八話
地デジ対応らしいテレビに大きな冷蔵庫、ふかふかのソファーに最新のノートパソコンなどなど。冷暖房も完備されている明るい部屋。いつ来ても快適な部屋だ。入った時に香るのは人工的なものではなく、嫌なものでもない。
あと二階建てというのも羨ましいかぎりであったりする。
俺もいつかは……
いやいや違うだろ、とどうでもいい考えを追い出す。
「どうぞ、適当に座っちゃってください」
思い詰めたような表情をしたガイモンを、四つある椅子の内の一つに進める。
ガイモンはゆっくりと、それこそ老人のように椅子に座った。
「ほぅ、まるで自分の家であるかのような振る舞いだな」
「いいだろ。少しくらいお前の幸せを分けろ」
こんな豪勢な生活を、俺もしてみたいってもんだ。秋乃曰わくこれが庶民の生活だとか。まったく、慣れとは怖いものだ。これのどこが普通なんだか……
秋乃の家のテーブルは長方形で、その周りに三日月型に椅子が配置されている。これは全員がテレビを見られる親切設計だ。
テレビの横には、スピーカー、置き型ゲーム機など、様々なものが置かれている。
ガイモンの隣には秋乃が、斜め前には俺が座る。ここまで来ても、ガイモンの目の集点はあっていない。
「本当はですね」
唐突に、ガイモンが口を開いた。
「城野様は優しい方なのです。春が好きで、庭には桜の木を植えておられます。お嬢様の名前に『春』と付けるほどです。都会に出たはいいでしたけど、そこで何をすればいいのか分からなくなっていた私を雇ってくれたのもあの方でした」
いまだに顔は上がっていない。
「……そんな人間には、全然見えなかったけど」
思い返せば、とにかく酷いヤツだった。小春ちゃんの言葉に耳を貸さない。ガイモンの扱いも全否定、下等を見るようなもの。
「えぇ。私にも今日の彼は別人に見えました」
視線がさらに落ちる。その声に覇気はない。
「春が終わったからかもしれないぞ」
「お前は馬鹿か。そんな単純かよ」
俺が否定すると、秋乃は「むぅ~」とうなって腕を組んだ。今のはコイツなりの励ましか、それとも馬鹿なだけか。冗談ではないと思う。
「……それも、そうかもしれませんね」
ガイモンがそれをどうとったのか、少し表情が和らいだ気がした。
「そんなことより、お嬢様は大丈夫でしょうか……」
ガイモンは窓の向こうの空を静かに眺める。少し雲が出てきた。
明日の天気が心配だな。
俺は心の中で、先行きが不安になった。
「……すまなかった」
しばしの沈黙のあと、秋乃が力なく謝る。
「いえいえ、謝ることはありません。秋乃さんではなく、この私が悪いのですから……」
「違う違う。誰のせいでもってないですって」
どうしてこうも邪険なムードにならなきゃいけないんだよ。悪いのはアイツだ。二人のせいじゃない。
秋乃がガイモンに謝ったのは、多分自分が何も出来なかったからだろう。
あのあと秋乃は、能力で小春ちゃんをここへ呼ぼうとしたり、もう一度あの家に戻ろうと試みたけど、どちらも出来なかった。
青白い光だけが、ただ光り続けていた。
その能力、どれだけ都合が悪いんだか。そう思ったけど、秋乃を責めることはできなかった。むしろ悪いのはどこぞのコンビニ店員だ。
「お嬢様はですね」
窓の外を見たまま、ガイモンが話し出す。
「こんな私に笑いかけてくださったのです。変な言い方ですけど、心の底から温まるようでした」
ガイモンはそれ以上のことを語らなかった。だけど、ガイモンの沈黙が何よりもそれを物語っていた。
窓の外を見ると、少し日が傾いている。しばらく窓の外を見ていたガイモンが、色々なものを吐き出すように息を吐いた。
「ダメですね。いつまでも動かないわけにはいきません」
ガイモンが席を立つ。
「もう行くんですか?」
急いでもどうにかなるものじゃ……
「いつまでもお邪魔するわけにはいかないですし、それに……」
ガイモンは黒いサングラスに手を添えると、それをそっと外して机の上に置いた。
「決別……です。すがりつくのも今日で終わりにします」
そう言った、サングラスを外したガイモンの顔は、俺達には今までよりずっと弱々しく写った。
強面というより坊主の青年。本当に、どこにでもいそうな。
「玉石様、白美川様、今日はご迷惑をおかけしました」
ガイモンが深く頭を下げる。
「……それはいいんですけど、これからどうするんですか?」
「そうだぞ。この家は人一人も泊められないほど貧乏ではない」
「いえ、大丈夫です。決別しなければいけませんから」
ガイモンが頭を上げる。
決別? いったい何から? 俺には分からない。
「これからどうするかは、しばらく一人で考えてみます。本当にありがとうございました」
ガイモンはもう一度頭を下げると、玄関の方へ歩いていった。
静かな部屋に、靴をはく音、ドアを開ける音、閉まる音が順番に聞こえてくる。
机の上には、サングラスだけが残った。それをよく見ると違和感が残る。
手に取って見ると、サングラスのレンズの下に布が貼り付けてあった。触れば分かる単純な仕掛け。
その布は湿っていた。泣いていたんだ、ずっと。
違うだろ、こんなの違うだろ。納得できない。
なんでガイモンが諦めなきゃいけない! なんであの二人は離されなきゃいけない!
俺は走って玄関を出た。秋乃も俺に続いてきた。
そこから左右を見渡すと、ガイモンの姿はいとも簡単に見つけれた。
あの悲しさばっか背負ってる背中に言ってやりたかった。「小春ちゃんは絶対に待ってる」って。
でも言えなかった。恥ずかしさとか空気を読んでとかじゃなくて、なぜか言ってはいけない気がした。言わなきゃいけないのに……!
あの生気を微塵にも感じない背中を追って止めなきゃいけない気がした。でも追えなかった。
なんでだ、俺はなんで動けない!
心でどれだけ叫んでも、何も変わらない。
結局は、少し赤みを帯び始めた地平線のかなたに消える彼を、俺達はただ見ていることしかできなかった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
紹介にもかいてあるのですが、この小説はぷろろーぐから七話までを大幅改稿してあります。
ですので、今回の八話からリアルタイムのコメントを書きます。
今日は喋るぞ~(・o・)ノ
まず、改稿する前と何が変わったのかと申しますと……
1、一話から四話が短くなった
2、タイトルが少し変わった
3、ストーリーを若干変更、細部を修正
4、ぷろろーぐの部分を一話に食い込ませ、謎の女(?)の一人称とした
の四点です。
まず一話から四話が短くなったことですが、これは蛇足なストーリーをカットしたからです。改稿前は『白銀のプリン』だとか『空飛ぶ黄金の塩昆布』など、変な設定がありました。ストーリーを進める上で関係ないので、そこを飛ばすこととしました。バトルまでの展開を早める意味合いもありました。
次にタイトルです。
前は『プッチンプリンストーリー』といったものでした。でもよくよく考えると、プッチンプリンってそんなに重要か? と疑問に陥ったのです。そこで、物語上もう少し大切な『俺の願い』を入れました。まだ微塵にも出てませんが……。
次にストーリーを若干変更したことです。
これはけっこう細かいんですが。翔がプリンを買いに行く場面は、前は家に取りに帰ることになっていました。空き地に向かう途中に秋乃の二日の説明を入れることにしたので、必然的に移動距離はのびて、家に帰るのが不可能となったからです。
ほかにも多々あった誤字を修正したのですが、新たに文章をふやしたのでまた出てくるかもしれません。
最後に謎の〇〇です。
次回出てきます! ……やっとここまで来たんだなぁ、と感傷に浸っております
ではでは、執筆頑張ります。