Episode 5 ファーストアタック/後編
剣戟の音が鳴り響く建物の外では、ビームの爆ぜる爆音が鳴り響く。そんなあちこちで戦いの音が飛び交う戦場の最中にあって、それでもリオスの思考にそれらの音は全く届いてはいなかった。はっきりと頭にまで響いてくるのは、どんどん高鳴っていく自身の心臓の鼓動と、少女の得物が吐き出し続ける凶弾の生み出す轟音だけ。狂気と共に迫り来る死を、無機質なスラスターを吹かして必死に避けていくリオスの意識に、他方を気遣う余裕など全くなかった。
「あはははははははっ! 踊れ踊れっ♪」
「くっ……!」
冷酷な愉悦に満ちた表情で高らかに笑い、少女は槍に装備された銃口をリオスへと向け、また1度トリガーを引いた。グロリアスのライフルと比べても勝るとも劣らぬ規模のビームが発射され、スラスターを吹かし横に回避したリオスのいた空間を貫いて、更にはその先にあった基地の床をも易々と貫通した。階下で起きた巨大な爆発にも気を配る暇もないまま突撃してきた少女の槍を、リオスは剣で受け止める。
少女らしいあの細腕のどこから、それほどの力が湧いてくるのか。そう疑問に思ったとしても、全くおかしくないほどの膂力である。両者の間でせめぎ合い、ギリギリと金属同士が擦れ合う音を奏でる得物越しに見える少女の幼き顔へ向けて、リオスは問いかけた。
「どうして、君みたいな小さな女の子が……」
「何だっていいじゃん、そんなの。あたしは帝国、アンタは王国。敵同士。今この場に、それ以上の説明がいるかなっ!?」
リオスの胴を蹴り飛ばし、空いた距離から少女は銃撃を行う。鈍く冷たい光を放つ刃、その側面から放たれる銃撃――否、砲撃とも呼べる暴力的な一射。空中で体勢の崩れていたリオスはグロリアスのスラスターを動かし、やっとのことで回避に成功した。すると今度は代わりに後方にあった基地の壁が破壊され、穴から陽の光が差し込んでくる。
基地の損壊に全くと言っていいほど気を遣わぬ少女のやり方に、リオスは違和感を覚えていた。彼女は、帝国の兵士なのだろうか。否、兵であるならば、元は敵国のものであったとはいえ、今は自国に属するこの基地を不用意に破壊するような真似はしないだろう。だが、先程の言葉から察するに、王国と帝国、双方が戦争状態にあるのだという事情を、知らぬわけでもなさそうだ。
答えの解らぬ自問を繰り返していると、不意に少女が楽しげな笑い声を上げて言った。
「あははっ、やるじゃん! このあたしを前にして5分も耐えるなんて、見直したよ。玩具から……そうね、サンドバックに昇格してあげる」
「大して変わってないような気がするけど……」
『それにしてもこの子、只者ではありませんね。私の反応速度についてくるなんて……!』
少女の軽口に思わず呑気にも突っ込んでしまうリオスの胸元で、グロリアスが彼女の戦闘力に舌を巻く。
仮にも兵器であるグロリアスを纏うリオスは、生身の人間としては最高クラスの戦闘力を備えていると言っても過言ではないだろう。しかしなんとこの少女は、そのリオスの戦闘についてきたばかりか、むしろ追い込む程の勢いを見せている。それがグロリアスには信じられなかったのだ。
考えられる可能性は2つ。少女自身の身体能力が、常人を超えている場合――即ち、何らかの強化措置を受けているケース。けれどその場合でも、やはり力は通常の人間の域を抜け出ることはなく、ACMという名の兵器として完成しているグロリアスを前にして尚、それを上回る戦闘力を示すなど有り得ない。
そして、2つ目は――これが最も可能性が高いが――あのチャイナドレス自体がACMであるという可能性。つまり帝国が、グロリアス並の性能を持つ兵器を既に開発していたということだ。グロリアスのスーツとて、見た目にはマシンとは似ても似つかない外見をしているのだから、少女のそれがACMと同型の機体であるといっても、おかしな話とは思えなかった。
「このまま撃ち合っても、無事で済むとは思えない……だけど」
『はい。彼女を突破しなければ、司令室には……』
彼女に構わず司令室へ向かうという考えも頭をよぎったが、それも今となっては難しい。司令室へ繋がっている階段は前方に見えているが、その間には少女の存在がある。即ち、司令室へ行くにはいずれにせよ、彼女を退けねばならないということになってしまうのだ。
あくまでも少女を倒すか、そうでなくてもなんとかして突破するしかないのだが――この短時間で、素人目ながら彼女の力量が決して侮れぬものと悟ったリオスには、背中を向けたその瞬間を、彼女が見逃してくれるとは到底思えなかった。
「やるしか、ないか……」
初陣でいきなり遭遇した、この上ない強敵。逸る鼓動を必死に押さえ込みながらロングソードの柄を握ると、焼け焦げた床を力強く蹴り、リオスは突撃した。
☆★☆★☆★☆
『くっ……』
「このぉっ!」
ルイアナ基地の外では依然、ステラとミレイス、2人の〝ファウスト〟が、帝国の〝ポーン〟を相手に奮戦していた。既に数機の〝ポーン〟がミレイスの銃剣やステラのビームランチャーの前に破れ、もくもくと黒煙を上げて沈黙しているが、それでも敵の数は一向に減ることはない。司令部の方も漸く、2機の戦闘力を見誤っていたことに気づいたのだろう。後から堰を切ったように出現した数機の〝ポーン〟がステラとミレイスを取り囲み、激しい銃撃戦を繰り広げていた。
ビームランチャーから放たれた熱線が大気をも焼き尽くし、また1つ〝ポーン〟の黒光りした細身を捉え、爆散させる。
『いいぞステラ、その調子で遠慮なく撃っていけ』
「はいっ!……けど」
ミレイスの言葉に威勢よく返事を返したステラであったが、ちら、と計器の1つに視線を落とした。それは、機体のエネルギー残量を示すゲージ。戦闘が始まる前には、セーフティーラインであることを示す緑色の光で満たされていたそれが、今や半分以下にまで減り、色も半分を切ったことを示す黄色に変わっている。
ステラの〝ファウスト〟に装備されたビームランチャーには、2つの弱点がある。1つは、反動が大きい故の機動力低下。2つ目は、凄まじい威力と引き換えに、膨大なエネルギー消費を要求される点である。
〝ポーン〟の機関銃のような実弾兵器を除き、CAのビーム兵器のエネルギーは、基本的にはCA本体から供給されるエネルギーに頼っている。故に、撃てば撃つ程本体のエネルギーは減っていき、やがて枯渇してしまう。弾数については一見無尽蔵にも見えるビーム兵器だが、何も考えずただ撃ちまくっていては、いずれ戦う術すら失ってしまうことになるのだ。
今では機体を制御するコンピュータにリミッターがついていて、CA自身を動かす分の最低限のエネルギーはきちんと確保出来る仕組みになっているので、仮にエネルギー切れを起こしたとしても、CA自体の行動がすぐに停止してしまうわけではない。が、危険な状態には変わりないのだ。戦場において攻撃の術を失うこと、それ即ち、己の命を守る術すらも失ったことになるのだから。
ステラ自身、ランチャーの使用により自機のエネルギーがもうすぐ危険域に達することには気付いていたが、今改めてそれを自覚したのか、ビームランチャーを背部へ移すと、代わりに腰に下がっていた剣を抜いた。〝ファウスト〟に標準装備されているエネルギー実剣で、実体のある剣の周囲をエネルギーが循環し、切れ味を高めるという仕組みである。あの〝ナイト〟にもあった装備だが、〝ナイト〟の剣が赤く滾るマグマのような光を放っていたのに対し、ジルバニアのそれは神秘的なライトグリーンに輝いている。使用しているエネルギーインターフェースの違いなのだと、以前機体を整備しているメカニックに教えてもらったのを、ステラは思い出していた。
この剣自身エネルギーを使用しないわけではないし、ビームランチャーに慣れてしまっていたステラには苦手な武装ではあるが、エネルギー消費を抑えるためにやむを得ず、朱色の騎士は剣を構える。
――途端、ステラの〝ファウスト〟がランチャーを下げたのを好機と見たらしい眼前の1機が、剣を持って肉迫した。
「うっ!?」
赤燈色と翡翠色、2色の光剣がぶつかり合い、激しく光を発する。衝撃と、モニターに広がる眩い光に気圧されて、鍔競り合わせることに成功した安堵を感じる間も無く、コックピットの中でステラは呻いた。
やがて、パイロットの気勢をそのまま現してでもいるかのように、ステラの〝ファウスト〟が徐々に後方へ押され始める。ローラーで必死に抵抗するステラ機だが、それも関係ないとばかりに、〝ポーン〟は剣を押し込んでくる。けれど、目の前の敵を倒すことだけに集中しすぎていたのか、〝ポーン〟のパイロットはすっかり失念していた。
もう1人の、真紅の騎士の存在を。
『ぐあぁっ!?』
『ステラ、無事か!?』
「ミレイス、副隊長……」
〝ポーン〟の側面で、突如として起こる爆発。それに剣を握る右腕を持っていかれた〝ポーン〟は後退し、2機の間に割って入ったミレイス機が、銃剣の銃口を真っ直ぐに〝ポーン〟へと向ける。
彼女が助けてくれた。己の身を襲う恐怖と戦うことで必死であったステラは、それを理解することにすらたっぷり数秒を要した。
『あまり無理をするな。フォローはすると言っただろう?』
「あ……は、はい!」
後ろ手に庇うようにして立つミレイス機の一歩手前で、ステラ機は剣を構え直した。と同時に、ミレイス機に腕をもぎ取られた〝ポーン〟がもう片方の手で、腰に収めていた機関銃を構える――が、それも銃口が火を噴く前に、ミレイス機から放たれたビームが叩き落とす。
銃剣を得物に選んだミレイス機の利点はそこだ。格闘戦に、銃撃戦を織り込める柔軟さ。銃から剣へ、剣から銃へと、武器の切り替えにより発生するロスタイムがない分、咄嗟の事態に対処し易い。また、片手が空くことによって、盾を装備することが出来る利も発生する。遠近双方の間合いにおいて素早く味方をフォローすることが可能となる上、防御力も上がることになるのだ。振り回すことを前提としているため、無論その分通常の火器より威力は下がるし、扱いには十分な技量が必要ではあるのだが、ミレイスのような腕利きが搭乗するのであればそれもあまり関係はない。
銃剣の光弾は更に〝ポーン〟本体をも襲ったが、足底部のローラーが唸り、滑るように後方へ下がった機体が少し前まで立っていた大地に着弾した光弾が爆ぜ、黒い焦げ跡を残した。
『しかし、やはり侮れない数だな……』
「リオス君、大丈夫でしょうか……」
『彼がもし仮に失敗、或いは作戦を放棄した場合には、別働隊が彼の代わりに作戦を遂行する手筈になっている。心配するな』
ミレイスの言い様に、ステラは表情を僅かに歪めながらも、ランチャーを再展開し眼前の敵機へ照準を合わせる。
ステラにしてみれば、偏に彼の身を案じての言葉であったというのに。その考え方の違いに、そうではないのだと解っていながら、ミレイスの心がまるで酷く冷酷なものであるかのように感じられてしまい、ステラは無意識に操縦桿を強く握った。
彼のためにも、こんな戦いは早く終わらせよう。そんな決意を胸にしたステラの眼前で、己の機体から発せられた光条がまた1つ、敵機を貫いた。
☆★☆★☆★☆
「あらら。随分と粘るねぇ、お兄さん」
時間が経つごとにますます激しさを増すCA達の戦いとは対照的に、基地内部は普段と変わらぬ静けさを取り戻しつつあった。とはいっても、両者の戦いに決着がついたというわけではない。進展したことといえば、少女のリオスを呼ぶ名が〝サンドバック〟から更に〝お兄さん〟へ昇格したことくらいだろう。
この短時間の間に、リオスの手傷は目に見えて増えていた。致命傷と呼べる程のダメージは見受けられない代わりに、ところどころに流血を伴う裂傷が出来ている。クリティカルヒットはまだないが、短槍の切っ先が徐々に掠るようになってきているのだ。それは少女の動きがリオスに慣れ始めているというのもあるが、リオス自身の動きにも、段々とキレがなくなり始めていた。
息も荒く、注意深く少女を睨むリオスの耳に、グロリアスの声が届く。
『基地外部の熱源反応増大。敵機のシグナルです』
「くそっ、早くしないといけないのに……!」
先程から、基地の外の反応をサーチしているグロリアスから届くのは、味方の劣勢を告げるものばかり。最悪の報告がまだ上がってきていないということ、それだけが幸いというところだろうか。けれどそれでも、状況が悪いことに変わりはなくかった。
それを打開にするには、一刻も早く少女を突破し、敵の心臓部たる司令部を制圧するしかない。――だが。
「あたしを差し置いて余所見なんて……随分と余裕じゃないのっ!」
「ぐっ……!?」
基地の外の様子が気になって、つい背後へ視線を向けてしまったリオスの態度が癪に触ったのか、少女は唇を尖らせながら突進し、大上段から短槍を叩きつける。
咄嗟にロングソードで防御するリオス。見た目には――小柄な少女と、成熟しきっていない童顔ながら、それでも彼女より一回りも二回りも大きな背丈の少年が、それぞれ己に合った大きさの得物をぶつけ合わせているその光景だけをとって見れば――少なくとも一撃の重さは間違いなくリオスに軍配が上がるであろうと思える。理屈で考えても、長剣と短槍では間違いなく長剣の方が重いであろうし、性差や体格差から考えても、リオスが押し勝つのは必然と思われた。
けれど実際には、両者の膂力に差は殆どない。体格や得物の重みからくる差などは微塵も感じられず、一方的な剣戟などではなく、五角にせめぎ合う金属同士が擦れ合って軋む音と、外で行われている戦闘の爆音だけが辺りに響く。
「く、そ……何なんだ、この力…」
「あははっ、このまま潰れちゃいなっ!」
これまでの戦闘から来る疲労によるものか、リオスの側が徐々に押し込まれていく。リオス自身必死に押し返そうとしているが、それも叶わない。かといって、ここから銃撃を狙う余裕もない。それを試みたとして、両腕でやっと支えているところへ片腕を銃へ回せば、槍の刃は一気にリオスの命の灯火を掻き消すだろう。そうなっては元も子もなくなってしまう。
ここまでか。結局自分は、記憶も取り戻せぬまま終わるのか――そうリオスが諦めかけたその時、不意に少女の目の前にモニターが現れた。
『レーネ、何をしている』
「あっちゃー……バレちゃったか。意外と早かったね」
リオスの側からその中身を見ることは出来ないが、察するにあのモニターは、どこからかの通信によるものらしい。少女が話しているその隙に、リオスは後方へ跳び退いた。
レーネと呼ばれていた少女の言い様に、モニターの中の人間は――声音から察するに、どうやら男性らしい――は、大層深い溜め息をついた。
『それほど基地が損壊するまで暴れて、司令部が気づかぬはずはないだろう。さっき、俺のデバイスに通信があったぞ。味方のせいで基地が崩壊するなど洒落にならん、とな。……全く、だからあまり羽目を外しすぎるなとあれほど……』
「あ……あははー。これはさ、ほら……あれだよ。私の若さが招いた、浅はかな結果といいますか……」
『ほう、浅はかと理解しているなら話は早い。お前も早くこちらへ来い。さもないと、俺の代わりに上司のお小言をたっぷりと聞かせてやる』
「うぐぐ……」
先程まで狂気的なまでの強さで自分を圧倒していた少女が、誰とも解らぬ通信の相手にいいように言いくるめられていることにすっかり毒気を抜かれてしまったリオスは、剣を構えつつもついつい呆然とそのやり取りに耳を傾けてしまう。
そんな調子で暫く、出来の悪い妹を叱りつける兄のようなやり取りが続いたが、ややあってそれが漸く終わった頃には先程までの緊張感は欠片もなく、リオスとレーネの間には妙な空気が漂っていた。
「全くぅ……シャドーのおっさんのなんかより、アンタのお小言の方がよっぽど堪えるっての!」
「……え、えーと」
なんとも言えない空気を振り払うように、レーネは声を張り上げ、リオスの方へ向けてびっ、と人差し指を突き立てると、高らかに言う。
「き、今日のところは引き下がってあげるけど、次はこうはいかないんだからねっ! 覚えとけぇっ!」
「え? あ、うん……よろしく」
一方的にまくし立てると、ついていけずに呆然としたままのリオスの声をバックに、レーネは壁を砲撃で破壊すると、そこから躊躇なく飛び降りる。
冷静に考えてみれば、基地を破壊したからこそ怒られたのではないのかとか、そもそもここは基地の最上階に位置するというのにそんなところから飛び降りて大丈夫なのかとか、突っ込むべきところは多々あったはずなのだが、すっかり事態に置いてきぼりにされてしまっていたリオスは、跪いたまま暫く言葉も発することが出来なかった。
ややあって漸く我に返ったリオスは、ただ一言。
「……助かった、のかな?」
『……そのようですね』
事態についていけていなかったのは、どうやらリオスだけではなかったらしい。グロリアスの呆れたような言葉に、リオスはゆっくりと立ち上がった。レーネから受けた細かな裂傷が痛み、僅かに顔を顰める。
確かに何が起こっているのかは全く理解できなかったが、幸いにも事態が好転したことには変わりない。痛む身体を叱咤して、レーネの砲撃によって崩れ放題となってしまった無残な廊下を歩いていくと、司令部へと続く階段が再び目の前に現れた。後は、これを上がるだけ。
傷ついた身体を庇いながら、リオスはゆっくりと、しかししっかりとした足取りで階段を上がっていった。
☆★☆★☆★☆
『くっ……』
「囲まれたっ……!?」
ミレイス機と背中を合わせて経つ自身の〝ファウスト〟の中で、ステラは絶望的な眼差しで、周囲を取り囲む〝ポーン〟の一団を見た。
漆黒の光沢を放つ黒鉄の一団は、雲1つない青空から降り注ぐ陽光を反射して、美しく照り映えて見える。けれど、そんな壮観たる並びを前にして、感嘆の声を上げる余裕は今のステラにはない。こちらは2機だが、〝ポーン〟はまだ10機近くが残っている。自分とミレイスが必死になって数を減らしたというのに、その結果がこれだ。決して、侮っていたわけではない。事実、任務が開始される前の緊張は、敵戦力の大きさを予測してのものだった。ただ、基地に配備されている敵戦力の規模が、彼女の予測を大きく上回っていただけなのだ。
『くっ、司令部はまだ制圧出来んのかっ!』
注意深く敵機の動向を伺いながら、ミレイスがモニターを拳で叩いて焦りを露にする。リオスは間に合わなかったのか。それとも、信じたくはないはないが、任務を放棄して逃げてしまったのだろうか――。
いずれにせよ、この状況を打開するにはどこでもいいから包囲網を打破し、一気に突き抜けるしか方法はない。けれど、ステラの〝ファウスト〟のエネルギーは、ランチャーの使いすぎで既にエンプティラインぎりぎりにまで迫ってきてしまっている。撃てて、後一発といったところだろうか。また、ステラ機程ではないがミレイスの〝ファウスト〟もコンディションがいいとは決して言えない。彼女は彼女でステラのフォローの際に発した銃撃によりそれなりにエネルギーを消耗しているのだ。それに、如何に彼女が猛者とはいっても、これほどの数の差を前に無事でいられるとは思えない。
もはや勝利は揺るぎないと悟ったらしい〝ポーン〟の1機が機関銃を向けたのを皮切りに、敵機が一斉に、砲をステラ達2機の〝ファウスト〟へ向けた。標準装備の機関銃だけではなく、中には高威力のバズーカ砲を担いだ機体もおり、この斉射をまともに受ければ、いかに堅牢な〝ファウスト〟とて塵と化してしまうことだろう。
こうなれば、もはや後は捨て身しかない。そうミレイスは決意した。上手くいけば、ステラ1人くらいは脱出出来るかもしれない。覚悟を決めたミレイスは、操縦桿を前へ押し込もうとした。
――と、その時だった。
『あー、あー……マイクテスト、マイクテスト』
『な、何だ?』
『このチャンネルは……司令部?』
突如聞こえてきた通信に、〝ポーン〟のパイロット達の動きが止まる。
『こちら、ジルバニア国特殊部隊、リオス。出撃中の帝国軍CAに告ぐ。司令部は完全に制圧した。無駄な抵抗はやめ、直ちに投降せよ』
『な、何だと!?』
『そんな馬鹿な……!?』
思いもよらぬ勧告に、信じられないとばかりに呆然とした言葉しか口にできない帝国兵士達。けれど、各機のモニターに映し出された司令部の惨状を前に、通信の声が言うことに嘘はないということを理解して、兵士達は顔を青くした。
基地に配属されていた司令官をはじめ、管制官などありとあらゆる司令部の人間はワイヤーのようなもので縛られ、拘束されていた。何より驚きなのが、それをやってのけたと見られる声の主がたった1人の、それもただの少年であるというのだから、彼らのショックも大きいものであっただろう。
先程までは追い込んでいたはずなのに、いつの間にかチェックをかけられていたのは自分達の方だった。様々な疑問が湧き起る彼らの心中で、それでも1つだけはっきりと理解出来たことは――この戦に負けたのだという事実、ただそれだけだった。
『どうやら、助かったようだな……』
「リオス君、やったんだ……!」
安堵の溜め息をつくミレイスの言葉も耳に入らぬ程の安堵と歓喜を感じ、ステラは感極まった様子で胸に手を当てた。助かったのだという安堵と、無事任務を遂行できたという喜びが綯交ぜになって、涙が出そうになる。
モニターの中に映る、己の命の危機をまたも救ってくれた彼の勇姿を、ステラはとびきりの笑顔を浮かべながらじっと見つめた。
☆★☆★☆★☆
ルイアナ基地は陥落した。
ステラとミレイスを始め、攻略戦に参加した人員の殆どが未だ、捕虜の移送や基地設備の解放に駆り出されている中、リオスは一足先にクラスタ基地へと帰還していた。最終的な判断が下るまでは監視を緩めるわけにはいかないというミレイスの判断で、少数の兵士を伴って、小型車両に乗って悪路を行くこと数時間、漸く基地に帰ってきたリオスを待っていたのは、今回の作戦に関する報告書の提出だった。
本来ならステラかミレイスが提出すべきそれを何故自分が書くことになっているのか疑問に思いながらも、シエルの指導の下、彼女の部屋のデスクでペンを走らせる。
「あ、違う違う。そこはほら、今回の戦闘で使用した兵器を書くの。実弾兵器なら弾数、ビーム兵器なら、使用エネルギー量も一緒にね」
「えー。エネルギー量なんて、一々計算してる暇なかったよ?」
『ご安心を。私のデータに全て記録されていますから』
「だ、そうよ」
「……凄いね、君」
『仮にもマスターの剣なのですよ? これくらい当然です』
時折シエルから細かな指摘を受けたり、グロリアスの性能に改めて舌を巻いたりを繰り返し、程なくして報告書が完成した。
所々に修正ペンの修正の跡が目立つが、それはそれで苦労して完成させた味が出ているようにシエルには見えた。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
「べ、別に。あたしはただ書き方を教えただけだし……」
「ううん、それでも十分助かったよ。だから、ありがとう」
「……ふんっ」
頬を染めつつ、照れ隠しにつんとそっぽを向いてしまったシエルににっこりと笑いかけながら頭を下げると、リオスは部屋を後にした。
報告書は直接ゲイルに渡すか、執務室前にある専用のボックスに入れるようになっているとのことなので、リオスは真っ直ぐに執務室を目指す。在室中であるなら渡せばいいし、不在であったとしてもボックスに入れておけばいいだけなので、いずれにせよ執務室に行くのが一番手っ取り早い――というのは、シエルの弁であった。
最上階の一歩手前に存在する執務室のドアをノックすると、彼の声で「入れ」と返事があったので、リオスはドアのオープンボタンを押した。駆動音と共にドアが開くと、奥に置かれた自分のデスクで書類に判子を押し続ける単純作業に従事するゲイルの姿が見えた。
「リオスです。報告書が書き上がったので、お届けに来ました」
「おお、そうか。そこへ置いておいてくれ。あ、それと話したいこともあるから、ソファに座って待っていろ。何、すぐ終わる」
はい、と返事をすると、書類に目を向けたまま指だけを差したゲイルの言葉に従い、リオスはデスクへ報告書を置き、黒光りするソファに腰を下ろした。
暫くは両者無言のまま、ただ紙が擦れる音と判子の押される音だけが辺りを支配する中、段々年季が入ってきたと見える天井を見上げたまま待っていると、ややあってローター付きの椅子が床を滑る音がして、ゲイルはリオスの傍へと歩み寄り対面に座った。
「さて、君の報告書も見させてもらった。まずはご苦労さんと言わせてもらおう。それと、俺の部下を助けてくれたそうだな。ありがとう」
「あ、いえ……。それより、僕の処遇はどうなるんですか?」
何よりも気になっていたのはそのことだ。これからの自分の行方が、大きく左右されることになるのだから。基地で匿ってもらえるか、たった1人でさ迷うことになるのか。全ては、彼の裁量にかかっている。
けれどゲイルは、そんな必死なリオスの様子に苦笑すると、言った。
「安心しろ。この作戦が成功することは帝国にとって大きなマイナスだろうに、それでも君は逃げずに最後までやり遂げた。それに君が敵だったら、今ここで俺の命を奪うことも出来たはずだし、グロリアスに記録されていたデータの提供を渋ることもなかった。……認めるよ。君は本当に記憶喪失のようだ」
「あ……ありがとうございます!」
「君のことは、我が基地が責任をもって面倒を見させてもらう。記憶を取り戻すのに必要ならば手も貸そう。最もこっちは、軍務に余裕があればということになってしまうが」
「いえ、居場所を与えていただけるだけで十分です。本当に、ありがとうございます!」
千切れんばかりの勢いで首を縦に振るリオスに更に苦笑するゲイルだが、リオスにしてみればのたれ死ぬか否かという瀬戸際であったのだから、彼の態度も決して大袈裟なものではない。
ゲイルもそれを理解しているから、早々に話を切り上げ、立ち上がった。
「そんなわけで、君も初めての命のやり取りの後で疲れているだろう? ちょうど空き部屋があってな、君達が出ている間に片付けておいたんだ。遠慮なく使ってくれ」
「ありがとうございます。では」
後ろ手に放り投げられた鍵を慌ててキャッチすると、リオスはぺこりと頭を下げて、執務室を後にする。その背中を見送ったゲイルがデスクへ戻ると、まるでタイミングを図ったかのように通信機から空中モニターが投影され、ミレイスの姿が映し出された。
『隊長、ミレイスです。捕縛した捕虜の収監、完了致しました。中央へ応援要請を出しましたので、到着し次第引継ぎを行なった後、我々も帰還する予定です』
「そうか、後片付けご苦労さん。こっちもたった今、正式に彼の処置が終わったところだ」
『では……』
ミレイスの問いに、ゲイルは頷いた。後ろでステラも話を聞いていたのか、嬉しそうに笑顔を浮かべながらどこかへと歩いていくのが見える。
「ああそうだ、部屋も与えた。最初はどうなるかと思ったが……まあ、何事もなくてよかったな」
『……またご冗談を』
「ん?」
『本当は、確信があったのではありませんか? 彼が、帝国のスパイではないのだということに』
ミレイスの指摘に肩を竦めたゲイルは、「まあな」と溜め息混じりに言う。
「確かに、彼の置かれていた状況は異常だった。が、彼が発見された当日に起きた防衛戦で、彼はステラを守った。もしスパイなら、あそこで我が軍の兵を助けることに何のメリットがある?」
『……言われてみれば』
「あの時彼は、大きな傷を負っていたはずだ。見殺しにするにしても、傷のせいにすれば説明はつくし、不必要に己の命を危険に晒すような無茶をする必要はない。もし仮に彼がスパイだったとするなら、必要のない危険を犯す必要はないんだよ。いや、むしろあの襲撃の時が情報を盗み出す一番の好機だったはずだ。あの時は誰もが皆迎撃で手一杯で、彼に構っている余裕などなかったわけだからな」
彼があの絶好の機会にスパイ行為を実行しなかったのは、本当に傷が深く、動こうにも動けなかったか、或いは最初からスパイなどではなかったか、その2択に絞られる。けれど、前者はまずないだろうとゲイルは考えた。怪我で動けないのであれば、そもそもステラを助けになど行けるはずもないのだから。ならば、やはり彼はスパイなどではなかったのだろうというのが、ゲイルの考えだった。
『隊長も人がお悪いですね。それならそうと、何故ステラやシエルに言ってあげなかったのです? 私
も、隊長のお考えを聞いていたのであればこんなことは……』
「確証があったわけではないからな。もうひと押し、それを裏付ける材料が欲しかったわけだ。それに、お前も知っていただろう? 今回の任務のことを。うちの戦力だけではあの基地の攻略はどうにも心許なかった。そのくせ、上はあそこを早く取り戻せとしつこく言ってくるし、正直困ってたところだった」
『そこへ彼が現れた……ということですか』
「そうだ。天啓だとは思わないか? おかげでルイアナ基地奪還任務はたった2機のCAを投入するだけで無事終了、おまけにグロリアスの戦闘データのおかげで、我が軍の新型兵器の開発にも大きく貢献。一石二鳥……いや、彼の誤解も解けたんだから、一石三鳥だな」
得意げに語るゲイルの姿を前に、ミレイスはやれやれ、という様子で肩を竦めた。やはりこの人は食えない男だ。そう思うと同時、基地の皆――特に本人とステラには、真実は告げぬが華というものかと思うと、ミレイスの口からは無意識の内に溜め息が漏れる。
「まあ、そんなわけでお前もよくやってくれた。ステラにも宜しく伝えておいてくれ」
『……解りました。それでは、失礼します』
一礼したミレイスの凛々しい顔がモニターと共に姿を消すと同時に、ゲイルは穏やかな笑みと共に息をつく。とりあえず、今回は切り抜けることが出来た。けれど今回の任務を終えて、新たな課題も見えてきた。
それは、生身でリオスと渡り合う程の実力者が敵軍に存在したという新事実。リオスの話では、まるで相手方の少女もACMを装着しているかのような戦闘力を持っていたのだという。純粋そうな彼のことだ、嘘や誇張は含まれてはいないはずである。それに、戦った者にしか解らないこともある。嘗て、戦場でまだ兵器の操縦桿を握っていたことのあるゲイルにも、経験したことがある感覚であった。理屈はないが、そうだと直感的に確信できる時があるのである。
けれど、それならそれで由々しき事態だ。CA程の戦闘力を凝縮した、人が直接着込むボディスーツ。そんなものが本当に開発されたとなれば、戦場の常識はまたも覆ることになるだろう。おそらくは、CAが初めて帝国により実戦投入された時以上の変革であるに違いない。けれど、それを齎すのが帝国であっては、CAの時の二の舞となってしまう。そうなれば、現時点でもお世辞にも戦力的に有利とは言い難いジルバニアは一環の終わりだ。そんな事態だけは、何としても避けねばならなかった。
「さて、どうしたものかねぇ……」
ふてぶてしい笑みを浮かべながら暫し虚空へ視線をさ迷わせると、ゲイルは再び目の前の単純作業へ目を向けるのであった。