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Prologue 禁忌の扉




『嘗て、星は2つあった。


多くの自然を備える青き星と、人間達が繁栄を続ける緑の星。


2つの星の運命は交わることなく、永久に平行した道を辿るはずであった。


しかし、その均衡は突如として崩れ去る。


緑の星に生まれた、強大な闇によって。闇は人々を蹂躙し、緑の星を血の赤に染めた。


そんな最中(さなか)、緑の星に天使と悪魔が生まれ落ちる。2人は禁忌の交わりをもって、闇を緑の星に封じ込めた。


そのココロと――――魂と引き換えに。』



これは、この世界の創世の歴史として古くから語り継がれる伝承。


そんなものは、所詮御伽噺に過ぎない。そう鼻で笑う者も少なくないが、各地に残る遺跡が現代にまで伝えているそれは、学術的には信憑性の高いものとして知られていた。


しかし、学者達はその記述が、一体何を表しているのかまでは読み解くことは出来なかった。上記に示されるように比喩や抽象を用いられた記述は、文字の解読に加えて暗号を解いているようなもので、それが余計に学者達の頭を悩ませていた。


そして今、そういった遺跡の内の1つ。吹雪と厚い氷に閉ざされた、極寒の地にぽつりと建つ1つの遺跡の中に、学者とは似ても似つかぬ出で立ちの男達の姿があった。


厚い防寒具の下に纏うは、紋章が光り輝く深緑の軍服。それ即ち、彼らは学者などではなく、軍より派遣された軍人であることを示している。

男達は遺跡の中を迷うことなく進んでいく。遺跡調査にしては重苦しい装備に身を包んだ一団に驚くほど違和感がないのは、金属質な遺跡の内壁もまた、それに似た冷たい雰囲気を放っているからか。


やがて男達は、行き止まりにたどり着いた。目の前には重い扉。扉は劣化していて、男達は手持ちの装備を用いて、力づくでこじ開けていく。


そして、ついに扉が開くと、そこには―――。


「おお……!」


誰のものであったか、感嘆の声が一行から発せられた。他の者も、声こそ発さないものの、皆目的のものを発見した喜びにうち震えている。


部屋の最奥に安置された、2つの円柱状の培養器。中に見えるのは、静かに眠る2人の男女だった。


「素晴らしい……! 早速陛下に連絡だ!」


列の先頭にいた男は、背後に控えていた別の男へと、興奮を隠しきれない様子でそう言った。

それほどに、目の前のそれは彼にとって待ち望んだものであったのだろう。他の男たちと比べても、彼の興奮はより一層のものであった。


「して、何と?」


背後に控えた別の男が、彼の言葉に対しそう問う。男は彼の方を振り返らぬままに―――ガラス張りの培養器に見入ったまま、こう答えた。


「〝鍵〟を……〝鍵〟を、見つけたと!」







それから、数ヶ月。


培養器はその中身ごと、軍人達の手によってとある研究施設へと移された。

けれど、彼らは知らなかった。自らが手にしようとしているものの正体を。その力の強大さを。


そして―――己の愚かさを。


「ひ、ひいぃっ……」


1人の男の、怯えに引き攣った声が上がる。


刻限は夜。燃え盛る炎が、漆黒の夜空を紅に染め上げる。

燃えているのは、白塗りの建造物。火焔は時間と共に勢いを増し、ついにはその全てを覆い尽くすまでに至った。

崩れた瓦礫が無残な姿を晒し、空を染めている紅蓮とは別に、まき散らされた血が辺りを濃い赤に塗り替えていた。


そんな地獄絵図とも呼べる光景の最中(さなか)、白衣を煤と仲間の血で汚した男の視線が捉えて離さないのは、1人の少年の姿であった。

手には、剣。彼が纏っているコートのようなスーツと同じ、純白の色に輝く刃を持つ剣。しかしそれも今は多くの血に塗れ、少年の髪はそれと同じものと思われる液体により赤黒く変色していた。


目に光はない。無機質な空色の瞳が、虚ろに白衣の男を見つめていた。


「……」


無表情に、少年は男の下へ近付いていく。


それとは対照的に、男は恐怖という名の感情を剥き出しにして後退った。

男は、本能的に己の死を悟っていた。だからこそそれは、生存本能が僅かな抵抗として選んだ行動だった。


けれど。少年にとって、それは本当に些細な抵抗に過ぎなかった。

手に握る剣をただ1振りするだけで、少年は彼の命を刈り取ることが出来る。そう、それは実に小さきこと。


少年にとって男は、まるで足元を這う羽虫のような、気にも留める価値のない存在なのだから。


「う……うわああぁぁぁぁぁっ!」


しかし、そこで男は最大限に大胆な抵抗を見せた。傍に落ちていたロケットランチャーを、震える手で少年へ向けたのだ。


おそらく、彼以外の誰かが使用していたものであろう。勢い良く発射された弾を受け少年が吹き飛んだのは、いつの間にか眼前にまで来ていた少年の刃の1振りが男の命の灯火を吹き消した直後のことだった。


「……っ」


ついに最後まで無言のまま、少年は吹き飛ばされる。


飛ばされた先は、崖。身を焼かれる痛みと熱さに対する悲鳴の1つも上げずに、ただ虚ろな表情で、まるで深淵にまで続いているようにすら感じられる崖下の闇へと飲み込まれていく。


その闇の更に先―――崖下に流れる川の水面に浮かび上がった少年の胸元で、紅のネックレスが妖しく輝いた。




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