Episode 1 襲撃
貴方は、魔法という存在を信じるだろうか。
怪しげだったり、神秘的だったり―――そのイメージは人それぞれだろうが、それらが偏に超常的な御業を指す言葉であるということだけは、おそらく共通していることであろう。
古来より魔法とは、当時の人類には理解し得なかった超常的現象として時に崇められ、時に神として祀られてきた。
しかし、いざその正体が解ってみれば、案外単純なものであったということも少なくない。事実、歴史上は神の業として崇められていた事象が、現代では単なる科学的、自然的な現象として捉えられているものも多くある。
では、超科学はどうだろう。
現代の技術では解明し得ない現象。喩えそれが科学的な事象と定義されるものであろうとも、知識も技術もそれを理解しうる水準にまで達していない者が見れば、それは魔法も同義なのではないだろうか。
これは、そんな超科学が発達した世界の、悲しい天使の物語である―――。
○Episode 1 襲撃
男の名は、ゲイル=ハミルトンという。
端正な顔立ちをした美男で、若くして大陸を2分する強国の1つ、ジルバニアの国軍大尉を任された身であり、一個小隊を率いる部隊長でもある。一部の、特に若者からは羨望の眼差しを集め、また一方では若くして出世の道に順調な彼を妬む声も多かった。
そんな彼、ゲイルは今、自身の執務室の机の上に置かれた1枚の書類を前に腕を組んで唸っていた。
そこには朝、今彼がいるこの基地に運び込まれた、とある〝厄介なもの〟に関連するデータが並べ立てられている。
同じく基地に所属する彼の部下の少女達が早朝訓練中に見つけたということで、基地の責任者たる彼に白羽の矢が立ったのだが、面倒なことこの上ない。
「やれやれ。どうして俺がこんなもんを……」
深く溜め息をつくが、それで眼前の面倒ごとが綺麗さっぱりとなくなってくれるというわけではない。
それは今、彼ともう1人、執務室に彼のもの以外にたった1つだけ存在するデスクで自分の分の書類の処理を続けている女性の視線からも明らかだった。
彼女の名はミレイス=エルティアーズ。藍色の長髪を束ねたポニーテールが凛々しい美女だが、ゲイルの副官にして、戦場では〝武者〟と恐れられる名手である。
暗に「ちゃんとやってくださいよ?」という視線を受け、更に大きく溜め息をつく彼へ、ミレイスは自分の書類から目を逸らさぬまま言った。
「ステラとシエルにも困ったものですね。あろうことか、訓練中に基地の敷地をはみ出すとは……」
「熱心なのはいいことなんだがな。周りが見えてないというか……ま、あの頃の新人にはありがちなことなんだが」
それでも勘弁してもらいたいよとぼやきながら、ゲイルは壁際に掛けてあった軍服の上着へ袖を通した。
「どちらへ?」
「〝こいつ〟を見てくるよ。一応、この目で見ないことにはな」
「お供しますか?」
「いいや、これくらいは俺1人でいいさ。お前は書類の方を頼む」
「了解しました」
溜め息混じりに書類に掲載された写真を指で叩き、ゲイルは上着の裾を翻して執務室を後にした。
☆★☆★☆★☆
「ど、どうしようシエル……」
「どうしようって言われても……」
一方その頃、同じ基地の中にある医務室。
その一角で少女が2人、目の前のベッドに眠る1人の少年を前に沈んだ声でそう言った。
1人は、桃色の長髪を靡かせ、顔の両脇を三編みで編んだどこかつんとした雰囲気を漂わせる少女で、もう1人は彼女とは対照的な空色の髪を、所謂サイドテールで纏めた、おっとりとした無邪気な様子を醸す少女であった。前者がシエル=フローノ、後者がステラ=クレイフォード。先程、執務室でゲイルとミレイスが話していた少女達である。
ある種相反する特徴を見せる2人だが、同じ軍服に袖を通していることただ一点だけが、彼女らに共通するところであった。
「勢いで連れて来ちゃったけど……お、怒られるよね、きっと……」
「アンタが放っておけないとか言うからでしょうが」
「じゃあ、シエルはあのまま放っておいた方がよかったって言うの?」
「そ、そうは言わないけど……」
少女達は口々にそう言うが、ただ嘆くだけで問題が解決するのであれば誰も苦労はしない。結局のところ2人のいずれもがその決断をしたのだから、どちらも互いのことをとやかく言う立場にないことは、お互いによく理解していた。
そもそもの発端は、2人が早朝訓練をしていた時に遡る。
訓練に熱心な彼女達は、いつものように基地内の訓練スペースで訓練をしていた。
しかし今日はいつになく力が入ってしまい、飛び回っている内にいつの間にか基地の外へまで出てしまっていたことに、あろうことか2人共気づかないでいた。
その時、漸く自分がいる場所がどこなのか気付いた2人が基地へ戻る前に周辺を流れる川の近くで休憩していると、川底から突き出た岩に引っ掛かってぐったりとしていた少年を発見したのだった。
髪や衣服が血に汚れたただならぬ様子から、2人は半ば衝動的に彼を保護した。負傷した民間人を保護するのは人道的観点からも、また軍人としても間違った行動ではないが、彼のことを報告する際は基地外部に無断で出てしまったことも同時に報告せざるを得ず、こうしてお叱りが来るのを冷や冷やしながら待っている状況であった。完全に後の祭りだが、あのまま見逃していたらそれはそれで軍としての責任問題を問われかねない。幸い基地からはみ出してしまったことはそれほど重大な軍規違反というわけではないし、彼女らの隊長はその程度で厳罰を課すような頭の堅い人間ではないのもあって、少し叱られるだけで済むのならその方がいいと2人は思った。
「よっ。お2人さんお揃いで」
「あ…た、隊長……」
「お、お疲れ様です……」
と、そんなことを話している2人の下へ件の隊長、ゲイル大尉が姿を現した。
ところどころ跳ねた鳶色の髪の下に覗く親しみやすい笑みは普段であれば歓迎するところだが、状況が状況だけに固まってしまう2人にゲイルは苦笑する。
「まあまあ、そう緊張しなさんな。大丈夫、怒りに来たわけじゃねえよ。ま、それでも全くお咎めなしってわけにもいかねえから、罰として一週間トイレ掃除な」
「あ……」
「よ、よかったぁ~……あ、でもトイレ掃除は勘弁……!」
にっ、と歯を見せて笑うゲイルの言葉に2人は漸く安堵の表情を見せる。尤もステラだけは、彼から言い渡された罰に陰鬱そうな顔をしていたが。
そんな2人の少女の間をすり抜けて、ゲイルはベッドの傍に立った。
寝ていたのは、ちょうど彼女ら2人と同年代程の少年。まだあどけなくも顔立ちは整っていて、包帯の巻かれた身体は少女のように華奢に見えて、その実無駄なく鍛えられているように見受けられた。
「……詳細は、報告書に書いたとおりです」
「命に別状はないそうですけど、まだ意識が戻ってないので、詳しいことは彼が目を覚ましたら話を聞こうかと……」
と、ゲイルが彼をじっと見つめているのに気づいたのか、少女達がそう補足した。
それに「そうか」と一言で返すと、ゲイルは次いでベッドサイドに置かれた机の上のペンダントに視線を移した。
燃えるような赤の宝石のようなものが中央にはめ込まれたペンダント。知識のない者がそれを見てもただのペンダントだと言う他ないだろうが、ゲイルはそれが何か、ひと目で理解した。
「こいつ……ACMじゃねえか!」
「えーしぃ……何です?」
「Armored Combat Module、略してACM。遺跡から発見されたデータを元に、うちの軍でも開発が進んでいる新型兵器。普段は小さな物体型の待機状態として持ち運ぶことが出来、戦闘時には瞬間的に装備を展開することが出来る。……そうでしたよね、隊長?」
「そ。さすがは成績優秀のシエルちゃん、物知りだねぇ」
「あ、ありがとうございます」
ゲイルの言った言葉の意味が理解出来なかったステラは首を傾げたが、どうやらシエルにはそれに対する知識があったらしく、ACMという代物に対する注釈を加える。
それに対するゲイルからのお褒めの言葉に、恥ずかしそうに、それでいて頬を染めてはにかむところは歳相応の少女らしいと言えた。
「でも、それならこれってかなりの機密だよね? どうしてこの人が……」
「解らん。こいつは軍でもまだ開発段階で、ロールアウトはされていないはずだが……」
「川の上流は帝国です。帝国軍が我々と同じシステムを完成させたのでは?」
「さあな……まだ決まったわけじゃないさ。川の上流には帝国だけじゃない、うちの国の軍研究所だってあったはずだからな」
彼が所持していたこのACMが、シエルの言うように帝国製のものか、それともジルバニア製のものであるのかは定かではない。
いずれにせよ、この少年は機密兵器と共に傷だらけの状態で発見された。何かあるのは間違いなかった。
頭の痛い問題がまた現れたとため息が漏れるゲイル。
仕方ない、後で軍本部に問い合わせるかと、持ち場に戻るようにと2人の少女隊員へ告げようとするが―――。
ビーッ! ビーッ!と、けたたましい音で鳴り響く警報。その耳をつんざくような音に、ゲイルは表情を険しくしつつ、手近な通信モニターを指令室へ繋げた。
モニターに、若い男性管制官の姿が映し出される。
「何事だ!?」
『隊長、敵襲です! 熱源パターンより、帝国軍CA〝ポーン〟9、〝ナイト〟1を確認しました!』
「ちっ、思ったより早かったな……」
告げられたのは、敵襲の知らせ。
この基地は大陸を2分するもう1つの強国、マルディア帝国との国境に位置している。
以前は、ジルバニアの国土はもう少し広かった。このクラスタ基地の建つ町クラスタは、本来ならジルバニアの西部に位置する長閑な田舎町であるはずだったのだ。
それが今は、国境を守る大事な拠点である。どうしてそうなったのか。その答は、帝国とジルバニアとの間に出来た軍事力の差に因る。
帝国軍が開発した、民家程の大きさもある人の形をした大型機動兵器Combat Armor、略称〝CA〟。人に似た柔軟な動きとこれまでにない高火力と圧倒的な機動力を兼ね備えた存在。CAは、伸び悩み疲弊した両国の力関係を一変させた。
そんな帝国軍の手にかかれば、未だ大型兵器の主力を戦闘機や戦車等の旧世代兵器に頼っていたジルバニアが太刀打ち出来るはずもなく、あっという間に当時国境を守っていたタラム要塞を陥落されてしまったのだった。
次は己が身か、といつ来るか解らない襲撃に備えていたが、その時がついに今日、訪れたというわけだ。
「ステラとシエル、列びにハミルトン隊は〝ファウスト〟で出撃! 俺もすぐに出る!」
「「了解っ!」」
敬礼し、格納庫へ向けて駆けていく少女2人。その後ろ姿を見送ったゲイルは、一瞬だけ少年を一瞥すると、指令室へ向かう。
常駐の軍医以外に誰もいなくなった室内で、少年のACMが淡く輝いた。
☆★☆★☆★☆
CAとは、戦局すらひっくり返しかねない戦略兵器である。
数年前、世界最初のCAが帝国で開発された。元々は工事等の作業用に開発されていたものを軍事転用したのだが、それが初めて実戦投入された戦いにおいて、ジルバニア軍は壊滅的被害を受けた。
戦車はその圧倒的機動性に追いつけず、戦闘機の機関砲は堅牢な装甲に傷1つつけることが出来ず、ミサイルは戦車以上の火力をもって全て撃墜された。
圧倒的敗北を齎したその兵器は、ジルバニア軍に大きな衝撃を齎した。そして、帝国の後を追うようにして、ジルバニアによるCAの開発が始まった。
そうして開発されたのが、ジルバニア軍CA〝ファウスト〟である。
〝ファウスト〟の量産化計画はすぐに始まった。けれどその頃には、先んじてCAを開発していた帝国との戦力差は、既に歴然としたものになっていた。
量産型の〝ポーン〟をはじめとするCAの存在は帝国の戦場においてもはや常識となり、数で劣るジルバニア軍は敗戦を続けていた。
「やれやれ。俺達もついに年貢の納め時ですかね、ホーク先輩」
「縁起でもないことを言うな、ライ。まだ負けたと決まったわけじゃないだろう」
格納庫へ向け、アラートの鳴り響く廊下を、2人の男性が駆ける。ライと呼ばれたまだ少年にも見える男は、新緑の色をした長髪を靡かせながら、隣を走る目付きの鋭い黒髪オールバックの青年へ向け、「そうなんですけどねぇ……」と言って溜め息をついた。
戦力差は歴然。先程の基地内放送によれば、敵の戦力は〝ポーン〟が9機。それだけでも脅威だというのに、その中にはその上位機種である第二世代機、〝ナイト〟が混ざっているらしいということが解っている。何より、この〝ナイト〟が問題だった。第一世代機、即ち最初に帝国軍が開発したものと同型機である〝ポーン〟であれば、この基地にも申し訳程度に配備されている数機の〝ファウスト〟で切り抜けられる可能性はある。
しかし、〝ナイト〟は近年帝国が実戦投入してきた、第二世代機と言われる機体群の内の1機。その性能は、素体となった〝ポーン〟の性能を大きく上回るとされている。ただでさえ数で負けているというのに、機体のポテンシャルで既に負けているそれをも倒すか、或いは撃退しなければならない。いずれにせよ、絶望的状況に変わりなかった。
しかし彼らは今、迎撃しなければならない。勝てないと解っていても、そうしなければならない。
でなければ―――生き残れない。
「たった5機で……勝てるわけがないでしょ? それっぽい名前ついてますけど、あちらさんの方が性能は完全に上なんすから」
「だから言うな。無理でもなんでもやるしかないんだ。隊長だって、それは十分過ぎる程に解ってるるんだからな」
格納庫へ続くドアを潜り、それぞれ黒塗りのリフトに乗る。リフトはゆっくりと上へ上がっていき、朱の色に塗装された人型の胸元にあるコクピットの前で止まった。
ライとホークがコックピットへ滑り込むと、ちょうどひと足遅れて格納庫に入ってきたらしい、同じくハミルトン隊のパイロットであるステラとシエル、そしてハミルトン隊副隊長であり前線指揮官のミレイスが、各々の〝ファウスト〟へ乗り込むのが見えた。
5人がシステムを立ち上げていると、通信モニターにゲイルの姿が映し出される。
『ハミルトン隊総員に告ぐ。敵は10機、内1機は〝ナイト〟だ。心してかかれよ』
「解ってますって、隊長。もう死ぬ気で突撃してやるっすよ!」
『……そういう冗談は言ってくれるな、ライ。いいか。必ず全員、生きて帰れよ!』
『『『『了解!』』』』
ゲイルの言葉に、ライと黒髪の男のみならず、他のCAに乗っているステラとシエルからも景気のいい返事が聞こえてくる。
とりあえず、士気だけは失われていないか。そう悟ったゲイルの安堵の溜め息が、モニター越しに聞こえていた。
格納庫のハッチが開き、外の青空と光が中へ差し込んでくる。
爽やかな青を湛える空が、今は死地。そこへ踏み込まねばならない前線部隊の彼らの思いも、並大抵のものではなかった。
〝ファウスト〟の足底に仕込まれたローラーが唸りを上げ、5つの巨体を戦場へと駆り立てていく。フライトユニット付属で飛行を可能とする機体も存在するが、その多くは首都の防衛に回されていて、クラスタのような辺境には配備が追いついていないのが現状である。その中で、地上でも滑るような高機動を可能にするのが、この自動式多方向滑走ローラーの存在であった。
高速で飛び出した5機に、既に作動していた基地の防衛システム相手に立ち回っていた敵機が気付いた。先陣を切るミレイスの〝ファウスト〟が、手に握られた銃剣を不意打ち気味に放ち、1機の〝ポーン〟の胴を貫く。
機械にしては滑らかな、まるでチェスの駒のような質感を感じさせる機体は、やがて大きな音と共に爆散し、後から遅れて真っ黒な煙を立ち上らせた。
「うわわわわわっ!?」
必死に操縦桿を倒すライの思いに答え、地上を滑る〝ファウスト〟。対する〝ポーン〟の右手では、大凡人間が使うものに似つかわしい形状の機関銃が火を吹いている。CA〝ポーン〟の、標準的な装備である。どうやら今回の襲撃に出撃している〝ポーン〟の装備は、全てその機関銃1つのようだ。機関銃といえど、CAのそれは戦闘機のものとは威力が桁違いであり、いかに同じCAである〝ファウスト〟といえど、まともに喰らえばただでは済まない。
お返し、とばかりにライの〝ファウスト〟がバズーカを発射した。実弾だが威力はそれなりに高く、その破壊力は戦車の主砲を大きく凌ぐ。
しかし、それもあくまでも当たればの話である。機関銃に比べると圧倒的に遅い弾速は〝ポーン〟の機動を捉えられず、あっという間に地面に落ちて爆発した。
その隙に、〝ポーン〟が先に勝負に出た。バズーカの砲弾の爆発を背に大きく前へ踏み込んだ〝ポーン〟は、腰に内蔵されていた剣を抜き、ライの〝ファウスト〟に肉薄する。
ライも必死にバズーカで応戦するが、そもそも遠距離攻撃用の武装であるそれが、高機動で接近する機体にを捉えられるはずもない。
やがて〝ポーン〟が凶刃を手に、ライの〝ファウスト〟の眼前へ躍り出た。
おそらく顔も見えぬ〝ポーン〟のパイロットは、勝利を確信したことであろう。だが忘れてはならない。ここは戦場。1対1の決闘場などではなく、敵味方入り乱れて死合う戦場なのだ。
で、あるならば。当然、無粋な横槍も覚悟せねばなるまい。
「おわぁっ!? な、何だ何だ!?」
『大丈夫、ライ君!?』
「た、助かったぁ……サンキュー、ステラ!」
〝ポーン〟の刃がライの〝ファウスト〟に届く前に、その横側面から、ステラの〝ファウスト〟がビームランチャーで狙い打っていた。
現行の〝ファウスト〟が装備可能な兵器の中で最も高い威力を誇る代わり、砲塔が他の武器に比べ巨大化してしまうため扱いが難しいと言われている武装である。ステラはそれを、機動を諦め基地付近からの狙撃に専念することで、〝ファウスト〟を移動砲台として運用していた。
しかし、強力な砲撃を受け、粉微塵に爆散した〝ポーン〟の残骸を前にしても、残った〝ポーン〟達の勢いは揺るがなかった。2丁のビームガンを装備した〝ファウスト〟を駆るシエルも、同世代機とは思えない機動性に思わず舌打ちする。
そして、何より―――。
「どういうつもりなの、アイツ……!?」
そう忌々しげに呟くシエルは、ちら、と正面以外を移すモニターに目をやった。
そこに映っているのは、戦場の奥で何をするでもなくじっと佇む敵国の次世代機、〝ナイト〟。〝ポーン〟に似た手足をしているが、それよりは装備がしっかりしていて、横に広がる肩当てや胸部に追加された装甲が、一層の風格をもって見えた。
ひと度戦場に割って入れば、〝ファウスト〟などすぐにでも蹴散らせる。あの沈黙が、そんな〝ナイト〟のパイロットの心の声を代弁しているような気がして、シエルは表情を歪めつつも眼前へ視線を戻した。
無骨な機関銃が吐き出し続ける銃弾を回避し、隙を見てビームガンを連射する。黄金色のビームが、〝ポーン〟の右肘と左膝を貫いた。
武器と機動力を同時に失った〝ポーン〟は、やがて力なく沈黙する。
『敵CA、4機沈黙。残り5!』
『弾幕薄いぞ! 最後まで気を抜くな!』
司令室の管制官やゲイルの怒鳴り声を通信器越しに聞きながら、シエルは次の敵に向けて機体を駆った。
☆★☆★☆★☆
「ふむ。奴らもそこそこやるではないか」
モニターに移る戦闘の状況を眺めながら、〝ナイト〟のパイロットはコックピットの中でそう呟いた。
筋骨隆々な大男。帝国軍内では小隊長と位は低いが、CAの性能を活かし確実な戦果を上げてきた。前線指揮官として、これまで幾度となくジルバニア軍を敗走に追い込んだ男であった。
自軍のCAよりも肉付きのいい、まるで鎧を纏った騎士のような〝ファウスト〟達の姿を高見の見物と洒落込みながら、男はニヤリと笑う。
「ふふ、そうでなくては面白くない。この〝ナイト〟の前では、ジルバニアのオンボロCAなど鉄屑同然だからな」
自信たっぷりに笑う男。それだけ、彼の駆る〝ナイト〟の性能を信用しているのだろう。
今彼の目には、〝ファウスト〟が羽虫の如き貧弱な存在に映っているのは間違いなかった。
「このままでは数を浪費するだけ……ならば、そろそろ仕掛けるとするか」
もう十分だとばかりに、男はようやっと操縦桿を握る。
「おい、お前達。もういい、後は俺に任せろ」
『了解!』
通信モニターに向かって言葉少なくそう告げると、〝ポーン〟達が一斉に〝ナイト〟の後ろに下がった。彼らもまた、不利を悟っていたのだろう。最初は9機いた〝ポーン〟は、今では4機にまでその数を減らしていた。
「お前達はよく粘った。オンボロCAで、我らが兵士達を相手によく戦い抜いたと褒めてやろう。だが、ここまでだ。この〝ナイト〟、今まで貴様らジルバニアに負けたことは一度たりともないのだからなぁっ!」
男はそう叫びながらレバーを一気に押し込んだ。足底のローラーが唸り、〝ナイト〟が一気に前へ躍り出る。
まるで獣が咆哮するかのように、〝ナイト〟頭部の円いカメラアイが赤く輝いた。