Episode 11 強襲
帝国が実力主義の社会を築き上げてきた国家である一方、王国には地位と名誉を重んじる風潮がある。国の上位には古くから名家とされていた貴族達が居座っていて、民間の平民階級からの登用は実に珍しい。平民の出でありながら重要な地位を得られた例は、本当にひと握りに過ぎないのである。しかし、世襲が必ずしもよい人材を輩出するとは限らない。中には己の地位に甘んじて努力を怠り、ただの親の七光りに成り下がっている例も少なからず存在する。
この男、ヘイル=バスカーク准将も、そんな名ばかりの貴族の1人だった。将の地位を示す豪奢な軍服を着こなす姿は、見た目にはなかなか様になってはいるが、その実態は権力と金に任せて今の地位を築き上げた小者。地位に分相応な実力が備わっていない。加えてプライドが人一倍高く、平民出の人間を事あるごとに見下していて、それが原因でトラブルを起こしたことも1度や2度ではない。そんな、一見問題だらけの人間が要職についたまま放置されているのも、上層部に似たような類の貴族達が犇き合っているこの国の現状では、悲しいことにそう珍しくもなかった。
そんな彼が、いくら最前線とはいえクラスタのような田舎町にわざわざ出向いた理由は、ホークが代弁したとおりだ。しかし、彼の狙いはそれだけではなかった。ゲイルが率いる基地だからこそ――それを奪い取り、彼が座っていた椅子に我が物顔で踏ん反り返ることこそに意味があったのだ。
ゲイルと彼の間に、直接的な関係はない。つまりゲイルは彼のことには詳しくないはずであり、彼が一方的にゲイルを毛嫌いしているというのが正しい。けれどそれは、ヘイルに限ったものではなかった。階級と家柄を重視する気風が王国軍上層部に根強いのは既に述べたとおりだが、直接面識がない赤の他人であろうと、書類上、出身を始めとする情報を目にする機会はある。要塞が陥落し、前線がクラスタ付近に移った時、クラスタの司令官たるゲイルの身分を見た、由緒正しい貴族達の多くが難色を示したであろうことは、ある程度事情に明るい者であれば容易に推測できた。
ヘイルもその1人であったのだが、彼の場合はそんな貴族達の中でも更に貴族意識が強かった。そんな強い自意識が彼を今回のような愚行に至らせたのだろうが、目的を達した今、ヘイルは司令室の司令官席にどっかりと腰を降ろし、机に足を投げ出して上機嫌に満足げな笑みを浮かべていた。ゲイルを出し抜き、前線の指揮権も今や自分の手の中にある。彼にしてみれば、まさに笑いが止まらないほどの愉悦だろう。
「基地の人員はどうなった?」
「は。現在、広間を中心に集めております」
「くくく、そうか」
ヘイルの問いに、傍に控える兵士の1人が即座に答える。彼の言うとおり、元々クラスタに勤務していた人員は、1人残らず広い部屋を中心として集められ、軟禁されていた。それはこの指令室も例外ではなく、突き付けられた銃に怯えていた管制官達の姿は既に1つもなく、代わりに中央兵の制服を着た見慣れぬ顔の兵士達が、我が物顔で計器類を弄っていた。
その、まさに自分がこの基地を支配したのだと自覚させてくれる光景に一層笑みを濃くするヘイル。彼にしてみれば、最前線に立つことこそがそれすなわち、勝利に他ならない。彼の脳裏には、華々しい戦果を上げ王都へ凱旋する己の姿が鮮明に映っていた。
――だが。事態が急転したのは、そのすぐ後だった。突如基地を襲う振動。数回立て続けに発生した揺れはすぐに収まったが、ヘイルは椅子から跳び上がって怒鳴った。
「何事だっ!?」
「わ、解りません。レーダーに敵影なし!」
「馬鹿な……だが、これは爆撃だろう!?」
想定外の事態に焦りを隠せない管制官の言葉にヘイルは愕然とする。如何に彼といえど、この振動が人為的に引き起こされたものか否か程度解らぬはずもない。そして今の揺れは、明らかに人為的な――それも、爆撃に因るものであることは間違いなかった。それならば爆撃機の熱源をレーダーが捉えるはずだが、レーダーに敵機の反応はなかった。
ここから導き出される答は3つ。1つは、敵機がレーダーで追いきれない程の超高速で移動している場合。2つ目は、レーダーの範囲外からこの基地を狙える程の長射程を持つ兵器を敵機が使用している場合。そして3つ目は――敵機が、レーダーの監視をかい潜るステルス機であった場合、である。
「じゅ、准将……!」
「ええい、うろたえるな! 対空監視厳に! 防衛システム作動、弾幕を張れっ!」
情けない声を上げる部下へ向けて苛立ちと共に怒鳴り散らし、ヘイルは手早く指示を出す。小者とはいえ伊達に将の地位を与えられているわけではないのか、指示は的確だった。長射程の機体が相手である可能性を早々に排除し、とりあえず弾幕を張っておけば、敵機の得物がミサイルだろうが爆弾だろうが、迎撃出来る確率は高くなる。
だがそれも、所詮は応急措置に過ぎない。攻撃を行っている機体をなんとかして見つけ出し、破壊しない限りは防戦一方だ。
「おのれ帝国め……」
ぎらついた視線をモニターの向こうの見えない敵へ向け、ヘイルは毒づいた。
☆★☆★☆★☆
戦場の〝死神〟の敗北。その驚くべき知らせは、多大なる衝撃を伴って瞬く間に帝国軍内部を駆け巡った。トリッキーな戦術で瞬く間に敵を蹂躙していく様をその目で見たことのある兵士達は、殊更信じ難い様子でそれを受け止めたという。それだけ〝死神〟は、帝国軍において英雄視されていたということだ。
とはいえ当の〝死神〟タナトスは、機体を失ったことに対する気落ちは多少見られたものの、どこかすっきりとした表情で帝都へと帰還した。強敵を前にした獰猛な獣のような激情を内に秘め、僅かに口元に笑みを浮かべるに留めた銀髪の死神は、窓から差す日の光だけを唯一の光源とする暗く長大な廊下に一直線に敷かれたレッドカーペットの上を真っ直ぐに歩いていく。
ここは、王の間へと繋がる神聖なる道。軍や政府関係者の中でも、限られたごく少数の有力者以外に立ち入りを許されていない紅の道である。それを我が物顔に闊歩できるタナトスという男は、それだけ皇帝から信を置かれている人物だということだ。
ややあって、豪奢な紅の扉の前に行き当たったタナトスは、着ていた黒コートの胸ポケットから取り出した白いカードキーを、扉の脇に付いたリーダーの溝へ通した。ピー、という有り触れた電子音声が鳴り響き、タナトスはスピーカーへ向けて口を開く。
「タナトスだ」
『……入れ』
言葉少ないやり取りが終わると、扉がゆっくりと開いていく。資格なき者には、王の声を聞くことすらも許されない。ここはそういう場所だった。
「待っていたぞ、タナトス」
「……ルシアス」
室内はタナトスが通ってきた回廊とは打って変わって、窓から日の光がさんさんと降り注ぎ、とても鮮やかに輝いていた。紅や金といった調度品の輝かしい色に包まれたその空間に、黒一色のロングコートにすっぽりと身を包んだタナトスだけが、異彩を放って見える。
そんな部屋の奥、上質な樹を使った机の向こう側に、かの男はいた。歳は壮年に差し掛かるだろうかという、金の髪の男。ところどころに皺ができ始めてはいるが、未だ衰えぬ鋭い眼光がタナトスを射抜く
彼こそが、ルシアス=コーネルド。帝国現皇帝にして、長きにわたり実力社会の頂点に君臨し続ける豪傑である。
「報告は聞いた。〝鍵〟と戦ったそうだな」
「ああ。ものの見事にやられてしまったがね」
「その割には……さほど落胆しているようには見えんな」
「復讐するにも、そう簡単に墜とせてしまってはつまらんからな。楽しみは長引いてくれるに越したことはない」
皇帝を相手にしているというのに、タナトスは物怖じするどころか、砕けた口調で話しながら真っ赤なソファーに腰を下ろす。ベッド代わりにしても申し分ないほどに身が沈み込んでいくふかふかのソファーは、そのまま眠ってしまったとしても首を痛めることもないだろう。
「飲むか?」
「……いや、遠慮しておこう。この後まだ軍務があるのでね」
「そうか」
ルシアスが席を立って壁際のボタンを押すと、壁が開いて小さな冷蔵庫が現れた。その中に入っていたものの1つ、おそらくはなかなかのブランドであろう年代物のワイン1本のコルクを開けてグラスに注ぎ、コーヒーサーバーでコーヒーをいれると、そちらをタナトスへ寄越し、自分もまたワインがなみなみと注がれたグラスを手にソファーへと腰を下ろす。
「……頼むぞ、〝死神〟」
「当然だ」
グラスを打ち鳴らす音が、重なり合うように反響した。
☆★☆★☆★☆
皇帝との語らいを終えたタナトスを待っていたのは、シャドーという帝国宰相のありがたい説教だった。尤もその大部分は機体を失ったことに対する嫌味であり、有難迷惑と言った方が正しいものであったが。その間、傍の壁際にずっと控えにやにやといやらしい笑みをこちらへ向けていたフォーリを殴ってやりたい衝動をぐっと抑え込んだ。そんなことをしても、シャドーのお小言が増えるだけ。その方が何倍も面倒だということは、経験則より理解していた。
皇帝の私室から出てきた時とは打って変わって、くたびれた様子で会議室を後にしたタナトス。そんな彼を待っていたのは、たっぷりと白い髭を蓄えた初老の男だった。
「やあ。随分と長かったじゃないかね」
「シュバイツァー卿! 何故このようなところに?」
優しげな笑顔を浮かべた男、アグニ=アル=シュバイツァーの姿を認めたタナトスは、口元に笑みを浮かべた。兵法やCAの操縦法をタナトスへ教え込んだのがこのアグニという男であり、また若くして将官クラスにまで上り詰め、何かと風当りの強いタナトスのよき理解者である。つまりタナトスにとって彼は、信頼できる恩師なのであった。
「君が帰ってきたと聞いて飛んできたのだよ。心配したぞ、機体を失ったと聞いた時は」
「……その件は」
「解っている。君もベストを尽くした、その結果だ。宰相に散々絞られたのだろう? 安心したまえ、傷口に塩を塗り込むような真似はせんよ」
「感謝します」
正直なところ、彼にまで小言を言われるような事態は避けたかったタナトスだ。この温厚な師ならそんなことはしないだろうと思ってはいたが、それを聞いてタナトスは肩を竦めつつ礼を述べた。と同時に、2人はどちらからともなく軍本部の出口へ向けて歩き出す。
「しかし、それ程までに強敵だったのかね。君が戦った王国軍の部隊は」
〝鍵は〟ではなく、王国軍部隊というアグニの言い様から、タナトスは〝鍵〟の情報はごく一部の人間にしか知らされていないのだと改めて認識した。〝鍵〟は以前から皇帝ルシアスにより最重要機密の扱いがなされているが、そのレベルは通常の機密情報の域を超えている。軍部ではかなりの地位にいるはずのアグニですら知らないということがそれを如実に物語っていた。タナトスとて、とある伝手で〝鍵〟との関わりがなければ、何も知らぬままに軍務を全うし――やがて退役していただろう。その身に、狂おしいほどの激情を秘めることもなく。
再燃しかけた憤怒と怨嗟を、なんとか額に皺を寄せる程度に留めて内に封じ込め、タナトスは答えた。
「何、次こそ倒してみせますよ」
「はっは、それでこそ君だ。私も、まだ王国の中に君を打ち倒す程の強者がいると知って、年甲斐もなく興奮していてね」
「何を仰います、シュバイツァー卿。まだまだお若いというのに」
苦笑してタナトスが言うと、アグニは無言で首を振った。
「歳というのは案外馬鹿にできんものだ。昨日までできていたことが、今日には叶わぬことになってしまうかもしれんのだから」
「シュバイツァー卿……」
「君のような後身も育ってきてくれている。どうかね、例の件は考えてくれたかな?」
アグニの問いにタナトスは言葉に詰まった。
彼には娘が1人いる。名は、メアリィ=シュバイツァー。その娘とタナトスとの間に、縁談が持ち上がっていた。アグニがタナトスを気に入っていることから浮上したものだが、当人であるメアリィも満更でもないようで、あとはタナトスの承諾があればすぐにでも婚姻の手続きに入る準備はできている。
それでは問題のタナトスがどう思っているかだが――悪い話ではない、と思っている。シュバイツァー家は代々その双肩で皇帝の信を背負う名家である。貧民の出であるタナトスにしてみれば逆玉の輿であり、何回か顔を合わせたことのあるメアリィは聡明で器量がよいときているのだから。
けれど、それでも――。
「申し訳ありません、今は……ですが」
「そうか……。いや、いいんだ。結論を急ぐ必要はない。一生の問題だ、よく考えて決めたまえ」
「ありがとうございます」
こうして結論を先送りにする度、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。せめて早々にかたをつけて、早くこの恩師を安心させてやりたい。そう願うタナトスが決意を新たにした頃には、気づけば既に軍本部の巨大な扉の前にいた。
「私は軍議があるからここまでだが、君はこれからどうするね?」
「兵器開発部に呼ばれています。その後はブリーフィングです」
「そうか。……しっかりやるのだぞ。応援している」
「はっ。恐縮です」
タナトスの敬礼へ、アグニもまた敬礼で返す。最後に微笑みを残すと、アグニは軍議の行われる最高会議室へと歩いて行った。
「……さて」
アグニの風格のある背中を見送り、タナトスは表情を引き締めた。
兵器開発部の用件は大体想像がついている。おそらくは機体を失った彼に、新たな機体を与えるためだろう。兵器の受領なら初めてではないので、新兵よろしく子供のように興奮したりはしないタナトスだが、その正体に興味はあった。タナトス程の地位にいる男に、よもや一般兵の搭乗する〝ポーン〟や〝ナイト〟のような量産型が支給されたりはしないだろう。相応の地位にいるタナトスの機体がその程度のものであるなど、軍上層部が許しはしないはずだ。であれば何かそれなりの機体が与えられるはずなのだ。エースというものは、単に強ければいいというものではない。エースとは、敵軍には畏怖を、友軍に希望を与える存在でなければならない。それは機体にも言えることで、相応の性能が備わっていなければ意味がないのだ。
そんなタナトスに与えられる、新しい機体とは一体何か。最新鋭機がロールアウトされたという報告は上がっていない状況での兵器受領だ。これから己の命を預けることになる機体であればこそ、気にならないはずはなかった。
兵器開発部は、軍本部のすぐ隣に併設されていた。本部程ではないとはいえ、それなりに大きくそびえた黒塗りの建造物の正面のドアを潜ると、真っ直ぐに研究室を目指した。
今回の兵器受領を、タナトスが訝しんだ理由の1つがこれだ。普通、CAは実際に機体が保管されているハンガーで行うのが基本だ。そこでメカニックから機体の説明を受け、その後事務室へ移り書類手続きに入る。けれど彼が呼ばれた先は、ハンガーではなく研究室。CAに搭載する兵器や、CAの機体そのものの立案や開発、シミュレーションを行う部署だ。様々な謎が頭を飛び交う中、タナトスは研究室のあるフロアへと続くエレベーターに乗る。
ややあってチン、と音を立てて止まったエレベーターから降り、タナトスは迷うことなく、目の前に真っ直ぐ続いている廊下を進んでいく。
研究室は、その突き当りにあった。
「……ここか」
IDカードを機械に通し、ロックが解除されたことを確認すると、タナトスはドアの開閉ボタンを押して中へ入った。
研究室の中は――雑然としている、の一言に尽きた。所狭しと計器類が並び、奥の壁際には液体を満載した3つのポッドが並んでいる。何もない場所にも床にはケーブルが何本も這っていて、気を張って歩かなければ転んでしまいそうだ。
そんな光景にタナトスが僅かに顔をしかめていると、研究員の1人らしき白衣を来た眼鏡の男性が近寄ってきて敬礼した。
「失礼します。タナトス師団長でありますか?」
「いかにも、私がそのタナトスだが」
「お呼び立てして申し訳ありません。さ、こちらへ」
研究員に案内され、ケーブルに足をとられないよう注意しつつ、タナトスは部屋の奥へ移動した。目の前には、入り口からも見えた大きなポッド。遠くから見てもそれなりに大きなものであることは解ったが、近くで見ると改めてその大きさが実感できる。台の上に乗っているため精確な大きさは解らないが、長身のタナトスの身の丈と同じくらいの大きさはあろう。
「お待たせしました。師団長の新たな機体はこちらになります」
研究員の言葉にタナトスがそちらを見やると、彼の手に1つの小さな白い箱があった。箱の蓋は開いており、まるで勲章のように、ふかふかの綿の上に腕輪状のデバイスが収められていた。
しかし、彼はこれがタナトスの新たな機体であると言った。普通の将兵であれば、こんな腕輪が機体なはずがあるかと怒鳴るところだが、タナトスはその正体を一目見た時から見抜いていた。だからこそ彼は、怒鳴り声の代わりに驚愕の表情を浮かべ、その腕輪を手に取った。
「これは……もしや、BAUか!?」
「お解りになりますか」
「ああ。だが、まさかもう完成していたとは……!」
驚愕と物珍しさが入り混じった視線で、しげしげと腕輪を見つめるタナトス。それをそのまま腕にはめると、腕輪に着いた藍色のコアが淡く発光する。
『こんにちは、マスター』
「……喋るのか」
「簡易AIを搭載しています。さすがにオリジナルには劣りますがね。」
「なるほどな……おっと、失礼」
研究員の補足に納得したタナトスの通信機が突然鳴った。研究員に背を向け、通信機の通話ボタンを押す。
「私だ」
『師団長、そろそろブリーフィングのお時間です。ブリーフィングルームへお越し下さい』
「む、もうそんな時間か。解った、すぐ行こう」
『はっ』
敬礼する配下の兵の姿を最後に、ホロウィンドウは消滅した。
「すまない。ゆっくり説明を聞きたかったが、そうもいかぬようだ」
「いえ、軍議を優先させて下さい。書類は後で執務室に届けさせます」
「そうしてくれ」
最後に敬礼を残し、タナトスは研究室を後にした。今度は一路、本部にあるブリーフィングルームへと向かう。
「お待ちしておりました」
ブリーフィングルームに入ると、数人の将校が中央のテーブル型のモニターを囲むようにして立っていて、タナトスが部屋へ入ると一斉にそちらを見やった。その中でも眼鏡をかけた優男風の男が、タナトスを出迎える。その奥にいるのも軽薄な笑みを浮かべた青年から、いかにも重鎮といった風の偉丈夫など、個性的な顔ぶればかりだ。
「私が最後か、すまないな」
「いえ、皆で意見を出し合っていたところですよ」
一通り皆を見渡したところで、ほう、と感心したようにタナトスは相槌を打つ。タナトスが近づくと言われるまでもなく兵士達は場所を譲り、タナトスも遠慮なくそこからモニターに映し出された図面を覗き込んだ。
「して、どうだ。何か策はあるのか?」
タナトスの言葉にうなずいた眼鏡の男が手元のタブレット端末を操作する。するとモニターの映像が変わり、1つの地図が映し出された。クラスタ基地周辺の地形を示したもので、そこに友軍を示す赤い光点が現れる。
「現在敵は、ルイアナ防衛のために戦力を割き疲弊しています。また、前回の戦闘の経験からも、ルイアナを野放しにしておくとは考えづらいでしょう。まだ、増援が到着したという報告もありません」
「なるほど。今なら奴らの戦力は、クラスタとルイアナの2つに分散しているというわけか」
「そうです」
「ですが、クラスタを強襲するにしてもまずルイアナを越えねばなりません。モタモタしていたら王都からの援軍が到着し、押し返されてしまう恐れがあります」
「ふむ……」
タナトスは、モニターに映る帝国領とルイアナ基地、そしてクラスタを見据えた。ルイアナ基地と、現在は帝国の所有である要塞は左右を山脈に囲まれた特殊な地形の下に立っており、山脈を越えることは不可能ではないが、ローラー移動を機動の主としているCAでは山越えは辛いものがある。いっそ空を飛んでいければいいのだが、いかにCA開発に秀でた帝国軍といえど、フライトユニット搭載型はまだそれほど量産が進んでおらず、基地を攻略できるほどの戦力を確保することは難しいだろう。つまり正攻法なら、まずルイアナを落とし、次いでクラスタに攻め込むのが定石だが、そうした場合、部下の1人が指摘したようにルイアナを攻略している間に王都からの増援がクラスタに合流してしまう可能性が高い。そうなれば多勢に無勢であり、いかにタナトスといえど劣勢は明らか。
ならば――どうするか。
「そうだな。ならば、やはり山越えが最良の策だろう」
「ですが、山を越えるとなると陸戦CAの装備では……」
「解っている。だがそれはあくまでも〝CAだけなら〟の話だ」
「と、いいますと?」
眼鏡の男の問いに、不敵な笑みを浮かべてタナトスは言う。
「自力で行くのが無理なら、運んでもらえばいいということだよ」
☆★☆★☆★☆
爆発に次ぐ爆発。クラスタ基地から放たれる対空砲火の雨。防衛システムが1つ、また1つと破壊されていく中、司令室では未だにどこから攻撃されているのかすら特定できずにいた。
見えない敵への恐怖からか、焦りと不安ばかりが募っていく。そんな中、管制のレーダーが漸く敵機の反応をキャッチした。
「レーダーに感あり! CAクラスと思われます!」
「漸く姿を現したか、帝国軍どもめ!」
散々やられた反動もあってか、ヘイルの表情が醜い笑みに歪む。漸く反撃できると思えば無理もなかろうか。
喜色を浮かべるヘイルに対し、管制官が敵の戦力を分析していく。
「〝ポーン〟6、〝ナイト〟2、アンノウンの反応1つを確認。しかし………こ、これは……」
「どうした、何があった!?」
管制官の声が上ずっていくのに気付き、ヘイルが怒鳴った。極度に狼狽した様子の管制官が、彼の方を振り返って叫んだ。
「反応は……ち、直上! 本基地の真上です!」
「な、何だとっ!?」
ヘイルが驚愕の声音で叫び返すのと同時に、外の様子を映し出すモニターを何かが横切った。それは1つではなく、実に8もの影が垂直に地面へ向けて落ちてきて、大きな地響きを上げた。
その只中、巨兵達の中央に、黒衣を纏った銀髪の死神が舞い降り、鋭い眼光を真っ直ぐに基地へと向ける。
「さあ……今日こそ決着といこうか!」
身の丈程もある大鎌を雄々しく振り上げる〝死神〟。
リオスも、ゲイルも。誰1人彼らと相対出来ぬ最悪の状況での、攻勢が始まった。