96話
部屋に入ろうとすると、エミリーが飛び付いてきた。
首に手を回して喜びを爆発させている。
ようやく娼婦を辞められたのが本当に嬉しいのだろう。
うわ言の様に感謝の言葉を繰り返している。
この反応に多少の恩は返せたと思う。
とは言え、このまま廊下で抱き合っていても仕方が無いので、腰に手を回して抱え上げて部屋に入る。
後ろ手でドアを閉めて閂を掛ける。
エミリーを下ろしてソファーに腰掛けると三人が正面に並んで頭を下げる。
「リュート様、この度は本当にありがとうございます」
「娼婦から解放してくださりありがとうございます」
「ワタシまで一緒に、本当にありがとうございます」
困った、急な事から心の準備が出来ていない。
面と向かって礼を言われるとなんて返したら良いか分からない。
割と、いや思い切り場の勢いだけでここまで来てしまった。
あれ? 身請けじゃなくて、小遣(にしては金額が大き過ぎるが)を渡してそれで返済しただけだよな?
ん? これ対人関係としてどう言う形に成るんだ?
あれこれ首を捻りながら考え込んでいると追加で言葉が降ってくる。
「リュート様、今リュート様と私達の関係を考えておられませんか?」
「あ、ああ、そうだな」
エミリーが俺の思考を読んだかの様な発言をする。
「もしかしなくても、お金は出したけど払ったのは本人等だ、なんて考えてませんよね?」
「実際、そう言うやり取りだったはずだが?」
アンまでも嫌に正確に指摘してくる。
なんで責められているんだか分からないが、どうにも逃げ場が見当たらない。
「姉さん、リュート様ってこう言う人なの?」
「こう言う人なのよ」
いや、こう言う人ってなんだ? こう言う人って。
ってか、あの流れで恩着せがましく迫ったら、
「でも払ったの私達ですよね?」とか言われるだけの隙の有る流れだし。
それだけ俺の交渉がへそ曲がりの屁理屈だって事だよな……。
なんだか違う所で考え疲れてしまったぞ。
返事に窮して沈黙を続けているとテーブルに硬い物を置く音がする。
「リュート様、先程の差額分をお返ししますね」
「いや、それは持っていた方が良いだろう、急に何が有るか分からないから」
手を振って受け取るつもりが無い事を示す。
生活力が身に着くまでに、俺が離脱する羽目に成った時の保険として持っていた方が良い。
正規の異邦人では無い俺が振り回したなら、せめて保険は掛けておくべきだ。
「でも……」
「モンスターを倒して稼ぐしか能の無い俺だし、それに目の問題も有るし君達に思い切り依存する事に成るし、な?」
暗に「俺が命を落とした時にも」と言うニュアンスを含ませて冗談めかして笑う。
三人も抱えて同じペースで狩りは出来ないし、慣れるまでは稼ぎも出ないと考えた方が良い。
「まあ、さっきの事も有るから、無法者から逃げ出せるだけの力を付けた方が良いし、な」
「ハンターですか……、私達に可能でしょうか?」
「ん? 俺に出来る事が君達に出来ない訳が無いだろう?」
エミリーが不安げに尋ねてくるが、俺に出来る事が出来ないとは思えない。
まあ、視覚異常のお陰でモンスターの怖さが軽減している分、精神的に楽な面も有るが。
ハンターとして生きる訳では無く、魔法を習得する為だし、頑張って貰うしかない。
「取り敢えず、明日は武器防具を買って、宿を探さないとな」
「そうですね、この格好でと言う訳にはいきませんものね」
「かなり無理があるな」
そう笑うと皆も笑う。
「リュート様、そろそろお風呂のご用意を致しましょうか?」
「そうだな、頼めるかな? それと、もうリュート様は止めないか?」
「どう言う事でしょうか?」
「いや、もう客でも無いんだし……」
「リュート様?」
エミリーが怖い声で名前を呼ぶ。
何故俺は脅されているんだろうか?
何でエミリーの顔が般若に見えるんだろうか?
どうしてエミリーは俺に凄んでいるんだろうか?
分からん、分からんが軽く身の危険を感じる。
「だって、様付けだと対等じゃなく感じるし……」
そう言うとそれぞれが溜息を吐くのが分かる。
何故、ここで呆れられるんだろうか……。
「もう良いです、直しませんから。宜しいですね?リュート様?」
はて? 理解が及ばなくなってきたぞ?何故対等が良いと言っているのに押し切られそうなんだ?
「宜しいですね?」
強く念を押されて降参する。
「分かった……、何が気に入らないかは分からないが分かった」
取り敢えず不満だけは表明して受け入れる。
全く、自由に成ったのに態々(わざわざ)隔たりを作ろうとするんだか。
封建社会から考えると俺が異物なんだろうけれど、さ。
逆に俺の対応はこちらではどう映るのだろう?
それとなく聞いておこう。
厄介な事を態々招き入れる意味も無いしな。
「では、お湯を用意させます」
そう言ってジュリアは部屋を出て行く。
早くジュリアの声もしっかり覚えないと。
エミリー、アン、以外だから多分ジュリア、では流石に悪いからな。
なんだか複雑な人間関係に成ってしまったな。
娼婦と客で終わるはずが、一時の気の迷いに進んで迷い続けて、怒りと勢いで結局身請けを敢行してしまった。
いや、後悔は無いのだが、これからどんな距離感で接すれば良いのかが分からない。
恋人では無い、友達とも違う、知人と言う程遠くも無い。
まあ、素直に考えたら友人一歩手前、だよな?
正解が有るなら誰か教えてくれないだろうか?
彼女達の顔が見れれば、ヒント位は見出せるだろうに……。
「でも、ドット絵……」