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Episode 8 荒野の死神


 クラスタ基地の心臓部とも言える場所、それがここ、司令室である。様々な機器が整然と並べられたこの部屋にはレーダー等の管制機器類の前に専門の管制官が常駐しており、敵の接近に常に目を光らせている。有事の際以外には司令官であるゲイルも基本的には自分の執務室で書類仕事に追われていることが多いので、司令室といっても普段はそれほど人影が多いものではない。けれど、今がまさにその〝有事〟であるのか、多くの司令室所属のスタッフ達が計器をじっと見つめていたり、耳に着けたインカムから聞こえてくる通信に忙しなく受け答えしている。

 そんな司令室の中央、最も高い場所に置かれた司令官の椅子に座ったゲイルは、背後のドアが開くや否や、そちらへ向き直った。耳には他の兵士達が着けているものと同じ形のインカムが着けられている。


「……揃ったようだな。それじゃ、概要を説明するぞ」


 ホークが険しい表情をしていることに眉を顰めながら、ゲイルは司令官席に備えられた機器のキーを操作する。空中にホロウインドウが出現し、映像を映し出した。


「これは……」


 先日、リオスの活躍により陥落したはずのルイアナ基地周囲の簡易地図だった。大雑把な地形図の上に、凸凹とした形のライトグリーンのマークと、その対面に紅い光点が幾つも光っている。


「思ったより、連中の対応が早くてな。こちらが要塞攻略の戦力を整える前に、基地を再び奪おうって魂胆だろう」


「まあ、要塞を前にしているわけですし、リベンジが早そうなのはなんとなく予想つきましたけど……」


「それでも、この早さは……! まだルイアナには、敵を迎撃出来るだけの戦力は配備されていません。侵攻されたら、防ぎようがないかと」


 ルイアナ基地は奪還したばかりというだけではなく、現在の王国の勢力図では完全に末端に位置している。王都からの援軍を待っている間にも、敵はルイアナ基地を難なく制圧してしまうだろう。そんなことになれば、せっかくリオスの活躍でやり遂げたことが全て無駄になってしまう。


「これも上のお偉いさんが、地方に戦力を送るのを散々渋ってくれたおかげだ。……とまあ、嘆くのは簡単なんだが。実際俺たちは、こいつに対処しなければならない」


「何だか貧乏くじ引きすぎじゃないっすか、俺達……?」


「でも……やるしかないんですよね?」


「ああ、そうだ。援軍を待っている暇はないが、この基地からなら敵軍の侵攻が始まる前にぎりぎり介入できる。よって俺達はこれより、ルイアナ基地防衛のために出立する。すぐに準備にかかれ!」


 ステラの問いに頷いたゲイルの命令に対し敬礼すると、ミレイスの指示の下、ハミルトン隊の面々は司令室を去っていく。無言で最後に部屋を出ていったホークの静かな圧力に俯くリオスの肩を、ゲイルがそっと叩いた。


「君も行ってくれるな。一応作戦には、君も戦力として含まれているんだ」


「あ、あの……」


「大丈夫。戦力といっても、防衛戦の要は俺達ハミルトン隊だ。危なくなったらすぐにでも退却してくれて構わん」


 表情を曇らせるリオスの様子を恐怖の表れととったのか、諭すようにゲイルは言う。否、確かに戦いは怖い。命のやり取りに、一片の恐怖を抱いていないと言えば嘘になろう。けれどリオスはそれよりも、ホークから向けられる純粋な敵意の方がもっと怖かった。

 解ってはいる。彼は本当にこの基地が――否、この基地の皆が好きなのだろう。だからこそ、得体の知れないリオスの存在を許すことが出来ない。いつか自分の好きな居場所を壊すかもしれないリオスの存在を、受け入れられない。理屈ではなく、おそらくはもっと感情的なところで、彼はリオスを拒絶してしまう。それは、考えてみれば当然のことで。そして、悲しい程にリオスにはどうしようもないことであった。


「ゲイルさん」


「何だ?」


「……ありがとうございます」


 唐突に礼を言われたゲイルは、未だ表情の晴れぬリオスを内心で訝しみながらも、優しく微笑みながら「ああ」と頷いた。

 溝を埋める方法を見つけることも出来ず、ゲイルの優しさに甘えることしか出来ない。そんな歯痒さを振り切ることもできぬ苦い表情のまま、リオスは踵を返した。




☆★☆★☆★☆




 要塞への中継地点として建造されたルイアナ基地だが、要塞との距離はそう近いものではない。クラスタ基地との距離と比べても遠く、高機動力を誇るCAをもってして、時間にして漸く同程度といったところだろうか。帝国軍の一団は当然皆、CAのコックピットで己の機体を走らせていたが、ハミルトン隊にとって幸運であったのは、彼らの進軍をルイアナ駐留軍の哨戒機が捉えてからクラスタ基地に連絡が入るまでの時間に殆どロスがなく、侵攻を早期に察知出来たことだろう。

 そんな一団の先頭を行く機体は、〝ポーン〟とは明らかに違う出で立ちの機体であった。ほぼ全身が漆黒に輝く細身である点は〝ポーン〟と特徴を同じくしているが、細部には銀のラインが走り、背にはマントのようなものを纏っている。そして何より特徴的なのは、両腕に握っている、機体の身の丈程の大きさもある大鎌だ。

 〝ポーン〟のカスタム機、名を〝デスサイズ〟。まるで死神のような姿をした〝デスサイズ〟のコックピットで、銀髪の死神タナトスは、予定よりも行軍が遅れていることに舌打ちした。彼の機体は元来機動力の高い〝ポーン〟と比べても更にチューンナップがなされており、結果的により高機動な機体となっているため、行軍のために後続の〝ポーン〟に速度を合わせて走らせているのだが、それを差し引いてもまだ遅く、そのことがタナトスを苛立たせていたのだ。

 コックピットのモニターに映るのはすっかり荒れ果てて砂と岩だけになってしまった荒野ばかりで、特別目を引くようなものは何1つとしてなかった道中であったが、そんな退屈な時間も漸く終わりの時を迎えることとなった。


『師団長、間も無く敵の索敵範囲内です』


「そうか……!」


 タナトスの左後方を走る1機の〝ナイト〟からそんな通信が届き、タナトスは待ちわびたとばかりに口元を歪ませた。

 情報によれば、この基地にまともな戦力が送られてきたという事実はない。となれば、必ず自身の望んだ邂逅が待っているはずだ。でなければ、隊を編成し、わざわざ寝る間も惜しんで帝都からここまで駆けつけた甲斐がないではないか。

 逸る鼓動を抑えながら、タナトスは通信を後続の兵達へ向けて飛ばす。


「全CAに通達。これより、敵基地への攻撃を開始する。事前に通達したフォーメーションを徹底せよ。以上、散開!」


 自軍の接近を察知した基地からヘリや戦車といった、旧時代の兵器が姿を現すのをモニターの中に捉えながら、タナトスは操縦桿を押し込む。漆黒の死神が今、砂塵を巻き上げながら戦場を駆け抜けた。




☆★☆★☆★☆




「これは……!」


『酷ぇ……』


 戦闘が開始されて、数十分というところで漸く戦線に到着したハミルトン隊を待っていたのは、思わず目を背けたくなるような友軍の惨状であった。

 踏み潰されて中程から粉々になった戦車や、墜落し、プロペラだけが虚しく回転し続けているヘリ。CAと旧型兵器との戦力差をまざまざと見せつけられ、隊員達が言葉をなくしている中、ゲイルとミレイスは素早く敵戦力を確認する。


『予想より敵の侵攻が早かったようです。敵戦力は〝ポーン〟が15機、〝ナイト〟が5機、そして……〝死神〟!?』


『おいおいおいおい、冗談だろ!? いきなり師団長クラス様の御出ましかよ……!』


 レーダーに映る、一層大きな赤の光点を見たミレイスとゲイルが、相次いで驚愕の言葉を口にする。それに疑問を持ったリオスは、ステラ機の座席の後ろに無理矢理立った体勢のまま、シートの上で息を呑むステラに問いかける。


「ステラ……?」


「……帝国軍は、全部で13の師団があるの。その中の1つ、第13師団の師団長、タナトス。戦場で大鎌を振るい、幾千という骸の山を築いたとされる彼の姿は、いつしか〝死神〟と呼ばれて恐れられるようになった」


「〝死神〟……」


 戦場で活躍した将に、伝説めいたいわくと二つ名が与えられるのはよくあること。タナトスに関しても大方ステラの説明したとおりで、彼女のようなルーキーでも知り得る程の実力者。それが彼、タナトスという男だった。

 思わず口に出して、〝ファウスト〟のモニターが拡大した敵将の機体を見つめていたリオスに、通信機越しのゲイルの声が届く。


『リオス、君も直ちに出撃してくれ』


「了解!……ステラ、お願い」


 リオスの言葉を受け頷いたステラは比較的安全な場所を選んで機体を寄せると、計器を操作してコックピットハッチを開いた。上下に分かれるようにして扉が開くと、リオスは胸元のグロリアスのコアに触れてホロウインドウを表示させ、EXPANSIONのボタンをタッチする。


『COMBAT ARMS, EXPANSION』


 グロリアスのAIのものとは違う女性の声と共に、身体を這う黄金色の光線。やがて大きく発光し、純白のスーツと白銀の装甲を出現させる。


「あの……リオス君」


「ん?」


 武装の展開が完了したことを確認したリオスが飛び立とうとすると、背後からステラの躊躇うような声が聞こえて、リオスは振り返った。コックピットのシートの上で、操縦桿を握ったまま俯くステラの姿が映る。


「……気を付けてね。無理しないで、危なくなったらすぐに逃げていいから……」


「……うん。ありがとう、ステラ。僕は大丈夫」


 大丈夫であるはずもない。正直なところ、今にも逃げ出したくなる程の恐怖をリオスも内心で感じている。あの銃弾が飛び交う戦場に向かうということは、ルイアナ基地潜入の比ではない程の命の危険を孕んだ行為であることをリオスも重々理解しているのだから。

 けれどリオスは、出来るならこの少女を不安にさせるような言葉を口にしたくはなかった。それはホークとの溝を大きく感じている今、自分のことをゲイルと同じくらい信頼してくれている彼女だからこそではないかと言えば、否定は出来ない。あの基地の中で、唯一何の疑心もなしに笑いかけてくれる少女に、少しでもかっこいいところを見せたいという少年らしさも、ないとは言えない。けれど、そんな理由でもなければ、リオスは己の心臓の鼓動を収める作業に全神経を費やすしかなくなる。今これから向かう場所は、そういうところなのだ。

 ステラはリオスのそれが虚勢に過ぎないということを見抜いていたはずだった。しかし彼女は、未だに不安げな表情をしながらも、無言で頷いた。


「行くよ、グロリアス!」


『了解! グロリアス、テイクオフ!』


 コックピットから飛び降りると同時にグロリアス各部のスラスターが起動して、地面に落下する前にリオスの身体を空中へ浮き上がらせる。やがてスラスターはその向きを前方へ変え、リオスの身体を戦場へと運んでいく。


「リオス君……」


 水平に飛行し、真っ直ぐに戦場へと向かっていくリオスの姿を前に今一度彼の名を口にすると、ステラはコックピットハッチを閉じた。〝ファウスト〟の双眸に再び光が灯り、モニターが外の景色を映し出す。

 リオスは元より、彼女も防衛戦の経験は、今回も含めればたったの2回。胸元で拳をぎゅっと握ったステラは、緊張を振り切るようにその手で操縦桿を深く押し込んだ。ローラーが唸りを上げながら回転し、朱色の騎士を戦場へと駆り立てる。早速岩ばかりが積み上がった手頃な狙撃ポイントを発見したステラは、そこへ機体を滑り込ませ、岩の上へランチャーを置いて固定した。これで敵側から目視出来るのは、ライダーヘルメットのような流線状のラインを描く〝ファウスト〟の頭部と、大きなランチャーの砲身だけだ。


「……そこっ!」


 モニターの中に映るターゲットサイトが標的に重なった瞬間、ステラはトリガーを引いた。砲口から放たれた極太のビームは戦場へ向かって飛んでいき、一機の〝ポーン〟の胸部を貫く。誘爆し完全に爆散する〝ポーン〟を一瞥することもなく、ステラは次の獲物へ狙いを定めた。


「ステラ……!」


 彼女の機体が敵を撃破したところは、リオスも空中から目にしていた。その一射に心動かされたのか、リオスは徐々に高度を落とし始める。


「グロリアス。CAの砲撃に耐えられるくらいのレベルのシールド、起動できる?」


『その程度なら。けれどそれでは、彼女程の砲撃はそうはいきませんよ?』


「十分だよ、お願い」


 味方の砲に当たる程間抜けではない。頷いたリオスの言葉を受け、胸元のグロリアスのコアが淡く発光する。次の瞬間、リオスの周囲を空色の球状光波シールドが包み込んだ。

 やがて戦場の真っ只中に舞い降りたリオスは、腰のライフルを抜いた。白塗りの銃は、昼間手にした自動銃より明らかに軽く感じる。それはグロリアスのスーツの力故か、それともライフル自体が軽量化されているのかは解らない。けれど少なくともその事実は、戦場においてプラスに働くことだけは間違いなかった。


「危ないっ!」


 狙撃され、漸くステラ機の存在に気付いたらしい敵機の内、2機の〝ポーン〟が、リオスの身体以上もある機関銃をステラ機の隠れている岩場へ向ける。爆音を上げて発射される凶弾。けれどその前に、リオスは素早く己の身をステラ機と彼らとの間に割り込ませると、自ら銃弾の盾になった。


「うっ……!?」


 銃弾は見事シールドに弾かれた。自分の身体程もある大きな弾が地面へ落ちていくのを、リオスは眼下に見る。


「音や衝撃を全く感じない……?」


『私には対ショック機構が搭載されています。並の音や衝撃なら殺してみせますよ』


「凄いね……」


『しかし、無茶はしないでください、マスター。私達は、敵戦力を削ることに専念しましょう。それが間接的に、皆様を守ることに繋がります』


「そうだね。よし! グロリアス、シールド解除!」


『了解』


 リオスは両の手で構えたライフルを向けると、シールドが解除されると同時、即座にトリガーを引いた。放たれた空色のビームはリオスの身体とライフルの口径に比べれば明らかに巨大な砲撃であったが、CAと比べれば通常ビーム兵器の規模と同程度に過ぎない。それでも威力は十分で、リオスの放ったビームは〝ポーン〟の細身の中心――即ち胴を捉え、動力部に誘爆して爆散する。


「やった……!」


 ミレイスとの特訓の成果が出ている。そう確信したリオスは、前に出た。仲間がやられて憤ったのか、撃破された機体の隣にいた〝ポーン〟が剣を抜いて迫ってくる。赤熱する巨剣が袈裟懸けに振るわれ、リオスは急上昇してその斬撃を避けた。そして、間髪入れずにライフルを向ける。〝ポーン〟の細身は捉えることがなかなか難しく、数発のビームを放ち漸く右腕へ命中した。誘爆を防ぐためか、〝ポーン〟が腕をパージした直後、被弾した右腕は剣ごと爆散し跡形もなく吹き飛んでいく。


「くっ……!」


 リオスの追撃を巧みに回避しながら、〝ポーン〟は後方へ退いていく。だが、リオスだけに気を取られていた〝ポーン〟の前に、極光が急激な速度をもって迫った。赤燈色のビームが、対応しきれなかった〝ポーン〟の装甲を蒸発させ、粉々に爆散させる。


「ステラ!」


 自身のすぐ隣を通った極太のビームを放った主が彼女であるとすぐに気付いたリオスは、名を叫びつつ振り向いた。岩陰に隠れたステラ機のランチャーの砲口から、煙が立ち上っているのが見える。


『リオス君、援護は任せて!』


「うん!」


 突如現れたホロウインドウに映ったステラがの言葉を受け、リオスは飛び出した。他の隊員の機体を狙っていた〝ポーン〟の腕を、空色のビームを纏った剣が半ばから断つ。

 グロリアス標準装備の長剣は長さこそ普通の長剣だが、周囲に空色のビームにより形作られた刃を纏っている。そのメリットは、切れ味の増強ばかりではない。人がCAに挑むにあたり最大のネックである、サイズ差の解消だ。ただの長剣では切断可能範囲は微々たるもので、たとえ切り裂くことが出来たとしてもそのダメージはたかが知れている。けれどビーム刃ならば、伸縮させることでその問題をも一挙に解決することが出来る。グロリアスを開発した技術者がそこまで考えていたのかまでは推し量ることは出来ないが、少なくともこの戦いにおいて、大いにリオスの助けになっていることだけは間違いなかった。

 リオスに切り裂かれた腕は〝ポーン〟本体によりパージされ、地面に落ちる前に爆散して爆炎を撒き散らす。〝ポーン〟が存在に気付き、振り向くまでの数秒の隙。それを突いて、リオスはライフルを撃ち込んだ。空色の熱線がコックピットのある胸部を貫き、堪らず仰向けに倒れ込むポーンは、攻撃を受けた胸部から煙を立ち上らせて激しく爆発する。


「これで3機……」


 ふと戦場を見渡せば、ミレイス機が他の隊員の機体を先導して数機の〝ポーン〟を追い込んでいる。この調子なら、いけるかもしれない。そう安堵しかけたその時、グロリアスの警告音が耳に届いた。


『マスター! 9時の方向より、こちらに急速で接近する機体を感知!』


「えっ!?」


 グロリアスに警告された方向を見やると、荒野の砂塵を巻き上げ、急激な速度で突撃してくる機体が見えた。〝ポーン〟によく似たその機体が振りかぶる鎌を、リオスは上昇して回避する。


「あれって、さっきの……!?」


 リオスの脳裏に過ぎるのは、ステラが語ったあの機体のパイロットの伝説。機体の全高程の長さもある巨大な大鎌を振るうその姿は、確かに――。


「死神……!」


 ターンして引き返してくる敵機――〝デスサイズ〟を前に、リオスは戦いが避けられないことを悟って身構える。

 一方、〝デスサイズ〟のコックピットの中にいるタナトスは、待ちに待った邂逅にその溢れる想いを隠せずにいた。


「漸く、漸くだ……待ち侘びたぞ、〝鍵〟よっ!」


 届かぬと解っていながらも大きく声を上げ、タナトスは〝デスサイズ〟の大鎌を振るった。自分より何倍も大きな鎌の刃が振り下ろされる様を間近で見ると、まるで自分が断頭台に立たされているかのようで、リオスは戦慄を覚えながらスラスターを吹かしてその一撃を回避する。受け止める気には到底なれない。グロリアスは兵器としては優秀であるし、受けても問題ない耐久性を誇っていることをリオスも頭では理解しているが、それでもこの巨大な刃を前にすると、尻込みしてしまうのは仕方のないことか。

 斬撃を回避したリオスは接近戦は不利だと考えたのか、距離を離してライフルを放った。〝デスサイズ〟のコックピットのある胸部を狙った一射。しかし空色のビームはターゲットを捉えることなく、何もない虚空を貫いて地面に着弾し、一瞬の間、赤燈色の爆炎で漆黒の死神を紅に照らす。


「……!」


 他とは一線を画す〝デスサイズ〟の機動に、言葉もなく驚愕するリオス。けれど間髪入れず、タナトスは〝デスサイズ〟の砲を放った。胸部に取り付けられたバルカン砲が火を噴き、リオスに実弾の雨を降らせる。

 はっとした時には既に遅く、仕方なくリオスはシールドを発生させそれを防いだ。


「くうぅっ!?」


 グロリアスの対ショック機構があって尚、ビリビリとシールドの内部にまで伝わってくる衝撃。堪らずリオスは、苦悶の声を上げた。


「リオス君っ!」


 リオスの相手がかの〝死神〟と知るや、ステラの〝ファウスト〟が岩陰から飛び出した。ランチャーを背部に戻し、腰の剣を引き抜いて真っ直ぐに突撃する。


「……温いっ!」


 〝デスサイズ〟は銃撃を中断すると、マントを翻してステラ機を迎撃した。扱いづらいはずの大鎌をいとも簡単に振るい、一閃。ステラ機が剣を振るう前の一瞬の隙を突いて、その剣を握る手ごと右腕を半ばから切り飛ばした。


「……っ!?」


 一瞬何が起こったのかすら解らず、遅れてモニターを朱に染めた爆炎によって、漸く状況を理解するステラ。しかし、その一瞬の思考の空白すらも、戦場では命取りになる。続いて機体全体を襲った衝撃にステラがモニターを見ると、すぐそこに〝デスサイズ〟の大鎌の刃が見えた。陽光を反射して怪しい光沢を放つ――魂を狩る刃の煌きが。

 

「ステラッ!」


 彼女の危機を悟ったリオスはシールドを解除し、ライフルを発射する。数発乱射すると、タナトスは舌打ちしてステラ機から離脱した。


『リオス君……ありがとう』


「礼は後! ステラはゲイルさんと連絡をとって。こいつの相手は、僕らだけじゃ無理だ」


『う、うん!』


 返事を最後に通信が切れ、ステラ機が後方へ下がる。代わりにリオスが前へ出ると、右手にライフルを、左手にロングソードを携え、ステラ機の盾になるように構えた。


「ほう、この俺と1人で戦う気か。それとも後ろの機体が何か策を弄する間、貴様が盾になり時間を稼ぐか?」


 リオス達の動きを、タナトスは機体を動かすこともなくじっと動きを止めて観察していた。それは、決してリオス達を過小評価しているわけではない。むしろそれは、彼の実力を知っているからこその慎重さの現れのように見えた。


「だが……いずれにせよ、好都合だ!」


 タナトスはスラスターレバーの脇にあるスイッチに指を伸ばした。機体の後部から何かを噴出するような音がしたが、それはすぐに他の駆動系やスラスターが噴射される音に紛れて掻き消えてしまう。

 真っ直ぐに突撃してくる〝デスサイズ〟に、リオスは身構えた。


(タイミングを合わせれば……きっと当たる)


 〝デスサイズ〟の機動力は、確かに速い。パイロットの〝死神〟の操縦技術も相当のものだろう。けれど真っ直ぐに突っ込んでくるのなら、小回りの利くリオスの方が有利だ。

 狙いを定め、向かってくる漆黒の巨躯へ向けてトリガーを引き――。


「……っ!?」


 寸前ではっと目を見開いたリオスは、砲撃を中断して大きく横に避けた。漆黒の巨躯はそのままリオスのいた空間を通り過ぎていき、やがて靄のように消え去った。


「……ほう、気づいたか」


「なっ!?」


 背後から聞こえた駆動音に驚愕と共に振り返ったリオスの目に、〝デスサイズ〟が大鎌を振り上げる姿が映る。慌てて回避行動を取ったリオスの鼻先を、振りおろされた大鎌の刃が起こした風が掠めた。あと一歩回避が遅れていたら、確実にあの巨大な刃に潰されていただろう。その事実にぞっとしつつ、リオスは高度を上げて〝デスサイズ〟から距離をとった。


「一体何が……!?」


『おそらく、光を利用した幻影でしょう。加えて本体もまた光学迷彩により姿を消し、幻に気を取られている隙に死角から……というところでしょうか』


 あまりに非現実的な光景と見えたリオスとは違い、客観的に状況を分析していたグロリアスが解説する。確かに上空から眼下に視線をやると、何やらダイヤモンドダストのようにきらきらと不規則に光を反射する粒子が空気中を漂っていた。


(あれで光を操っていたのか……)


 状況を理解したリオスは苦虫を噛み潰したような表情で、こちらを見上げている〝デスサイズ〟を睨んだ。からくりが解ったところで、今のリオスには手の打ちようもない。あの粒子のようなものを取り除くことさえ出来れば状況は変わるだろうが、生憎と今日は風もない晴天。グロリアスの装備にもこれといって役に立ちそうなものはない。

 ステラが呼んでいる援軍が間に合うまで、なんとか持ち堪えるしかない。絶望的なものを感じながら、リオスは再び戦場へ身を投じた。




☆★☆★☆★☆




 ゲイル達本隊は、敵部隊が最も集中しているエリアにて交戦していた。敵部隊は、〝ポーン〟と〝ナイト〟の混成部隊。〝死神〟の姿がないとはいえ、〝ポーン〟に加えて次世代機の〝ナイト〟が3機も出撃している戦場は、リオス達のそれにも勝るとも劣らない程の混戦を呈していた。

 別の場所で戦っているであろうゲイルを除いた、ミレイス、シエル、ライ、ホークの4人。ミレイスの指揮の下、1機の〝ナイト〟が統率する数機の〝ポーン〟と対峙する。


「このぉっ!」


 シエル機のビームを受けた〝ポーン〟が、左腕から黒煙を立ち上らせながら後方へ退く。それを庇うようにして、他の〝ポーン〟が前に出て赤熱する剣を振るった。対するシエル機も、剣を引き抜いてその斬撃を受けた。剣は抜き放たれると同時に翡翠色に光り、赤燈色の剣と激しく火花を散らしてぶつかり合う。

 

「くぅっ……!?」


『どけっ、シエルッ!』


「え……きゃあぁぁぁっ!?」


 スパークの閃光とびりびりとコックピットを襲う衝撃に呻くシエル。しかし次の瞬間、ホーク機がシエル機を横から突き飛ばし、ハルバードを一閃した。ビーム刃がボディに深々と食い込んだ〝ポーン〟は、堪らず爆散する。


「ちょっ、ホークさん! 何するんですかっ!?」


「お前がトロトロしてんのが悪いんだろうがっ!」


「こら、喧嘩している場合か! ホーク、隊列を乱すなっ!」


 機体の姿勢を立て直し、すぐさま抗議の声を上げるシエルにホークは苛立ちを隠さず通信器へ向け怒鳴る。戦場における内輪もめは下手をすれば全体の敗北に繋がりかねないことを知っているミレイスは、通信に割り込んで諌めようとするが、ホークはそれでも構わないとばかりに機体を一気に前へ押し込んだ。スラスターの補助を受け、荒野を疾駆する朱の騎士。隊の中で突出して前へ出た彼の〝ファウスト〟に、当然ながら敵の火力も集中する。


「ホーク、前に出過ぎだぞ! さがれっ!……ちっ、仕方ない。シエル、ライ! ホークを援護するぞ。打ち方始めっ!」


「は、はいっ!」


「あー、もうっ! 了解しましたっ!」


 叫んでも届かないと悟るや、ミレイスはシエルと、別の機体に的を絞っていたライに指示を飛ばす。ミレイス機の銃剣、シエル機のビームガン、ライ機のランチャーが敵機の弾幕を相殺し、その隙にホーク機のハルバードが最前列に到達し、一機の〝ポーン〟のボディを切り裂いた。


「オラアァァァァッ!」


 滅茶苦茶に振り回されるハルバードを見れば、彼相手に接近戦が不利であろうことは明らかである。残った〝ポーン〟達は1機の〝ナイト〟の統率の下、距離をとって砲撃により応戦を始めた。


「逃げるなっ!」


 4機の〝ポーン〟と、〝ナイト〟の合計5機による弾幕。本来ならば不用意に突っ込むようなことはせず、こちらも一旦距離を取るのが正しい対応だが、完全に冷静さを失っていたホークはそうはしなかった。ハルバードを握り締め、機体の損傷などお構いなしとばかりに一直線に突撃していく。


「うおおおおぉぉぉぉっ!」


 メインカメラを搭載した頭部が吹き飛び、モニターに一瞬のノイズが走った後、サブカメラに切り替わる。更にはビームが肩を掠め、左腕をもぎ取り、ボロボロの状態になりながら、尚もホークは突撃を止めない。

 そして。遂にその刃が、敵へ届きそうになったその時――。


「……っ!」


 〝ナイト〟が、砲を真っ直ぐホーク機へ向けた。至近距離での照準。到底、避けられる距離ではない。己の愚を悟った時には、既に遅かった。

 通信器から聞こえてくる仲間の声が、やけに遠く感じる。モニターの中で大きな存在感を放つ紅のビーム光が徐々に強くなっていくのを、ホークは憎しみの入り交じった悔しげな表情で見つめていた。


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