタツヒト様のお傍に在る事を、私達の意志で決めたのです。我が儘などでは……」
「そうです、エミリーさんを切り捨てられる方に姉を預けられる訳ありません。タツヒト様がタツヒト様だからワタシ達はお傍に居るのです」
「……そうか、なら俺達4人は運が悪かったって事だな」
アンやジュリアの言葉には俺やエミリーへのネガティブな色は無かった。
それに甘えるのは気が引けるが、俺が引きずれば3人とも引きずる事に成る。
諦めて徹底的に開き直るしか無いらしい。
ドアのカギを開けながら努めて明るく言い切る事にする。
「道端の小石を蹴飛ばしたって事にするか。それよりも熱い風呂に入ろう、こっちの方が重要だ」
言っていて自分でもどうかと思うが、疫病神達の事は切って捨てる事にした。
「エミリー、悪いんだが火傷しない程度に熱い湯を頼む」
部屋に入って早々に指示を出す。
「分かりました」
そう言ってエミリーは小走りに浴室に向かった。
その足取りを見る限り、体力的には余裕が有るのが見て取れる。
もっとも、精神的には疲労しているとは思うから、ゆっくり休ませたい所だ。
全員が部屋に入った事を確認してドアを閉める。
「取り敢えず、鎧は脱ぐか……」
苦に成るほど重たくは無いが、身軽になりたい所だ。
竜骨刀や鎧一式をインベントリに納めてソファーに座ろうとするとアンに止められた。
「タツヒト様、返り血で凄い事に成っていますから、そのまま腰掛けるのはお止め下さい」
そう言われて見下ろしてみると鎧で隠れた所以外が妙に黒ずんでいた。
「ああ、確かにこれだけ返り血を浴びていたら血生臭いはずだ」
着替えるのも無駄だと判断して、大人しく立って待つ事にする。
目の疲れから頭痛がしはじめた。
小さく溜息を吐いて目を閉じる。
「タツヒト様、お疲れですか?」
「ああ、目が疲れただけだけどな」
こめかみや目元をマッサージしながらジュリアの声に答える。
戦闘で目まぐるしく動く敵を見ていた反動だろう。
まあ、ドット絵が動き回っていただけなのだが、実際は武器を持った危険なモノだった訳で。
曖昧な見た目で、致死性の凶器と至近距離で向き合うとどうしても目に力が入ってしまう。
「力を入れてもなにも変わらないのに、な……」
「え? 何か仰いましたか?」
アンが小さく零した俺の言葉に反応した。
首を横に振って何でもないとアピールをして再び目を閉じる。
暫くしてエミリーから声が掛かり浴室に向かった。
3人には悪いが、一度意識してしまうと返り血が耐え難くなってしまっている。
エミリーに出て貰い、血の染みついた服を脱ぎ捨てて急いで体を洗う。
「アチチッ……」
乾いた血が濡れて強く臭った。
顔を顰めながら無患子の小袋で全身を洗っていくとドアが開く音がする。
「タツヒト様、お背中流します」
入ってきたアンの言う通り、手が届かない背中は任せる事にした。
「ああ、背中だけ頼むよ」
正直、もう考えるのも面倒に成ってしまっているのを自覚する。
なんと言うか、ジュリアは論外としてもアンはもう逃げられない気がするのだ。
今も震えた手を背に感じて思い知らされる。
3人の精神的な負担が軽い物では無い事を。
今日の一件は4人の罪、とは言え簡単に飲み下せるモノではない。
尾を引く様なトラウマに成らない様にケアが必要だと、我が身を持って経験している。
今日の所は体温が伝わる形で寄り添うのが一番良いと感じる。
劣情、下心無しに思い切りスキンシップを図るのが良いのだが、元娼婦と元客とはいったいどんな距離感なのか。
ギリギリの、髪の毛一本の綱渡りを連想する。
泡を洗い落として湯船に浸かる。
かなり熱く、肌がチリチリと痛む。
45度くらいか?
この位熱ければ3人は湯だって頭の中も余計な事を考える余裕も残るまい。
首を回して肩をほぐしていると浴室のドアが開いてエミリーとジュリアが入ってくる。
予想通りの行動に苦笑する。
確認も取らずに来る辺り、本当に余裕が無いのだろう。
好きにさせる事にして、目を閉じる。
3人が体を洗い終えて湯船に浸かろうとした所で一度湯から上がる。
一度湯を温め直してもらい、改めて4人で湯船に浸かる。
3人は熱い熱いと言いながらも大人しく肩まで沈んでいる。
頭の先から汗が溢れて流れ落ちる。
エミリー達の顔を見るとドットの顔が真っ赤だ。
さて、もうそろそろ良いだろうと判断して3人を促して浴槽から出る。
見下ろすと自分の体も全身真っ赤になっている。
眠くは無いが、ここまで逆上せてしまえば眠れるだろう。
全身を拭きあげて、ウォッカで体を消毒してバスローブに着替えてから寝室に戻る。
3人の足元が覚束ない様子に一つ頷いた。
窓を閉め切って光源を遮断して皆でベッドに倒れ込んだ。
4人で寝るには狭いが、今日の所はこの位くっついて寝るのが良い。
温湯には慣れている分、俺だけ寝付けずに天井を見上げて眠気が訪れるのを待った。
逆上せて3人は速効で眠りに落ちたのか寝息が聞こえてきた。
左右にエミリーとアン、ジュリアはアンの向こう側と言う位置取りで。
時折怯えた様に身を強張らせて、その都度腕枕にされた手を動かして頭を撫でる。
「怖かったよな……。もう大丈夫だ。もう君達の敵は居ないから」
そう囁きながら目に見えない、皆の心地良いサラサラの髪を撫で続ける。
「でも、ドット絵……」