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よきとはな

・・・・・朝・・。



布団の中の青年は薄く目を開け、もぞもぞと身じろいだ。

カーテンからは僅かに日の光が刺し込み、鳥のさえずりが聞こえる・・・そんな爽やか極まりない朝である。だがこの部屋の主は布団に未練があるようで、もそもそとした動くばかりで、一向に出ようとしない。


「・・・ねむい・・・」


かすれた声で呟き、気だるげに寝返りまた目を瞑る。この一連の動作を何度繰り返しているのか。

ともかく彼はまだまだ起きる気配はないようだ。




和室2部屋のアパートの一室。その部屋の主は変わった容姿をしている。

まずはその青みがかった銀髪だろう。これが染めたわけでないから驚きである。

陶磁器のように白い肌にすっと通った鼻筋、閉じていても分かる切れ長の目。そう、彼は絵に描いたように完璧な美青年。



彼の意識が再び沈もうとした、その時。




ぱたぱたぱた・・・。


近づいてくる小さな足音が聞こえた。程なくして・・



っぱーーーーーん!!


「よーーーきーーーーー!!おっきてーーー!!!」


「んん・・・」



壊れんばかりに開け放たれた襖の音と、寝起きの頭に響く幼子特有の甲高い声。


声の主はその勢いで青年の上に飛び乗った。


「よきーー!!あさだよ!あーさー!おーきーてーー!」

「分かった分かった・・起きるから、そこ退け」

ゆさゆさと容赦なくはしゃぐ幼子を青年・與鬼は低い声で宥めた。




ーーー幼子の名前は花という。柔らかそうな栗色の髪と大きな藍色の瞳が特徴的である。

花は與鬼の娘である。といっても、実のではないが。

先月、與鬼の姉夫婦が事故死した。まだ4つの花を残して。両親の「死」をまだ理解できなく、ただただ葬式の席で泣いていた羽流を、與鬼が引き取ることになったのだ。

親戚間をたらい回しにされることは、あの場の雰囲気で容易に想像がついたし、何よりも花が與鬼の手を離さなかったのだ。

元々家庭を持っていなかった與鬼はそのまま花を連れて帰った。


しかし流石に妻子なしの男が女子を育てることは容易ではない。

羽流のためにも里親を捜したほうが良いのでは、と一時期は考えたのだが・・・。




「よき、今日も目ぇのしたまっくろー!でもかっこいーよ!サイコーだね!」



見事に懐かれてしまったのだ。

こうともなれば情も移るし、手放しがたくもなる。結局共に過ごしてしまっている。



「あ?・・・これはクマだっつってんだろ。しかもかっこいいたぁどういうこった」

「え!?よき、くまさんかってるの?」

どこどこ?と目の下を捜そうとする娘を與鬼は片手で抑える。

「本物の熊がいるわけねぇだろが。分かったら瞼を反そうとすんな」

「えぇーくまさんいないのー?」


不満そうな娘に構うことなく、與鬼は布団から起き上がった。上に乗っていた花はその拍子に布団に転がってしまう。


それにも構うことなく與鬼は台所に向かった。

慣れた手つきで朝食を作る。今日は昨晩のカレーの残りと目玉焼きだ。


「おい花、いつまですっ転がってるつもり・・・」

カレーの皿を両手に部屋に戻った與鬼は思わず眉間に皺を寄せた。

そこには先程まで自分が寝ていた布団で熟睡する娘の姿。

しかも枕にしっかりとよだれを垂らしている。


「・・ったくこいつは・・・」

色気の欠片でも持ち合わせやがれ、と嘆息しながら皿をちゃぶ台に置く。もっとも4歳児に色気を求めてもしかたないのだが。




「花、さっさと起きねーと飯が消えるぞ」

眠り続ける娘の傍らにしゃがみ、やわらかい頬を指先でつつく。

「ごはんっ!!」

飯、という単語に花は慌てて飛び起きる。

「ごめんなさい、ごはんたべます!おきます!だからけさないでーーー!!」

「なら落ち着いて座れ」


花は言われたとおりにぶた柄の座布団に座った。それでもまだ不安なのかちゃぶ台を挟んで座る與鬼の顔をちらちらと盗み見ている。

與鬼はといえば何食わぬ顔でスプーンとフォークを並べている。と、思い出したかのように立ち上がるとティッシュを片手に花の隣に座った。


「・・・・?」

「大人しくしていろ」

短く言うと與鬼は花の口元を拭い始めた。むあぁっと暴れる花を押さえつけながらよだれの痕を拭う姿はまるで母親。職場で彼に好意を寄せる女性たちが見たら卒倒するだろう。


「おら、もういいぜ」

「うん、ごはんたべていー?」

「綺麗に食うって約束すんならな」

するよ、する!と何度も頷く花に微かな笑みを向けてから、與鬼は食べるように促した。





◆◆◆


「ごちそーさま!」

約束どおり綺麗に食べた花を眺めながら、與鬼は静かにコーヒーをすすった。

「ねーよき、それなぁに?はなものむー」

「あん?こいつはお前にはまだ早ぇよ。大人の飲み物だからな」

「早くないもん!はな、もう4さいだもん!」

「4歳だからだっつの。どうせ吐き出すからやめとけや」

こんな感じの会話を続けながら朝の時間はゆったりと流れていく。



「おら花、さっさとしねーと遅れんぞ」

「まってよき、まじょっこめるたんどこー?」

「あ?洗濯しちまったよ。今日はハム助にしとけ」

「はーい・・」


しばらくすればまた慌しい時間。與鬼は仕事へ、花は知り合いの家へ向かう。

自転車の椅子に花を乗せ、ペダルをこぐ。


「しゅっぱーーつ」

「あぶねーから暴れんなっつってんだろ」





これは、現代の子連れ狼の少し不思議な物語。

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