前話
思い起こせばこのガイウス帝国、いやこのアルピアという星に生まれたことに話は端を発す。俺はいわゆる前世の記憶を持って生れてきたのだ。といっても、別になんらかの使命を帯びていた訳でも特別な儀式の末誕生した訳でもなく、普通の夫婦の営みとして誕生した結果、俺が生まれたにすぎなかった。なぜ、このような境遇にとも思ったが、いつまでも嘆いていても意味がないと諦め、この世界に順応しはじめたのだ。魔法という不思議な法則がある世界に。
裕福な家庭というか豪商の家に生まれたおかげで、子供の頃から物事を調べるのには不便がなかった。まだ紙という物がなく羊皮紙ないしはハルピスと呼ばれる紙代わりの丈夫な木の葉しかなく、本と呼ばれるものはおしなべて高級品ばかりだったのだ。そして、それは絵本ですら例外ではなく、むしろ印刷機といった類のものがなく全て手書きという時点で絵の分だけ普通の本よりも高かった。でも、ねだらなくても普通に与えられたし、三男に生まれたということもあって兄達が読んだ絵本もたくさんあり不自由はなかった。
生まれ変わる前までは成人していた人間が絵本なんかで満足できるわけがないと絵本を読む前は思っていたものだが、実際に読み始めると夢中になってしまった。何故なら、前世ではなかった魔法やモンスターといったファンタジー世界の英雄譚のお話が多かったから。そして、それらは創作ではなく多少大げさに書かれているだろうけど実話をベースにしたものが基本だった。だからといってはなんだが、文字を覚えるためということもあったけれど、色んな場面を妄想しては1人興奮していた。この頃からだろう。俺がいろんな所を旅してみたいと思うようになったのは。
文字が読めるようになった頃、ようやく書庫への立ち入りが許された。もちろん、汚さないように危なくないようにお付きの者も一緒だったけれど。書庫で最初に調べた事といえば、魔法の使い方だった。どの絵本にもモンスターを倒したら魔法を使えるようになっただの、魔法に目覚めただのと直接魔法につながる情報はなかった。家族やお供に聞いてもまだ早いと言われ教えずじらされてきたのだ。だから、真っ先に調べて挫折した。魔石を多量に摂取しなければならないと書かれていたことで。なんということはない。モンスターの体内には魔石というものがあり、その魔石を摂取することで肉体的にも強くなり、また魔法やスキルと呼ばれる異能力を得られるという訳だ。どうりで絵本に描いているはずもなかった。どう考えても、モンスターの体内からえぐり出した魔石を食べている英雄なんてトラウマものだろうから。
この知識を得て始めて気付いたけれど、以前から食べさせられていた謎の物体はどうやら魔石だったらしい。身体が丈夫になるとか、病気になりにくくなるとか言われて与えられていたのでおまじない的なものか栄養値の高い薬的なものだと思って食べていた。気になってお付きの者に聞いた所、魔石なんて摂取しているのは貴族か富豪くらいだという。庶民には高くてなかなか手を出せないらしい。今のペースだと月2つくらい与えられているので魔法を使えるようになるのはいつになるだろうと考える。魔法を使えるようになったらどんな風に魔法を使うか色んなアイデアを妄想しながら。
どんなに豊かな妄想も実物がいつ手に入るか分からないとなってはいずれ飽きるもの。その類に漏れず、俺も空想の世界に生きることに退屈を覚え始めていた時だった。曾祖父の遺品が蔵の一画にあると聞いたのは。元々、うちの祖先は探索者と呼ばれる迷宮に潜る荒くれ者だったらしい。それでもそこそこ裕福な家庭でしかなかったが、長年探索者で生きて来た家であり魔石の効果も少しずつ遺伝してきていたようで、曾祖父はかなり優秀な探索者と名を馳せていたそうだ。これは身内自慢でもなんでもなく武勇伝の本が残っているから本物と言えよう。その優秀な曾祖父が迷宮の新階層まで到達し、それからさらに2階層ほど進めたと言う。この新階層の情報と新たな魔石を売り払い、さらに時の皇帝より褒章を受けたのだ。そして、その大金を持って商売を始めたのが祖父だったりする。以来、我が家は商家として繁栄してきていたのだ。
そんな英雄の遺品がほとんど使われる事のない蔵の内にあると聞いた俺はいてもたってもいられず、お付きの者の目を掻い潜って蔵に潜入した。貴重なものも危険な物もなく大掃除の為の道具なども保管されているため鍵の管理は割とあまいもので簡単に侵入できた。ランタンを片手に暗がりの中、遺品を探していると奥まった所に大きな箱がぽつんと置かれている事に気付いた。他に遺品らしきものが見当たらなかったので箱に当たりをつけて開いてみた。どうやら当たりだったらしい。中には古ぼけた鞄を始め、探索に必要そうな小物がいくつか入れられていた。武器や装飾品の類は別の所で厳重に保管されているからこんなものしか残っていないのかと少しばかり落胆しつつも、当時の冒険の様子を本物から感じとれるようで満足だった。1つ1つ確認していると、派手といわない地味な記号が施された箱が目についた。箱といっても開け口はなく、木のブロックにしては軽かった。ランタンを近づけて良く見ると、どうやら複数の木が組み合わさってできているらしい。手で擦るようにすると僅かに継ぎ目があることが分かった。遺品を整理した人は美術品だけれどもさほど価値のない曾祖父が戯れに買ったものとでも判断したのだろう。捨てるに捨てる事ができるここに保管したに違いなかった。だけど、幸いというべきか俺にはこの箱が何か分かった。そう、秘密箱だ。
秘密箱とは、一種の寄木細工であり、定められた順番に木を動かしていくと蓋が開くという箱だ。前世では、ギミック好きな祖父が集めていたのでやったことがあった。どうやら自作もできるようで現役時代は大工をしていた祖父があくまでアマチュア作品ではあったが手作りもしていた。そんな作品を小さい頃、玩具感覚で解いていたことがあった。それに張りあいがでたのか祖父も解く度に新しい作品をくれたものだ。そんな過去があったゆえに、会った事もなく物語上でしか知らない曾祖父に少し親しみを感じた。同じような趣味があったなんて。だけど、俺は屋敷内で秘密箱に類する物を見た事がなかった。もしかしたらあまりメジャーもものでなく遺品鑑定人も理解できなかったのだろう。軽く振ってみても中から音はしなかった。たぶん、空だろう。でも、久しぶりに見た秘密箱を是非とも解いてみたくなり服の中に隠し部屋まで持ち帰った。途中で俺の事を探しまわっていた付き人に捕獲され怒られたのは言うまでもなかった。
せっかく持ち帰った秘密箱というのにその日は一日中監視がつき、さらには夜寝るまで見られていたので勝手に持ち出した物を出す訳にもいかず、私物入れにこそっと入れるのが精一杯だった。それからしばらく時が経ち、1週間も過ぎた頃には監視も緩くなっており1日中付きまとわれることはなくなってきた。そろそろ我慢の限界だと思っていた俺は内心わくわくしながら秘密箱に手を伸ばした。ああ楽しみだ。これはどんな手順で解くのだろうかと。結局、それを解くのに隠れながらだったためそこまで時間がとれず3日も要してしまった。12回仕掛けというそこまで複雑でないものに隠れながらとはいえここまで時間が掛ってしまった事に衰えたな―と感じつつ、最後の細工を動かすと中に綿のような緩衝材がみえた。もしかして、これ中に何か入っているのかとバクバク存在を主張する心臓を落ち着かせながら綿を取り払う。そして、綿の塊の中から出て来たものは紅く神秘的な魔石だった。
その魔石は今まで見て来た黒ずんだものではなく、透き通り窓から降り注ぐ日光を受け紅い光を乱反射させていた。いままで摂取していた安ものの魔石ではなく本物の魔石というべき代物だった。きっと、透き通っているのは純度が高い証拠だろう。書庫にあった一般向けの書物に載っていた魔石の情報は少なく、純度が高いものほど透明になり、属性によって色が変わると書かれていたくらいだ。そして、黒は純度が低く無属性。なら、この魔石を摂れば火魔法が使えるようになるかもしれない。なら、この魔石を親に渡しても没収されるだけだろうから、ここで食べてしまおう。そんな風に俺は考え魔石を口に含んだ。魔石は弱いものから順番に摂取していかないと身を滅ぼすという探索者の常識なんて知る事もなく。そして、口にしてすぐに気を失った。
目を覚ますとあの後すぐに眠ってしまったのか既に夜になっていた。だけど、しっかりベッドの中に入っている事に気づき、秘密箱はどうなったのかと思い周囲を探すべく身体を動かそうとした。が、ひどく身体が重かった。それでも苦心して身体を起こすと、部屋の離れた場所にお付きの者が椅子に座ったまま眠っている姿が視界にはいった。あぁ、急に倒れたから心配して看病かと気楽に考えていたので、看病させて悪かったなぁと軽く考え手元にあった毛布を苦労しながら引き寄せると立ち上がり彼の下まで運ぼうとした。が、どうも身体は言う事を聞いてくれずベッドから転げ落ちてしまった。その音で起きたのであろう。お付きの男は目を開けると驚いたようにこちらを見、慌てふためきながらこちらに近寄って来た。
「せ、セドルス様! お身体は、お身体は大丈夫ですか!?」
「大げさな。多少身体が重く感じるくらいで大丈夫だ。朝からずっと眠っていたせいだろう」
壊れ物でも扱うようにそっとセドルスを抱え傍付きの男、サファルフィーは健康そうな様子に目に涙を浮かべながらも、慎重にセドルスをベッドに横たえ布団を掛ける。そして、神妙な顔付きになりセドルスに向かって宣言した。
「セドルス様は、たぶんセドルス様が思われている日から今日まで2カ月と10日ほど眠られていました」
「2カ月……?なんでだ?」
原因不明な状態に顔面蒼白になりながらそれ以上は話したくなさそうにしているフィーに無理やり話を促した。
「はい。原因は、セドルス様の所持していた箱に入っていただろうと思われる魔石です。高度魔石摂食障害、簡単にいえばその魔石による強化にたえきれずセドルス様は死に瀕されました」
死にかけた?と呆然としながらも目で促す。
「そうです。簡単にいえば1階層を潜っているような探索者が何階層も上、例えば5階層の魔石を摂取した場合もこうなります。そして、セドルス様が摂取したと思われる魔石は少なくても15階層以下のものではないかと治療にあたった治癒師が言っていました。それほど強力な魔力が体内に渦巻いていると。結果的に、数名の治癒師が1週間ほど掛りきりで治療に当たられまして治療には奇跡的に成功。その後、昏睡状態に陥られました」
そうして今、目覚められた訳です。本当に目覚められて良かったと涙を流していたが、報告せねばといきなり立ち上がり、全力で部屋を出ていった。その姿をセドルスは呆然と見送るしかなかった。
その後は真夜中にも関わらず大変な騒ぎとなった。両親や兄達だけではなく、祖父や祖母まで駆けつけ見舞いと同時に大説教会に移行したからだ。幸いといっていいかは分からないが、今は休養が必要ということで今日はここまでと1時間ほどで解放された。そう、その日はそれで解放されたのだ。もちろん、翌日から毎日のように説教やどれだけ心配したかという話をさせ、ほとんど話題に出なくなったのは昏睡から目覚めて3カ月ほど経過した日のことだった。そして、以前からお願いしていた魔法の練習もその頃ようやく認められた。危険な事は絶対にしないことと、先生がいる時しかしないことを条件に。
そして、始めた魔法の練習だけども最初は体内の魔力を感じる事から始めた。普通であればなかなか感じるまでに時間がかかるらしいが、一気に下位階層の魔石を摂取したせいで魔力が増大しているようで魔力を見つけ出すのにはさほど時間がかからず、すぐに魔力制御の訓練に移った。力を暴発させることが怖いからという訳だ。先生役としているフィーが目を光らせてこっちの一挙手一投足を監視していることもあり、早く魔法を使ってみたいという言葉は胸に秘め、黙々と制御の訓練を行った。少し前に自分の軽挙によって昏睡したという自覚は本人の中ではあまり重視されていなかったようだった。
なんにせよ、セドルスのこつこつとして努力が認められたのは魔力制御を初めて2カ月を少しばかり過ぎた頃だ。少々どころか、かなり過保護になった家族や教師役のフィーはセドルスの魔力制御を熟練者の粋まで求めたからだ。毎日魔力制御の訓練ばかりしていたのでうんざりし始めていたセドルスはついに魔法の行使に移れると聞いて歓喜した。理論の勉強は並行して進めているのですぐに実技に移れるからだ。そもそも、魔法とは魔石を摂取することにより魔石の秘めた力で身体を強化または変質させることにより使えるようになる術という。人間本来にもわずかとはいえ魔力を持っているが、それは圧倒的に微量であり魔法行使には到底及ばないとされているのだ。ゆえに、どのような魔石を摂取したかによって使えるようになる魔法も異なるのだ。そして、同じ魔石を摂取しても同じ魔法を使えるようになるわけではないということも。ただ、魔石の属性や種類は重要であり、個々人の探索者や組織が隠しているのではっきりしたことは分かっていないが、紅い色の魔石であれば火の魔法の可能性が高いといえた。
セドルスはフィーに言われるがままに自分から少し離れた位置に出した魔力を火に変えるイメージをし術式を編んだ。そうすると、拳大の魔力の塊は炎の塊へと変化したのだ。そうなって欲しいと望んでいたとはいえ、初の魔法成功にセドルスは喜びフィーに抱きつこうとした瞬間にフィーに殴られた。最後まで火の球から目を離すなと。この時ばかりは普段従順な従者が恐ろしく感じられたという。
魔法の訓練を始めてから1年ほど経った頃、セドルスは炎の初級魔法はほとんど使いこなせるようになっていた。通常、魔石1個でここまで魔力が増えず、また才能も開花しないが曾祖父の残していた魔石はよほど良質なものだったらしく中級魔法に及ばないまでもここまで炎の才が伸びたようだ。ただ、本人は知らないだけで原因は他に考えられていた。死に瀕したため、通常であればほとんど取り込めない力が回復しようとする身体の作用と働きあってここまで大きく力を取り込んだのではないかと。本人に言うとまた無茶をしかねないからと教えられていなかったが。
そんなある時、セドリスは思った。自分のステータスみたいなものが見れたらいいのにと。ゲームみたいとは言わないが、自分の能力くらい分析できたら良いのにと。そう思った瞬間、自分のステータスが浮かび上がって来た。名前・筋力・防御力・耐久・敏捷・魔力・使用可能魔法そしてスキル等が。愕然としながらステータスを眺めて見て、ステータスが出て来た理由が分かった。スキルの欄に【鑑定】と書かれていたのだから。
この鑑定というスキルの存在は未知数のものであった。それは未だかつて誰も所持したことのないスキルであったからだ。そういった能力があるとさえ知られていなかったゆえに、もし条件を満たしたとしても自分がそのようなスキルを持っているとしる機会がなかったのではないかと結論づけられた。それと同時に、スキルの検証作業が始まった。日常品から始まり、魔石、そして人と色んな種類の物を試した結果、分かるのは物の場合は名前と効能もしくは性能。魔石の場合はそれに加え、何個摂取したらどんな能力が発揮できるかという魔法やスキルの取得条件。そして、人の場合は基礎能力や使用できる魔法等に加え、今まで摂取してきた魔石の種類と量まで鑑定できることが判明したのだ。
この能力を有した時、俺はまだ10歳だった。だけど、このスキルは俺に決断を迫った。一生隠して生きていくか、使用するかと。今までも謎が多い魔法やスキルの取得条件、さらにはあとどれくらい何を摂れば良いかという指針を与えてくれる【鑑定】というスキルはとんでもなく貴重でそれゆえ危険だという。その反面、この能力を使えば小国を買うくらいの金を稼ぎだすことさえ不可能ではないという。だけど、両親は能力を使用することを強制することはなかった。自分の好きなようにすれば良いと。商人らしくがめつくない両親のやさしさに感謝した。そして、俺は選んだ。今まで迷惑をかけた分まで両親に能力で親孝行をしたいと。その上で、その稼いだ金で魔石を買い守るだけの力を手に入れると。