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Episode 4 ファーストアタック/前編

マルディア帝国とジルバニア国は、大陸を二分する強国同士である。

 片や、東を預かるジルバニア、片や西方を支配するマルディア。古の時代、まだ国という秩序が漸く出来たばかりという頃から、2国は度々衝突してきた。

 そんな中、いつしか2国の周りにもささやかながら小国と呼べる集団は幾つも形成されていったが、野心ある人物が国を纏める気風にあった帝国は武力をもってこれらを制圧。傘下に置き、ジルバニアへの攻勢を更に強めていった。一方、争いを好まぬ当時のジルバニアの王は、商いを興し、近隣諸国と協力して、マルディア帝国の侵略にも果敢に立ち向かったが、決して己から手を出すことはなかったという。しかしそんな風潮も、今では周辺諸国が帝国の植民地やジルバニアの同盟国という形で残るのみで、血を血で洗う戦いは未だ絶えぬのが現状であった。

 それ故、国境を守るための砦として建てられたのが、タラム要塞である。何者をも寄せ付けぬ強固な守りを謳い文句としていただけあって、その出で立ちは巨人の如く壮観なものであり、更にそれを不動のものにせんがために、まるで首都の防衛隊の如き優遇された戦力配置を受けていた。

 けれど、それも全ては無に帰した。帝国軍が開発した、CAというたった1つの兵器によって。

 CAは、タラム要塞に配備されていた兵器の(ことごと)くを圧倒した。それはまさに、一騎当千。タラム要塞陥落戦で出撃していたCAは十数機程度。要塞を攻略するには、決して多くはない数である。にも関わらず、数十という数が展開していたはずのジルバニア軍の旧型兵器を、CAはたったの十数機足らずで壊滅させてしまったのである。数は力などと言うが、この時ばかりはそれは全く当てはまることはなかった。

 数以前の問題だったのだ。配備されていた機体の質が、あまりにも違いすぎた。その頃には首都では既に、やっとのことで鹵獲に成功した一機の帝国CAの構造を元にしたジルバニア軍専用のCA――後に、戦局を切り開く勇士となって欲しいという願いを込めて、〝ファウスト〟と名付けられる――がロールアウトしていたが、国の末端たるタラム要塞に配備している時間はなく、要塞はそう長くない間に帝国軍の軍門に下ることになってしまったのであった。

 そんな経緯を辿り、現在は帝国の所有となっている要塞とクラスタ基地の間には、補給線の中継地点となる基地が存在する。それがここ、ルイアナ基地である。その司令室は、今ではすっかり帝国軍一般兵用の深緑の色をした軍服を着た兵士達が席巻しており、その中で唯一将官クラスの黒衣を着た男がひっきりなしに表示の変わっていくモニターを注意深く見つめていた。長い銀髪の美男子だが、目付きは鋭い。気の弱い者であれば、ひと睨みで忽ち竦み上がるであろう風格があった。


「こんなところにいたんだ」


 と、そんな時。静かな駆動音を上げて男の背後の扉が開き、入ってきた1人の少女が開口一番そう言った。さらりとした黒髪を両肩の辺りで2つに束ね、くりくりと愛らしく丸みを帯びた目は、いかにも悪戯好きな子供のような光を宿している。男と同じ真っ黒な色のチャイナドレスは両脇に僅かにスリットの空いたミニスカートのような形になっていて、たっぷりとした袖口から僅かに覗く指や露出した肩のきめ細かな白い肌色が、黒衣や彼女自身の黒髪とのコントラストを一層強いものとしていた。

 異様なのは、彼女が如何にもこの、軍の要塞という場に到底似つかわしくない小さな子供であるということだが、おかしなことに部屋の中にいる人間は、彼女の姿を見てもただ一瞥するだけで何の反応も示さぬまま視線を眼前の機器へ戻し、まるで歯牙にもかけようとしない。

 将官たる、黒衣の男ですらも。


「……何か用か、レーネ」


顔だけをそちらへ向け、男は少女へ問い掛ける。すると、彼がレーネと呼んだその少女は唇を尖らせた。


「用なんてないよー。兵士の控室なんて何もなくて退屈で死にそうだから、来てみただけ」


「我慢しろ。今回の任務が終われば、すぐにでも帝都に帰れるだろう」


「それまであんなところに閉じこもってろって言うわけ? 冗談じゃないわよ。ねぇ、ちょっとでいいから散歩してきちゃダメ?」


「ダメだ。準備が終わるまで、大人しく部屋で待っていろ」


「むぅ……タナトスのけちん坊ー!」


 駄々をこねて腕を振り上げるレーネに、タナトスと呼ばれた男は嘆息しながら視線を目の前のモニターに戻した。まるで兄妹の喧嘩のようなそれも、この基地の人間に関して言えば取り立てて珍しい光景でもないため、それぞれ配置について機器と睨めっこしている兵士達は2人のやり取りに興味を示すこともなく、ただ目の前のモニターに注意深く目を向けていた。

 その中で、男の目の前で先程からひっきりなしに更新されているのは、とある場所で行われていた兵器の実戦テストのデータだ。マルディア帝国がジルバニア王国と接している国境の要所は、このタラム要塞だけではない。各地の国境線で、規模は違えど軍事衝突が起こる度、マルディアは開発した新たな兵器を実戦テストと称して試験してきた。今タナトスが閲覧しているデータは、いずれ彼の愛機になるであろう機体のプロトタイプから送られてきたものなのである。それ故、彼がモニターを見る目には、周囲の兵士達以上の熱意が篭っていた。


「その子かぁ、タナトスのBAU(バウ)は」


「まだ実験段階だ。尤も、これを見る限りではどうやら結果は上々のようだが」


 と、モニターを後ろから覗き見ていたレーネはタナトスの隣へ並び立ち、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべたままころころと笑う。


「楽しみだねー♪ 私の〝イノセンス〟とどっちが強いかな?」


「先に言っておくが、無茶な模擬戦をする気はないぞ。敵軍との戦闘でもないのにみすみす壊したりすれば、メカニックにどんな小言を言われるか解らん」


 実際、タナトスは知っている。この無垢な笑顔の裏に隠された、彼女の獰猛な一面を。おそらく彼女と本気で模擬戦をしたら最後、訓練場はよくて更地――最悪、焦土に変わっていることであろう。己の実力なら死ぬことはないと自負してはいるが、高い金をかけて整備している訓練場がそんなことになっては、上司のお小言を覚悟せねばならないのは明らかである。それでもタナトスは、尚も退屈だ、退屈だと連呼する少女を軽くあしらいながら、たまにはガス抜きをしてやらなければならないか、とも考えていた。 下手にストレスを溜めて暴れられでもしたら、訓練場どころか基地自体を更地にされかねない。

 そんなことを、割と真剣に考えていたその時。敵機の接近を示す警告音が、左脇の管制官の目の前にあるレーダーから発せられた。


「レーダーに感。本基地へ接近中の熱源を探知しました」


「規模と数は?」


「熱源照合……ジルバニア王国軍、〝ファウスト〟と確認。数2」


「なーんだ、たった2機……つまんないのー」


 おそらく、敵軍相手に暴れてすっきりしようとでも考えていたのだろう。目論見の外れたレーネの落胆の声音と同時に、モニターからテストの終了を告げる音声が鳴り、それを聞いたタナトスはモニターの傍の装置に挿入されていたディスクを回収し懐にしまい込むと、踵を返す。


「あれ、どこ行くの?」


「本部に戻る。機体の整備はメカニックの仕事だが、調整は誰に任せたくもないからな。お前はどうする? 着いてきても構わないが」


 タナトスの問いへ、レーネは「うーん」と考え込むと、ややあって首を横に振った。


「いいのか?」


「うん。まあ、着いてってもいいんだけど……ほら、あたしがあんまり場所動くと研究所のおっさん達がうっさいし……」


「そうか……解った。だが、あまり羽目を外すなよ」


「はいはーい」


 念には念を入れ、釘を刺す言葉にひらひらと手を振りながら適当な返事を返すレーネへの嘆息を残し、タナトスの姿は扉の向こうへと消えていく。

 美しくも融通のきかない仏頂面がドアの向こう側へ消えたところで、レーネはこれまでの子供らしい無邪気な表情から一転、背筋に寒いものが走るような冷徹な笑みを浮かべながら、基地外部に設置されたカメラに映る王国軍の朱の機体に視線を送る。


(ごめんねー、タナトス。その約束……ちょっと守れそうにないかも)


舌なめずりをするレーネの目に映るもの。それは、己に狩られるのを待つ哀れな獲物の姿だけだった。




☆★☆★☆★☆




 任務中特有のぴりぴりとした緊張感に包まれながら、ステラは己のCAを走らせる。

 もうおそらく、敵もこちらの接近を感知している頃であろう。それを理解しているからこそ、ステラの操縦桿を握る手にも力が篭る。

 ステラが――彼女の相棒である、シエルもだが――クラスタ基地に配属されたのは、実はそう昔のことではない。つい数ヶ月前に士官学校を出たばかりの2人はある日、基地の兵員募集を見た。元々2人は中央の防衛より、国境で紛争に巻き込まれ苦しむ人々を救うために兵士を目指していたのもあって、当時人事局にコネのあった上司に掛け合ってもらい、これに志願。ゲイルの試験にも無事合格し、晴れて国境を警備するクラスタ基地への配属が決定したのであった。

 そんな経緯があって、ハミルトン隊に入隊した後すぐに、ロールアウトされたばかりのCAという新型兵器の操縦訓練を始めたのだが、漸く操縦に慣れてきたのがつい先日というところなのだ。あの襲撃さえ、まだ数少ない実戦の1つであったというそんな状況での、初の敵基地攻略任務。緊張するなという方が、無理な相談であろう。


『間も無く敵の防衛圏内だ。敵CAが出てくるぞ』


「は、はい!」


『……そう固くなるな。いざとなればフォローもする』


「あ、はい。ありがとう、ございます……」


 隣を併走するミレイス機からそんな通信が届き、益々身を固くするステラへ、ミレイスは気後れしないようにと声をかける。だが、今となってはそれもあまり効果があるようには見えなかった。無論、ステラとてミレイスの腕を信用していないわけではない。彼女の腕前はよく解っているつもりだし、先日の戦闘での活躍も記憶に新しい。けれどあの時とは違い、此度の作戦目標は基地の攻略。敵戦力も、先日のそれとは比べ物にならぬ規模だろう。たとえリオスのためにという決意があろうと、恐怖を感じずにはいられなかった。

 そんなモニター中の彼女の様子を見つめ、無理もない、とミレイスは溜め息をついた。自分とて新兵の頃はこうだった。初陣の際には、絶命へのどうしようもない恐怖に怯え、当時パイロットをしていた空戦兵器の操縦桿を震えながら握っていたものだ。

 けれどあの時、自軍には圧倒的存在がいた。己の命を安心して預けられる、そんな男が。その男は己と似たり寄ったりの機体に乗っていながら、巧みな操縦技術で戦場を駆け巡り、大きな戦果を上げ、作戦完了後はまるで何事もなかったかのように笑ってみせた。その男の存在があったからこそ、ミレイスもここまでの度胸を身につけることが出来たのだ。

 だから今度は、せめて自分がその男のような存在であれるよう努力せねば。そんな思いがミレイスにはあった。


「……! 索敵システムに反応!」


『来たか……気をつけろ、ステラ!』


「はいっ!」


 過去に思いを馳せていたミレイスの耳にアラートの音が、目には熱源の接近を知らせるランプの紅い光が届く。球状のレーダーに表示された光点は5つ。内2つは、ミレイス機とステラ機の、友軍機であることを示すライトグリーンのもの。残りは2機の他メインから徐々に接近してきていて、敵の識別コードを発していることを示す赤に染まっていた。

 

「たった3機……?」


 ステラは、その数の少なさに疑問を抱く。重要拠点への襲撃ともなれば、もう少し――少なくとも、先日の襲撃以上には――戦力が用意されていることを想像していたのだが、これでは拍子抜けしてしまうのも無理はないだろう。


『たった2機でと、完全に甜められているな……。まあいい、ああやって油断してくれれば、こちらとしても好都合だ』


「は、はあ……」


『私が先陣を切る。援護は任せたぞ』


 まずは、ミレイス機が動いた。並走していたステラ機の前に出て、真っ直ぐに構えた銃剣が火を噴く。対面していた帝国軍の〝ポーン〟三機も、〝ファウスト〟らと同様に並走して向かってきていたが、弾かれるようにして左右に分かれると、ミレイスの銃撃を躱す。

 左に二機、右に一機。それぞれ、前者がミレイス機を、後者がステラ機を狙って前へ出る。


『はあああぁぁぁぁっ!』


 雄叫びを上げて操縦桿を一気に押し込んだミレイスの機体が、背部スラスターの補助を受けて大きく前進する。一方ステラは彼女のように前へ出ることはせず、一旦その場に停止すると、彼女の機体と鍔競り合っているのとは別の〝ポーン〟目掛けてビームランチャーを放った。

 巨大な熱線が、ごう、と大気を震わせて〝ポーン〟へと迫る。大きく機体を旋回させて回避するも、漆黒の光沢を放つ機体が一瞬の間山吹色に染まる程の極光は、地面に衝突すると同時に大きな爆発を起こした。


『な、何だよこの火力!?』


『狼狽えるな。所詮はただデカいだけ、当たらなければいいだけの話だ!』


 〝ポーン〟の側のパイロット達も、ステラの機体の火力に気付いたようだったが、ミレイスの機体と交戦している方の男は、同時にその弱点をも看破していた。

 確かに、ステラの機体は高い火力を有している。恐らく、現段階で実戦投入されているCAの中でも随一と言っても過言ではない程の。しかし、高火力を有している機体には得てして機動力に弱点があるのが通例である。ステラの機体も、当然その例に漏れていない。現に先程の砲撃の際にわざわざ止まらざるを得なかったのは、移動しながらの砲撃では、ビームランチャーの強すぎる反動にCAの足底に装備されているローラーに過度な負荷がかかってしまうから、という理由があった。ローラーはCAの機動力を決定づける重要なもので、これがなければ陸戦CAの脚はほぼ封じられたようなものと言って差し支えない。旧型兵器が相手ならまだしも、同じCAと相対するには致命的な故障である。

 男がそこまで気づいていたとすれば大した洞察力であり、事実、砲撃にさえ当たらなければステラの機体の攻略がそれほど難しくないというのは間違いではない。けれど、男の読みにはたった1つだけ間違いがあった。

 それは――ステラが決して〝1人ではなかった〟ということ。


『ほう……余所見をする暇があるとは、大した余裕だな』


『なっ……!?』


 注意が己から逸れた一瞬の隙を逃さず、ミレイスの〝ファウスト〟が銃剣を振るい、向かい合う〝ポーン〟の右腕の肘から下をあっさりと切り落とした。剣を覆う僅かなエネルギーが、切断部分を赤熱させている。


『貴様らの相手は私だっ!』


『くっ……!』


『このっ……』


 臆せず果敢に立ち向かうミレイスの声にこの上ない頼もしさを感じながら、ステラはもう一方の〝ポーン〟を寄せ付けまいと再びランチャーの照準を合わせる。先程の一射で、どうやら相手もランチャーを警戒しているようだ。不用意に飛び込んでくるようなこともなく、いつでも回避出来るように身構えているようにステラには思えた。

 

(リオス君……そっちも上手くやってね……!)


 今ここにはいない少年の姿を思って、ステラは操縦桿を一層強く握り締めた。




☆★☆★☆★☆




「始まった……!」


 基地近くの小高い丘から戦場で上がる爆炎を遠目に見つめ、リオスは小さくそう呟いた。

 麗しい金の髪が、砂塵を巻き上げる風に煽られて揺れる。新兵故の緊張に包まれていたステラであったが、リオスを苛むそれも決して彼女に劣らない。実践経験は乏しくとも、ステラは正式な訓練を受けた歴とした軍人だが、彼は全くの初心者。――否、仮に戦闘経験があったとしても、記憶喪失ではそれも役には立たない。

 乾燥した荒野の風だけによるものではないであろう喉の渇きに、リオスは唾を飲み込んだ。


「ねえ、グロリアス。僕、上手く出来るかな……」


 緊張を和らげようとするように、リオスは胸元のネックレスへ問いを投げかけた。つい数時間前までは、喋ることなど考えられなかったその装飾品は、どうやら非常に高度なAIを搭載しているらしい。こうして話しかけている様は非常にファンタジックで、緻密な機械を内包した科学的兵器のようには到底見えなかった。


『大丈夫、私がついていますから。マスターには指一本触れさせませんよ!』


「うん……ありがとう」


 グロリアスの気合の篭った言葉に、リオスはなんとか勇気を取り戻し、微笑みつつも頷いた。

 記憶を失ったこの状態で、己の居場所を勝ち取れるか否か――全ては、この任務の是非にかかっているのだ。形振り構っている場合ではない。

 やがてリオスは、眼前に佇む巨大な建造物をきっと睨み、胸元のグロリアスの、宝石のように赤く輝くコアにタッチした。それを受けてコアが発光すると同時に目の前に空中モニターが表示され、幾つも並んでいる項目の中から、〝EXPANSION〟の文字をタッチする。


『COMBAT ARMS, EXPANSION』


 ネックレスからグロリアスとは違う、女性の高音のような電子音声が流れ、リオスの身体の上を眩い黄金色の光が走る。光はやがて細いラインとなって血管のようにリオスの身体を這い、やがて一層強く発光すると共に、あの純白のボディスーツと装甲を出現させた。

 スーツといっても、装甲のついていない部分は身体にぴっちりと密着しているわけではなく、むしろ風通しが感じられる程に体表との間隔はたっぷりとしている。更に装甲も、胸甲と、四肢に1つずつ付いているスラスター付きのプロテクター程度で、ロングコートのように伸びた上着の裾が、マントのように靡いている。近代的な機械装置を着込んでいるというよりは、古の時代に存在したという軽装の騎士の姿を彷彿とさせられる出で立ちであった。両刃のロングソードが提がっている左腰とは反対側に提げられているライフルが、唯一近代的兵器の特徴として表れていた。

 装備の展開時に現れた金色の光は、まるで装飾か何かのように装甲表面やスーツの上を走っていて、全体的に純白の色をしている彼の姿をより一層神々しく引き立てている。


「この後は……えっと、どうすればいいんだっけ」


『装備を展開した後は、マスターの思考に沿ってスラスターが自動で飛行を制御します。イメージしてみてください』


「イメージか……。こんな感じ?」


 頭の中で、そっと自分が浮遊する感覚をイメージする。あくまでもイメージ、それがどこまで実際の飛行能力に影響するのかは未知数だったが、それはどうやら杞憂であったらしい。いきなり一気に空高く飛び上がる――などという恐怖体験をすることもなく、緩やかに点火したスラスターはリオスの身体をゆっくりと空中へ浮き上がらせた。

 

「お……おおおぉ……!」


 まだ緊張が解けていないとはいえ、初めて味わう浮遊感に感嘆の声を上げるリオス。長らく人間の夢であった、己の力での飛行の達成。今まさに彼は、それを身をもって体験しているのだ。やがて自然にうつ伏せの体勢になったリオスの身体はスラスターの自動制御を受けながら、浮遊した時と同様、ゆっくりとした動きで前進を始めた。

 飛行がきちんと制御されているのを確認すると、リオスは前を見据えた。元々それほど距離が離れていなかったのもあってか、基地の灰色がかった外壁は既に目と鼻の先にまで迫っている。

 リオスは空中で制動をかけ急停止すると、右腰のライフルを抜いて外壁へ向けてトリガーを引いた。彼の胴程の直径の大口径ビームが外壁を貫き、爆発で生まれた黒煙を裂いて、リオスは基地内部へ一気に侵入する。


「潜入完了……後は」


 基地内部のどことも知れぬ廊下に降り立ったリオスは、真っ直ぐに続いている廊下の先を睨んだ。規則的に並んだ照明が、窓が少なく暗くなりがちな基地の内部を明るく照らしている。

 リオスに課せられた役目は、指揮系統の攪乱。基地の内部へ侵入し、適当に暴れて頃合を見たら脱出――あわよくば、そのまま司令部を制圧してしまおうということだ。それはCAに乗らずともCA並の戦闘力を持っていると推察される、リオスにこそ相応しい任務であった。

 目標を再確認したリオスは、まずは指揮系統に関連する部署へ向かおうと、一歩を踏み出す。リオスが降り立った廊下は直線になっていて、幾つも似たような扉が並んでいる中を前へ前へと進んでいく。外から見た時の大きさは決して伊達ではなかったらしく、暫くは単調な景色が続いたが、ややあって分かれ道に突き当たった。


「どっちだろう……」


『お任せを』


 困ったように頬を掻くリオスの言葉にグロリアスは言葉短く応じると、コアが音も無く点滅した。と、目の前に基地の外観を表示したモニターが突然現れて、驚くリオスの前で、モニターに表示された基地の上から下まで赤いラインが通過していく。

 やがて、〝COMPLETE〟の文字が表示されたモニターが消えると、代わりに基地内部の詳細な図面が表示された別のモニターが姿を現した。


『基地内部のスキャンが完了しました。司令室は右です』


「……驚いたな。助かったよ、ありがとう」


 元々、ゲイルから基地内部の詳細な地図のデータは受け取っていたが、現時点で自分がいるポイントが解らないのであればそれも役に立たない。グロリアスがやったのは、侵入点を地図などと比較して総合的に判別することで、現在地の特定と、目的地への最短ルートを割り出すということだった。

 高性能な相棒に舌を巻き、礼を言いながら、リオスは右へ向けて再び歩を進めようとする。

 すると。


「! 侵入者だっ!」


「わっ!?」


 あの長い廊下は居住区か何かだったのか、歩いている時には誰にも遭遇しなかったのだが、曲がり角を曲がってすぐのところで深緑の軍服を着込んだ男に遭遇し、リオスは思わず声を上げた。男はリオスを見るなり、腰のホルダーに提げていたらしい拳銃を抜くと即座に発砲する。

 鳴り響く銃声。驚いたリオスは咄嗟に己の身を腕で庇うようにするが、男が持っているのは腕だけで止められるような玩具の銃ではない。樹脂で出来た弾などではなく、本物の鉛玉がリオスの身体を貫かんと迫るが――その道筋を遮るように空色をした半透明の壁が現れ、銃弾を弾き飛ばした。

 それは、彼がステラを守った際にも現れた光の壁。シールドは銃弾を受けてもびくともせず、変わらぬ輝きでそこに立ち続けた。


「な、何だそれは……何故、何故銃が効かないっ!?」


 恐怖の眼差しで見つめる男の声に、己の命が助かったことを漸く理解したリオスは一気に男の懐に飛び込み、拳を叩き込む。ACMで強化された力は一撃で男の意識を刈り取り、昏倒させる。


『お見事』


「たまたまさ」


『ご謙遜を』


 咄嗟に身体が動いてしまった結果であるから、リオスの言うとおりたまたまということもあるかもしれない。しかし、その〝たまたま〟を、リオスはやってのけた。グロリアスの言い様とて、決して過大評価ではない。


「そういえば、さっきのって何? なんか壁みたいなのが出てきたんだけど……」


『私に備わっている防御機構です。マスターに危険が迫った時、任意の強度のシールドを展開するようになっています。先程はマスターの反応を超えた事態であったため、私の独断で展開させていただきました』


「それは……凄いね。ありがとう」


『シールドは、マスターの任意で展開していただくことが可能です。先程の銃弾程度ならば私自身の装甲でも十分に防御可能ですが、CAとの戦いになった場合にはご活用ください』


「うん、解った」


 頷き、次いで床に昏倒した兵士に申し訳なさげな視線を送ると、リオスは先を急いだ。

 途中幾度か似たような襲撃を受けたが、いずれも武装を使わず、拳で意識を刈り取って押し通る。記憶を失っているとは思えないほどの洗練された動きで立ち回り、掠り傷1つ負わぬままただひたすら廊下を走り抜けた。


(身体が勝手に動く……何なんだろう、これ)


 己の思った以上の動きを見せる身体に、リオスは戸惑いを感じていた。元々そういう才能があったのか、それとも身体が覚えていたのか。

 そのいずれなのかは解らないが、前者であって欲しいとリオスは思った。もし後者であったのなら、記憶を失う以前の自分は――。


(――っ)


 そこまで考えて、リオスは首を横へ振って考えるのを止めた。考えたところで、所詮は根拠のない憶測に過ぎない。それならそんな気落ちするようなことを、気を引き締めて臨まねばならぬ任務の最中に考える必要はないと思ったのだ。――否、単に考えたくなかっただけなのかもしれないが。

 そんなことを考えながら進んでいくと、やがて長い階段へ行き当った。もう一度グロリアスのメニューモニタを表示し、基地の見取り図を呼び出す。現在地を示す紅い光点の前にある階段の上には、司令室らしき部屋が描かれていた。


「この上か……」


 ここまでの廊下同様、階段は照明によって明るく照らされていた。これを上がれば、いよいよ敵の中心部に到達する。

 幾度となく襲撃を受けたというのに何事も無かった自分に驚く一方、基地へ突入する前よりも遥かに大きな緊張による胸の高鳴りを抑えようと、リオスは胸に手を当てて軽く深呼吸した。

そして、漸く意を決し、リオスが一歩を踏み出そうとしたその時。胸元のグロリアスのコアが赤く光り、警告音が鳴り響く。


『マスター、右側面から熱源反応っ!』


「えっ……うわあぁぁぁぁっ!?」


 グロリアスの警告に応じる間も無く、リオスは彼女の言ったとおり右側面から大きな衝撃を受けて吹き飛ばされた。グロリアスのスーツ越しに僅かに届いてきた熱で、何らかの攻撃を受けたことだけは辛うじて理解する。グロリアスのシールド展開が間一髪で間に合ったらしく、スーツが少々焼け焦げた程度で済んだが、吹き飛ばされた衝撃による痛みに呻きながら、リオスは攻撃を受けた方を見た。

 

「あらら……随分頑丈な侵入者さんね」


「ぐ、ぅ……」


 襲撃者は、小柄な少女だった。黒髪を両肩の辺りで2つに束ね、それと同じ黒を基調としたチャイナドレスのまるでミニスカートのように短い裾が、己が放った砲撃の余波にはためいている。右手に持った短槍の切っ先、その脇から伸びた砲塔から放ったのだろう。煙の細い筋が天井へ向けて伸びているのが、うっすらと目視出来た。

 無垢な丸い目は、攻撃を受けて尚そこに存在しているリオスに心の底から驚いているようで、ぱちくりと開いたり閉じたりしていた。


「やっぱりちょっと散歩してこようと思って、準備してきたんだけど……へえ、これは思わぬ収穫かな。外の玩具よりよっぽど楽しく遊べそう♪」


 無邪気に喜んでいた目が冷酷に釣り上がり、少女は舌なめずりをする。その氷のような空気から背筋に冷たいものが走るのを感じて、リオスは思わず息を呑んだ。


「じゃ、改めて宜しく玩具君。せめて10秒くらいは楽しませてよね?」


「くそっ……おおおおぉぉぉぉぉっ!」


 にっこりと、普通の少女と遜色ない無垢な笑顔を浮かべながら、それに見合わぬ凶刃を携えて少女はリオスへ襲いかかる。

 重ね合わせた刃の向こう側に見える、狂気的とも無垢ともとれる少女の顔を前に、リオスは心を奮い立たせるべく――大きく咆哮した。



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