二十二話
いい加減さっきみたいなくだらないやりとりに飽きてきたから、俺は手っ取り早く話を進めることにした。
電車が曲がって、太陽の光が直接目に入る。眩しくて目を細める。
薄く目を開けて見ると、少女は手を膝に乗せて小さく座っていた。
「俺が秋乃をどう思ってるのか、ってことだよな?」
「その通り。パチパチパチ」
無視する。
それなら、俺にはわかりやすく説明できるイメージをもっている。どう思ってるのかって観点とはちょっと違うかもしれないけど、俺の中ではずいぶんときれいに整頓されたイメージだ。
「ちょっと変則だけど、秋乃を動物にたとえるなら……俺は蝶だと思う」
「それは動物じゃなくて昆虫じゃない?」
いいじゃないか、動くし。
「ま、そんなことはどうでもいいだろ」
文系男子なんだよ、俺は。
話を続ける。
「その蝶っていうのをもっと細かく言うと、この世に一匹しかいない……なんというか、とにかく綺麗な蝶だ」
自分で言って恥ずかしくなる。
「それは秋乃ちゃんのことを好きってことじゃないの?」
「それは違うって言っただろ、何回も何回も」
わざとだよな、コイツの誘導尋問は。
「俺としては、結構はまってると思うんだけどな。蝶っていう表現は」
「その根拠は?」
「直感」
「嘘おっしゃい」
脳天にチョップをくらった。たださっきのように痛みはなく、ポンと乗せられたらような感触がした。
「その理由が聞きたいんだって」
そうだったけか?
「そうだよ!」
心の内を読まれた。
そうか。そうだったか。俺が頷くと、少女は手を戻した。
じゃあまぁ、話すか。
電車に揺られる中、俺はシートに改めて座り直した。
この時俺は不思議なことに、自分のことを青髪の少女に話してみたいと思っていた。本当に不思議だ。これは誰にも話したことがないのに。
少女の容姿が端麗だからではない。あまり人に言いたい話じゃないけど、誰かに聞いて欲しかったのか……。しかもこの青髪相手なら、なぜか安心感があった。
さんざん遠回りをしたけど(わざとだけど)、結局こうなることはなんとなくわかっていた。
「蝶っていうとさ、羽の模様とかが綺麗でその上複雑なんだ。飛ぶ時は鮮やかで、でもふらふらと危なっかしくて、見てて心が休まらない。綺麗な花やいい匂いに惹かれて、警戒心も持たずにただ純粋に香りを楽しむ。そんなイメージがあるんだ」
「ふうん、なんとなくわかるよ。ただ私は、蝶を見てると心が休まるけど」
「それは人それぞれだろ」
「う~ん、そうだなぁ……。たぶん君はさ、秋乃ちゃんを蝶に重ねるように、蝶を秋乃ちゃんに重ねてるんじゃないかな?」
「……だな。それでさ、今の秋乃ってお前から見たらどう見える?」
「私から見たら? う~ん……」
なんか難しいな、と少女は腕を組んで呟いた。
「……やっぱり、変な子バカな子面白い子って所かな」
目を閉じて数秒うなったあと、少女は答えた。
「みんな似たようなこと言うんだよな。一番多いのは、とにかくカワイイって答えだ。男でも女でも。お前の言ったことも、まとめるとこんな感じじゃないか?」
「だね」
少女は即答して頷いた。
「まぁ、アイツはどう考えても一般常識を抜けてるからな。でもさ、あれはあれで結構わきまえてんだぜ、色々と。だから頼れるし、信頼できる」
これまでの二回の戦いも、思い出せば秋乃を頼ってばかりだった。
それもしょうがないと言えばそうなのだけど。
「秋乃はさ、いっつもそうなんだ。特別なんだよ。今回だってアイツはクソありえない能力を使えるようになって」
「それに対して俺の能力はぁ……ってこと?」
少女は怒るでもなく、不満げな表情をするでもなく、ただ純粋に疑問を投げかけているように見える。自分が与えた能力をけなされても、特にどうとは思わないのだろうか。
「全くだ、俺の能力との差はなんだってんだ。……でも、別に嫉妬してるわけしゃねぇよ。秋乃は、近くから見てるのが一番だからな」
ここまで話して、俺は自分の話逸れていたことに気づいた。
話を戻さなければ。
「すまん、話を戻すぞ」
「うん」
少女は頷いたあと、あれ? と首を捻った。
「戻すのはわかったけど、いったいどこまで戻るの?」
「……蝶のイメージの所まで」
「割と戻るね」
確かにそうだ。
さっきの会話を思い出して、続きを考える。
「次は秋乃のことだ」
「おぉ、ついに来ましたね」
少女のテンションが上がる。
「さっき蝶を秋乃にたとえただろ? その理由ってのがあるんだ」
少女は黙って聞いている。
俺の視線は、自分でも気づかないうちに窓の外の青空に向いていた。青空の向こう、見えるはずのない宇宙を見ていた。
「秋乃を蝶に例えた理由っていうのは、アイツが自由で単純なヤツだからだ。でも、さっきも言ったけど、ふらふらとしてて危なっかしいし、壁やフェンスにぶつかったりしてる」
少女の方を見る。
「それでも、秋乃は自由なヤツだ。何にぶつかってもそれは変わらない」
アイツは草むらを自由に飛び回っている。
「アイツは優雅にな羽ばたいて、無邪気に近づいてくる。俺達はふらふらと周りを飛ぶ綺麗な蝶に目を奪われる。でも捕まえようとしても、絶対に捕まえられないんだ。手の隙間をすり抜けていく。虫取り網もよけて……というより、捕まっても網を引き裂いて自由になる。誰の近くにもやってきて、でも絶対に捕まえられないヤツなんだ、秋乃は……」
言い終えると、体温が上がっていたのに気づいた。うまくまとめられないのに、言葉だけが口から流れてきたみたいだ。
「俺はアイツに嫉妬しないし、恋愛感情も抱かない。そういう立ち位置じゃないんだ」
俺はやや強引に話をまとめた。これ以上は話しても意味がないと思ったからだ。
なんか結局は秋乃への感情を説明するだけになってしまったけど。……それが元々の目標だったんだっけ?
電車はいつ駅に停車したのか、気づくと少しずつ加速していた。誰も……たぶん乗ってきていないだろう。
ともかく話を終えた俺は、雲のようなシートに体重をかけた。蝉のみ鳴き声は聞こえても、俺は感知しなかった。
すべて、と言うほど長い話ではないけど、聞き終えた少女の反応は「へぇ」の一言だった。
それから少女は目をつむってから腕を組み、しばらく黙ったままだった。
何を思って、何を考えているのか。それは俺にとって重大なことなのに、そうではないような気もする。
どうしてだ、なんでこんな気持ちになるんだ。俺は何を求めているんだ……
モヤモヤとした心境の反対側に、スッキリとした気持ちがある。
「なぁ青、お前は話を聞いて……なんて言うか……感想とかないか?」
俺はもどかしくなって聞いてみた。
「へっ、感想?」
少女は目をパチリと開いた。目をまんまるにしてそのまま俺をじっと見つめてくる。
たまらなくなって目をそらすと、少女はクスッと笑ってまた目を閉じた。
「なるほどなるほど、なるほどねぇ……。そうかそうか、そういうことかぁ……」
早く言えよ、と催促したくなるのをこらえる。逆に話が長くなるだけだし、それに……
その続きを考えるのは止めた。すると案の定、少女は口を開いた。
「要するに翔ちゃんもあれだ、みんなと同じ秋乃ちゃん至上主義にわけだ」
みんなと同じ? 秋乃至上主義? それは違う。俺は違う。
「俺は他のヤツらとは違う。アイツらと違って、秋乃の周りに近づいて行くことはない」
「見下してるの?」
「むしろ謙遜してる。それに俺は秋乃至上主義なんかじゃない」
「違うの? じゃあなんなの?」
「俺は……」
言葉がつまった。でもそれは、俺が答えを持っていないからではない。
「俺は……傍観者だ。見てるだけってやつ。楽だし面白いぞ?」
「その気持ちには同感だね」
少女がうんうんと頷く。
それもそうだ。こいつはいつも、上から俺達を見ているんだろうな。一緒にされたくはないが、まぁいいや。
「話っつったらこんなもんだ。納得か?」
「ガッテン!」
納得のようだ。俺は一息つく。
面倒な話がやっと終わって、正体不明のモヤモヤが俺の周りに霧のように広がっている。ただ、それはぼやけるような薄い霧でしかない。
なんにせよ、万事解決だ。……さて。
「それで青髪。俺はまだ、お前がここに来た理由聞いていないんだが」
「理由なんていらないんじゃない?」
嘘だ。理由もなしにわざわざこんな所で現れないだろう。俺と二人きりで話すチャンスなんていくらでもあったはずだ。
コイツに電車旅の風流心でもあれば別だけど。……なさそうだ。
「あれば話せよ。それでおあいこだろ?」
「やだ」
「やだ、ってことはあるんだな?」
「ギクッ、なぜ分かった」
と少女はわざとらしく驚いて見せた。
オーバーな演技はわかりやすいな。いや、そもそも演技でもないか。
「あははは、じょーだんじょーだん。話があったから来たんだよ。用がないのに、このラッキーガールが秋乃ちゃん以外の前に現れるわけないでしょ」
鼻の前に人差し指が向けられる。
「ラッキーガール……か」
今日の俺は限りなくアンラッキーなんだけどなぁ。
ただ、秋乃は言っていなかったけど、コイツが何度か秋乃の前に現れたのは本当かもしれない。
「さて、天使のようなラッキーガールちゃんがカワイイタマちゃんに予告しにきました」
少女ははしゃぐようにパチパチと手を叩いた。
予告? こいつが未来予知をして、それを俺に、わざわざ伝えにきたのか? とりあえずいい予感はしない。
「それでは、私の予言ですが……」
一体何が起こるんだ。
思わず息を呑む。
「次の駅が終点でしょう」
「……へぇ、もうそんな所に。意外と速かったなぁ」
窓から外を覗くと、相変わらずの山と川しか見えない。
そうかぁ、もう終点かぁ……。そうかぁ、そうなのかぁ……
「というのは冗談で」
「分かってるから早く話せ」
「もちろん。電車が止まる前に言わないと、私切符持ってないから」
お~い誰かぁ、不法乗車している人間がいるんですけどぉ。
……と言ってもかわされるんだろうな。
「で、その予告ってのを聞こうか。これから先、何が起こるんだ?」
少女はコホンと小さく咳払いをした。
「まぁ私が来たことで予想はついてるだろうけど……」
そこまで言うと、少女は急に改まった口調となった。
「タマちゃん様、わたくし主催のサバイバルトーナメント、第二回戦の予告です」
「……来たのかよ。もうしばらく連絡なかったし、このまま終わってくれても良かったのに」
「まぁまぁ。そう言うのは優勝賞品を聞いてからにしてよね」
優勝賞品……。それは自分の一番大切なものをかけても釣り合う、もしくはそれ以上のものなのだろうか。
「内容については二回戦を通過した八人に教えるよ。だからタマちゃんは、このあとの戦いに勝てばいいってこと。賞品はみんなが絶対に望んでいるものだから、タマちゃんも頑張ってね」
みんなが絶対に望むものって、そんな都合のいいものがあるのか? それに頑張ってって……
いやまて! いまコイツなんて言った?
「ちょっと待て。このあと戦うって、いったいいつからだ!?」
「えっ? あぁ、一時半からだよ」
今の時刻は……十一時五十二分。今俺の腹時計は正確だから間違いはない。となると、戦闘が始まるまで一時間三十八分。この電車は一時間に一本しかなくて、俺の家の最寄りの駅から二時間二十分で終点に到着する。
今から秋乃を呼んだとして、はたして戦闘に間に合うのか? まず秋乃と連絡をとり、金銭的な問題と電車の出発時間の問題をうまくパスしたとして、それでもとても間に合わない。
それなら、それまで俺が逃げて持ちこたえればいい。なんてできるのか? 相手の能力もわからないのに、最低でも一時間は逃げていなければいけない。最低秋乃が来れない場合もある。あてにしない方がいい。
なら秋乃の能力でここまで来る、戻ってくることはできないだろうか?
いや、それもダメだ。秋乃が最後にここに来たのは一年以上も前だ。体に負担がかかりすぎる。
「タマちゃん、秋乃ちゃんを呼んでも無駄だって。二回戦はそういうルールだから」
「ふざけんなよ、俺の能力でどう戦えっていうんだよ。何もできずに痛めつけられてやられるだけじゃねえか!」
今まで戦った二人の能力だって、人間の力じゃどうやっても勝てない程の能力だった。勝てたのは秋乃の異質な能力のおかげだ。
「俺は頭脳だけで戦えない馬鹿だし、どうしようもないだろ……」
「それは違うよ。確かにタマちゃんは天才ではないけど、馬鹿じゃない。むしろ賢い方だよ。緊急時にも頭は回るし、行動もできるじゃん」
自分で自覚できるような範囲にないけど……だとしたら、それは秋乃に育てられたんだ。昔の俺はもっとおどおどしていた記憶がある。
「あ、あとね、この二回戦には事前に相手の能力を知ることができるルールがあるんだ」
「そのルールって……。そんなもの知っても勝てないだろ、どうにかしてくれよ」
少女は俺の声を無視して続ける。
「相手方の能力は『油』」
聞き覚えがある。たしか少女に能力を選ばせてもらったとき、選択肢の一つにあった。弱そうだ、と一蹴ような気がする。でも一回戦を勝ってきたんだな……
「懐かしい響きでしょ? ちなみにタマちゃんの能力『時計』もあの子に伝えてあるよ。きっとタマちゃんのこと、一回戦を突破した強敵だと思ってるんだろうね~」
まったくありがたくねぇよ……。どうせなら相手方には思い切り油断していて欲しかったのに。
俺の能力なんて、腹時計が正確で、ストップウォッチと録画機能、最近だけど四則計算だけはスーパーコンピューター並の頭脳があることに気づいた。まるで高性能の携帯電話のような能力だ。ただし、電話はできないけど。
日常生活において誰もがうらやむ能力ではある。
だが、それがどうしたというのだ!
猪守さんがあのあと能力を使えなくなったように、負ければ、勝てなければ終わりなんだ。
俺の能力なんて、時計とストップウォッチとビデオカメラと電卓があれば事足りるのに……
……いやしかし。
「なぁ、俺の能力って、時計っていうには多機能すぎないか? なんで『電子機器』とかじゃないんだ?」
「おっ、タマちゃんいい所に気づいたね」
少女は腕を組んで、感心したように言う。
「確かにそう思うかもしれない。でもね、タマちゃんの能力は確かに『時計』なんだ。それ以外のものには当てはまらないからね」
ま、多機能の時計だと思ってもらうのが一番だね、と少女は付け足した。
時計か。でも、なんで時計なんだろう……。まぁ、そうだからといって勝てるわけでもないし。
「まぁまぁタマちゃん、そんな顔しないの。諦めたら……えっと……そこで投了だよ」
将棋だそれは。
「無茶言うなよ。じゃあ逆に教えてくれ、どうしたら勝てるんだ」
「そりゃ、頑張るしかないでしょ」
……当然の答えか。
大きなため息が漏れる。
「それにタマちゃん、ミラコスタンの言ったことを忘れたの?」
ミラコスタン?
「俺はミラコスタンというおそらく外国人の人と知り合いで、さらにその人から有り難い言葉を授かったことがあったのか?」
「えっ、タマちゃん覚えてないの? ミラコスタンだよミラコスタン」
なんど聞いてもいまいちピンとこない。でもなぜだろうか、どこかに引っかかるような……
こめかみに手を当てて考えていると、不意にドアをノックするような音が聞こえてきた。ドアではない、窓をだ。
いったい何事だと窓の方を見ると、金髪でスラッとした綺麗な女性が――空を飛んでいた。
…………。
そうか、幻覚か。そして幻聴か。でなくてミラミラさんか。
「ってえぇえええ!」
なんでここにいるんだ!?
少し間を空けながら、二回セットでノックを繰り返している。あまりにも無表情に。
「あれ、どうしたんだろう。別に来る必要ないのにな……」
少女は独り言を言いながら窓を横側にスライドさせる。
……あれ、この窓って横に開いていいんだっけ?
「ヤッホー、元気だった?」
「普通です」
手をあげて元気いっぱいに挨拶する少女に、ミラミラさんは無表情で答える。
なんともない表情で平然と空を飛ぶミラミラさんには、二メートルくらいしか離れていないのに世界の反対側にいるような距離を感じる。
「そっか~、いい方かぁ。それで何しに来たの?」
「いえ、特に何かをしに来たというわけではありません。ですが……」
ミラミラさんは無表情で含みを持たせる。
「つい先刻、このようなものを拾いましたので、放っておけないと思い立っての――」
その時、ゴンッ、という鈍い音がして、話し途中だったミラミラさんは急に見えなくなった。
あれ? もしかして瞬間移動? ではもしかするとミラミラさんはすでに車内にいるのか?
「あちゃー……。空を飛ぶときは前見ろってあれほど言ったのになぁ……」
「……え? ミラミラさんって電柱が何かに当たったの?」
「気づかなかったの?」
いやないだろ。だってミラミラさんだぞ? 空を飛んでいる時に電柱にぶつかるなんて、この青髪の専売特許だろ。
「失礼しました」
窓の上枠からミラミラさんが見えてきた。
長い金髪の頂点あたりはボサボサで、頭には大きなこぶが、あると思えばあった。
本当に当たったのか? 痛そー。
しかしミラミラさんは無表情だ。
「あの~、大丈夫ですかミラミラさん」
一応心配して言ったつもりなのだけど、大丈夫ですの一言もなくただ鋭い瞳に睨まれた。
俺ってやっぱり嫌われてる?
「先程の続きですが、外に捨てられたこれらを届けに来ました」
ミラミラさんは窓の横枠を掴むと、水泳の飛び込みのように窓から入ってきた。俺は思わずシートに張り付く。
こんなアクロバティックに入ってくるとは思わなかった……
「マスター、こちらです」
ミラミラさんは背中から、懐中電灯とボイスレコーダーのような物を取り出した。
ん? これって確か……
「これ私に? なにこれ」
少女は懐中電灯とボイスレコーダーを受け取った。ボイスレコーダーじゃなくて音楽プレイヤーだったか。
「いらないから捨てよ」
少女は窓を上側に開ける。
「ちょっと待て、それお前がさっき捨てたヤツだろうが! 忘れるの早すぎだって」
「……あぁ、あれか。さっきのね。いらないから捨てといて」
「だからポイ捨てをするなって言ってるんだよ! ミラミラさんは」
「え~、めんどくさいからヤダ」
「ワガママ言うな」
「じゃあタマちゃんにあげる」
「よっしゃあ!」
ついに来た、青髪が折れた。これでしばらくの食費光熱費は考えなくていい。さらに自宅で水を出せるようになるかもしれない!
俺は少女から強引に二つを奪い取る。
しかしチラリとミラミラさんを見ると、さっきより酷い形相で睨まれていた。
……返した方がいいですかね?
でも食費が惜しいから、二つの電子機器がミラミラさんに見えないようにそっと自分の陰に隠す。ミラミラさんが何も言ってこないからなんとか助かった。
「マスター、あともう一つ。あと五分ほどで終点に着きますので、そろそろ退散しましょう。無駄に記憶操作をすることはありません」
「うん、そうだね。切符買わされるのもやだしね。そうだ、タマちゃんの切符を貰うってのはどう?」
「やめろ、マジで帰れなくなるから」
往復で二千円以上も必要になるから、この切符を無くしたら帰れないのが現状だ。
「それじゃ、しばらくの間サヨナラだねタマちゃん」
少女は跳ねるように立ち上がり、窓の下枠に置いた手を支えに電車の外に出て、外向きに窓枠に座った。
夏の青い空にひらりと舞った青いスカートがやけに印象的だった。
「もしタマちゃんが勝ったら会いに来るよ。今度は優勝賞品も教えるてあげるから」
少女は首をひねって俺の方に振り向いた。
「じゃねっ」
少女の笑顔に一瞬息が止まる。無意識のうちに目が離せなくなっていていた。
時が止まったかと思ったけど当然それは一瞬だった。顔を戻した少女は電車よりずっと下を流れれている川に、近所の低い石垣から飛び降りるくらいに軽く飛び降りていった。
落ちていく途中でふわっと浮いたかと思うと、少女は淡い光を放ち、小さな青い蝶の姿になった。羽に模様はなく、青いモンシロチョウのようだ。蝶はいびつな直線上を羽ばたいていって、やがてその鮮やかな青色は空の一部となって見えなくなった。
窓から弱い風が吹き込んでくる。
「それでは、私もこれで失礼します」
ミラミラさんが呆けている俺の前を通って窓枠に足をかけた。
「え……あ、ちょっと待ってくださいミラミラさん」
ミラミラさんは窓枠に足をかけたまま、鷹のように鋭い瞳で俺を睨んだ。
嫌われてるのは分かってる。それでもこのままで終わらせるわけにはいかない。
「あの、今の俺の能力じゃあ誰にも勝てる気がしませんよ。どうにか――」
「その前に」
懇願するように言う俺をミラミラさんは静止する。
「私をミラミラなどとあう可愛い名前で呼ばないでいただけますか?」
かわいい名前と言ったミラミラさんの顔に恥じらいの色はなく、まったく冷静な顔だった。
「え? どういうことですかミラミラさん」
言った後しまったと口を塞ぐ。ミラミラさん――金髪長身の女性はさらに目を鋭くして俺を睨んだ。ミラミラさんは身長が高いから、ずいぶんと見上げる形になった。
「私の名前はミラです。二度とミラミラなどという名前で呼ばないでください」
静かな勢いに押されておずおずと頷く。
「では、失礼します」
そう言って飛び立とうとする。
「あ、ちょっと待ってください!」
「……なんでしょうか。用事なら早めに済ませてもらえますか?」
飛びかかった体がぐっと制止して、事務的な顔でこちらに振り向く。
「えっと……ミラ、さん。僕の能力じゃ勝てる見込みがないんですけど……どうにかなりませんかね。例えば、もう一つ追加で能力を貰えるとか……」
ミラさんは心底呆れたようにため息をついた。
「前にも同じことを言いませんでしたか? 可能性くらい自分で探してください。それでは、もう時間がないので」
ミラさんは俺が言いたいことを言う前に窓の外に飛んでいってしまった。金色の髪をなびかせて、青い空に小さくなっていく。
ミラさんが窓枠から飛んでいってしまうまでの過程がやけに早く感じられて、俺はしばらくぽかんとしていた。
「……マジかよ」
これから、今から。俺はどうすればいいんだよ……
『次はぁ、終点。終点の――』
車内アナウンスが、おそらく俺一人のために鳴らされている。
急に年でもってとったのかと思うぐらいの重い腰を持ち上げ、隣の席に置いてあるおみやげ入りのカバンをを肩にかけた。
……クソッ、どうしろってんだよ。
カバンをもって立ったけどドアの前まで歩くのが面倒で、体の力を抜いてシートに座り直した。
電車が止まり、空気が漏れる音がしてドアが開く。……開いたらしい。
ほんと、どうすればいいんだよ……
当初、この電車での話は一話で終わらせるつもりだったのですが……。翔と秋乃の関係を始めその他いろいろを書きたかったようで、こんなに長くなってしまいました。
次回からはちょっと昔話を交えて、ついに二回戦が始まります。