六話
大変お待たせいたしました。……別に待ってないですよね。いろんな意味で。
ようやく実力テストが終わり、これからは部活の大会に向けて忙しくなりそうな予感です。さぁ頑張ろう。
御労力をおかけすることは承知ですが、感想や評価など、待っています。
そういえば、評価って二回目以降は前の評価に上書きされる形になるようです(最近知りました)
何が言いたいかと申しますと、お気軽に、そして是非とも評価の方をお願いします。ポチッ、ポチッ、という感じで。
「おい、翔! なんとかしろ!」
自分達の状況を知ったが、秋乃は解決策を見いだすではなくさらにあわてている。
瞬間移動をしたはいいけど、円の中から逃げるどころかど真ん中に来るって。秋乃の能力は、俺が思っているほど万能ではないのかもしれない。それともコントロール出来ていないのか、もしくは……
「聞いているのか! 早くなんとかするのだ!」
馬鹿か俺は、そんなことを考えている場合じゃないだろ!
「馬鹿か! 何とかできるのは俺じゃなくてお前だろ! もう一回、もっと確実なのやれ!」
「何故私がっ! ……いや、私か」
こんな時にボケてんのか。
秋乃が顎に手をつけて頷く。そのあと手を地面に向けるが――
「うわぁ!」
背後からの凄まじい熱気。俺と秋乃は体制を崩す。秋乃の光かけた手はもとに戻ってしまった。
後ろを見ると、大きな火柱が一本。そして右にも左にも……火柱が次々と立ち昇る。
クソッ、時間の問題ってことか。
一つの大きな円が出来ているけど、それはたくさんの円の集合体だ。一斉に立ち昇る、というわけじゃない。
もう一度前を見ると、少女が気が狂ったように腕を動かし続けている。まるで何かに憑依されたみたいに……。
その下で足を焦がしたガイモンが、手だけを使って少女を止めようとしている。
しかしそれが見えたのを最後に、新たに立った火柱が俺達とあの二人を遮った。
「熱っ。何だよこれ。秋乃、何でもいいからなんとかしてくれ!」
左右の火柱から熱気が伝わってくる。
「もう時間が足りないのでは……あぁもう、なんでもいい!」
目の前に火柱が立ち上がり、視界がが赤黒く染まる。
暑いではなくて熱い。熱気で目が痛い。たまらずに目を閉じたけど、体が冷めるはずもない。
そんな中、黒い視界が明るくなった。まぶたの向こう側から、確かな光を感じる。
まぶたを薄く開いくと、そこには太陽のようにまぶしい光。 秋乃の手から発せられていたその光は、今までのような青白い光ではない。なによりも真っ白な光だった。
それは今までのぼんやりとした青白い光ではなく、とても強くて眩しい真っ白な光だった。
太陽の光ような眩しい光に、俺は反射的に目を瞑った。
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もうすぐ夏だというのに、体に風が当たって少し寒い。走ったり火柱の熱をあびたりして出た汗からか。早くも夏を経験した気分か。……もっと熱いか。
びしょびしょに濡れたシャツは、もうほとんど乾いてきた。
俺は少し前に火柱がも立った空き地を一別してから、目の前の二人に視線を戻す。
「あ、あの……本当に、ごめんなさい」
「誠に申し訳ありませんでした」
身長差が五十センチ以上ありそうな二人が、ぺこりと頭を下げている。
これぞまさに凹凸コンビ。俺の秋乃の平行線とは格が違うな。
「ごめんなさい。私としたことが、死にかけのアリのように暴れるなんて……」
「まぁいいよ。最終的には全員無事のハッピーエンドだったしな」
俺は笑顔を作る。それからいつもの顔に戻して。
「それより、その下品な言葉遣いはやめたら?」
今思った。アリとかミジンコとか……このお嬢様は、案外庶民派なのかもしれない。
「少しお待ちください、玉石(たまいし)さん」
頭を下げていたガイモンが首だけ使って頭をもどす。ちなみに玉石とは俺の名字だ。なんやかんやで調べられたのだろう。
「お嬢様の言葉遣いにどこか問題がありましたか?」
いや、問題っていうか、なんていうか。お嬢様としてどうなのかなんだけど。……俺の偏見か?
ガイモンの言葉は純粋なる疑問系。ガイモン自体がなんとも思わないから、少女の言葉遣いは直らないんだと思った。
ガイモンの質問には答えるのが面倒くさかったから「分かりません」とだけ言って適当に流した。考えてみれば、言葉遣いが正しいとかおかしいっていう問題じゃない気もする。
……どうでもいいか。ふぅ、と息を吐き出すと、横で座りこんでいる秋乃に目を移した。まだ少しだけ息が荒い。
さっき秋乃が出していた白い光。炎熱地獄の中で見たあの白い光は、それまでの青白い光より能力が発動するまでの時間がかなり短かった気がする。光ったのは一秒もない。
あの光は直視出来ないくらい眩しくて、それでいてどこか神秘的だった。もともとよく分からなかった秋乃の能力だけど、これはもっと分からない。
あのあとのことだ。光と熱気が消えたのを感じて目を開くとそこに火柱はなかった。ただ、少し前と変わらない空き地が広がっていた。これの前にも、火柱が消えたことはあったけど、何かが違う気がした。
少し離れた所に、力を使い尽くした少女と両足を真っ黒に焦がしたガイモンが倒れていた。
俺がそれに気づいて駆け寄ろうとした時には、秋乃はもう二人に手をかざしていた。
今度はまた青白い光で、二人のケガはすぐに治った。おそらく時間を操作してるわけだし、戻った、と言った方が正しいかもしれない。
秋乃の行動は早かった。あとで聞いたら、ガイモンより少女の方が危なかったそうだ。能力の使いすぎか?
能力を使うのも楽じゃないのか。二人の治療を終えた秋乃も、今までにないくらい息を切らしていた。
何はともあれ、全員無事だったんだ。秋乃の手柄かな。
馬鹿で、覚悟しろやら倒すやらと言っていた秋乃だけど、本当に大事な物は知っている。ただの馬鹿じゃない。良い大馬鹿だ。
ところで、さっきガイモンから彼らの目的を聞いた。それは、時間を司る能力を持った秋乃をかっさらい、家にいる病気の犬を治して貰いたかったらしい。
俺たちは犬のために襲われたのか……。と思ったけど、どうやら少女が二、三歳頃からずっと今まで飼っていて、凄く懐かれていたそうだ。
特別な思い入れがあって当然ってなのかな。あんまり想像できないけど。
ここで「話し合いをすれば良かったじゃないか」って聞いたら、それはある人物に禁止されていたらしい。何が重要かって、その禁止したヤツが名前も知らない人間で、ソイツに火柱の能力も貰って……。
ソイツは黄土色のコートにフードを深くかぶっていた男で、『旅人』と名乗ったそうだ。
秋乃に聞いた女店員の話と妙にかぶるんだけど……。彼女らは男の旅人と言っていたけど、俺達の知る『女店員』と何か関係があるのだろうか? そもそも、このご時世に旅人なんているのか?
それともう一つ。時空の歪みとか俺の家の周りの状況を知っていたのも、その旅人のくれた機会によるものだという。
まったく迷惑だな。プライバシーもなにもないな。……ってか旅人ってそんなたいそうな機会を持ってるものなのか?
彼らの目的も何も分からない。神の遊びだと決めれば納得は出来るけど、それはただ逃げてるだけだ。
一体何がしたいんだ……
「ふぅ、少し疲れたな。翔、塩昆布持ってないか?」
不意に横から声がかかる。意識を秋乃に移したけど、わざわざ答えるのが面倒くさかったから心の中だけで「持ってるわけないだろ」と呟く。
俺の沈黙をどうとったのかは知らないけど、秋乃はそれ以上聞いてこなかった。見たところ、息遣いはだいぶ落ち着いている。
「あの、秋乃さん。助けて頂いたこと、私のわがままを聞いて頂いたこと。感謝いたします」
少女が改めて秋乃に頭を下げる
「なんてことないさ。無理な話ではない」
秋乃は微笑みをみせて顔の前で手を振る。
「それから……犬を治せばいいのだな。私はどこへ行けばいいのだ?」
「あ、はい。ランなら私の部屋にいます」
犬の名前はランというのか。ひそかにだけど『アリバッタ』みたいな名前をつけてるんじゃないかと期待してた。
「さっきも言った通り、ランは病気なのでここに連れてくることは出来ません。ですからこちらに来ていただけるとありがたいのですが……」
「いいぞ。どうせ、やることはないしな」
秋乃はそう言いながら伸びをして、ゆっくりと立ち上がる。
「どうもすみません。それとこんなことしかできなくて申し訳ないんですが、我が家のシェフにご馳走を用意させます。腕は確かなので」
……ん? 今いいことを聞いたような……。
頭の中で打算する。
確か冷蔵庫の中身はプリンが一つ。いや、あれはおやつ。冷蔵庫に食料は無く、俺は今月ピンチだ。節約で命を繋いでいる状態である。そこで、今日の晩御飯もかねての食事をさせて貰おう、と。……気にしたら腹が減ってきた。そういえば昼にもまともな物は食べてなかった。
「あのさ、え~と……お嬢様?」
「私は城野(じょうや)小春(こはる)といいます。自己紹介が遅れて申し訳ありません」
「あぁ、うん。俺の名前は……知ってたっけ」
ガイモンが知ってたんだから、知らないことはないか。
「ところで城野……小春ちゃん。俺も秋乃と一緒にお邪魔しちゃダメかな?」
「城野さん」とか「小春ちゃん」で迷ったけど、大きくても小学生高学年にしか見えなかったから「小春ちゃん」と呼ぶことにした。
「そんなこと、全然大丈夫ですよ。むしろ大歓迎です」
とんでもない、とばかりに反論してくれる。その心遣い、本当にありがたい。
「玉石さんにもご迷惑をおかけしましたし。あの旅人の言っていた言葉ですが『闘わないと望みは叶わない』ってきっと嘘ですね」
なんて暖かい言葉だ。今までの印象は結構悪かったけど、実際は純粋でいい子なんだ。むこうの俺達への認識が変わったかもしれない。
「そうですね。ずっとここにいても始まらないですし、そろそろ行きませんか? 少し離れた所に車がありますので」
「へぇ、歩いて来たんじゃないんだ」
二人は車で来たらしい。最初に会った時は歩いていたから、ずっと徒歩なのかと思ってたけど、いやさすが、そこはお金持ち。
「そうしよっか。あっ、その前にちょっと用事があるんだけど、いいかな?」
「はい、大丈夫です。時間が無いわけではないので」
いやぁ、本当にありがたい。俺は一言お礼を言って道路に向かう。
っと。忘れちゃいけない。もう一つやらなきゃならないことがあったんだ。
さっきから考えていたことがある。それは、二日前に立った火柱はいったい誰がやったのか、だ。
聞いたところ、小春ちゃんが能力を貰ったのは一日前だそうだ。となると必然的に彼女は白。火柱が単体で時を越えることはさすがにないと思うし。
彼女らの言う謎の旅人がやったとも考えられるけど、もっと簡単なこと線がある。
さっきのごたごたで何本も立った火柱のうち、何本かは立つ前に消えた。最後の大きなのも同じだ。では、その消えた火柱はどこに行ったのか? そんなことは馬鹿な俺でも、なんとなくは予想できる。
「塩昆布はあるかなぁ……」
隣から聞こえる、のほほんとした声。
「なぁ、秋乃」
「……おぉ、翔か。何か用か?」
「その通り。聞いてくれないか? お前に頼みたいことがあるんだけど――」
俺は秋乃に用件を伝えると、俺は急ぎ足で目的地に向かった。
「はぁ、はぁ……ごめん、待たせたな」
俺は右手にビニール袋を一つさげて戻ってきた。
「おぉ、翔。戻ってきたか。うむ、速くも遅くも無かったぞ」
ようするに、普通ということか。多分誉められた。
だいたい、十分くらいで戻ってこれたかな。これでもなかなか早かったとは思うけど。
「悪いね、待たせて」
「いえいえ、全然です」
小春ちゃんが小さく笑うのを見て、俺も返す。
「それから秋乃。ご苦労」
「どういたしまして。それにしても……はぁ、これは疲れるな」
「悪いな」
それだけ言って、俺は目の前の家を見上げる。よく見ると汚れも見えるけど、まぁ結構な新築だ。白い壁にシンプルな窓とドアがついている家だ。
さっきと同じ場所だけど、ここ空き地は見当たらない。そこには二階建ての家が復建していた。
俺はさっき、秋乃に二日前燃えた家を元に戻すように頼んだ。この家が燃えたのは多分、さっきの戦闘で秋乃が火柱を過去に飛ばしたからだと思う。理屈が通らないのは能力のせいとして、多分自分達で燃やしたんだから、自分達で元に戻さなきゃな。秋乃に任せっきりだったけど。
それにしても……
「こんな家があったような、気がするようなしないような」
あまり通らない道だけど、改めて見てみると、こんな場所もあったような気もする。塀(へい)についているプレートには、ありふれていそうな名字が彫られていた。
「私もそろそろ腹が減ってきたのだが……。行かないか?」
へぇ、ちゃんと話を聞いていたんだ。
「俺も……減ったな」
必死になっていると感じないけど、考えてみると急に腹が減るのは不思議なものだ。
自分のお腹が大きく鳴ったけど、幸い誰も気にしていないようだった。せっかくのことだし、無かったことにした。
「車はこの先のコンビニに停めてあります。歩いて五分もかからなかったと思います」
小春ちゃんが言った。多分、俺がさっき行こうとしていたコンビニだろう。
いやはや、よかったよ。コンビニに行っていたらわざわざ高いプリンを買うところだった。
「では、行きましょう。こちらです」
ガイモンがしばらくぶりに口を開いた。
道中、俺は小春ちゃんの話を聞いていた。コンビニまの道にひ細い歩道しかないため、いつの間にか二人づつで並んで歩くようになった。そしてこれはまた何の因果か、秋乃とガイモンが前、俺と小春ちゃんが後ろとなって歩いていた。
前の二人は、何やら熱く語り合っている様子であった。いや、もしかしたら何かの議論を交わしていたのかも。まぁ、どうでもいいことかな。
それと小春ちゃんから、ガイモンとのことについて聞いた。
「五年前の話なので私自身の記憶が曖昧なのですので、実質お父様とガイモンから聞いた話です。ガイモンがそれまで住んでいた場所は、五十メートル以内には他人の家はなかったそうです。わたしはそんな田舎には行ったことがなかったので、ガイモンに連れていってもらうまでは想像もできませんでした。そこは田んぼと山ばかりでした。それからガイモンの家からは五十メートルの範囲には、本当に他の家がありませんでした。それから――」
小春ちゃんはすごく楽しそうに話していた。
そして俺は、適当な相槌をうちながらその話をきいていた。
「――なんです。それでで私のために働くことになったんです。私はいま十一歳なのですが、ガイモン働き始めたのは三年と少し前で、当時は気合いだけが空回りしていました。足が早いのと虫や植物に詳しいことだけがとりえでした。……それでも、そんなガイモンでも、私にとっては新しい世界ばかりで、花が咲いたような毎日でした。本当に楽しい毎日でした。勿論、今も……」
城野ちゃんが話終えた時には、彼女達の車が停めてあるコンビニに着いた。
黒くて細長い高級車を勝手に想像していたけど、実際は薄いグリーンのセダンだった。最近話題のハイブリッドカーらしい。例のお父様がエコに凝っているそうだ。
どんな人なんだか。小春ちゃんといい、お金持ちなイメージがあまりしない。
ガイモンに勧められて車に乗ろうとした。その時、車の下からひょいと出てきた黒猫が姿を現して、俺達を横切った。気づいたのは俺一人だけだろうか。誰も気にしている様子はない。
全員が車に乗り込んだ。何故か秋乃が助手席に座っている。
別に黒猫が横切ったからって、どうってことはない。俺が抱いた感想は「こういうのってアニメの中だけじゃないんだなぁ」と「なんかちょっと縁起が悪いかも」の二つくらいだった。
どうってことはない。そんなものは、初詣の日のおみくじで末吉をとるのと同じようなものだ。一分としないうちに忘れる。
その証拠に、ほら。隣でガイモンの事を話す小春ちゃんは幸せそうで、それを聞こえてないフリして聞いているガイモンもまた嬉しそうで。
小春ちゃんの笑顔は、雲一つない青空のようなものだった。眩しいくらいの笑顔だった。