表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

Episode 9 光速




「……というわけで、今すっごくピンチなんです! どなたか応援に来ていただけませんか?」


 リオスが〝デスサイズ〟と激闘を繰り広げている光景を目の前にして、ステラは離れた位置にいるゲイルに応援を求めていた。

 2人だけで突破するには、敵はあまりにも強大過ぎる。隊長であるゲイルの腕前はステラも知っているから、彼自身が来てくれるのならそれに越したことはないとは思っているのだが、指揮系統を放っていくわけにもいかないであろうことから、それは高望みであろうということもまた同時に理解している。だから、ステラは彼に来て欲しいという本音を敢えて飲み込み、誰でもいいから来て欲しい旨のみを伝えた。


「とはいっても、今ミレイスの方が立て込んでる。お前達だけで対処出来ないか?」


「む、無理ですよっ! 相手はあの〝帝国の死神〟ですよ!?」


「だよなぁ……」


 ゲイルとて、隊に入ってまだ日も浅いルーキーと、そもそも軍人ですらないど素人のたった2人だけでかの死神を倒せるとは思っていない。それどころか常識的に考えれば、彼らが今の今まで生き残っていて、あまつさえステラが通信を行う余裕があるということ自体が本来ならば奇跡なのだ。

 なるべく多くの増援を送り、可能なら自分もすぐにでも駆けつけたいところではあるのだが、自分は自分で数機の機体を相手にしている真っ最中である上、ミレイスの方も何やら厄介な問題が浮上しているらしい。戦線を維持するためには、今はどこからも戦力を割くわけにはいかなかった。


「とにかく、もうちょっと持ち堪えろ。すぐにここを片付けて俺が……っと」


「隊長?」


「悪いがちょっと野暮用が出来た。必ず応援には向かうから、今は持ち堪えろ。いいな!」


「え、ちょっとたいちょ……」


 早口に指示を飛ばし、焦った様子のステラの言葉も最後まで聞くことなく、ゲイルは通信を切って機体を反転させる。

 何故、と理由を問われれば、直感的なものだとしか答えることは出来ない。急に頭を過ぎった嫌な予感と、遠目に見えた爆炎。それだけが彼の心を揺らし、戦線離脱を促した。けれど、それを血迷ったと侮蔑することは出来ない。何故なら――。


(間に合ってくれよ……!)


 彼の直感は、こと戦場においてはよく当たるのだから。




☆★☆★☆★☆




 空色と紅、2色のビームが荒野の砂煙を貫いて幾度となくすれ違う。リオスの放った空色のビームが、〝デスサイズ〟の漆黒の機体に迫り、しかし実際に光条がそれを貫くと、〝デスサイズ〟の姿はまるで蜃気楼のように揺らいだ後消滅し、その先にあった茶の大地に着弾して焼け焦げたクレーターを形作る。


「くそ、またっ……!」


 真紅の炎から立ち上る黒煙を眼下に捉え、リオスは毒づく。もう何度もあの蜃気楼に惑わされ、何発ものビームが虚しく何もない虚空を貫いた。それにより穿たれた荒野の地が幾つも似たようなクレーターを形成していて、まるで流星群でも落下した後のようであった。

 しかし、そんな惨状を憂いている余裕は今のリオスにはない。リオスが幻影の方を攻撃した隙を突き、光学迷彩により隠れていた〝デスサイズ〟が姿を現し、左腕に搭載された砲を放った。


「くっ……!?」


 射撃音で、背後の〝デスサイズ〟の動きに気付いたリオスは振り返ることなく真っ直ぐに高度を落とし、ビームを回避する。サイズの違いだけではない。兵器を操るパイロットの力量も、タナトスはリオスを大きく上回っている。加えて、この搦手。リオスの体力、精神力は、既に極限まで擦り切れていた。


「フン。さすがは鍵だ、よく粘るな」


 端正なタナトスの口元が、幻惑に踊り狂うリオスの姿を前に笑みに歪む。もはやそれほど苛烈な攻撃を行わずとも、このままならいずれリオスはスタミナ不足で倒れるだろう。ACMと比較した場合の、CAの最大の利点がそれだ。コックピットにただ座っていればいいCAと違い、身体に直接装着するというACMの性質上、ACMの運用を行うには、使用者自身が己の身体を動かさねばならない。CAとACM、どちらがより使用者の体力を多く消耗するか、それは火を見るより明らかだろう。そう考えれば、〝デスサイズ〟を相手にここまで粘ったリオスは十分に善戦していると言える。

 けれど、それももはや限界に近い。荒野の大地に倒れ伏すリオスの姿を脳裏に描き薄く笑ったタナトスだったが、その笑みもすぐに消え失せた。


(……尤も、我らが偉大なる皇帝陛下のご意向にはそぐわんか)


 彼が今回受けた命は、捕獲。そう、〝撃破〟ではなく〝捕獲〟である。皇帝の勅命には、確かにそう書かれていた。

 皇帝の目的を知っているタナトスは、その命令に特別疑問を抱くことはなかった。当然だろうと思ったし、それで自分にその役目を与えた皇帝の真意も理解できる。けれど、それを思い出したタナトスの表情は、悔しげに歪んでいた。まるでその手で彼を痛ぶり、打ち倒すことができぬ不幸を呪うかの如く。

 けれど、命令は命令である。いかに彼が〝死神〟と謳われし戦士であろうとも、皇帝から見れば彼もまた己の手駒の1つに過ぎない。今この場は己の情に流される時ではないと、彼がリオスの捕獲に乗り出した――その矢先だった。


「……何だ?」


 〝デスサイズ〟のモニターが、奇妙なリオスの行動を捉えていた。

 〝デスサイズ〟が作り出す幻影に惑わされていたリオスが、ある程度高度を挙げた後、突如自由落下を始めた。始めは、まるで時の流れがスローになったようにゆっくりとした動きで――そして、段々と勢いをつけて砂と石だらけの地面へ向けて落下を始める。


「……血迷ったか? あれでは地面へ激突して終わりだ」


 呆気ない最期だ、とタナトスは意図の読めぬ彼の行動に嘆息した。あの速度で地面へ落下すれば、たとえACMを纏っているといえど、決してただでは済まないだろう。皇帝には悪いが、このまま自爆でかたを付けるとしよう。――そんなことを密かに考えていたタナトスの目の前で、落下していたリオスの目が一気に見開かれた。

 地面へ勢い良く落下したリオスは、その寸前にスラスターを全開で吹かし、全力で制動をかけた。スラスターが噴き出す向きは、当然地面。地面の砂は、その凄まじい風と衝撃に巻き上げられた。


「一体何を……っ!?」


 訝しげに彼の奇怪な行動を眺めていたタナトスだったが、その後のリオスの行動に反応し素早く操縦桿を操作する。真っ直ぐに、リオスは〝デスサイズ〟へ向けて突撃してきていた。タナトスは機体を後方にスライドさせると、光学迷彩を解いてバルカン砲で迎撃する。


「何故、こちらの位置が……!?」


 リオスの機動に一切の迷いはない。確実に、〝デスサイズ〟の動きを把握した上での突撃だ。何故、見えないはずの〝デスサイズ〟の位置を正確に特定できたのか。空色のシールドで砲を弾いた後、反撃とばかりに飛んできたビームを回避して、タナトスはそこで漸く先程の一見奇怪なリオスの行動の意図に気付いた。


「なるほど。あの時の自由落下は、巻き上げた砂でこちらの位置を特定するためのものか。……いや、それだけではない。砂を被せることで、空気中に散布した粒子の幻影に使える有効量をも減らした……!」


 大きく巻き上げた砂の飛び散り方とその跳ね返り方で〝デスサイズ〟の位置を特定し、砂で空気中に散布された粒子を飲み込むことで、幻影操作に使える粒子の数を減らす。強引な方法ではあるが、こんな方法でこの〝デスサイズ〟のステルス機構を見切るとは思いもしなかったタナトスの表情には、驚きこそあれ、悔しさは微塵も見受けられなかった。そればかりか、そんな思いもよらぬ反撃を繰り出してきた敵に対する好戦的な笑みすら浮かべていたのだ。


「くくく……そうだ、そうでなくてはな! それくらいでなくてはこの死神、魂を狩る甲斐がないというものっ!」


 それまで回避に徹していたタナトスが、一気に攻勢に転じた。大鎌を高く掲げ、飛び回るリオスへ向けて振り下ろす。

 剣を構えて突撃していたリオスは途中ではっとした表情で急停止すると、側面のスラスターを吹かしてその斬撃を避ける。けれど、それだけでタナトスの攻撃は終わらない。大鎌が空振りしたと見るや、即座に操縦桿のトリガーを引く。次の瞬間、〝デスサイズ〟胸部のバルカン砲がリオスへ弾丸の雨を降らせる。


「くっ!?」


 間髪入れずに繰り出された連続攻撃を、やむを得ずリオスはシールドを張って防ぐ。空色の半透明な球状シールドがリオスの身体を包み込み、巨大な弾丸と激しく衝突した。グロリアスが衝撃を軽減しているとはいえ、内部にまでビリビリと伝わる震動が、疲弊したリオスの精神をも揺らす。漸く砲弾の雨が止むと、半透明なシールド越しに大きく振り上げられた大鎌が見えて、リオスはシールドを解除し、気を抜けば忽ち止まってしまいそうな身体に鞭を打ってスラスターを吹かした。そのすぐ次の瞬間、鼻先を大鎌の刃が通り過ぎていく。


「逃がすかっ!」


 それを追いかけて、今度は〝デスサイズ〟の左腕に内蔵されたビームガンが火を噴く。フラフラと飛びながら、リオスは必死の思いで紅の光線を避けた。


「リオス君……!」


 2人が激闘を繰り広げている場所より若干離れたところで、ゲイルとの通信を終え漸くリオスに目をやると、フラフラと飛ぶリオスの姿にステラは焦りを露わにした。慌てて機体を操り、ビームランチャーの照準を〝デスサイズ〟へ合わせる。

 轟音を上げて、CA最高峰の砲が放たれた。山吹色の熱線は、直撃すればかの〝死神〟だろうが一撃で蒸発させる。

 だが――タナトスは見切っていた。背後から熱源が迫っていると理解すると、無駄のない動作で機体を横へスライドさせる。遅れて、ステラ機が放ったビームがそこへ届き、目標地点からはやや離れた場所の地面へ着弾してドーム状の爆炎が上がった。


「そうだ、貴様の存在を忘れていたな」


「無茶だ、ステラッ!」


 ステラ機へ向けて転進した〝デスサイズ〟に、リオスは叫びを上げて後を追う。援護をしたということはゲイルとの通信は終了したのだろうが、それでも彼女の腕ではおそらくタナトスには敵わない。実際に手合わせをしながら、リオスは感覚的にそれを悟っていた。タナトスを彼女の下へ向かわせるわけにはいかない。リオスは全力でスラスターを吹かし、〝デスサイズ〟を追いかける。

 だが。


「うっ……!?」


 差は縮まらず、それどころかどんどんと開いていく。リオスは知り得ぬことだが、〝デスサイズ〟と〝グロリアス〟のスラスター出力では〝デスサイズ〟の方が上回っている。スラスターの大きさを考えれば当然のことだが、速度でも初動でも負けているのなら、タナトスの〝デスサイズ〟の方が目標地点へ早く到達するのは道理である。

 ステラは機体に剣を抜かせたまま、コックピットの中で硬直していた。急激に迫ってくる敵の将、エースパイロットを前にした恐怖。それがステラの思考を奪い、彼女の身体から自由をも奪っていた。〝デスサイズ〟を追うリオスを、とてつもなく大きな焦燥感が襲った。このままでは守れないかもしれない。せめて、あの少女だけは守りたいと思っていたが――それは果たして自分の高望みだったのだろうか。

 無力感に苛まれるリオス。その時、彼の脳裏を記憶にない光景が過ぎった。


(何、だ……これ……!?)


 まるで昔のフィルム式映写機のように不鮮明で、断片的な映像。けれど、リオスは朧気ながらも理解した。自分はこの光景を知っていると。燃え盛る街、逃げ惑う人々。地獄絵図の中で自分が伸ばした手は、真っ直ぐにある黒い髪の少女へと向けられていた。ちょうど今、リオスが現実にしているのと同じようにお。速く、もっと速く。そう願っても、少女の姿はどんどん遠ざかっていき、やがて自分の手の届かないところへといってしまう。

 リオスの中に、とてつもない焦燥感と、失うことへの恐怖が芽生えた。それはやがて膨大なうねりとなって、意識の中に映し出された光景を飲み込んでいく。そして全てが赤黒い何かによって塗り潰された後、視界は再び現実の荒野に戻る。




「……させるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 絶叫するリオスの中で――何かが弾けた。



『STRIKE FORM, UPLOAD.』



 そんな文字の羅列が書かれたホロウインドウが1つ、リオスの目の前に表れたが、すぐに消滅する。それと同時にグロリアスの装甲が開き始め、中から複数のスラスターの噴射口が現れた。

 そして、その全てに火が(とも)ったその時――爆発的な加速が生まれる。

 差を縮める、というどころの話ではない。圧倒的加速力で〝デスサイズ〟を追い抜くと、間一髪でステラ機と〝デスサイズ〟との間に割り込んで、大鎌の刃を受け止めた。


「がっ!?」


 大鎌の衝撃は、バルカン砲の比ではなかった。殺しきれなかった衝撃がリオスの身体にまで跳ね返ってきて、リオスは半透明な球状シールドの中で悶絶する。振り下ろされた大鎌の刃が、リオスのシールドとせめぎ合って激しくスパークを辺りに撒き散らした。その、真昼間にも関わらず鮮烈な眩さで周囲を照らす閃光を呆然と見つめ、ステラはただ黙って見ているしか出来なかった。

 タナトスは驚愕の眼差しで、モニターの中に映るリオスの姿を見つめていたが、ややあって強引に大鎌を押し込み、リオスを地面へ叩き伏せた。シールドが解除され、直接受けた衝撃によるものであろうダメージで血塗れになったリオスの姿が見えた――が、すぐに消えた。


「な……」


 どこへ、と疑問を抱く前に、〝デスサイズ〟の左腕が半ばから消し飛んだ。あまりに唐突な事態に、タナトスは全く反応することも出来ず呆然と目を見開く。戦場における思考の停止は、死に繋がる。タナトスはこれまで幾度となく、部下達にそう説教をしてきたはずだった。そんな彼の思考をも、一瞬で凍りつかせる異常事態。

 リオスの――否、グロリアスの熱源反応はレーダーが感知している。が、モニターはその姿を捉えることすら出来ず、レーダーにはエネミーの反応であることを示す紅い光点が不規則な点滅を繰り返している。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 猛々しく雄叫びを上げ、リオスは舞った。周囲の全てを置き去りにした光速の世界で1人、〝デスサイズ〟を中心とした激しい乱舞。煌めく剣はさながら舞いを彩る装飾のようだが、彼の立つ世界の外にいる人間の目には、それはただの銀色の煌きとしか映らなかったことだろう。

 

「あれ、は……!?」


 一瞬の隙に機体を後方へ走らせ距離を開けたステラにも、何が起こっているのか理解出来なかった。彼女にはただ、目の前の〝死神〟の漆黒の機体がバラバラに解体されていく光景としか理解出来ない。まずは右腕。肘から切り落とされ、支えを全て失った大鎌ごと砂の地面へ落下した。そして左足、右足と――漆黒の死神が次々と切り刻まれていく中、唯一ステラに視覚出来たのは、おそらくはそれを実行しているのであろうリオスの、残像と呼べるかすらも解らない不鮮明な影だけだった。

 

「くっ……!」


 ズズン、と地響きを轟かせて倒れ込む〝デスサイズ〟の姿勢を整えようとタナトスは操縦桿を弄るが、そもそも脚部を切断されているのだ。姿勢を維持出来なくなった〝デスサイズ〟は、完全に地面へ倒れ込んだ。


「やっ、た……」


 光速の世界から脱したリオスは、ステラの〝ファウスト〟の近くに姿を現した。額には脂汗が浮かび、傍目から見ても相当疲弊しているであろうことが解る。ロングソードを杖代わりにして跪き、荒い呼吸を整えながら、リオスは倒れ伏す漆黒の機体を見つめた。

 四肢を切り落としたのだ。もう大したことは出来ないはず。そう考えていたリオスの考えは正しく、コックピットの後部にあたる背部の部分が離脱して、まるで小型の戦闘機のような形状に姿を変え、飛び去っていく。


「逃げていったの……!?」


 一連の戦闘を前に呆気に取られていたステラは、己の言葉と、跪いた姿勢のまま動かないリオスの姿に我に返った。一瞬、敵を追いかけねばという考えが頭を過ぎったが、ステラには目の前の少年を見捨てることはどうしても出来なかった。


「リオス君!」


 飛び去っていく黒い影に背を向けてコックピットハッチを開け、ワイヤーに掴まって下へ降りたステラはリオスの下へ駆け寄った。幸い意識はあるようで、仰向けに膝の上に抱き上げられたリオスはステラの姿を認めると、弱々しくふっと微笑む。


「ステラ……勝った、よ……」


「うん……うんっ!」


 泣きそうな顔で、ステラは服がリオスの血で汚れるのもお構いなしに彼を固く抱きしめた。あの〝死神〟を相手に、無事生き残ったことが――そして、彼自身が生きていてくれたことが何より嬉しくて。

 恥ずかしげに頬を染めながらステラの腕に身を委ね、リオスはそっと目を閉じた。




☆★☆★☆★☆




 死んだ、とホークは漠然と状況を理解していた。モニターを埋め尽くすビームの光。それを向けられているのは、紛れも無く己なのだから。

 だから、次の瞬間に目の前に飛び込んできた光景に理解が及ぶのに、たっぷり数秒を要した。


「ホーク、おいテメェ無事かっ!?」


 通信機から、己の最も敬愛する上司の声が聞こえてくるが、ホークは反応できない。何故ならその声は、たった今彼の目の前で右腕をもぎ取られた、ゲイルの機体から届いていたからだ。

 

「た、隊長……!」


「……大丈夫みたいだな。よかった」


 通信器越しに聞こえてくるゲイルの安堵の声も、ホークには届かない。ゲイルの機体の右腕は、咄嗟のカバーで当たりどころが悪かったのか、肩から丸々なくなっていて、僅かながら黒煙が上がっている。間違いなく、ホークを庇った際に敵機のビームにやられた傷跡だった。


「お前は下がってろ」


「しかし、隊長!」


「いいから下がってろ。足手纏いだ」


「……っ」


 己の無茶のせいで傷つけてしまった、その相手にそう言われてしまえばぐうの音も出ず、ホークは大人しく後方に下がった。それを庇うようにして、ゲイルの機体――藍色に塗装された〝ファウスト〟が、帝国軍の前に立ちはだかる。


「ほう。たった1機で我らを相手にしようとは。それだけの自信があるのか、それともただの馬鹿か……」


 敵機を纏めていた部隊指揮官にして〝ナイト〟のパイロットは、突如割り込んできた紺碧の機体をじっくりと見定めながら、ビームガンを腰に収め、代わりに剣を引き抜いた。途端にエネルギーが循環し、刀身は赤熱したように赤く滾る。


「後方の敵に注意しつつ包囲。指揮官を倒せば敵は瓦解する!」


「はっ!」


 敵指揮官の命に従い、散開する〝ポーン〟達。破壊された右腕に握っていたビームガンを左腕で拾い上げ腰に収めると、翡翠色に輝く剣を抜いてゲイル機は身構えた。ゲイル機を中心とし、円形に包囲する〝ポーン〟をその輪の外から見ていたシエル機が動こうとするのを、傍にいたミレイス機が制止する。


「副隊長、このままじゃ隊長が……!」


「まあ見ていろ。〝あの程度の包囲〟、隊長ならば何の問題もない」


「は、はぁ……」


 あまりにきっぱりと言い切るミレイスの言葉に、シエルは何も言えず機体を下げた。それから一歩遅れて戦力外通告を受け下がってきたホーク機を、ミレイスはじっと見つめる。まるで、隊長が囲まれていることなど彼の問題に比べれば、全くの些事であるというかのように。

 輪の中心で、いつでも飛び出せるよう操縦桿を握り、ゲイルはモニターに映し出された包囲網を見渡す。現在残っている機体数で、最も隙のない包囲――だが、それを見たゲイルはまるで話にならないとばかりに大仰な溜め息をついた。

 

「やれやれ、そんなんでこの俺をやれると本気で思ってんのかね。見くびられたもんだな」


「総員、攻撃開……」

 

 溜め息をついたゲイルが一気に操縦桿を前に押し込むのと、敵指揮官が総攻撃の命を下そうとしたのはほぼ同時だった。結果、敵指揮官が攻撃開始、と言い切る前に、一瞬の内に前へ出たゲイル機が正面の〝ポーン〟をコックピットごと両断した。


「……え?」


 客観的に一部始終を見ていたはずのシエルでさえ、一瞬何が起こったのか解らず間抜けな声を上げてしまったが、ややあって2つに分かれた〝ポーン〟の機体が爆散・炎上すると漸く、始めからこうなると知っていたミレイスとホーク以外の全ての人間が、この事態を理解した。

 『スラスターを爆発させ一気に加速したゲイル機が、正面にいた〝ポーン〟を一撃で切り裂き撃破した』。起きたのはこれほどまでに単純で、誰にでも理解できること。しかしこれほどの包囲網の中でそれを行うというのは、並大抵のことではなかった。


「う……撃て撃てぇーーーーーーーーー!」


 と、我に返った指揮官が命令すると、他の〝ポーン〟が漸く攻撃を開始する。一斉に機関銃を放ち、銃弾の雨が驟雨の如くゲイル機へ襲いかかる。


「遅ぇよっ!」


 しかしそれすらも、ゲイル=ハミルトンという男には小雨も同然だった。他の〝ファウスト〟よりも大きく増設されたバックパックが爆発的な加速を生み出す。大地を疾風の如く駆け抜ける、深い海を思わせる紺碧の〝ファウスト〟。これ程の加速力、並のパイロットでは到底乗りこなせることはできまい。コックピットで操縦桿を操っているのがゲイルであるからこそ扱い切れる代物であることは、彼の戦いを初めて見るシエルにも一目で理解できた。

 如何にCA専用の高威力機関銃といえど、当たらなければ意味がない。超高速で移動する目標を追いきれなかった銃弾は、次々と荒野の赤みを帯びた地面へ落下していく。そして大きく回り込んだゲイル機は走りながら剣を収めると、弾幕が弱まった一瞬の隙を突いて銃に持ち替え、また1機の〝ポーン〟を狙い撃った。不意を突かれた〝ポーン〟は反応できず、金色のビームを胴に受け爆散する。

 それからは、まさしくゲイルの独壇場であった。ビームや銃弾は尽くゲイル機の機体を捉えることが出来ず、掠りもしない攻撃が虚しく地面へ着弾する。そしてお返しとばかりに打ち込まれるビームや翡翠色の斬撃が、帝国軍側の戦力をじりじりと削っていった。


「くっ、まさか……まさか我々が、王国軍の……それも、たった1機のCAなどに……!」


 敵指揮官は呆然と、繰り広げられる惨状を前にして震える声で呟いた。

 彼は完全に、ハミルトン隊を見くびっていた。事実上、スペックの上では王国軍のCAは帝国軍のそれを下回っているということは、帝国軍も認知しているところだ。そういった極めて普遍的な見地から物を言えば、指揮官の目測は決して的外れではなかった。――ゲイルのような幾つかの例外を除いては、ではあるが。少なくとも昨今の戦場における多くのパターンにおいては、決して間違った選択ではなかったのだ。ただ彼にとって唯一の失態は、タナトスという最大の戦力を欠いたまま、ゲイルを相手にしたことだろう。或いはゲイルがこちらに来たにも関わらず、彼の相手をしていたはずの機体の合流がなかったことに対し少しでも疑問を抱いていれば、結果に若干の違いはあったのかもしれないが、いずれにせよそれは程度の違いに過ぎないであろうことは明白であった。

 いつの間にか、無傷で生き残っているのは指揮官の駆る〝ナイト〟だけになっていた。黒煙を上げてスクラップと化している部下達の機体を背にし、まるで「まだやるか?」と挑発するかのように片腕で剣を構えるゲイルの機体。それを前にして、漸く己の完全な敗北を悟った指揮官は機体を反転させた。


「! 逃がすかっ!」


「シエル、よせ」


「でも、隊長っ!」


「逃げる奴を意味も無く背中から撃つことはない。……解るだろ?」


「……はい」


 ゲイルの言葉に頷いたシエルは、走り去る〝ナイト〟を狙っていたビームガンを下ろした。戦争をしている身としては甘いことこの上ないが、それがゲイルの哲学なのだろう。どんどん遠く、小さくなっていく黒い影を見送って、ゲイルは言った。


「さあ、リオスの奴を助けに行くぞ。あっちが今は一番大変だろうからな」


「はい!」


 あちこちから黒煙の上がる戦場の真っ只中を、4つの巨躯が駆け抜ける。その中の1つの操縦桿を握るホークは、未だ己の失態で受けたショックを引き摺っていた。

 確かに頭に血が上っていた。いきなりふっと沸いて、居場所を侵し始めた得体の知れない存在。それがどうしても許せなくて、周りが見えなくなっていた。結果、何をしただろう。命令無視の挙句、ゲイルの機体に傷を付けてしまった。結果的にゲイルは勝った――が、それはあくまで結果であって、己の愚かな行動で仲間が傷ついたのは変えようのない事実。


「俺は……」


 仲間のやや後方を行く機体の中で、ホークは静かに目を伏せた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ