165話
寝る準備を終えてソファーに腰掛けて寝転ぶとエミリーに止められる。
「タツヒト様! 明日の事がありますから、ベッドで寝てください。十分寝れるスペースは有るのですから」
「いや、重しにも成るし、この方が良いだろう」
「駄目です」
「ん~、そうは言ってもな……」
「良いんです、十分な休息を取ってください!」
「そうですよ? タツヒト様に何かあれば困るのは私達全員です。どうかベッドでお休みください」
アンも一緒になって手を引かれて立たされる。
「おいおい……」
ベッドで寝れるのは有り難いが、手を出すのはどうかと思ってるアンにまでグイグイ来られると困る。
それにこの流れはエミリーとアンに挟まれて寝る流れだろう?
咄嗟に動き難い状況にする意味も無い。
「なら私達3人はこちらのベッドで、タツヒト様はあちらのベッドで寝てください」
そう言われて小さめのベッドに促されて諦めて寝る事にする。
「3人とも手伝って」
そう言って小さい方のベッドに手を掛けて移動させる意図を見せる。
3人の手を借りてベッドをテーブルに引っかかる位置までずらす。
これで鉄壁と成ったと思う。
念の為、窓の閂も確認して硬く閉めておいた。
流石に鎧を着ては眠れないが、枕の下に盾と刀を置いて万が一に備えておく。
まあ、この状況は万を通り越している気もするが、まあ守るものが有るという事だろう。
3人も入浴を済ませ、身支度を整えてベッドに入ったのを音で確認する。
警戒していた意識を切り替えて体の力を抜いた。
肌に密着する皮膜のボディースーツが睡眠時の体温上昇に伴って心地悪い。
なかなか寝付けず、ウトウトするに留まり続けていた。
寝返りを繰り返す内にベッドが軋む音が聞こえた。
「ん?」
瞼を閉じたまま少しだけ意識をそちらに向けると誰かがこちらのベッドにきて、ギリギリ空いたスペースに横たわる。
横向きで寝ていた為、すっぽりと俺の腕の中に納まった。
目を開けて名前を確認するとエミリーだった。
一連の傭兵がらみの事で思う処や責任を感じているのだろう。
何よりも、怖いのだろうと思う。
傭兵に乱暴され掛け、殴られたエミリーは心細くなるのは当然だし、仕方が無い。
それをとやかく言うつもりも無い。
まあ、アンやジュリアが来たら向こうのベッドに追い返しただろうが。
仕方が無いと判断して左腕をエミリーの首の下に入れて抱きかかえてシーツを掛け直す。
少しだけ欲が顔を出しかけたが、自身を叱責して黙らせる。
不思議だ。
蒸れたボディースーツは不快なのに、エミリーから伝わる体温に安らぐ自分が居た。
エミリーの柔らかさが、軋んでいた何かを癒してくれる様な気がした。
夜半、廊下で物音がする度に目が覚めて視線をドアに向けるが、幸い誰も侵入を試みる事は無かった。
朝、目を覚まして昨夜の残り湯で体を拭いて汗を拭う。
顔を洗ってさっぱりとした所で身支度を完全武装に整える。
「3人共、鎧を着込んでからワンピースな?」
「「「はい」」」
3人が声を揃えて返事をするが、不思議そうにジュリアが疑問を呟いた。
「あ、でも、なんで鎧の上に服なんですか? 普通柔らかい順で着込む物じゃないんですか?」
ジュリアの正論に思わず笑ってしまう。
「それはそうだ。だからさ、こんな可愛い3人娘が下に鎧を着込んでるとは思わないだろうし、ぱっと見で油断を誘える。杖を持っていれば詠唱者だと見て間合いを詰めてくるのは確実だしな」
正面から正々堂々と戦う意味など無い。
と言うか、女に手を上げる屑の仲間相手に、わざわざ付け入る隙を与える趣味も無い。
搦め手上等、卑怯上等。
後顧の憂いを断つ為にも圧殺する勢いでいくべきだ。
「連中が向かってきたら大盾を地面に立てて3人は魔法で顔を狙ってやれ。俺は近付くヤツを処理していくから。な? 単純だろ?」
頭の中が既に戦闘モードに成っているのが自分でも分かる。
そのパターンでも対応出来るだけの戦術が頭の中で構築されている、と言うか思い浮かぶ。
正直、人間相手となると厳しいかとも思うが、この命の軽く無法者が多いのが予測される世界と日本の感覚を同じくする意味は無い。
簡単ではないだろうが、当然と捉える位には荒れていると思う。
まあ、これは傭兵の荒っぽさや盗賊の存在で勝手に俺が思っているだけだが。
皆が身支度を整えた所でベッドやテーブルを移動して階下に降りていく。
食堂では特に視線を感じる事も無かった。
つまり、襲撃もしくは接触は外で、と言う事だろう。
なんでだろう? 傭兵達が今日来る確信が有った。
空気と言うのだろうか?
雰囲気と言えば良いのか、不穏さを感じていた。
ドットでしか見えない世界で第六感とか意味が分からないが、まあ、それは俺個人の目もしくは脳に何かが作用しているだけだと理解はしている。
無論、納得はしていないが。
兎に角朝食を済ませて、直ぐには出ずに食休みを一時間取ってから4人で宿を出た。
太陽の光に照らされた、カラフルなドットが目に痛い。
宿を出た直後から視線が四方から注がれる。
「見られてるな……」
3人に警戒を促す為に声にする。
「ジュリアは俺の斜め前、エミリーとアンは俺の両側に居ろ」
いつでも庇える様に手の届く範囲に居て貰う。
腰の竜骨刀と盾を触って確認をしながら城門へと向けて歩く。
城門を抜けた辺りで視線は後方からだけに成った。
街道を進み鼠の群生地を抜け、次のモンスターの群生地との境辺りで声を掛けられた。
「なぁ? ちょっと良いかぁ?」
粘着く様な、生理的に人をイラつかせる声が背後から投げ掛けられる。
振り返ると灰色のドットで顔以外を包んだ人間が5人並んでいた。
「こんな所で呼び止められるとは思わなかったが、誰だ? あんた等?」
「あぁ、俺達はしがない傭兵さぁ、何日か前から仲間が居なくなって困ってるんだわぁ、何か知らないかと思ってねぇ」
気持ちの悪い喋り方はこちらの神経を逆撫でする為の物だろう。
挑発の一種だと割り切って受け流す事にする。
「さあな? 傭兵の友人は居ないんでな、分からないな」
「そうかぁ~、あんたなら知ってるはずなんだがなぁ? 思い出してくれないかぁ?」
さて、立ち位置として間合いが近過ぎる。
戦闘に成れば3人が危ない。
もう少し距離を取りたいところだ。
「さて……、思い当たらないが……、仲間ってどんなヤツなんだ? 距離を取る、合図をしたら走れ」
3人に向けて口を動かさずに囁く。
「ちょっとばかし女に目がねぇヤツでなぁ~、そこの3人が知ってそうだなぁ」
「走れ!」
ドットの目にしか見えないのに、スイッチが入った輩の目に変わったのが分かり合図を出す。
3人が走り出したのに続いて駆けて距離を取った所で両手を掲げて、インベントリから大盾を出して地面に突き立てる。
ドンッと鈍い音を立てて大盾が地面に起立する。
その前に立って腰の竜骨刀の柄に手を添える。
「そう来なくちゃなぁ! 手前等! 女は殺すなよ!」
リーダー格の男が叫んでいるが、正直5人の内どれが叫んでいるか良く分からなかった。
荒事のさなか、BGMが切り替わるが、まあ視界はいつもと変わらなかった。
結局いつも通りだ。
「でも、ドット絵!!」