エマはお嬢様?
剣と魔術による戦いの世界。
盗賊と魔物がうごめく巨大な大陸。
生き難い世の中では、誰もが強さを求められる。
そんな舞台で舞い踊る、儚い女性の物語。
元気の良い太陽に見下ろされながら、馬車にゆられること丸三日、ようやく目的の村が見えてきた。
「父様! 母様! 櫓が見えます! 収穫祭に間に合ったみたいですよ! やったー!!」
「エマ、身を乗り出すのはやめなさい。あなたはもう結婚にいく歳なのですよ」
うう、そんなこと分かっているのに〜、母様はひどい。
今回が私にとって、最後のお祭り参加になるかもしれないっていうのに、こんなときまで結婚のことを言わなくても〜。
「もぅ! 分かっていますよ、母様。お祭りで踊るのは今回で最後。結婚してからはワガママ言って、父様の地方視察へついて来たりしません」
私が、副領主である父様の娘として生まれてから、エマという名で呼ばれ続けて今年で十七年目。ちょっとばかり裕福であることを利用して、大陸中のお祭りに飛び入りしていた事も、今回で最後を迎えてしまった。
今年のはじめ、前領主の不正を暴いた父様は、国王様に功績をたたえられ、領主に任命された。私にとって父様が偉くなってくれるのはありがたい事だと思っていたのだけど。
「はぁ〜、貴族の息子と結婚が決まっていたなんて、サギだよ〜」
古い歴史と莫大な財を持つ地方貴族たち。仲良くなれば力強い味方になるけれど、反対の場合は悲惨な思いをすることになる。
領主となった父様が、領地の平和を維持するために、貴族の力を借りる事は当然といえば当然の行動である。
「だけどなぁ〜」
大陸中で起こっている小さな戦争は、私も認識しているし、傭兵や術士によって、多くの領民が土の下に埋まることになっている現実も、良くわかっている。
だけど……、私は領主の娘として、役目をはたすことに抵抗を感じてしまっているの。
「そんなに悲しい顔をしないでおくれよ、エマ。結婚の事が気になっているなら、日程を変更してもらえるよう頼んでみるよ。来年にしてもらおうか?」
「あなた! そんなこと言って前回も伸ばしてもらったのでしょう? 今回ばかりはダメですよ」
「もー、二人ともケンカしないでよ! 今度は絶対逃げないからさ〜」
父様は剣士としても一流なのに、どうしてこんなに優しいのかしら? 知らない人が見たら、母様の方が強そうに見えちゃうだろうな〜。
私を含めた親子三人が乗る馬車は、護衛の騎士たちにかこまれながら、にぎやかな会話を運んで視察地の村へ入っていった。
村の様子は去年と変わりなく、質素な建物が立ち並ぶ。目を引く大きな建物と言えば、村長の家と教会ぐらいで、背の低い家屋が密集する背後には、広大な農耕地が広がっていた。
変わったのは私だけだね。気ままな身分だった私が、いまや領主の娘。誰とでも普通に遊んでいた去年が懐かしいな。
自分の周りにはいつも護衛の兵士。時間があれば、国から派遣された偉い人達との会談、会食。大好きな祭りにも参加が難しくなって、ついには見知らぬ人との結婚。
父様に無理を言ってついてきた今回が、私にとって最後の祭りになることは間違いない。だけど、結婚を受け入れられない私の曇った心で、みんなに喜んでもらえる踊りができるのかな〜?
あぁ〜、憂うつ。
「エマ、ため息なんかついていないで、降りなさい。もう到着しているわよ」
「あれ? はーい、母様。いま行きまーす」
いじっていた自分の黒髪から、視線を外へ移すと、ちょうど目の前に、村一番大きな村長さんの家がそびえたっていた。
村長さんの家へお世話になるのは四回目。だけど今までとちょっと違うのは、護衛の人数だった。
父様が副領主だったころは、五人ぐらいの兵隊さんがついて来ていたけど、今日はなんと十五人。それも騎士階級の実力者が五人も含まれている。
私が馬車から降り、周囲をかこんでいる人たちを見て思うことは、領主っていう役職の重要性と、村長さんの家に十数人もの人が泊まれるのだろうか、ということだった。
「ちょっと多人数だよね。大丈夫なのかな?」
「大丈夫ですよ、エマお嬢様。今年も来て頂いてありがとうございます。お部屋はしっかりと確保してありますよ」
すっかり顔なじみになった村長さんは、一段と白いヒゲが伸び、やせたように思えた。背が私より高いから、よけいに細く見えてしまう。
色々と苦労があるんだろうな〜。私が来たことで、迷惑がかからなければいいのだけど。
「こんにちは、村長さん。明日の収穫祭、楽しませてもらいます」
「はい。こちらこそ、お嬢様の舞台を楽しみにしておりました。村の者達も同じ気持ちですよ」
小さな農村での祭りというのは、実際のところ派手なものではない事が多い。私が四年前にこの村へ飛び入りした時も、踊りと奉納儀式が中心になっている地味なものであった。
それがいまや、私の舞いを組み入れて、村全体が大騒ぎする大規模な収穫祭になってしまっている。来年から参加できなくなる私としては、ちょっとやりすぎたかな〜と後悔ぎみ。
はぁ〜、みんなになんて言えばいいのよー!
「エマ、どうしたの? 着替えて皆さんに挨拶してくるんでしょ。考え込んでいないで、中へ入りなさい」
「う〜ん。このままでいいや。父様、母様、ちょっと行ってきまーす!」
私は、重量のある外出用のドレスを持ち上げて走りだした。母様の言う通り、服を替えるつもりだったけど、なんだか面倒になっちゃった。
「こら、待ちなさい! シエノ、ラマ! 追いかけてちょうだい!」
「お任せください、奥様」
「まったく、困ったお嬢さんだ」
よけいなお世話だっていうの!
ラマはシエノと違って口が悪いんだから、昔から我が家の護衛として勤めているからって調子にのってない? 本当に父様よりえらそうなんだもんね。母様も当たり前みたいに二人を指名するのやめてくれないかしら?
「ラマ! 嫌なら母様のところへ戻ったら? シエノがいれば十分よ」
父様達から離れ、村のみんなが作業している寄り合い広場へ向かう途中、私は後ろで大きなあくびをしているラマへ、嫌味をぶつけていた。
「そうはいきませんよ。尻のかるいお嬢様でも、雇い主の一人ではありますからね〜」
「この! そこまでいうか!!」
口の悪さは天下一品のラマ。ふりむきざまに放った裏拳もかわされて、憎たらしくてたまらない。
もぉ〜! 茶色のクセ毛と同じように、性格もクセだらけなんだから!
「シエノ、なんとか言ってよ! こいつってば、ちょっとばかり剣が使えるからって調子にのりすぎよ!」
「まぁまぁ、いつものことじゃないですか。怒るときれいな顔がだいなしですよ」
う〜ん。シエノはいつも笑顔でお世辞をいうんだから、ちょっと本気にしちゃうな。
だけど、女みたいな顔のシエノに言われても、あんまり嬉しくないぞ。私より背が低くて、肩まで伸びる金髪、ホントにラマと同じ二十五歳の男性なの?
「ふん! シエノが甘やかすからいけないのよ。ちょっとは怒りなさい!」
「あははは、今度からそうしますね」
笑って誤魔化したな〜。まぁいっか、ラマの性格は、死んでもなおりそうにないもんね。
「エ〜マちゃん、寄り合い所が見えてきたぜ。さっさと行って、挨拶でもなんでも済ませてくれよな。俺、腹へってんだよ」
「いっぺん死んでこーい!!」
ラマの礼儀しらずな発言にすばやく反応した私は、振り向きざま、髪にさしていた蝶の銀飾りを投げつけた。
「ぶへ!!」
「へっへーん! 今度も殴りかかると思っていたのなら、大間違いよ! あんたみたいな筋肉バカに、肉弾戦なんか挑むわけないでしょ。ざまぁみなさい!」
私が投げた髪飾りは、みごとにラマの顔面をとらえていた。
意外な攻撃をうけて鼻をおさえるラマに対し、私はとても気分がよく、草花が支配する地面の上を仁王立ちである。
「シエノ見た?! 狙いどおりよ! すごいでしょう。えっへん!」
「あの〜、エマお嬢様。え〜、もう少しまわりを気にかけたほうが宜しいのではないでしょうか?」
なんのこと? シエノったら、なにを言いにくそうにしているのかしら? まわりがなんだっていうの?
私は、シエノが指をさす方向へ視線をうつし、絶句した。
「エマ様。お待ちしていました」
「エマおねえちゃん! いまのカッコ良かったよ!」
「お父様が領主になられたということで、おめでとうございます」
「エマ様の踊りを拝見するために、隣り村からやってきました。お会いできて光栄です」
ふりむいた私の前には、何十人という村人が集まっており、いっせいに話しかけてきていた。
いつのまに集まっていたのかしら? というより、わたしが道のど真ん中で偉そうに胸をはっていたのを、見ていたって事なの? う〜ん、どうしよう。
「おほほ、みなさんお久しぶりです。今回も、御一緒に楽しませていただきますね。うふ」
精一杯、上品な笑顔を心がけたつもりだったけど、村のみんなが一歩引いたのはなぜだろう? 慣れないことはするもんじゃないってことかな? まったく、こんなことで貴族の奥さんになれるのかなぁ? あぁ、憂うつ。
「いやぁ〜、お嬢さまはお強い。護衛の方を一撃で倒されたとか。わたしもその場で、拝見させてもらいたいものでしたな〜。いやいや、ざんねん」
村長さんの家でいただく夕食の席では、私のことばかり話題にのぼっていた。
昼間のことはみんなに口止めしたはずなのに、いったい誰が村長さんに話したのかしら? むぅ、気になる。
「あの〜、村長さん。私が護衛の人を倒すなんて、その様なこと誰から聞かれたのですか?」
「いやいや、年頃のお嬢様に対して、強いとは失礼しました。気がききませんで、申しわけありません。実際に倒された護衛の方が、凄まじい強さだったと言っておられたので、つい口がすべりました」
おいおい! ラマの奴、なにを言いふらしているのよ! 陰険な奴なんだから、あとで逆襲してやる!
すずしい表情でスープを口へ運ぶ私は、笑いをこらえる父様を一瞬だけ睨みつけたあと、反撃の計画をたてはじめた。
みてなさい! 偉そうな鼻、へし折ってやるんだから!




