後話
手広く色んな商売をしている両親のアーカス商会も、元々が曾祖父の職が探索者だったこともあり、探索者向けの商品を多く取り扱っていた。それは武器や防具から始まり迷宮の情報や魔石にまで及んだ。従来は迷宮や魔石は国が厳しく管理をしていたのだが、そうなると結果的に迷宮に潜る者が減り、国が入手できる魔石が減ってから民間に開放された。最終的には国に売却できるとあって在庫を抱えるリスクがあまりいらないものであった。当然、そこに至るまでには色んな技能や経験そして情報の蓄積や人脈の構築が必要となるので、参入障壁はとても高くうちも曾祖父のコネや情報がなければこの分野で商売することは不可能だったであろう。
ともあれ、鑑定のスキルを得た際には両親の商会で働くことも検討したが、結局セドルスは自ら商会を立ちあげる事にした。鑑定のスキルを使う以上、親とは建前だけでも違う商会にしておくことでアーカス商会へかかる圧力を僅かだけでも軽減しようと考えたのだ。そして立ちあげたのが探索者支援商会、イーニス商会であった。商会の名前は曾祖父の妻つまり曾祖母の名前から取ったものだ。曾祖父の名前がアーカスであり、名前からしてアーカス商会とは対立するつもりはないという意味が見て取れるようにしたのだ。こうして、セドルスの商会経営がスタートしたのだった。
イーニス商会のビジネスモデルは実に簡単だ。入会手数料を払い会員となってもらい、会員に対して有料で鑑定を行う。そして、自分の適性を知り取得したい魔法やスキルの分の魔石を買うというスタイルというものだった。他にも魔物や迷宮の情報を売ったり武器防具売買の斡旋を行ったり、会員に対して依頼を出したりと探索者が必要な事であれば基本的になんでも支援を行ったが、やはり商会の根幹はセルドスの鑑定だったといえた。
そして、それは商会設立から5年たった今でも何ら変わる事はなかった。
「フィー、そろそろこの書類に判子押してくれても良い頃だと思うんだけどどうだろ」
「だから押しませんよ? 日ごろの書類の中にさりげなく混ぜるのは止めてくださいといっているのに……。そもそも、商会の代表委任書なんて簡単に作成しないでください」
変な書類が混入……いやセルドスが回した書類に対してフィーが文句を言いに来る。そんな定期的に発生する事態が今日もセルドスの執務室で起きていた。
「でもさ、実際そろそろ交代するべきだと思うんだよね。今俺15歳だから来年成人だろ? だからさ、それに併せて爵位与えようとしてるっぽいんだよ。その前にこの国から出ないとまずいと思うんだよ」
「確かにそれはそうですが……この商会のメインはやはりセルドス様の鑑定で、まだ他に鑑定スキルを得ている人間が出てこないのですから代表は変えれません。それにいざとなったら一緒に逃げましょう」
「でも、結構俺抜きでもできるように色んな制度とか作ったりしただろ? 多少勢いは落ちるかもしれないけど……なんとかなると思うんだよね」
そのために頑張って来たんだしさと心の中で呟いた。実際本人的には自分が居なくてもいける体制づくりにするために色々頑張って来たのも事実だったりする。引退探索者による戦闘術講座や魔法講座。熟練者による初心者への探索同行。探索者でしかなしえないような仕事や事態を依頼という形で受けて、探索者に提供と挙げ出せばキリはないが、イーニス商会は探索者にとっても周辺住民にとっても必要な存在となるようにその職務を広げて来たのだ。だが、それだけの事をしても鑑定の能力は手放されなかったのだ。
セルドスの心中を察することが出来るため、サファルフィーも複雑であった。主人の自由になりたいという気持ちは痛いほど理解できるのだ。そして、その為に努力しているのも。そもそも、能力を隠さなかったのは一生逃げるように暮らすのは嫌であるし、なんらかの契機に発覚しないとは限らないからといった理由からだ。その上で、誰にも干渉されないだけの力をつけるよう前に進み続けたのだ。そして、その事は成功したとも失敗したともいえた。なぜなら、力を付けすぎたからである。
むろん、何の問題も無く力をつけることが出来た訳ではなく様々な障害があったのも事実だ。貴族の勧誘を始め、スパイ問題それに同業者からの圧力と実に色んなことがあった。だが、それさえも乗り越えイーニス商会は成長し続けた。いや、セルドス的には成長してしまったと評する方が妥当といえるかもしれない。母体であるアーカス商会よりも下手をすれば規模がでかくなり、この迷宮を中心としている迷宮としにおいて有力の組織にまで上り詰めてしまったのだから。それだけ魔石や魔物の死骸は金になったし、その獲得に適した探索者を育て上げるのにセルドスの鑑定は適しまっていたのであった。
そのことは本人もよく分かっている事でどうしようもないというのは頭で理解していた。だけど思わずにはいられなかった。誰か新しく鑑定の能力持ちの人が出てこないかなぁと。
そんな商会長の嘆きとは裏腹に、今日もイーニス商会は活気づいていた。イーニス商会は拾い土地の中に幾つか施設を有していたが、その中でも一番流行りの場所はどんと建てられた飲み屋であった。といっても、ただ飲み食いするだけではなく新しいパーティメンバーとの親睦や探索の反省会、中には探索者の話を聞きに来たのか羊皮紙を片手に話を聞き込んでいる吟遊詩人なんかも居たりした。今日はその中でも1つのテーブルが異様な盛り上がりを見せていた。
「だから、神速のルキウスが最強に決まっているじゃねえか。風魔法を駆使したあの高速移動、誰もついてきゃしねーよ」
「それはないだろう。確かに彼は疾いがその分軽い。対人戦であればともかく迷宮内であれば移動が制限される上、早く攻撃を繰り出しても高位の魔物であれば威力がないと押しきれまい。やはり、炎帝のヴァーヴァルに決まりだろう」
「いやいやいや、炎帝も確かにつえーよ。一面炎の壁が迫ってきたらやべーよ。だけどさー、下手な場所で使ったら自爆だぜ?熱風とかでやられたり空気薄くなってしまうしよぉ。迷宮内だったらどうしても土属性有利だろ。となると、土槌のウルターに決まってるだろが」
周囲のテーブルまで巻き込んで誰が最強か争いをしているにも関わらず、4人パーティの内1人は黙ってその議論を見守っていた。そのことに気付いたのか風魔法押しの剣士が彼女が黙っているのに気づいたらしい。彼女に対して意見を求めた。
「で、澄ました顔をして聞いてるイザベラは誰推しなんだ?」
「私に聞かないでよ。第一私は回復職よ? 水属性はどうしても回復職が多いんだから各属性でおされたら黙るしかないじゃない」
「属性とか関係なく、誰が最強かなんだから誰でも良いんだよ。で、誰だと思うよ?」
しつこく迫る剣士にうざそうな顔をしたものの、いつもの事かと諦めイザベラと呼ばれた彼女は口に手を当てて考える。そして結論が出たようで口を開いた。
「商会長だと思う」
「は?」
「だから、セルドス様よ。絶対彼が最強だって」
彼女の意見に耳を澄ませて聞いていた周囲のテーブルの者まで沈黙した。何故、その名前が出てくるのか分からないと。だから、彼女の続きの言葉を待った。そんな周囲の様子に仕方なさそうに彼女はエールを飲み干すと話を再開した。
「冷静に考えてみなさい。どんな敵にも弱点があるわけよ。逆に耐性とか得意魔法とかね。で、セルドスだったら瞬間で鑑定よ鑑定。で、弱点の魔法をぶちこめばそれで終りっていうね。噂ではセルドス様、基本属性であれば全ての属性の魔法使えるらしいじゃない。それに、セルドス様狙いの誘拐とか暗殺とか防ぐために魔石を積極的に摂取しているというのは有名な話でしょ? 下手すれば最前線並みの探索者とタイマンして勝つだけの力はあると思うわ」
「いやいやいや。確かに噂とか事実でも実戦経験ないんだろう? だったら能力じゃないのか?」
そうだそうだと尻馬に乗る声をうるさそうにしつつも、彼女は言った。
「それもそうだけどね、そもそも魔法に特化している人なんて基本後衛じゃない。だったら、戦いにおいては魔法を打ち出すのが仕事よ。セルドス様が本気で防御しつつ遠距離から大規模攻撃されたら経験とかうんぬんじゃないわよ。防げなければ負けよ負け。それに、最年少で15階層まで単独踏破記録持っている剣帝サファルフィー様が近くにいる限り、接近すら誰にもできないわよ」
この場において彼女の言葉を否定できるだけの者はいなかった。だから、本人の知らない所で商会長セルドスが最強説が発生することとなった。ちなみに彼に付けられた二つ名は【商会長】と平凡な名前であり、彼が地味にうれし涙をしたことは知られていない。
そんなわけで地味に最強の一角に名前があがるようになったセルドスは、ある日逃亡準備を行っていた。だが結局、準備の段階でフィーに見つかり説教されることになってしまったのだ。そもそも、セドリスは決して無責任な人間ではない。自由きままに生きたいと標榜しているものの信義に反する事はなく、責任をむやみやたらと放棄するということはない。だが、ここに来て商会譲渡の書類と家族への絶縁状を用意した上で逃亡しようとしていたのには理由がある。授爵されることが決まったからだ。
実の所、曾祖父の代から迷宮攻略に貢献したとして授爵の話は持ち上がっていのだ。だが、息子が商売をしたいからといった理由貴族になることを拒否したという。物語的には権力を欲せず家族を愛する英雄とひどく美談に描かれていたが実際は、めんどくさそうだからという理由らしい。祖父の証言なので間違いないだろう。そして、それだけの英雄の家系だ。その一員である自分が言うのもなんだろうが、基本的にうちの家族はスペックが高い。その上、探索に関わる仕事をしているので魔石を摂取する機会が普通の軍人や貴族に比べても高いのだ。その結果、まぁ俺を含め俺達兄弟のスペックが非常に高くなっているのだ。
そんな人間を在野に置いておきたいと考える施政者は少ないらしく、残念ながらこの国の皇帝もその1人であったのだろう。俺の探索者支援の為の活動が認められ男爵位を授爵する運びとなったのだ。そして、事前の通告による、鑑定で一年間ほど帝国軍のスキルアップを目指すようで、その功績を持って男爵から子爵となり三代限りという縛りもなく子子孫孫に至るまで貴族で居られるというおまけつきであった。なお、特例ではあるがイーニス商会を運営は今後とも貴族でありながら直接経営を許され、帝国軍育成に協力する限りに置いて大幅な減税が認められることになったのだ。
世間の人はこれを大出世ととらえ祝福していたが、当人達にとってはありがた迷惑な話だったのだ。めんどくさいという理由で貴族になることを拒否していた曾祖父の血を引き継ぐ一族である。仕事をすることは決して嫌ではないが、無駄な権力争いや宮廷闘争または貴族同士の醜い争いを繰り広げるくらいなら直接店に出て、剣の一振りでも売っている方がはるかに楽だと感じてしまうのだ。それなのに、身内から貴族が出た。これほどめんどくさい事態はそうそう考えられなかったといえた。そして、家族想いであった家族達はセルドスの肩を叩きこう言った。頑張れと。その瞬間、セドルスは逃げ場を失った事を自覚したのだ。その上で思わずには居られなかった。やっぱり隠すことを選んでいれば良かったと。そうすれば無責任に世界各国へ旅行に行けたのになぁと。