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164話

 1階の食堂兼酒場に降りて食事にする。


 スタッフとエミリーが会話をしてこちらに問い掛けが飛んでくる。


「タツヒト様、今日のお薦めは鰐肉だそうですが、どうされますか?」


 一瞬心臓が止まるかと思った。


 生来、ゲテモノの類が苦手でタピオカはカエルの卵を連想して口にした事は無いし、牛タンはスーパーの肉コーナーで黒くてグロい塊を見てから食べれなくなった。


 見えないとは言え、その感覚が残っている為、全身に鳥肌が立った。


「あ、いや、何か牛肉か魚、普通のが食べたい……」


 笑われるかも知れないが、せめて食事位は穏やかで普通が良い、心からそう思う。


 エミリーがどの位俺の意を汲んでくれたかは分からないが、スタッフにあれこれと注文をし、スタッフは奥に行く。


「用意出来るのがビーフシチューだったのですがよろしかったですか?」


「ああ、助かるよ」


 鼻の奥に微かに残る悪臭にイライラが募る。



「タツヒト様、お疲れですか?」


「そうだな、疲れて眠い」


 ストレスのせいだろうが、物凄い睡魔が押し寄せてくる。


「では、今日は早めにお休みに成られるのがよろしいかと」


 アンの声に頷いてテーブルに肘を着いて顎を乗せて目を閉じる。


 なんと言うか、頭を支えるのも億劫に成っているらしい。


 そのままの姿勢でだらけていると暫くしてスタッフの声が聞こえてきた。


 良い匂いと共に料理が運ばれてきたらしい。


 スプーンで一掬いして口に入れると徹底的に煮込まれた深く濃厚な肉と野菜と香ばしい味が広がる。


 ホロホロに煮込まれた牛肉の柔らかさに頬が緩む。


 旨いと思う。


 拘りの洋食店の味、と言った所か。



「タツヒト様、おひとついかがですか?」


 そう言ってジュリアが皿を進めてくる。


 白いドットは皿で、その上に生成りと茶色の中間色のドット。


「これは?」


「鰐肉の揚げ物です」


 色合いからしてから揚げと言うよりフライに近い感じだろうか?


 正直、遠慮したいと本心から思った。


「止めておこう、疲れている時に食べ慣れない物を食べると熱出しそうだ」


 何となく、精神性の食あたりに成りそうで怖い。


「そうですか……、申し訳ありません」


「いや、すまない、単に俺の好き嫌いが激しいだけだ。格好悪いと自覚はしてるんだが、どうもな」


 食い物、と言うかゲテモノでジュリアを邪険にしたい訳では無い。


 どう言ったら良いか少し悩んで言葉を続ける。


「食文化の違いってあるだろう? 慣れ親しんだ物から遠い物はなかなか食べ物として認識しにくい物が有る。例えば俺の故郷の物だと生卵とか生魚とか、ギョッとされる事が有ると聞いた事も有る。悪く言うつもりは無いんだ、ただ、驚いてしまうだけなんだよ」


 これで説明に成るか? とも思うが正直、日本食で異文化から見た場合、引かれるのはこの辺りだろうと思う。


 まあ、スモークサーモンとかカルパッチョとか、比較的生っぽい魚も食べられている気もしないでも無いが。


 まあ、この辺りは言っても無駄だし、既に言う相手すら俺には居ないのだった。



 何となくジュリアにも伝わったのか反論も無くその話題は終わった。


 言い負かしたつもりは無いが、微妙な空気が残っている気がして、手を伸ばしてジュリアの頭を撫でる。


 と、そこで視線を感じる。


 離れたテーブルから視線を感じるが、顔が識別出来ないのでそちらは見ない事にする。


 とても嫌な気配だ。


「エミリー、アン、ジュリア、酒はこれ以上飲むな。何か果物を搾った物を追加で注文しよう」


 俺の表情の変化に3人はドットの顔を頷かせる。


 視線の種類に違いが有るかは分からないが、好奇の目と敵意の目の違いはあると思う。


 そして今俺が感じているのは後者だ。


 ややこしい事に成りそうだ、そう認識して食事を手早く済ませて部屋に戻る事にする。


 今日の所は、諦めて4人で同じ部屋に居た方が良いと判断する。


「3人共、このまま上に」


 そう言うと3人娘は2階で止まらず3階に上がり、大部屋に急いで入る。


 さて、どうするか、と考えてドアにカギを掛けて、更に閂を掛ける。


 指で触れて閂の形状を確かめると鉄か何かの輪っかに木材を通してドアが開かない様にする単純な物だった。


 少し考えて閂の棒を抜いて、総鉄の槍を通して、重くて切れない外れない閂にする。



 続いて前の宿と言うか、娼館でも同じ事をしたがソファーを動かしてドアが開かない様に、開ける時に重たい抵抗に成る様に移動しておく。


 更にはテーブルもソファーに引っかかる所にまで移動させる。


 ドア1枚開ける為に労力が掛かる様に準備をする。



「タツヒト様、やっぱり……」


「確証は無いがな。ただ、嫌な視線を感じた。奴らが酒場の客で来ていた可能性はある」


 あまり不安にさせたくは無いが、備えるならどうしても不自然になるのだし、逆に備える事で不安を軽減してやる事しか出来ない。


「3人共、湯を浴びたらボディースーツとシルクのワンピースを着て寝る事。バスローブで寝るのは危険だ。3人はベッド、俺はこのソファーで寝る。夜中に押し入ってきた場合、夜目が利く俺の方が有利だから3人は浴室に逃げ込む事。朝起きて宿から出たときに接触が有れば、城門の外に出て魔法も使用して全力で排除、って方針が無難だと思うがどうか?」


 頭の中が完全に戦闘モードに切り替わっているらしく、矢継ぎ早に指示と方針を説明する。


 出来れば宿の中で殺し合いはしたくないが、それは向こう次第だ。


 宿から追い出されるだろうが、その時は徹底的にセキュリティの問題を指摘して被害者として押し通す事にする。


 まだ数日分の宿代が残っているからな。


 面倒だからさっさと片付けてしまいたいが、3人娘を巻き込むのには抵抗はある。


 悩ましい事では有るが、世界の常識が荒っぽいのだから仕方が無い。


 思考が少しずつズレていくのを感じながらも、それを受け入れるしかないとも感じる自分が居た。



「まあ、ここまでやったら侵入は断念するとは思うのだけどな?」


 ドアを体当たり程度では開けられないだけの備えをしたのだし、大丈夫だとは思うが。


「本当に大丈夫でしょうか?」


 エミリーが硬い声で呟いた。


「大丈夫だ、ドアを破壊しないと侵入出来ないし、そうなったら宿側も動くだろう。よく考えてごらん、この宿に何人のスペルキャスターが居ると思う?」


 身も蓋も無い話だが、風呂の湯を入れているのは宿のスタッフのスペルキャスターだ。


 下手をしたら廊下で騒いでいる内に魔法攻撃で瞬殺の可能性だって有る。


「そうですよね……、分かりました」


 そう言ってエミリーは浴室に移動してお湯を溜める準備を始めた。


「タツヒト様、あの……ワタシ怖いです……」


 ドットの顔を青白くしたジュリアが絞り出す様に呟く。


「そうだな、俺も怖いよ。争い事は怖いが、俺は君達に何かある方が怖いから、怖いから殺される前に殺すよ」


 正当防衛と言う概念がこの世界に来てから変わった気がする。


 と言うか、俺の祖国がおかしかった様に今は思う。


 刃物を向けられて、自衛したら問題になる方がおかしいのだから。


 俺達に刃を向けるなら躊躇わずに殺す、それが俺の結論だった。


 まあ、相手の顔もドットで殺意を滲ませた顔を見なくて済む分、精神的には楽なのだろうと思う。


 結局、いつもと同じ。


「でも、ドット絵」


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