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二十六話

 昔から変わらない景色だった。この小さな田舎町を囲む山々が燃えている。


 たかが山火事とは規模が違う。どうやらあの少年は、俺がこの町から逃げられないように、四方の山全てに火を放ったみたいだ。


 なんて準備のいいヤツ、山中に油ぶちまけてたなんて。


 この世界が偽物であることは十分理解しているつもりだけど、この光景は冷静に見ていられるものじゃない。たまにしか来ないけど、色々と思い出のある場所なんだ。


 遠くの山から視線を外し、よくわからない機会の後ろにもたれて目を閉じる。


 ここでうなだれていても、何も始まらない。いや、すぐに終わってしまう、か。


 短く息を吐いて、気持ちをリセットする。


 持参の道具はチャッカマンのみ。でも、あの火の玉に対してはなんの役にも立たない。


 この工場を探せば、長くて、適度に重い金属や木材はありそうだ。けれど、そんな簡単な武器であの少年に突っ込んでも、灰にされるだけだ。


 状況は八方塞がり。


 だけどそんな状況だからこそか、俺はさっき感じた違和感のことをもう一度考えていた。


 違和感というのは、俺が能力を使えるようになった順番のことについてだ。


 さっきあの少年に俺の能力を説明した時のことだ。


 俺はストップウォッチの能力のことを、少年に言わなかった。言う必要がなかったからだ。


 理由は、『正確な体内時計』と『完璧な演算能力』の二つを併用すればストップウォッチと同じことができるからだ。時刻から時刻を引き算すれば、かかった時間は求められる。


 逆を言えば、ストップウォッチという能力は、『体内時計』と『演算能力』の上に成り立っていると言えるのだ。


 けれども、この仮説が正しいとすると、俺が能力を使えるようになった順番と矛盾する。


 能力をもらった時に青髪から受けた説明は確か、時間が正確に測れることと腹時計が正確になること。つまり『体内時計』と『ストップウォッチ』の能力。そのあと、『演算能力』、『映像記憶』の順に能力が使えるようになった。


 ストップウォッチを能力の一つとして考えると、俺は最初は二つの能力しか使えなくて、今は四つの能力を使えるようになっている。


 ――いや、これはおかしい。ここには明らかな矛盾があるのだ。


 単純な話だ。最初の時点で使えた『ストップウォッチ』は、能力を使うには『正確な体内時計』と『正確な演算能力』の二つが必要なはずなのだ。


 でも俺は途中まで、『ストップウォッチ』の能力に不可欠な『演算能力』を使えなかった。


 俺は『演算能力』を使えるようになるまで『ストップウォッチ』の能力を使えないはずだったんだ。


 でも事実、能力は使えた。


 もちろん、ストップウォッチの能力が独立して存在している可能性もある。だけど、それじゃあ青髪は、必要のない能力を俺に渡した、ということになる。


 ああいうヤツに限ってそんな簡単なミスはしない。


 というのは俺の勝手な想像でしかないけど、おそらくその通りだ。あの青髪は、ただ者ではない。


 それに、もう一つ根拠がある。


 俺がストップウォッチの能力を使う時の感覚は、ただ数字を、ストップウォッチを眺めているというのとは違う気がする。実は、この感覚が俺の自信を一番支えている。


 さて、以上のことから何が言えるのかと言うと、能力は気付かなければ使えない(・・・・・・・・・・・)ということだ。


 もっと言えば、もし俺にまだ能力あったとして、それに気付いてなかったら。新しい能力が使えるようになる条件は、奇跡とかピンチじゃない。その能力に気付く(・・・)ことなんだ。


 俺はミラミラさんに言われた。可能性は自分で探せ、と。今思えば、まったくその通りだ。


 俺にとって『奇跡的に能力が使えるようになる』というのと『使える能力に気づく』という二つでは、希望の大きさがまったく違う。


 戦闘中に新しい能力が使えるようになる、なんてのはアニメやマンガの中だけの話。そんな奇跡のような出来事に期待して突っ込むのは自殺行為。負けたら終わりなんだ。


 でも、新しい能力に気づくのは違う。運任せじゃなくて、自分が運命を握っているんだ。


 可能性はある。てか、あってもらわなきゃ困る。こんな使えない能力を、あの青髪はおふざけで作らない。


 考えろ俺。考えろ玉石翔。


 頭の中を整理する。


「使えるようになった能力は――」


 『正確な腹時計』、スーパーコンピューター以上の『演算能力』、そして特定の時刻における鮮明な『映像ビジョンの記憶』の三つ。


 だんだんと、能力が『時計』の性能の域を越えてきている。まるで最近の携帯電話みたいだ。


 すべてに関係しているのは、時刻、もしくは数字。……他に能力があるとしたら、やはりこれらに関係するのだろうか?


 本当は使えるはずで、でもまだ自分自身で気づいていない能力。あるかどうかなんて、まだわからない。


 工場の独特なにおいにも、いつの間にか慣れていた。


 他にヒントはないだろうか……


 目を閉じて、電車の中でのやりとりを思い出す。


 ミラミラさんは、俺に自身で可能性を見つけろと言ってくれた。このヒントのおかげで、俺はこうして考えることができた。


 そしてもっと大事なヒントを、あの憎たらしい青色の神様は俺に教えてくれていた。


『それでもタマちゃんの能力は「時計」なんだよ』


 青髪の声が頭の中で再生される。


 計算をするのはもちろん、映像を記憶するのも『時計』ができることじゃない。そのとき俺は、この能力は『時計』ではなく携帯電話かビデオカメラじゃないかと青髪に聞いた。


 俺の主張は十分に的を得ている。『演算能力』や『映像記憶』なんて能力は、時計の枠に収まらない。


 それなのに、青髪はこの能力を『時計』と呼ぶ。


 そこまでに、俺の能力を時計たらしめるものは一体何だ。時計でなくてはいけない何かとは……


 家は貧乏だから、家にある置き型の時計以外に、時計を持ってない。自分の腕時計をつけた記憶なんてない。


 ――いや、そういえば昔、俺は腕時計を持っていたんだっけ。


 それはミッキーマウスの顔がプリントされていた、安物の腕時計だった。ゲームセンターで取ったものだと思う。


 腕時計を付けていると大人になったような気がして、すごく興奮したような気がする。


 でも、時刻はすぐに狂うし、十日とたたずに飽きちゃったんだっけ。


 ……ん?


 時計は、時間ががズレる。その結果、俺はすぐに腕時計への興味をなくした。


 その因果関係は……


「もしかすると……!」


 今一瞬、確信に触れた気がした。


 ビデオカメラや演算能力をさしおいて、何よりも時計らしい能力。


 確かに一つ、そんな能力があるかもしれない。


「試してみるか……」







〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





「……できた」


 結果論から言って、俺の予想はほぼ完璧に当たっていた。しかも、この能力なら十分にあの少年と闘える。


 それにしても、この使えない能力の中に、こんなに凄い能力が隠されていたとは……


 そんな優越感のような、達成感のような、よくわからない気持ちのいい感情が湧き出してくる。


 でもその反面、体中から冷や汗があふれ出し、動悸が激しい。これが能力の副産物かもしれない。そのせいだろうか、身体が重くて嫌になる。


 でもまあ……負けるよりましか。


 二十キロメートルぐらいを走りきった後のように、起き上がるのが辛くて、本当に嫌で嫌でしょうがない。


 これも能力の副産物か? 先が思いやられるよ……


 と思って立ち上がると、存外身体が軽い。俺はまた驚いた。


 自分の能力に驚いて、腰を抜かしていただけなのかもな。多分そうだ。


 砂埃を軽くはらって、三回ほど屈伸をする。それから準備運動をして、足首、膝、股関節、腰、肩、首、肘、手首の順にそれぞれをゆっくりほぐしていく。


 こうして準備運動をしていると、中学時代を思い出す。小学生の時にちょっとした怪我をしたこともあって、陸上部では部内一準備運動に時間を割く男と呼ばれていたものだ。


 短距離専門じゃなかったけど、今の俺なら世界記録だって越えられる。『世界最速の男、玉石翔』……なんてね。


 さて、あの少年はどこにいるかな。いまだに自分の能力についてはわからないことが多いし、無闇に突っ込みたくはないところだ。


 さっきのようにあっちをおびき寄せるか? チャッカマンはまだある。どこかにまかれてる油に点火してしまえば、それでこちらの居場所を知らせられる。


 しかし、アイツにもまだ他の能力があるとしたら、こちらの情報をわざわざ提供するのはかなり危険だ。


 もう一つの選択肢だけど、俺から探しに行くか? 今度は、奇襲作戦の方がやりやすい。


 しかし、こちらから動くのは危険じゃないのか? もしも俺が先に見つかったら……。この能力ならアイツの一撃をよける自身はある。でもこっちの手の内を知られるのは避けたいし、能力を完璧に使いこなすには時間がかかりそうだ。


 どうすればいい、どっちの方が勝てる確率が高いんだ。


 これから起こり得る様々な未来を想像したけど、途中で馬鹿らしくなってやめた。未来なんて誰にもわからない。


 俺の座右の銘に、『なるようになる。てかなるようになれ』がある。


 この言葉の正しさに関して、俺は根拠のない自信に溢れている。なんせ秋乃様の名言だ。


 俺は工場を出て、さっき来た方向とは逆の方向に、工場の外壁づたいに回り込んだ。


 周りの山々は相も変わらずに燃えている。ただ一箇所燃えていない場所があって、あそこからなら逃げられそうだった。


 罠だろうけど。


 周りを入念に警戒しながら、工場の壁の端に身体を隠して、顔を覗かせる。


 なんだか、スパイ映画の主演を演じてるみたいだ。そんな風に思っていると、遠くにに人影を確認した。


「おっと、見つけたぜ」


 ヘルメットを被った少年は、道の真ん中をこちらに向かって堂々と歩いていた。


 どれだけ余裕があるだか。……いや、そうじゃないのかもしれない。


 フフフ、残念だが少年、今回はこちらがラッキーだった。まさかドンピシャで目の前に現れるてくれるとは。


 自然と、唇の両端がつり上がっていく。


 これで決めてやる。作戦は……やっぱり王道で行くべきか? それとも……


 興奮と緊張の入り交じり、大切な試合の前ように心臓の鼓動が体の中で暴れていた。







☆★☆





「あのお兄さん、どこにいったんだろう……」


 佐山朝日(ひかり)は額の汗をハンカチで拭いながら、車道の真ん中歩いていた。


 腰にウエストポーチを巻きつけ、ヘルメットを被っている。さらに、圧力式のカラフルな水鉄砲を携えているその姿は、遊んでいる少年にしか見えない。


 水鉄砲の中身が油だなんて、だれも予想できないだろう。


 周りからの評価は本人も重々承知しているのだけど、あえて手放そうとはしなかった。


 朝日は翔を追う道中で、通った家々の中に油をまいてきていた。隠れ場所となりうる建築物を、一つ一つ潰しているのだ。


 家などの建築物がほぼ木製であるのは、朝日にとって都合が良い。さらにこの田舎町に馴染みが深く、地形に少し詳しかった。


「隠れるなら、あの工場か町役所が便利なんだけど、お兄さん、どっちかにいるかな?」


 逃げていった方角からして、工場かその近くの民家だろうと朝日は予想した。


 それらの建物はもう見えているので、もしかするともうこちらは見つかっているかもしれない。注意を払わなければいけないのだけど、朝日の集中力はだんだん切れてきた。


 その主な原因となっている暑さに、朝日はため息をついた。


 夏場の一番暑い時間帯に、所々で道路や家が燃えている。しかも、周りの山々は炎の海だ。もともと暑さには弱い朝日だったので、この時ばかりはこの能力が恨めしくなってくる。


「ダメだダメだ。僕は負けるわけにはいかないんだ」


 自分に言い聞かせるように言って、朝日はしゃんとして歩き出した。


 目立つにも関わらず道の真ん中を堂々と歩いているのは、接近戦では分が悪いことを自覚しているからだ。懐に入り込まれたら、力のない朝日にはとても翔には勝てない。例え先に見つかったとしても、それだけは避けたかったのだ。


 周りに人影がないか注意を払いながら、朝日はついに工場の前にたどり着いた。


 工場は鳥瞰すると、大きな四角形の角から、四分の一サイズの四角形をくりぬいたような形をしていた。くりぬいた部分の全体が入口となっていて、大きく開かれている。


 工場の全体には屋根がついていて、たくさんある機会はその影の下で陰々としていた。


 だれかがいる。


 陰を見て、朝日は直感的にそう感じた。動機が速くなり、朝日の体に暑さとは別の原因で汗が滲んでくる。


 神経を全身に、さらにその外側にまで張り巡らせるように思考を緊張させる。音を立てないように、一歩ずつ、工場の影に近づいていく。


 いつでも油を飛ばせるように意識し、水鉄砲を抱えながら、右手の人差し指にチャッカマンを絡ませた。


(これだけの広さなら、全部燃やす方ががいいかな……)


 朝日はそう考えて、油を腹部にためようとした。


 しかし、そこで朝日はハッとして思いとどまり、そして後悔した。自分がわざわざ、カゴの中の鳥になっていたことに気づいたからだ。


 工場の反対側は開けているが、もと来た道とその反対側、そして工場の中。その三方向に囲まれてしまっていた。


 いや、囲まれたような錯覚に陥っていた。三方向のうち、翔がいるのは一つ、もしくはここにはいない。しかし極限状態の朝日に、どれか一つでも切り捨てられるはずがない。


 朝日は少しでも速くこの状況を抜け出そうと、三方向の全てに意識を向けながら後ずさろうとした。


 その時だった。


 朝日の左手方向のどこかで、石ころが落ちるような音がした。


 身体中の筋肉が一瞬こわばった。朝日は身体をひねり、油を腹部にためた。


 だれもいない。隠れているいるのかと、朝日は意識を集中させた。


 次の瞬間、朝日の意識が薄れた反対側から、物音がした。


 最早、何のなのか朝日は理解していなかった。朝日は何も考えずに油を限界までためて、身体を反転させた。


 朝日は音がした場所の遠さから本能的に相手との距離を予想し、そこを狙った。


「ッ!」


 朝日は驚愕した。予想よりずっと近くにいた人型の影が、有り得ない速さで朝日の懐に入り込んできた。


 腹部の膨れた死角に影が入り込むのを確認して、朝日は腹部に重い衝撃を受けた。


(どうゆうこと……?)


 ネジを失った水道のように、朝日は油を吐き出した。やがてしおれたように痩せた朝日は、身体を支えきれなくなって倒れた。






☆★☆





 油を吐き出そうとする少年の腹に渾身のパンチが入った。水の入った大きな袋を叩いたような感触だった。


 手応えあったな。ころなら一撃じゃないか?


 そう思った俺の頭から、バケツをひっくり返したように冷たい水が振ってきた。次いで少年の身体が倒れてきた。まったく予想をしていなかった俺も、その体重を受け止めきれずに後ろに倒れた。


 地面にたまっていた水たまりで、背中が濡れた。ガソリンの匂いが鼻をつく。


 これ油じゃねぇか!


 全身が油まみれになったことに気づいた俺は、慌てて少年の肩を掴んで体制を入れ替えた。地面に叩きつけるようにして、年の服にも油を染み込ませた。


「ケホッ!」


 少年がせき込んだ。


 俺はポケットからカッターナイフを取り出して首に当てる。


 でもよく見てみると、少年はもう戦意を失っているようだった。というより、持てる余裕がないように見えた。


 それを見てホッとした俺は、身体の力を抜いて緊張を解いた。


「勝負あり、でいいか?」


 少年はしばらく歯を食いしばっていたけど、最後には諦めたように無言で頷いた。


 終わった……


 体中の力が抜けて、それから重くなった体を持ち上げる。


 服にズボンに染み付いた油は、ベタベタするのと燃えたらどうしようという不安で二重に気持ちが悪い。Tシャツを脱いで雑巾のように絞ると、水のように油が落ちる。


 全部乾くまでは危険だし、着るのはやめるか。


 Tシャツを乾きやすいように広げて、一振りしてシワを伸ばす。それを腕にかけると、俺は改めて少年を見た。


 少年は顔を背けていること以外、さっきからまったく動いていなかった。


 どんだけ不機嫌なんだか。


「大丈夫か」


 少年は反応すらしない。


「はぁ……」


 俺はため息をついて、少年に手を差しのべた。


 少年は一瞬体をビクつかせたけど、敵意がないとわかったのか、しぶしぶ手を掴んできた。相変わらず顔は合わせてくれない。


「一人で立てるか?」


「……当然です」


 ならよし、と少年の体を引き上げた。


 体はわたがしのように軽く、腕は細くて筋肉質とは程遠い。頭のてっぺんは俺の口元くらいだ。日に焼けた小麦色の肌はつややかで、コイツが女だと言われても別に驚きはしない。むしろそっちが自然なくらいでもある。


「お前、ホントは女の子なんじゃないの?」


 俺はストレートに聞いてみた。


「そう見えますか? では、美少年とののしってください」


「なにげに誉めるな、自分を」


 俺と少年は、軽く鼻で笑いあった。


 これだけ元気なら、精神面は問題ないよな。


「どうだ、お金は諦められたか?」


「イヤミですか?」


「いやいや、悪いとは思ってるんだけどさ」


 それでも、俺は負けたくはなかったし。


「はぁあ、負けてしまいましたか」


 少年はわざとらしくため息をつくと、地面の油を指で救ってペロリとなめた。


 おいおい、食べても大丈夫なのかそれ。


 俺がそんな顔で少年を見ていると、


「思い出に、です。有機物だから、多分大丈夫ですよ。お兄さんもどうですか?」


 と勧めてきた。俺は控えめに遠慮した。


 地面の油はいつ発火するかわからないから、ふて気づいた俺は少し距離をとった。よっぽど大丈夫なのだろうけど、もう油の側にはいたくない。


 少し遅れて、少年も着いてきた。


「お金なら……まあいいです。油も、いまある量だけで我慢します」


「どれぐらいあるんだ? まとまった金にはなるのか?」


「それは企業秘密ですよ」


 企業秘密か……。ま、なんにせよ、この慎重な少年が油のストックを用意しないわけがないだろうし。いらない心配だったかな。


 心配と言えば、俺はもっと別のことを心配している。金のことなんて、正直あまり気にしていない。少年には悪いけど。


「なぁ、とりあえず病院行っとくか? 望むなら治療費はこっちで持つけど」


 そう言った途端少年は柔和な表情を崩して、俺を睨みつけた。


「はい? 何言ってるんですか? そんなこと『俺が奢るからカフェいかない?』みたいなノリで言わないでください。同情なら受け取りませんよ!」


 なんとなく俺の方を見るのを避けていた少年だったけど、今は違う。


 まぁ、そりゃあ当然だよな。俺だってこの状況でこんなこと言われたら、怒りたくもなる。でも、言わないわけにはいかないし。


「普通そんなこと言いませんよ。もっと胸張ってりゃいいじゃないですか。勝ちは勝ち、負けは負けです。なにか後ろめたいことでもあるんですか!」


 それは……。あると言えばある。ないと言えば……やっぱりあるな。


 能力に関して、隠していたわけじゃないけれど、客観的に見れば俺は嘘つきだ。お互い様という面もあるけど、少年の方は嘘つきではない。


「別に、後ろめたいなんて思ってないぞ」


「じゃあなんで! 僕は――。……ッ、まさか、まだ僕が女だって思ってるんですか。余計なお世話ですよ!」


「わかんないだろうけど、わかってくれよ。お前が女だろうと男だろうと、後に何か残るような怪我をしてもらったら、それこそ後悔するんだよ。俺は嘘をついた。勝負に勝つためだったし、そのためなら悪いとは思わない。でも、それで怪我させたなら、それは俺の過失なんだ。自分勝手を言ってるようだけど」


 少年はしばらく黙っていた。


 俺の言葉に感化されたからとか、納得したからとか、そういうのじゃないと思う。少年の瞳は最後まで鋭かった。


 俺自身、納得してくれとは言わないけど、せめて気持ちをわかってほしかった。


「そうですね、逆の立場だったら僕もそうしてたかもしれません……。病院には行きません。お金もいりません。気持ちだけ受け取っておきます」


「…………」


 多分、俺が逆の立場にいても、その優しさを素直に受け取れなかったと思う。


 これでいいのかはわからないけど、これ以上は言わないことにした。


「俺はま川でこの油を落としに行くけど、お前も行くか?」


「いいえ、家に戻ります。僕の家はこの近くにあるので」


 それを聞いて安心した。俺のように一人暮らしをしているわけじゃないだろうし、こういう田舎は隣近所が顔見知りだ。


 実は、秋乃やおばあちゃんとも顔見知りだったり。もしかしたら、俺自身も合ったことがあるのかも。


「じゃあ俺は、油を流しに川まで行くから。ここで解散でいいのか?」


「そうですね。――あ、ちょっと待ってください!」


 かっこよく挨拶をしようと歩き出した所で、急に呼び止められた。


「ん、やっぱお前も来るか?」


 振り返って少年に聞く。


「違います。勘違いしないでください」


 冷めた目線で、あしらうように言われた。


「一つだけ聞きたいことがありました。さっきの戦いでのことですが、あなたはどうやって僕にボディーブローを入れたのでしょうか? 懐に入られ時は驚きました。あれは、人間ではありえないスピードですよね? あなたはいったい何をしたんですか? これだけが、よくわからないんです」


 少年は拳を顎に当て、少しうつむいて考えるような仕草を見せた。


 なるほど、確かに一見わかりにくい能力だ。でも俺の能力は、実はまったく単純なのだ。


 説明するのにちょうどいいものはないかと周囲を見回して、少年が付けている腕時計に目が止まった。


「簡単に説明すると、つまり――」


 俺は少年の腕時計を付けている方の手首を掴んで引き寄せる。そしてその腕時計の横に付いているネジをキュッと回した。


 秒針が回り、時間が進んだ。


「つまりは、こういうことだ」


 俺は少年の腕から手を離して、鼻をかいて得意げに笑った。


 俺が今まで気づかなかった『時計』のもう一つの能力。それは加速――いや、加速というより『早送り』だ。


 時刻のズレを修正するのには、時計に付いているネジのようなものを回す。針を進めれば、その間だけ時は速く流れる。


 俺の能力では、自分自身が時計の機能を獲得している、ということになっているらしい。当然、時刻を修正するネジも付いている。


 それを回せば俺の時間は速く流れる――つまり加速できるということだ。


「謎は解けたか少年?」


 どこかで居候をしているジェントルマンの真似をして言うと、少年は苦笑して俺を見上げた。


「はい、ありがとうございました」


 少年は一歩下がってペコリとお辞儀をした。頭を上げた少年の笑顔は、多分本心からだと思う。


 こんな状況でも笑顔を見せてくれた少年を、俺は嬉しく思った。


「そっか。それじゃあ、またいつか縁があればな」


「はい」


 俺は軽く手を振って、少年に背を向けて歩き始めた。





 アスファルトの道路は熱く、靴下越しに砂利を踏みつけるたびに、自分が靴を履いていないことを思い出す。


 靴下だけで歩いている自分の足音はほとんどしなくて、鳥のさえずりと蝉の鳴き声以外には、この世界に音はない。


 それから少年の足音は聞こえなかった。彼はまだ同じ場所に立っているのか、もしくは音も立てずに去って行ったのか。


 トーナメントで負けた人間は、一番大切なものを失う。彼は何を失うだろうか。お金か、周りの誰かか、それとも彼自身の心か。


 わかってる、そんなことを考えても意味はない。


 ただそれでも、少年には負けないでほしい。わかってる、贅沢な願いだ。


 俺は色々な思いを振り払うように前を見上げて、後ろは絶対に振り向かないと強く心に言い聞かせた。


 太陽の光が俺の背中を強く押す。そしてその先には濃い影ができている。


 一歩ずつ、その影を越えていくように、俺は歩みを進めた。

まずはここまで読んでくださった方へ、お礼を申し上げます。

つたない文章でしたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

そして、一つお願い申し上げたいのですが、どうかこの後書きだけは最後まで目を通してくださるようお願いします。



さて、ずいぶん前にお話した通り、僕も受験生で勉強に専念しなければいけないので、今までよりいっそう執筆が難しくなると思います。

それにこの物語もあまり需要がないようなので、誠に勝手ながら、第二章で執筆を一時中断させていただきます。



今思い返してみると、書き始めた頃は本当に無知でした。物語のプロットや終わり方など、何も考えず、ただ勢いで書いていたのですから。

途中でプロットを作り直しはしましたが、設定は今でも行き当たりばったりです。

ただでさえ文章が下手なのに、こんなことでは面白くなるはずがありません。



関係ない話なのですが、実は他のストーリーのネタは結構あるのです。

僕は執筆は下手で遅い割に、ストーリーを作るのが好きで、結果ネタだけがたまっていく始末……


短、中編では、五百年後と月とを中心にしたSF、

夢を見ている間に別世界で生きている少年達と一人の少女のファンタジー


長編では、異世界に召還された主人公が竜を狩って生計を立てる集団や仲間と行動しながら、魔王や勇者、戦争などと関わっていくお話。

そして一番世界観を作り込んだのは、ある日主人公が見たことも聞いたこともない人間と入れ替わって、しかも幽霊が見えるようになったという、SFとファンタジーの中間を目指したお話。



正直、今書いている話よりずっと面白い自信があります。これらを書いていきたい、と思ったのも、執筆中断の理由の一つです。


全部はむりかもしれませんが、いつか書きたいと思っています。





これからの予定ですが、とりあえず、二章を完結させます。

今回で二章は終了ではありません。

残り一話、三章へと繋がるお話と、閑話を二、三話書きたいと思っています。

それが終わったあと、この物語の執筆を中断したいと思っています。


その後は、空いた時間に短、中編を書いていくつもりです。



二章終了までもう少しよろしければ、お付き合いください。

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